• アルファの追求におけるESG(環境、社会、ガバナンス)要因の適用は複雑であり、新興国市場においては尚更です。
    • 何をもって妥当なESG判定基準とするかについて、投資家は往々にして独自の目安を持っている。
    • 運用パフォーマンスにおけるESGの寄与度は往々にして立証することが難しく、演繹的な立証は特に難しい。
  • しかしながら、新興国市場でも、優れたガバナンスが企業価値を示す重要な指標であることは一貫して証明されています。同様に、環境要因と社会要因も、売買判断において重要なシグナルとなります。
  • したがって、当社は、ESG(特にガバナンス)判定基準が新興国株式のファンダメンタル・リサーチ・プロセスにおいて不可欠なパートであるという考え方を強く支持しており、当社のアジア株式運用チームでは、10年以上前の発足時からこの基準を銘柄分析に組み入れてきました。

このレポートでは、ESGに対する最近の業界調査に加え、当社自身がアジアの新興国株式を中心にESG分析を適用した経験、またそれによって学んだ重要な教訓を取り上げます。

ESGの課題

RBC(Royal Bank of Canada)社による最近のアンケート調査結果※1では、多くのESG投資手法に対して投資家が不満を抱いていることが浮き彫りになりました。回答者の52%が、ネガティブ・スクリーニングは幅広い投資家層に適合するものではないと回答し、アルファ創出に寄与すると感じていると回答したのは3分の1に満たず、言い換えれば大半はネガティブ・スクリーニングの適用はアルファ創出目的というよりも哲学的な選択であると感じているという内容でした。また、同レポートで、企業からのESG関連データの質と量に満足していると述べた回答者は、17%に過ぎませんでした。

こういった懸念は新興国に特に当てはまります。新興国では制度面での管理が先進国ほど強固でなく、ESG方針の有効性を明確化することがより困難だからです。国連責任投資原則(PRI)のレポート※2で言及されているように、「環境および社会的な問題に関する開示は劣後する傾向にあり、多くの企業が報告をしないか、したとしても慈善活動に焦点を当てたものが一般的です」。

当社は経験上、アジアの新興国市場では、特にアクティブ運用において、ベンチマークの価値は限定的であると感じています。当社のコアアジア株式ポートフォリオにおいて、組入銘柄の約25%がベンチマークであるMSCI AC Asia(除く日本)インデックスでカバーされていません。これらに含まれる排水処理事業会社、ヘルスケア・サービス会社、ソーラーパネルのガラス製造会社といった企業は、当社独自のESG判定基準では高くレーティングされるものの、ベンチマークのスクリーニング・アプローチでは漏れてしまうのです。

同市場の小型~中型株セグメントでは、アルファ獲得が見込まれる投資機会が多く存在するものの、このベンチマークとの乖離の問題はより重大になります。元来、ベンチマークとなるインデックスは必ずしもパフォーマンスを主眼において設計されているわけではなく、ESGに大型株バイアスをもたらします。

図表1. MSCI ESGインデックスと親指数の相関性-新興国のアウトパフォーマンスが全世界に比べより顕著

MSCI ESGインデックスと親指数の相関性-新興国のアウトパフォーマンスが全世界に比べより顕著

出所:Cambridge Associates、The Value of ESG Data(2016年10月)

Cambridge Associates社の分析によれば、ESGに基づく銘柄選定は、スタイル、国、セクターのエクスポージャーといった他のファクターを除いてみると、新興国市場において付加価値を提供できることが示されています。MSCI EM ESGインデックスは、2013年6月の設定以来、親指数であるMSCI EMインデックスを米ドルベースで累計12%アウトパフォームしています。興味深いことに、MSCI EM ESGインデックスがMSCI EMインデックスをアウトパフォームした主な要因はガバナンス要因であり、この要因のためにMSCI EM ESGインデックスでは、EMインデックスの大部分を占める大型株である国有企業(State Owned Enterprises: SOEs)の多くがアンダーウェイトとなっています。

一方、Cambridge Associates社は、同様のESG判定基準がもし、SOEsが新興国市場にアクセスする安全な方法と見られていた2010年以前のような早期に組み入れられたならば、新興国のESG判定基準はそこまで上手くは機能しなかったであろうとも述べています。しかしながら、ここ5年間については、SOEsは他の新興国銘柄をアンダーパフォームしており、これはNew AsiaとOld Asiaの企業間で格差が広がっているとする当社の考えにも反映されています。当社の経験では、ESGを改善させている一部のSOEsはパフォーマンスが好調であり、したがって単に国有であるというだけで投資候補から除外すべきではないでしょう。

この経験は、ESGモメンタムがシャープレシオを改善させることを示したECCE(欧州企業エンゲージメント研究センター)と NNインベストメント・パートナーズ社の調査結果※3でも裏付けられています。新興国市場では、企業がESG資質を改善するための有意義な取り組みを行った場合、平均的に株価パフォーマンスの改善が期待できます。ESGモメンタムがネガティブな新興国企業は平均シャープレシオが約0.17であるのに対し、ESGモメンタムがポジティブな新興国企業は平均シャープレシオが約0.46となっています。

また、多くのアジア企業は同族経営であり、これもネガティブなガバナンス指標※4と見なされる可能性があります。しかし、SOEsの場合と同様に、ESGレーティングに基づく評価を行なうためには、少数株主の扱いや企業間株式移転の度合いなどといった、ガバナンスの方針および行動に照らして所有構造を見ていく必要があると考えます。

アクティブ・マネージャーにとっては、ESGをセクター、スタイル、国別セクターといった他のファクターから分離することも悩みの種です。

図表2. MSCI ESGレーティングとESGのピラーウェイト

MSCI ESGレーティングとESGのピラーウェイト

出所: MSCI Asia ESGに対する日興AMの分析。特定のセクターに関する言及は、あくまでも説明目的であり、当資料の発行時点におけるものである。これは、言及された特定のセクターに関する投資推奨ではなく、いかなる保証も提供するものではない。

上記のチャートから分かるように、当社が運用するポートフォリオAではMSCI Asia ESGインデックスでAAとAにレーティングされている銘柄が大幅なオーバーウェイトとなっています。ファクター別では、全てのESG要因でオーバーウェイトとなっているなか、環境(Env)要因におけるオーバーウェイトがガバナンス(Gov)要因に比べて大きくなっています。当社では、ガバナンスは優れたビジネス倫理を示すもので、したがって社会および環境責任にもつながると考えており、ガバナンスを主要な銘柄購入基準として重視しているため、これはやや意外な結果に映るかもしれません。

この理由としては、現在、当社のポートフォリオAでは、電気自動車や太陽エネルギーといったテクノロジーを含め、アジアで新たに台頭してきている成長産業の組入比率を高めているのに加え、石炭や電力などコモディティ型産業や公益事業といった昔ながらの業種の組入比率を限定していることが考えられます。これらのセクター配分は、ESG原則自体よりも、当社のアジア株式調査チームが妥当なバリュエーションで長期的な成長機会があると考える業種を反映したものです。

同様に、国別配分もESGの寄与度に影響します。シンガポールとマレーシアはMSCI ESGインデックスの基準に基づくと比較的レーティングが高くなりますが、ESG関連よりも運用成果への期待に基づく当社のポートフォリオでは、両国ともアンダーウェイトとしています。したがって、当社のポートフォリオAにおける現在の対ベンチマークでの国別配分も、ベンチマーク比で環境要因がガバナンス要因よりも高くなっていることの一因であると考えられます。

図表3. MSCI EM ESGインデックス: アクティブ・エクスポージャーと超過リターン

MSCI EM ESGインデックス: アクティブ・エクスポージャーと超過リターン

出所:Cambridge Associates、The Value of ESG Data(2016年10月)

これは、集中投資型アクティブ運用を対ESGベンチマークで比較することの難しさを示しています。特に新興国市場では、時価総額の乖離における制限によって、ESGインデックスが依然として既存の大型産業に偏る傾向があり(ESG面での影響がより大きい可能性がある)、新しい成長産業のより時価総額が小さい企業は含まれないため、対ESGベンチマークでの比較を更に難しくしています。

日興AMアジア株式運用チームのESGへのアプローチ

Cambridge Associates社の分析、また当社自身の経験から、特にガバナンスについては、ESG要因と投資リターンの間に一貫した関係が見られます。前述のとおり、所有構造の観点から見たガバナンスの評価は、多くの対照的な意見を生み出します。SOEsの構成比率が低めとなっていることは、MSCI ESGインデックスがMSCI Asia(除く日本)インデックスをアウトパフォームしたことに寄与しましたが、これは、特にSOEsがESG要因での改善を見せている場合には、必ずしも当てはまるというわけではありません。新興国でのESG分析におけるもう一つの重要課題は、データの入手可能性と信頼性、そして比較可能性です。一般的に、開示水準の低い企業は長期的にあまり良いパフォーマンスを見せない傾向にあるように見受けられます。

これらの理由から、ガバナンスを重視したESG要因の評価は当社のボトムアップ型ファンダメンタルズ・リサーチ・プロセスの一端を成しており、当社のポートフォリオAでは2005年の運用開始時から実施しています。当社のアジア株式運用チームは、ESG分析をESGスペシャリストが主導する形ではなく、自らの運用プロセスに組み込むこのアプローチを、「ESG統合」と表現しています。当社ではESGの問題は、当社の受託者責任に合致する形で、投資の分析および意思決定プロセスに組み込まれています。

何よりも、当社はアジアではガバナンス要因に注目しており、中でも実質的な所有権、実績、資本配分の意思決定、および経営陣の質を重視しています。環境および社会要因の投資リターンに対する重要性が徐々に増しているなか、当社ではこれらを個別に評価していますが、一般的には、優れたガバナンスを忠実に実践することは、環境面と社会面での優れた企業行動にもつながっています。このアプローチは、データが不完全である場合に、当社の企業分析の助けとなります。

当社のセクターアナリスト・チームは、背景調査と経営陣とのエンゲージメント(対話)を通じ、各企業を業界平均や国内の同業他社との比較で評価します。この相対評価によって当社は、アルファ創出のために当社の集中投資型アクティブ・アプローチと合致する形で、ESG原則を投資配分の決定に組み入れることができます。

結論

  • アジア新興国市場の運用プロセスにESG要因を組み入れることは、経済的価値を生み出します。中でもガバナンスは特に有益な指標です。
  • しかしながら、背景が重要です。例えば企業の所有は、支配がどのように実施されているか、またどのような開示が提供されているか等の観点から検証される必要があります。

新興国市場にはアルファの源泉が潤沢にあり、超過収益を獲得するためには、アクティブ・マネージャーはベンチマーク構成銘柄以外にも投資できるようにすべきです。ESGを組み入れたアクティブ運用戦略に必要なのは、インデックスでのスクリーニングへの依存よりも、ファンダメンタル調査です。

脚注

※1 RBC社プレス・リリース「RBC Survey Reveals Opportunities and Obstacles in ESG Investing」(2016年11月15日)

※2 PRIレポート「Asian Markets Investor Obligations and Duties in Asian Markets」(2016年9月7日)

※3 EECEおよび NNインベストメント・パートナーズ 「The Materiality of ESG Factors for EM equity investment decisions」(2016年10月)

※4 W. ReesおよびT. Rodionova著「The Influence of Family Ownership on Corporate Social Responsibility」(2014年)