「働き方改革」と歴史的に逼迫している労働市場

日本は長い間、個人の生活を犠牲にした長時間労働を特徴とする会社への深い献身が終身雇用の保障という形で報われるという、独特の労働文化で知られてきた(図表1参照)。しかし、政府が「働き方改革」として日本の雇用慣行を変えることを狙った対策を進める動きを見せるなか、過度な残業はまもなく過去の遺物となるものと思われる。

図表1: 長時間労働を行っている従業員の割合

長時間労働を行っている従業員の割合

出所: 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2014年)

この対策は、2017年3月に政府が発表した「働き方改革」の実行計画によって具体化し始めた。同計画は、労働生産性を向上するとともに、働く人々が個人的な興味を追求したりキャリアの方向性を変えたりする時間をもっと持てるようにすることを目的としており、残業の制限と非正社員の処遇改善に焦点を当てている。

政府が「働き方改革」を進めようとしているのは、日本の雇用市場が過去数十年において最も逼迫しているという環境下だ。この逼迫は、近年の経済対策「アベノミクス」による政策支援の結果として起きているもので、日本の失業率は足元で3.1%(2017年5月現在)、雇用者数はここ53ヵ月連続で前年同月比増となっている。また、求職者一人当たりの求人件数を示す求人倍率は足元で1.49倍(2017年5月現在)となっているが、これは過去43年で最も高い水準だ(図表2参照)。これら全てのデータが意味するところは、企業にとって十分な労働力の確保がどんどん難しくなってきているということだ。これを補うために、なかには生産のもう一つの要素である資本の調整を進めている企業もある。

図表2: 日本の失業率と求人倍率

日本の失業率と求人倍率

出所: 信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成
期間: 1990年1月~2017年5月

企業は生産性向上に資本投下意欲

日本経済新聞が2017年3月に行ったアンケート調査によると、回答企業の8割が、生産性向上のための投資を実行することを計画中または検討中であるとした。更に、回答企業の7割超が、従業員の過度な長時間労働に対応すべく生産性向上技術に投資するつもりであるとした。

そのような投資は、時間管理システムの採用やフレックスタイム制およびリモートワーク制の奨励といった形を取るものと思われる。他には、営業/マーケティングやバック/ミドル・オフィス業務といった職務における生産性向上のためのビッグ・データや人工知能の活用も見られるだろう。米国では全ITエンジニアのうちITベンダーで働いているのは4分の1に過ぎないが、日本ではその割合が4分の3に上る。したがって、ITサービス・セクターの多くの企業が、日本のIT投資の増加から恩恵を受けると考えられる。

非製造業セクターでは大幅な改善余地

生産性向上のための資本投下については、日本の製造業セクターは工業生産のファクトリー・オートメーションの採用における世界的な先駆者であり、また日本にはそのようなオートメーション・システムの大手メーカーも多い。日本の自動車メーカーのように、ファクトリー・オートメーションのユーザーの多くは高い生産性を達成しており、世界中からの注目を集めている。

しかし、日本の非製造業セクターの労働生産性はかなり低いままだ。このことをはっきり示しているのがOECD(経済協力開発機構)の直近のレポート「Going for Growth(成長に向けて)2016年版:日本」で、「日本ではサービス業の生産性水準が製造業に比べて特に低く、これが足枷となって経済全体の労働生産性がOECD加盟国上位半分の平均を大幅に下回っている」と述べられている。

図表3: G7諸国の労働生産性(2015年)-労働時間当たりGDP(米ドル・ベース、現在の購買力平価で換算)

G7諸国の労働生産性(2015年)-労働時間当たりGDP(米ドル・ベース、現在の購買力平価で換算)

出所: OECD「生産性指標総覧」(2015年)

政府が推し進めている雇用改革の理論的根拠の一部は、日本の企業およびその従業員は現在の生産性を他の先進国並みの水準まで向上させる必要があるというものだ。日本の非製造業セクターは経済全体の約7割を占めるが、労働生産性の改善余地が非常に大きい。したがって、同セクターの生産性を向上させられる製品やサービスを提供している企業には、多くの投資機会があると考える。

テクノロジー活用の恩恵

生産性向上を試みているサービス・セクターの好例として、日本のコンビニ業界が挙げられる。日本には現在およそ55,000店のコンビニエンス・ストアがあるが、同業界は従業員の確保に苦戦している。これを背景として、業界大手の一社は2017年度に設備投資を40%超増やすものと見られている。

そのような設備投資の一つが、全店舗での食器洗い機の購入・設置だ。当該企業は、この対策で従業員が手で食器を洗わなくても済むようにすることにより、店舗当たり1日1時間、金額にして年間約30万円相当の人件費の節約になるとしている。更に同社は、生産管理にRFIDシステム(ID情報を埋め込んだタグから電磁界や電波を使って人やモノの個別情報を自動認識するシステム)を採用することによって、店舗当たり1日の作業時間を170分から8分へと短縮し、金額にして年間約80万円相当のコスト削減を行うことができると述べている。効率的な店舗運営はコスト削減ばかりでなく、新たな従業員を惹きつけやすくする職場環境の改善にもつながる。

建設業界も働き手不足に直面しており、そのため労働節約的な資本活用を行うと見られる。現在、330万人いる日本の熟練建設作業員は4割超が50歳を超えており、したがって今後10年にわたり少なくとも100万人の作業員が職を離れると推定される1。一方で、大型ビルの再開発や2020年の東京オリンピック関連のプロジェクト、老朽化したインフラの補強プロジェクトを考えると、新規建設プロジェクトの数が減るとは思われない。これによって、建設業界の労働力不足はますます深刻になるものと予想される。

この状況に対処するため、日本の国土交通省は、建設プロジェクトの生産性向上を目的とする新たな「i-Construction」基準の一環として、「ICT」(情報通信技術)の活用を推進し始めた。政府は公開入札プロセスへの参加を、計測または実際の建設にICTを活用している企業に制限するものと思われる。これによって、素材および機械に加えテクノロジー・インフラに対する建設関係の需要が押し上げられると見られる。

日本は投資機会が潤沢

ここまで述べてきたように、日本企業は生産性向上のための投資を中心に、設備投資を加速させる態勢にある。

これを見越して、当社では2016年1月より、ロボティクスをテーマとする日本株ファンドを運用してきている。労働節約投資の必要性に対する意識が高まってきていることが追い風となり、年初来で最も高いパフォーマンスを上げているファンドの1つとなっている。

当該ファンドと同様、当社が運用する日本株式戦略では、製造業セクターのファクトリー・オートメーション投資や非製造業セクターの労働節約投資から恩恵を受ける銘柄の多くに投資している。共通項は、日本には多大なオートメーション化のニーズがあり、それに応えられる競争優位性があり革新的な企業が存在するということだ。日本における低生産性の課題への対処は、製品およびプロセスの多様な革新につながり、最終的にはそれを海外に輸出できるようになるだろう。

したがって当社では、ファクトリー・オートメーションやITサービスといった、生産性向上投資から恩恵を受ける日本のセクターが、今後何年にもわたって魅力的な投資機会を提供すると考えている。

また、そういった技術を新たに活用する企業も生産性向上の恩恵を受ける立場にあり、よってそれら自身も投資機会を提供するものであることにも留意すべきだろう。

1. 日本建設業連合会