対アセアンの海外直接投資については、過去ずっと米国、日本、欧州がその大半を占めてきたが、今、この事実に挑んでいるのが中国だ。過去2年、アセアンには中国からの海外直接投資による資金流入が大幅に増加している。当社はこの傾向が続くものと予想しており、中国がアセアン地域に対して(経済面でも地政学面でも)及ぼす影響は、時と共に拡大していくことになるだろう。一方、中国の海外直接投資の台頭はアセアンにとって、インフラ開発や更なる市場開放といった分野を中心に、多大なる恩恵をもたらす。

中国の対アセアン海外直接投資

中国の対アセアン海外直接投資 - 出所: WIND

出所: WIND

中国ななぜ国外に目を向けているのか

中国の観点からは、投資資本を海外へ向けようと当局を駆り立てている理由として、自国内の労働コストの上昇、潜在成長率の減速、一部の業種での過剰生産能力がもたらす不均衡などが挙げられる。これらの要因は中国の野心的な「一帯一路」構想にうまくフィットする。当該構想は、中国が先導する投資プログラムによってインフラ網を築き、アジア内外での経済的相互接続性の向上および開発の促進を図ろうとするものだ。中国企業はその様々な段階で恩恵を享受すると想定される。当初の段階では、インフラ契約の大半を獲得するのは大手の国有企業になるだろうが、投資を受ける国が時と共に投資の効果を享受するにしたがって、それらの国々が更に広範なモノやサービスの市場として開放され、中国のより小さな民間企業が参入できるようになる。

予定されている「一帯一路」構想のインフラ・プロジェクトに必要な資金を全て中国が提供するわけではないことは、認識しておく必要がある。ケースバイケースで、いくつかのプロジェクトについては費用の一部または全部を中国の政策銀行が負担するが、他にはアジアインフラ投資銀行やシルクロード基金などの特別目的事業体/基金によって資金が賄われるものもある。プロジェクトの大半においては、現地の企業と中国の民間企業/国有企業との間でジョイント・ベンチャーが設立される。タイでは、バンコクからラオスとの国境までを結ぶ高速鉄道建設の当初部分について枠組みが合意されたが、中国は資金提供は行わず、技術と機器を提供するのみとなっている。一方、インドネシア政府はインフラ支出拡大という自国の国内課題を推し進めているが、これらのプロジェクトに対しては中国の銀行が融資の提供という形で関わっている。

海外への長期投資の拡大はまた、貿易や金融の決済という形での人民元の使用も加速する。中国と他の地域との間で商業活動が急激に拡大するにつれ、人民元に対する受入れ態勢も時と共に広がり、中国の長年の目標である「人民元の国際化」の達成に寄与するだろう。

最後に、地政学的見地から見て、この動きは中国の超大国としての台頭を促す。時が経つにつれ、域内での影響力の増大により、中国は南シナ海の領有権などの地政学的問題においても、自国の主張に対する支持を拡大する(あるいは反対を減らす)ことができるかもしれない。

なぜ対アセアンなのか

アセアンは全体として6億人の人口を有し、この約半分が30歳未満である。この大規模で成長している市場は、低コストの労働力が豊富であることもあり、中国にとって労働集約型産業の格好の移転先となっている。更に、アセアンは2050年までに世界で4番目に大きい経済圏になると見込まれている。近年の堅調な経済成長によって富が域内に広がり、中間所得層が台頭している。これらの消費者が一段と開発が進んでおりキャリアの機会もより豊富な都市部へと移住するのに伴って、巨大なインフラ開発需要が生まれている。インフラ投資の加速に対するアセアン諸国政府のコミットメントが、同地域に大きな成長の可能性をもたらしており、これが中国からの海外直接投資を促す主要因となっている。アセアン地域の大半は依然として開発不足であり、中国は、必要なインフラ投資に対する資金不足が内在するアセアン諸国への資金提供において主要な役割を担うことを目指している。

アセアンは、経済面での潜在成長性が高いのに加えて、世界の船舶交通の大半がその領海を通過することから、位置的にも戦略的な重要性が高い。中国にとっては、主要な航路沿いの国々との接続性や関係を改善させたことは、中国の輸出を妨げ得る海上封鎖の可能性の低下を意味する。

一方、アセアン諸国は改革においても順調な進展を見せており、事業を行いやすくする改善が進められている。政府は税制簡素化を検討し、何よりも、可能であれば法人税率を引き下げようとしてきている。また、2015年12月にアセアン経済共同体が発足したことにより、同地域に対する投資家の認識が向上している。

アセアン諸国における中国の投資および建設契約の額

アセアン諸国における中国の投資および建設契約の額 - 出所: アメリカン・エンタープライズ研究所、ヘリテージ財団 (2017年)

出所: アメリカン・エンタープライズ研究所、ヘリテージ財団 (2017年)

南および東南アジアの「一帯一路」関連投資計画の総額:2,750億米ドル

南および東南アジアの「一帯一路」関連投資計画の総額:2,750億米ドル - 出所: UBS(2017年9月)

融資のみのパッケージを除くと1,920億ドル
円は各国における投資計画の総額(米ドル換算)の相対的な大きさを示す。青い円はインフラ・プロジェクトの計画、紫の円は融資パッケージの計画を表す。
出所: UBS(2017年9月)

予定されている主要プロジェクト

マレーシア

マレーシアは中国の海外直接投資を最も多く享受している国の1つである。マレーシアのナジブ・ラザク首相が2016年11月に中国を訪問した際、両国間では総額330億米ドルに上る覚書が結ばれた。最近の統計によると、中国の海外直接投資がマレーシアへ流入する海外直接投資全体に占める割合は、2010年の1%から2016年には6.2%に拡大している。

中国の対マレーシア海外直接投資

中国の対マレーシア海外直接投資 - 出所: マレーシア政府機関、BAML (2017年9月)

出所: マレーシア政府機関、BAML (2017年9月)

中国が今や重要な役割を務めるマレーシアの港湾開発は、中国に自身の航路接続性の向上という恩恵をもたらしている。南シナ海に面するクアンタン港は現在、Guangxi Beibu Gulf International Group(広西北部湾国際港務集団)と共に新深海ターミナルの拡大を進めており、既存キャパシティの倍増を目指している。また両国は、同港の近くでマレーシア初の工業団地の共同開発を計画している。この工業団地プロジェクトはこれまでに総額134億リンギットの投資を呼び込んでおり、その範囲は省エネ/グリーン・テクノロジーやハイエンド機器および先端素材の製造といった産業にまで及ぶ。中国企業は、中国に本拠地を置く銀行からのソフトローンを後ろ盾として、マレーシアのプロジェクトの大部分に対して資金提供を行いたい意向を示している。一方で、同様に多くの中国の銀行が、マレーシアで業務を行うための銀行免許を与えられている。

インドネシア

インドネシアは域内最大の市場である。2015年、インドネシアと中国の両政府は、51億米ドルの高速鉄道建設の契約を結んだ。この鉄道はジャカルタからバンドンまでの150キロメートルを結ぶもので、完成予定は2019年となっており、投資総額の4割を中国が負担している。この設計・調達・建設(EPC)プロジェクトは2017年4月に中国のChina Railway Corporation(中国鉄路総公司)を筆頭とする中国のコンソーシアムが獲得したが、これにはChina Development Bank(国家開発銀行)が、プロジェクトの開始に弾みをつけるべく45億米ドルの融資を提供している。中国はまた、インドネシアの5つのダム建設に対して、総額100億米ドルの資金提供支援をコミットしている。加えて、中国はインドネシアの石炭発電所にも多額の投資を行っており、その総額は2015年から2016年にかけて58億米ドルに上った。

中国の対インドネシア海外直接投資

中国の対インドネシア海外直接投資 - 出所: インドネシア政府機関、BAML (2017年9月)

出所: インドネシア政府機関、BAML (2017年9月)

フィリピン

ドゥテルテ政権下のフィリピンと中国の間で関係が改善したことにより、両国に多大な投資機会が生まれている。両国が共に特定した3つの優先インフラ・プロジェクトに対しては、昨年ドゥテルテ大統領が中国を公式訪問した際に中国政府が約束した90億米ドルの融資枠を通じて、資金提供が行われる。その優先案件とはチコ川ポンプ灌漑プロジェクト、カリワダムの新百年水源プロジェクト、南北通勤鉄道プロジェクトだが、これらのプロジェクトの実行には34億米ドルかかる見込みだ。加えて、中国は、マニラ市街地の交通状況の緩和を促すため、2つの橋(ビノンド・イントラミュロス間とエストレラ・パンタレオン間)の寄贈を申し出ている。

タイ

中国は3本の路線から成る「汎アジア鉄道網」を構築するという野心的な計画を持っている。その目的は、タイをハブとして、中国とアセアン諸国の間の鉄道による接続を発展させるというものだ。この鉄道網案は、中国南部、ラオス、タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジア、マレーシア、シンガポールにわたって走ることになる。

汎アジア鉄道網

汎アジア鉄道網 - 出所: バンコク・ポスト (2015年)

出所: バンコク・ポスト (2015年)

タイの軍事政権は、最終的にはバンコクと中国南部を結ぶことになる高速鉄道の最初の部分について、建設費用52億米ドルを承認したが、その75%は中国の国家開発銀行が融資を通じてカバーすると予想されている。タイが建設に必要な機器や資材を調達する一方、中国は専門知識・技術や監督・指揮を提供するものと想定される。この鉄道プロジェクトは、タイの貿易、産業、観光を押し上げるのに極めて重要な役割を果たし、更なる投資や開発の機会につながるものと期待される。現段階で、中国は既にタイにとって最大の輸出・貿易相手国だ。タイ・中国間の接続性の拡大と向上は、2国間貿易に加えて中国のタイへの投資を拡大させることにつながるだろう。

ベトナム

中国は過去10年にわたってベトナムの最大貿易相手国となってきたが、2016年にはベトナムがマレーシアを抜きアセアン内で最大の中国の貿易相手国となった。両国は「一帯一路」構想の取り組みを、ベトナム北部と中国南部を結ぶことになる「二回廊一経済圏」構想と連携させることで合意している。ベトナムはかつて電力を中国から買っていたが、政策当局がマクロ経済改革に注力した結果、ベトナムは同国での発電所建設を中国企業に依頼できるようになった。

ビンタン第1発電所は、China Southern Power Grid(中国南方電網)が建設を手掛けており、投資額は18億米ドルに上る。また、「越中(深セン・ハイフォン)経済貿易区」も建設中であり、完成すれば年間約10億米ドルの生産の達成が期待される。

影響と結論

「一帯一路」構想下のプロジェクトに資金提供を行う中国の銀行と他の機関との間で、結果として生じるリスクがどのように配分されるのかが依然未解決であることは、留意しておくべきだろう。これらのプロジェクトを支援している中国の銀行や国有企業が直面している高い実行リスクは、国の偶発債務の大幅拡大につながりかねない。更に、「一帯一路」構想地域の資本利益率についてはほぼ不透明なままだ。したがって、中国の銀行に及ぶかもしれない悪影響の範囲については、注視していく必要がある。

とは言え、中国のアセアンに対する長期投資のコミットメントは、投資の受け手の国々に多大な経済的恩恵をもたらすと予想される。計画されている主要なインフラ・プロジェクトにより、アセアンから世界の他地域への接続性は大幅に向上するだろう。これに加え、アセアン地域における中国企業の足跡が拡大することにより、アセアンには巨大な雇用機会が生み出され、域内の投資やGDP(国内総生産)成長が加速すると思われる。更に重要な点として、アセアン諸国は、以前は得られず待ち望んでいた資金や専門知識・技術へのアクセスを得ることになる。中国の「一帯一路」構想が成功すれば、アセアンの発展途上国は先進国に対する依存度を減らすことができ、アセアンの経済的影響力が向上するだろう。

当社は基本的に、アセアン諸国の通貨に対して長期的にポジティブな見方を持っている。定着的な海外直接投資の流入が増えることは、同地域の通貨に重要な構造的サポートをもたらし、市場のリスク回避度が高まった場合でも、投機的資金の流出の影響を軽減させると考える。実際、アセアン諸国の通貨のボラティリティが、現在は過去に比べて低くなってきていることに注目したい。インドネシアルピアはその好例で、基礎収支と通貨のボラティリティにおいて著しい改善を見せている。

インドネシアの基礎収支の改善

インドネシアの基礎収支の改善 - 出所: Haver、 ANZリサーチ

出所: Haver、 ANZリサーチ

しかし、貿易や観光を通じてアセアンに対する中国の影響度が既に大きくなっていることを考えると、中国のアセアンへの経済的統合が進むにつれ、これらの市場への集中リスクは増大するものと思われる。