本レポートは、英語による2018年4月発行「China's move from factory of the world to Silicon Valley of the east」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

要旨

中国と言えば、従来から他社ブランド製品の製造を受注するOEMの方が有名であり、イノベーションというイメージはないかもしれない。しかし、優秀な人材の豊富さ、資金調達面、市場へのアクセスなどの優位性が自然と備わっており、中国は「東洋のシリコンバレー」へと変貌を遂げるために必要な材料のほとんどが揃っている。

本稿では、国としてイノベーション強化に成功するためのカギと考える5つの重要ファクターについて考察する。それらは、①市場へのアクセスとロケーション、②政府のサポート、③優れたアイデア、④優秀なスタッフと経営陣、⑤資金調達へのアクセスである。結論から言うと、中国は次のイノベーション・ハブを目指す各国間のレースにおいて、競争相手の攻勢を払いのけ、勝利を収めるために必要なスキルと武器を備えていると考える。

はじめに

市場の支配権を賭けた戦いは熾烈をきわめた。2014年、米国発のライドシェアサービス会社Uberは、中国市場に割って入るために年間10億米ドル超を投入し、気前の良い特典によって中国の利用客やドライバーを惹き付けようとしていた。中国ライドシェアサービス大手の滴滴出行(ディディチューシン)は、自国市場のシェアを少しも明け渡す気はなく、補助金合戦が最も熾烈だったときには1日に4000万元(580万米ドル)を費やしたと報じられている。滴滴出行は、その戦いにおいて中国国内シェア70%超の支配的立場を確保した上で、ライバルへのとどめの一撃として、2015年9月に米国でUberの後塵を拝していたライバル会社Lyftに1億米ドルの出資を行った。この動きにより、Uberの中核的事業部門が圧迫されることになり、その破竹の快進撃がとまった。Uberは2016年8月に停戦を宣言し、現金10億米ドルの支払い、及び合併後の会社(評価額350億米ドル)の持分18%を対価として中国事業を滴滴出行に売却した。

滴滴出行の共同創業者でエンジェル投資家のWang Gang氏曰く、ウーバーは蛸のような存在で、中国事業はその足の1本に過ぎない状況だった。単にその足に向かって攻撃するのは無駄だったため、Uberの中核である米国事業に切り込んでダメージを与えるという形で応戦した。

このように、明らかに駆け引きに長けた滴滴出行の経営陣は、わずか5年間で同社を世界大手へと躍進させた。経営陣の顔ぶれには、創業者で現在34歳のCheng Wei氏、社長のJean Liu氏などが揃う。Liu氏は、Goldman Sachsのマネージング・ディレクターを務めた経歴を持ち、また、中国テクノロジーセクターの重鎮であるLenovo創業者Liu Chuanzhi氏の娘でもある。消費者は滴滴出行のライドシェア・アプリを使えば、タクシー、個人の乗用車、プライベートカー、リムジン、通勤バスなどの配車や代金決済をデジタルで行うことができる。中国国内400都市に3億人のユーザーがおり、2018年に推定2860億ドル(415億米ドル)規模に達するとされる中国ライドシェア市場で85%のシェアを占めている1。海外展開においては、Lyft以外にもインドのOla、シンガポールのGrabTaxiの株式を取得しているほか、中南米市場にも進出している。滴滴出行に出資する企業の顔ぶれには、中国インターネット大手のTencentとAlibaba、米国スマートフォン大手Apple、日本のソフトバンク、中東の政府系ファンドMubadala Capitalなどが含まれる。

滴滴出行は、資金力、そして国際的舞台で存在感を示せるグローバル展開のノウハウを持ち、革新的で企業家精神に富む新世代中国企業の好例である。中国のイノベーションの動きは、初期段階では製造、物流、サプライチェーン管理に集中していたが、より最近ではテクノロジーやヘルスケアを中心に進化を遂げている。当社では、このイノベーションの第2波がバイオテクノロジー、人工知能、セキュリティー、ロボティックスといった分野へと拡大し、中国は10~30年のうちにバリューチェーンの上位へと上り詰めるとみている。米国をして60~70年かかったことを考えると、これは恐ろしく速いスピードだ。焦点となるのは創造的破壊であり、今後、既存産業の効率性や生産高の向上に焦点を置いたブレークスルー(飛躍的進化)が生み出されていくだろう。

クリエーティブなテクノロジー開発の一大拠点として広く認識されているシリコンバレーのあるカリフォルニア州、最先端の医薬品開発で有名なマサチューセッツ州など、代表的なイノベーション・ハブについて分析したところ、イノベーション強化に成功するために必要な5つの重要ファクターが明らかとなった。それらは、①市場へのアクセスとロケーション、②政府のサポート、③優れたアイデア、④優秀なスタッフと経営陣、⑤資金調達へのアクセスである。当社では、イノベーション強国の座を担い得るアジアの国は日本、韓国、そして、その可能性が高まってきている中国だと考えている。世界第2位の経済大国は今や、イノベーションの成功に必要なアイデア創出者、企業家、大学、出資者からなるエコシステムを備え、そのクラスター効果(相互作用)の恩恵を享受できる規模にまで達している。

1. 海外展開への多額の資金投入を賄える巨大国内市場

中国にイノベーションというイメージはないかもしれない。何と言っても、世界で最も人口が多いこの国は、世界中の大型スーパーマーケットの棚に並ぶ安価な模倣品を大量生産する国という従来のイメージの方が強い。しかし、優秀な人材の豊富さ、資金調達面、市場へのアクセスなどの優位性が自然と備わっており、中国は成功するために必要な材料のほとんどが揃っている。鍵となる要素は、企業が中国国内の巨大市場で多額の利益を生み出し、海外進出のための資金を確保できることである。例に挙げた滴滴出行の場合、国内市場での圧倒的シェアのおかげで、海外展開においてグローバルな競争相手のUberと真っ向勝負することができた。滴滴出行の共同創設者のWang氏によると、同社はUber側から買収の呼びかけがなければ、多額の補助金投入を数年間続ける用意があった。創業者のCheng氏についても、差し当たっての目標は収益性確保ではないと発言したことが報じられている。同社は財務情報を提供していないが、2016年の収益は30億米ドルに迫ったとする市場予想もある。

イノベーション強化に成功するための第1のファクターは、巨大国内市場へのアクセスだ。日本や米国は、国内勢による国内市場シェアが大きく、同概念の有効性を証明している。韓国や台湾の場合は、非常にクリエーティブな企業が多い一方、巨大多国籍企業へと成長する企業を育めるほど国内市場の規模が大きくない。海外市場への参入においては、現地競合他社による攻勢の影響を吸収できる資金力が必要なほか、ブランド認知の確立には時間がかかるものであり、その間に被る損失に耐えるために本国市場での高い収益性が必要だ。台湾スマートフォンメーカーのHTCはグローバル展開に苦戦してきている。その主因は、本国市場の規模があまりに小さく、海外での認知確立に向けて必要な資金を捻出できないことにある。韓国にしても、SamsungやHyundaiなどの巨大財閥は例外として、中堅企業の大半はそれほど大きな成功を収められていない。

一方で、新しいアイデアやテクノロジーを進んで受け入れる3億3000万人2 もの中間層人口を擁し、巨大で厚みのある市場を持つ中国は最先端にいる。新興国市場と呼ばれているものの、多様な消費者層を持っており、一般向け商品とニッチ商品の両方のテストを行える巨大実験場のような市場だ。これはイノベーションを生み出すために必要な条件である。また、ポケットベルの段階を経ずに、いきなり携帯電話が普及したように、一足飛びに新しいテクノロジーを享受できることも中国の利点だ。これにより、中国は旧来のテクノロジーとの兼ね合いが問題となることなく、思い切って新テクノロジーを採用することができる。このように普及スピードが速い。中国人の7億3100万人がインターネット利用者で、その普及率は53%、また、インターネット利用者のなかでのモバイルインターネット普及率は95%にのぼる3

チャート1:中国の消費およびEコマース市場の拡大

出所: Economist Intelligence Unit、BCG

出所: iResearch、BCG
市場に関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

2. 政府のサポートが成功を後押し

イノベーションを強化していく上で重要な第2のファクターは、政府のサポートであると考えている。今日において様々な産業に創造的破壊をもたらしている米国企業の多くは民間企業であるものの、第2次世界大戦以降の技術的躍進の大半の事例を見てみると、それらの初期段階において政府が大きな役割を果していたと考えられる。ここでは、米国、日本、台湾の事例を分析してみる。

現在、米国におけるイノベーションの主役はAmazon、Google、Facebookなどの民間の巨大企業であるが、技術的大躍進をもたらした近年の数々の発明を見てみると、当初政府の資金提供により開発が進められていた事例が多い。例えば、今では至る所で利用できるインターネット、グローバル・ポジショニング・システム(GPS)はいずれも公的資金が投入された事例であり、後者は宇宙衛星による無線航行システムとして米軍が開発した軍用テクノロジーだった。これらの発明をベースとして、その後別の商用用途のための開発がさらに進められた。そのため、開発のコスト効率はかなり高い。今や米国では、イノベーションが「草の根」レベルの取り組みの段階に達しており、確立済みのエコシステムを利用してイノベーションを起こせる民間企業が牽引役となっている。

日本では、工業化黎明期の1961年に通商産業省(現・経済産業省)指導のもと日本電子計算機株式会社(JECC)が設立され、同社のコンピュータリース事業によって日本のコンピュータ市場は成長した。1976年に国として打ち出した超大規模集積回路(VLSI)開発プロジェクトは、半導体市場におけるシェア拡大へとつながり、最終的に、富士通、NEC、東芝、日立、NTTなど、1980年代から1990年代にかけて世界の半導体市場を席巻した半導体・電子部品メーカーやブランドを多数生み出した。

台湾においても、製造業ベースから知識ベースの経済への移行に弾みをつけたのは政府だった。国営の工業技術研究院は複数の巨大テクノロジー企業を設立し、それらが最終的に分社化されてTSMC、UMC、Mediatekなどの半導体メーカーが誕生した。政府は1980年に新竹科学工業園区を立ち上げて、大学がテクノロジー企業と組んでエンジニアリング分野を大幅に強化するよう奨励したほか、革新的企業を支援するために8億台湾ドルの行政院開発基金を立ち上げた。

現在、中国は同様の道を辿っており、「メイド・イン・チャイナ2025」プログラムのもとで数十億ドルもの資金が研究に投じられている。「千人計画」によって、世界中からワールドクラスの優秀な研究者が中国に招致されているほか、より良い雇用機会を求めて中国を離れていた高学歴の中国人(「ウミガメ」と呼ばれる)の多くが、中国の雇用見通し改善を受けて帰国しつつある。現在に至るまで、同計画には115の研究機関、大学、工業園区、企業が参加しており、うち77%は中国国内の9省に分布している4

政府のサポートが中国企業の成長を後押ししており、例えばHuaweiはそれによって世界第3位のスマートフォンメーカーへと成長することができた。別の例を挙げると、Huaweiほど有名ではないものの、現在欧米で最も売れている監視カメラを作るHangzhou Hikvisionは、イノベーションの最先端を行っており、人工知能や顔認証技術を進化させてきた。その成長の背景には、雲南省で中国からの分離独立派がテロ事件を起こしたことを受けて、すべての駅に防犯カメラを設置することを決意した中国政府からのサポートがあった。深セン証券取引所に上場する同社は、最終的に中国政府による株式保有率が42%となっている。なお、2017年上期純利益は33億元にのぼった。

3. 優れたアイデアが必要要素

イノベーションに必要な第3の要素は、言うまでもないが優れたアイデアである。当社では、中国が成功を収める可能性を測る尺度として特許登録件数を用いている。研究開発に資金を投入することが極めて重要であるが、中国は、習近平国家主席が創新(イノベーション)経済への転換を掲げており、研究開発投資にテコ入れしてきた。

成功は成功を生むものである。現在の中国は研究開発投資が十分な水準に達しており、既存のハブおよび今後のハブ候補の周りにクラスター(企業群)が急速に形成されてきている。事実、中国は特許、商標、意匠の登録申請件数において現在世界第1位で、2016年の新規申請件数は米国、日本、韓国、欧州の特許庁に申請された件数の総合計を上回っている5。これは新たなテクノロジー大国誕生の前触れかもしれない。

チャート2:2016年の世界の特許申請件数の内訳

出所: 世界知的所有権機関(2016年)

イノベーションが盛んなのは、首都の北京や金融都市の上海といった代表的都市にとどまらない。実際、2015年に住民1万人あたりの特許申請件数がシリコンバレーを上回った中国の都市は6都市にのぼり6、兵馬俑で有名な西安、パンダ保護区のある成都、武漢などの意外に思える都市が名を連ねた。それら以外に深セン、杭州、広州、天津、南京の特許申請件数も突出している。中国の多くの都市は、GDPで上位に入るなど同じ特徴を備えており、イノベーション・ハブとなれる可能性を秘めている。また、「千人計画」でもトップ10に位置づけられている都市は、政府や優れた大学からのサポートを受けている。こうした都市は自立できる力がついてきており、増加しつつある。

チャート3:中国のGDP上位10都市の特許申請件数

出所: 国家統計局(2016年)

4. 優秀な経営陣とスタッフ

中国政府は海外在住の優秀な人材の帰国を奨励してきたが、その取り組みはある程度実ってきている。現在では「ウミガメ」が中国に帰国して会社を立ち上げるケースや、中国企業の経営者に就任するケースが多数見られる。これらの人材は、その高い専門性によって、イノベーションの成功に必要な第4のファクター、つまり優秀なスタッフと経営陣という点において好影響を及ぼしている。ドローンメーカーのDajiang Innovative Technologyの例を見てみよう。DJIという名称の方がより広く知られている同社は、Frank Wang Tao氏が香港科技大学在学中に学生寮の自室でフライトコントローラーの原型を作成し、2006年に深センに戻って創業した。同社は飛行ロボットの普及を追い求めてきた結果、民生用ドローン市場におけるDJI社製ドローンの市場シェアは現在80~85%にのぼると試算されている。

5. 選択肢が豊富で資金調達へのアクセスが容易

米国市場の成功に貢献した重要な要素の1つは、スタートアップ企業が資金調達を容易に行うことができる発達した資本市場である。1990年代や2000年代の中国は、経済成長の原動力として対内直接投資に大きく依存していた。今では状況がほぼ逆転しており、新たに誕生した中国現地の富裕層が海外の投資機会を求めるなか、中国の投資資金が海外に流入している。現在は海外のプライベートエクイティーも中国の門戸を叩いており、良いアイデアへの資金提供に熱を入れている。スタートアップ企業が資金調達に苦労することで知られていた昔の状況とは大違いだ。

Alibabaが新規株式公開(IPO)で250億米ドルの調達に成功し、一夜にして数千人の億万長者が誕生した例や、Tencentが社員のモチベーションを高めるために報酬として26億香港ドル相当の自社株を社員に支給した例などが示すように、今の中国企業は、環境の厳しい製造工場で働く選択肢だけでなく快適なオフィスで働く選択肢も提供でき、トップクラスの優秀な人材を惹き付けて維持できるだけの資金力を備えている。

このように、イノベーション強化に成功するための最後のファクターである資金調達へのアクセスは、現在の中国では容易だ。ベンチャーキャピタル(VC)の課税所得額から適格投資額の70%を控除できるなどの税優遇措置によって、VC各社が中国に集まっている。2016年にはVCによる中国国内での出資額が合計310億米ドルにのぼり、世界全体のVC出資額の25%を占めた。また、湖北省政府が810億米ドルの投資ファンドを立ち上げるなど、省政府も自省内に資本を引き寄せるためのスキームを整備している。

中国企業の現在の時価総額合計は1兆元を超える7。企業の大部分は第1級都市および第2級都市に集中しており、例えば、深セン証券取引所は、そのステータスの高さからイノベーション企業の上場先市場として好まれている。中国のどの主要都市にも成功した企業が存在し、有名な例を見ると、北京にはインターネット検索のBaidu、スマートフォンメーカーのXiaomi、PCメーカーのLenovoが、深センには電気自動車メーカーのBYD、ドローンメーカーのDJI、ソーシャルメディア企業のTencentが、杭州にはAlibaba、自動車メーカーのGeely、飲料メーカーのWahahaがある。活気のある資本市場の存在により、これらの中国企業はワールドクラスの企業へと成長を遂げるための資金力確保が可能となってきた。

すべてのピースが揃っている

シリコンバレーやボストンのイノベーションモデルと比較しても、中国は優秀な人材が豊富で、資金調達面や市場アクセス面で恵まれているなど、すべてのピースを備えていると考えられる。同国が自然と備える優位性のなかでも特に重要なのは、企業が巨大な国内市場で多額の利益を生み出し、海外進出のための資金を確保できる点である。さらに、中国の中間層の消費者は新しいトレンドやテクノロジーに対する受容性が高い。

過去であれば、素晴らしいリサーチアイデアを持った若く賢明な中国人にとっての定番の道と言えば、国内で資金を調達する術がなかったことから、欧米の大学の奨学金制度に応募するというものだっただろうが、今は状況が変わっている。中国政府は国内の大学に多額の資金を投入し、米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあるような世界的に権威のある機関と肩を並べるような設備を整備していることから、今日の奨学生は、自らのリサーチをさらに進めるためや、自分のアイデアを発展させるために海外へ飛び出す動機が低下している。

中国は従来から世界の工場というイメージが強く、一見イノベーションのイメージがないと思われるかもしれないが、当社では、中国は躍進して東洋のシリコンバレーへと変貌を遂げることができるとみている。古代中国の三国志ほどの壮大な合戦ではないにせよ、中国は、この現代の戦いにおいて競争相手の攻勢を払いのけるのに必要なスキルや武器を備えており、次のイノベーション・ハブの座をかけた競争に勝利する可能性が高いと考える。

  1. Analysys International(北京を拠点とするリサーチ会社)
  2. iResearch、BCG
  3. 中国インターネットネットワーク情報センター(CNNIC)(2017年1月)"Statistical Report on Internet Development in China"
  4. 1000plan.org
  5. 世界知的所有権機関(WIPO)(2017年12月6日) ‘China tops patent, trademark, design filings in 2016’
  6. 国家統計局(2016年)
  7. Bloomberg(2017年)