サマリー

  • 日本のコーポレートガバナンス・コード改革は、緩やかながらも着実に進んでいるが、最近のコードの改訂を受けて株式持合い解消の機運が高まるだろう。
  • 当社では顧客に対する価値を創造すべく、日本で積極的にスチュワードシップおよび議決権行使に取り組んでいる。
  • 日本企業の足元の保守的な業績見通しや収益性の向上、ガバナンス改革は投資家に魅力的な投資機会を提供している。

概観

コーポレートガバナンスは、安倍晋三首相によるアベノミクスの経済再生計画の柱となってきた。透明性向上の狙いはほかでもなくビジネス、投資家、そして社会のつながり方の改善といった点にまでおよび、投資を通じて他者に行動を促すようにより積極的に働きかけるよう各当事者に責任を課している。

日本の人口構成を考えると、コーポレートガバナンス改革は日本株式の魅力にとって重要なポイントである。この改革の背景にあるメッセージは、日本企業が活力を取り戻し、国内外での事業拡大に積極的になり、生産性の向上と株式リターンを追求して、利益をすべてのステークホルダー、特に重要な点として株主に還元するということである。

アベノミクス以降の改革

日本版スチュワードシップ・コードは2014年に公表され、それに続いて日本版コーポレートガバナンス・コードが2015年に公表された。これらはともに、上場企業および機関投資家が株主価値を向上させるために建設的な対話を行うことを要請している。2017年5月には、スチュワードシップ・コードが改訂され、議決権行使結果を個別開示することが推奨された。機関投資家は、投資先企業の自己資本利益率(ROE)向上を目指すなど、高い受託者責任を果たすことが要求されている。日本企業のROEは足元で約9%と、一貫して10%台半ば程度の米国に対して劣後している。

今年の4月5日時点で、資産運用会社、年金基金、議決権行使助言機関を含む227の企業が改訂版スチュワードシップ・コードの受入れを表明し、署名した。

株主によるプレッシャーから、日本企業においてもより明確な財務目標や増配、自社株買いといった株主ファーストの姿勢が徐々に広がりつつある。野村のデータによると、買収防衛策を導入している企業は、ピークをつけた2008年には569社あったものの、こうした防止策を廃止する日本企業が増加したことから、2018年5月時点では386 社にまで減少した。一方、TOPIXを構成する企業のうち、独立性のある社外取締役を2名以上置いている企業は、2013年時点で18%に過ぎなかったが、2017年7月には88%に拡大した。

経済産業省の調査によると、2016年6月時点で日本企業の約78%が相談役または顧問の役職を置いていた。当社では、意思決定において最終的な責任を負うべき人物は最高経営責任者(CEO)であり、表舞台に出てこない相談役や顧問(前CEOなど)ではないと考えている。これらの企業のうち、20%が制度を見直し中とされている。東京証券取引所は、2018年1月以降に提出するコーポレートガバナンス報告書のなかで企業が相談役や顧問に関するより詳細な情報を開示するよう制度を設けたことから、今日では以前よりも多くの企業がこうした役職について改めて見直しを行っていると当社では考えている。このことは、企業の説明責任の基準を向上させることになる。

このように着実に改革が進められているが、当社ではコーポレートガバナンス・コードが改訂されたことから、さらなる改革が進む可能性があると見ている。

図表1: 日本の株式持合い比率

日本の株式持合い比率 -- 出所:野村(2017年3月時点)

※保険会社が保有する株式を含めた広義の株式持合い
出所:野村(2017年3月時点)

コーポレートガバナンス・コードの改訂

コーポレートガバナンス・コードが公表されて3年が経ち、東京証券取引所から改訂版が発表され、2018年6月1日に即日施行された。改訂版コードのコアとなるのは、株式持合いの解消(図表1を参照)、取締役会の実効性強化、投資先企業との対話の充実に向けた日本の企業年金基金の体制強化である。

これにより企業は投資家による厳しい精査を受けることとなり、保有株式の正当性の証明を迫られることになる。そして、取締役会では年次で株式持合いを維持するか否かを個別に再評価することになるだろう。保有目的が適切であるか、各株式の保有によるメリットやリスクが企業の資本コストをカバーするものであるかについて調査することになると見られる。

京セラの場合(図表2を参照)、株式持合いが純資産の34.1%程度にのぼり、純資産事業利益率(ROA)は4.4%に引き下げられている。しかし、当社ではすでにこうした持合いが解消される兆候をすでに確認している。三菱UFJモルガン・スタンレー証券によると、過去の会計年度2期間において、株式持合いを増加した企業は28.5%であったのに対し、株式持合いを削減した企業は71.5%であった(株式ベース、TOPIX500ユニバースにおける2014年3月期から2016年3月期まで)。新たにコードが改訂されたことを受けて、株式持合い解消の動きが加速すると予想される。

図表2: 株式持合いの割合が高い日本企業

株式持合いの割合が高い日本企業 -- 出所:日本経済新聞(2018年4月11日付け)

*東証1部上場(金融除く)で時価総額2,000億円以上、直近の本決算ベース
出所:日本経済新聞(2018年4月11日付け)

株式持合いの解消を決めた企業は、株式売却額の全額でなくともその一部を、自社株買いの拡大および/または増配の形で還元する傾向がある。

また、「パートナー」が保有する株式を、企業が直接買い戻すことを決定するケースもあるだろう。いずれのケースにおいても、株式を買い戻す企業は純資産が減少する結果、1株当たり純利益(EPS)やROEが上昇し、株主価値の向上が期待できる。

保有株式を解消する企業は、株式売却のキャピタル・ゲインの実現による企業収益へのプラスの効果も期待できる。

当社では、企業の最高幹部には、価値を引き出して創造していくよう、さらなるプレッシャーがかかるとも予想している。経営陣にとって、年次総会で最適ではない企業戦略を支持してくれる「安定」株主が減少することになるためである。

図表3: 日米欧の株主還元性向(配当および自社株買い)の推移

日米欧の株主還元性向(配当および自社株買い)の推移 -- 出所: FactSet(2018年3月)

出所: FactSet(2018年3月)

当社のフォーカス

日本株式のスチュワードシップにおけるリーダー企業として、当社は積極的に議決権を行使し、株主価値の向上に向けて経営陣に効果的な影響を及ぼしている。特に、経営陣に対して資本効率の向上と株主への増配を求めている。実際、当社が「反対票」を投じたのは、2016年は9.1%だったが、2017年には16.9%まで上昇した。

当社では規律ある議決権行使を担保するべく、定量評価(配当性向やネットキャッシュ/株主資本比率など)に、CEOを含めた取締役再任の賛否について十分な情報に基づいて判断するための定性評価を併せたガイドラインを用いている。

コードの改訂を受け、当社では引き続き当社顧客に対する価値を創造すべく、様々な方法で企業経営陣との対話を行っている。

対話プロセスを充実させるために取った1つの方法として、社内のガイドラインを改定し、株式持合いが高水準でROEが低い企業をスクリーニングするようにした。そして、対話を重点的に強化すべき企業のリストを作成し、そこに挙げられた問題に対処する経営陣の姿勢に改善が見受けられないと判断した場合には、取締役会の再任に対して躊躇なく反対票を入れている。

魅力的な投資機会

今後を見通すと、あらゆる種類の投資家にとって、日本には無数の投資機会があると考えている。

日本企業の保守的な業績見通しを受けて、企業収益期待に着目する投資家には投資機会が高まっている。3月期決算の企業の多くは、5月の決算シーズンに業績見通しを発表しなければならず、その見通しには、米国の株価変動指数の暴騰、いわゆるVIXショックを受けた円の急上昇や株価の急落、また今年の第1四半期におけるトランプ大統領による保護主義的な動きが反映されている。

大半の企業の想定為替レートが1米ドル=105円程度であるなか、ドル円が現在の1米ドル=110円近辺で推移し続ければ、企業業績は上方修正されると予想している。

日本企業が現在取り組んでいる構造改革や値上げもまた、結果として中期的な企業収益を押し上げ続けると見ている。日本企業全体の純利益率は事業運営の向上を示しており、2017年3月期は5.3%と、連結決算が本格的に導入された2000年以降はじめて5%台に達した。

新たに改訂されたコーポレートガバナンス・コードは日本株式市場にとって、さらなる大きな前進である。企業経営陣は株式持合いの見直しを迫られ、さらなる財務面の知識や能力が求められるようになるだろう。当社では、資本コストを考慮したより明確な財務戦略の実践により、日本への長期投資が奏功するようになり、魅力的な投資機会がもたらされると考えている。