2018年を振り返る時、トランプ政権とその通商政策が話題を独占し、世界の金融市場の主な動きを決定付けたという事実に異論はないと思う。米国の中間選挙は終わったが、巨額の貿易赤字と共和党による上院支配の継続に思いを巡らせれば、世界は今後もこの世界最大の経済大国による保護主義的な動きに翻弄されることになるだろう。

日本も世界の動向と無縁ではない。しかし、分散投資の恩恵を受けつつ、投資リターンの向上を目指すグローバルな投資家にとって日本はユニークな投資機会を提供できると考えている。

貿易摩擦と日本

2018年10月、国際通貨基金(IMF)は最新の世界経済見通し(WEO)を発表し、その中で貿易摩擦が世界経済に及ぼす影響についていくつかのシナリオを提示した。最悪のシナリオでも、長期的な経済的悪影響は、日本が「0.2%を少し下回る」程度で、米国は「ほぼ1%」、中国が「0.5%を少し上回る」程度、米国を除く北米自由貿易協定(NAFTA)諸国は「1.5%減」、世界全体では「ほぼ0.4%」という見解であった(図表1参照)。当然、貿易摩擦によるセクターの優劣は出てくるだろうが、市場全体としては、日本は世界貿易を減退させるいかなる動きに対しても他国と比べて優位な立場にあると考えている。

図表1:IMF試算:貿易摩擦が実質GDPに及ぼす影響

図表1:IMF試算:貿易摩擦が実質GDPに及ぼす影響

出所:2018年10月のIMF世界経済見通し(WEO)を元に日興AMが作成

米中貿易摩擦のニュースの裏で進行している興味深い動きがある。日本が自国の自由貿易政策を加速させようと手段を講じていることである。2018年7月、日本は欧州連合(EU)と経済連携協定(EPA )を締結し、これは2019年2月に発効される見込みである。2つの市場規模を合計すると世界のGDPの3分の1、世界貿易の40%を占める。

さらに、トランプ大統領の就任後間もなく米国が離脱した、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加11カ国が結ぶTPP11協定が2018年12月30日に発効する。最初に批准した日本、カナダ、メキシコ、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドに、今後ベトナム、マレーシア、チリ、ペルー、ブルネイが続き、タイと英国も加盟に興味を示している。保護主義が高まる中、こうした自由貿易の進展を促すことができた主な要因は、日本における強い政治的リーダーシップにある。

政治的に安全な避難先

安倍晋三首相が率いる政権与党が衆参両院で過半数を占める今、日本には、議題を推し進め、政策を実行するための障害が比較的少ない。この大きな政治的資本は、貿易摩擦であれ、その他の経済へのリスクとなるイベントであれ、どんな逆風からも日本を守る防波堤になり得ると考えている。

2019年に予定されているそうしたイベントリスクの1つが10月に予定されている消費税8%から10%への増税である。前回2014年の消費税引き上げの経験から学び、今回政府は負の影響を取り除く様々な対策を検討している。食品や飲料、その他の生活必需品の税率を8%に据え置くことに加え、家計の負担軽減や耐久消費財の消費を促進するための減税や補助金といった対策が検討されている。追加的税収のおよそ約3分の1(5.6兆円のうち1.7兆円)が保育やその他の家計に対する補助金として活用されることにより、負担はさらに軽減される。さらに、インフラ強化と経済支援策としての公共工事を含む大規模な財政刺激策が消費税引き上げ前に発表されることが見込まれている。継続的な政策支援による円滑な移行が可能となるこの時期に消費増税を行うのは良いことだと当社では考えている。

一方、金融政策においては、2018年4月、日銀の黒田総裁が任期5年で再任された。10月31日の金融政策決定会合後の発表の中で、日銀は、(消費税引き上げを含む)いかなる不確実要因にも対処できるよう「当分の間」緩和的金融政策の継続にコミットすることを明らかにしている。(2013年から続く)政府と日銀の物価目標を既定した政策連携はまだ有効であり、そのため、継続的な政策協調が期待できる。

コーポレート・ガバナンス改革における変曲点

日本において、他国とは相関が低いアルファ創出の機会が期待できるその他の分野として、継続的なコーポレート・ガバナンス改革があげられる。

安倍政権の下、2014年の日本版スチュワードシップ・コードに続き、2015年にはコーポレート・ガバナンス・コードが公表され、上場企業と機関投資家の両者に対して、株主価値の向上に向けた建設的な対話へのエンゲージメントが呼びかけられた。2017年5月には、スチュワードシップ・コードが改訂され、議決権行使結果の詳細開示が提言された。また、機関投資家とアセットオーナーには、投資先企業のROE(自己資本利益率)向上を目的とした、より高い水準の受託者責任が求められるようになった(日興アセットの最近のスチュワードシップ活動については図表2及び図表3参照)。

図表2:日興アセットの企業とのエンゲージメント

図表2:日興アセットの企業とのエンゲージメント

出所:日興AM

図表3:日興アセットの議決権行使結果(2017年7月〜2018年6月)

会社提案議案

図表3:日興アセットの議決権行使結果(2017年7月〜2018年6月) 会社提案議案

株主提案議案

図表3:日興アセットの議決権行使結果(2017年7月〜2018年6月) 株主提案議案

出所:日興AM
注:スチュワードシップ・コード署名後に会社提案議案への反対比率が大幅に増えた。

コーポレート・ガバナンス・コードが施行されてから3年が経ち、東京証券取引所はその改訂版を公表し、これが2018年6月1日に施行された。主な改訂のポイントは、株式の持ち合い解消、取締役会による委員会の設置、企業年金のエンゲージメント活性化である。企業は、今や投資家によって厳しい監視下に置かれることになり、株式の保有を正当化しなくてはならなくなった。取締役会には、持ち合い株式の保有についての評価が年次で課せられるようになった。この際、取締役会は、各持ち合い株式の目的が適切かどうか、その便益とリスクが企業の資本コストに見合うか確認しなくてはならない。日本企業のROEは、約9%であり、一貫して10%台半ばの米国企業のROEと比べて劣っており、やるべきことはまだ多い。

コーポレート・ガバナンス改革は経営陣による企業の慣行を変える継続的な努力であるため、一夜にして成すことはできない。一方で、当該コードが企業に有意義な影響を及ぼし始めたということもできると考えている。 例えば、ROEの低い企業が定時株主総会で最高経営責任者(CEO/会長)の再任に対して反対票を突きつけられるというケースが増えている(図表4参照)。変曲点はそこまで来ていると考えており、業績の低迷を理由に不満を持つ株主から追放される最高経営責任者が出てくるのも時間の問題だと考える。コーポレート・ガバナンス改革がこうした圧力を作り出している中、投資家は株主価値を高めるために企業が取る積極的な行動がもたらす利益を享受できる良い立ち位置にいると言える。

図表4:定時株主総会における最高経営責任者再任に対する反対比率及びROE

図表4:定時株主総会における最高経営責任者再任に対する反対比率及びROE

出所:アイ・アールジャパン及びブルームバーグ。 ROEは過去5年平均

過度な悲観

ファンダメンタルズを重視する投資家にとって、現在の市場は魅力的な水準にあると考える。TOPIX(東証株価指数)のPER(株価収益率、12ヶ月先予想EPSベース)は、(この原稿の執筆時の2018年12月13日現在)12.8倍周辺で推移しており、アベノミクスのスタート時からの13倍〜16倍のトレーディング・レンジの下限を下回る水準となっている(図表5参照)。当社では、最近の下落は過度な悲観論と貿易戦争に対する懸念によるもので、それをクオンツやリスク・パリティ等のファンダメンタル投資家以外の投資家が増幅させていると考えている。また、当社では日経平均のPBR(株価純資産倍率)1倍割れ、イールドスプレッド8%超えは市場の大底のサインだと考えている(図表6参照)。

図表5:アベノミクス後のトレーディング・レンジを下回るバリュエーション

図表5:アベノミクス後のトレーディング・レンジを下回るバリュエーション

出所:2018年11月末現在、FactSet.

図表6:日経平均及びPBR(上)、イールドスプレッド(TOPIX益回り-10年物国債利回り)の推移(下)

図表6:日経平均及びPBR(上)、イールドスプレッド(TOPIX益回り-10年物国債利回り)の推移(下)

出所:2018年12月末現在、FactSet.

新しい時代

2019年に日本は文字通り、新しい時代に入る。4月30日には、今上天皇が退位し、これにより平成の時代が終わる。4月の退位礼正殿の儀や10月に新天皇が即位を宣明する即位礼正殿の儀が行われるなど、2019年には様々な皇室関連儀式が続く。さらに4月末から5月初旬にかけて1回限りの10連休がある等、1年を通じて祝賀ムードが高まり、消費を後押しするものとみられる。 (2011年の620万人から2017年には2,870万人となった)訪日外国人も、9月のラグビーワールドカップや2020年の夏季オリンピック等の主要なスポーツイベントにも後押しされ、増加を続けるとみられる。大阪市も2018年11月に2025年万博の開催地として選出された。

現在の日本は、分散効果を伴ったパフォーマンス向上を目指すグローバルな投資家にとって、他地域との相関の低い魅力的な投資機会を提供する多くの面を有する。世界貿易における立ち位置、政治的安定性、コーポレート・ガバナンス改革、魅力的なバリュエーションといった観点から、独自の特性を有する。したがって、2019年はこれまでよりもさらに一層、日本に関心を持つ投資家(及び訪日観光客)が増える新しい時代の幕開けとなると見ている。

株式運用部

辻村裕樹
CIO - ジャパン

中野次朗
株式運用部長

星野正智
企業調査グループマネージャー

髙山純一, CFA
インベストメント・ディレクター
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