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ハンガリー
美しい町並みに彩られた中欧諸国をリードする国
Hungary Data
プロフィール
ハンガリー
●国名:ハンガリー共和国
●人口:1,005万5,000人(2008年、IMF)
●面積:約9万3,000km2(日本の約4分の1)
●GDP:1,562億8,400万米ドル(2008年、IMF)
●1人当たりGDP:1万5,542米ドル(2008年、IMF)
●経済成長率:0.6%(2008年、IMF)
●主要産業:機械工業、化学・製薬工業、農業、畜産業
●対日主要貿易品目:
輸出/事務用機器、自動車、自動車部品
輸入/半導体部品、自動車部品、自動車
●言語:ハンガリー語
●通貨:フォリント
●気候:大陸性気候
●格付:BBB-(S&P)、Baa1(ムーディーズ)
●株式時価総額:143億1,039万米ドル
首都・ブダペストに代表される美しい町並みが世界中の多くの人の心を魅了してやまないハンガリー。
ベルリンの壁の崩壊、ソ連崩壊など、冷戦終焉への流れを生み東欧改革の先導役を果たしたこの国は、1990年に自由主義国家へと変革してからもなお、「旧東欧の優等生」と言われるほどの着実な発展を見せ、EUに加盟した今、経済・文化における活躍が期待されている。
街並み
ハンガリー基礎知識
ハンガリーのルーツ
ハンガリー王国の誕生
9世紀末に遊牧民の一部族マジャール人がハンガリーへ移住。1000年にマジャール人のイシュトヴァーン1世がローマ教皇からハンガリー王国国王として戴冠し、ハンガリー王国が誕生する。その後、11~12世紀に、スロバキアやクロアチア、トランシルバニアにも勢力を伸ばし、中欧の強国として君臨していた。

占領と戦いの時代
13世紀のモンゴル帝国による侵略の後、16世紀になるとオスマン帝国の脅威にさらされるようになり、1526年のモハーチの戦いで国王ラヨシュ2世が戦死し、王朝は断絶。オスマン帝国のスレイマン1世はハンガリーを直轄地とし、トランシルヴァニアを保護領とした。ハプスブルク家はハンガリーの北部と西部を支配し、150年近くにわたりハンガリーを分割支配した。その後、1699年に結ばれたカルロヴィッツ条約により、ほぼ全域がハプスブルク家のものとなった。18世紀に入ると、独立への蜂起が何度となく起こるがいずれも鎮圧される。しかし、ヨーロッパでの影響力が低下しつつあったハプスブルク帝国との間に和約が結ばれ、1867年に、オーストリア・ハンガリー帝国が成立し、首都ブタペストには国会議事堂などが作られた。

自由主義国家への歩み1914年に第一次世界大戦が勃発すると、中央同盟の一翼を担い戦ったが敗北。その後ハンガリー・ソビエト共和国が成立するが、ルーマニアの介入により打倒され、翌年には、「ハンガリー王国」が成立。
第二次世界大戦では、1944年ドイツの占領を受けるが、大戦後ソ連に解放された。1949年にハンガリー人民共和国が成立し、ハンガリーは共産主義政党による一党独裁制国家となった。しかし、独裁政治に対する市民の反発は強く、ハンガリー動乱が勃発し、ソ連軍により鎮圧される。1980年後半、ソ連のペレストロイカの影響をうけ、急速な民主化が進み、国名も「ハンガリー共和国」に変更、1990年には自由主義国家へと変革を遂げた。


■ハンガリーの主要産業
主な産業はガチョウ(フォアグラ)などの畜産業をはじめ、農業、機械工業、化学・製薬工業。特に農業は「欧州の穀倉」と呼ばれるほどの食糧輸出国となっている。ボーキサイト、石炭、鉄鉱石など地下資源にも恵まれている。
くさり橋 くさり橋
橋のたもとにライオン像が立ち、ハンガリーで最も美しい橋といわれる。初めてブダ地区とペスト地区を結んだ橋で、セチェーニ公の命により造られ、1849年に完成。その後ブダとペストは統合されてブダペストになり、くさり橋は統合の象徴ともなった。
ブダ王宮 ブダ王宮
代々ハンガリーの王が居城として使用してきた建築物。1242年にベーラ4世が築いた。トルコ軍の来襲など、何度も戦火に遭い、現在ある建物は第二次世界大戦後に大幅に修復されたもの。国立図書館、国立美術館などとして公開されている
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※ 各国・地域のプロフィールは外務省ホームページ等の情報を元に記載しています。また、その他の情報は株式会社ジェイティービーが有するデータを元に作成しています。なお、格付けは2009年3月末日時点で自国通貨建長期債務に対して付与されたものです。
※各国の株式時価総額は信頼できると判断した情報を元に記載しています。(2009年3月末日現在)
写真提供:ハンガリー政府観光局
代々ハンガリーの王が居城として使用してきた建築物。1242年にベーラ4世が築いた。トルコ軍の来襲など、何度も戦火に遭い、現在ある建物は第二次世界大戦後に大幅に修復されたもの。国立図書館、国立美術館などとして公開されている。