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インド
IT産業を牽引に目覚しく発展し世界に注目される大国
India Data
プロフィール
インド
●国名:インド
●人口:11億9,045万1,000人(2008年、IMF)
●面積:328万7,263km2(インド政府資料。パキスタン、中国との係争地を含む)
●GDP:1兆2,096億8,600万米ドル(2008年、IMF)
●1人当たりGDP:1,016米ドル(2008年、IMF)
●経済成長率:7.3%(2008年、IMF)
●主要産業:農業、工業、鉱業、IT産業
●主要貿易品目:
輸出/工業品、石油製品、繊維・繊維製品、化学関連製品、宝石
輸入/原油・石油製品、電子機器、輸送機器、金 、電気機械
●言語:連邦公用語はヒンディー語、他に憲法で公認されている州の言語が21
●通貨:ルピー
●気候:熱帯から湿帯まで地域によって異なる
●格付:BBB-(S&P)、Ba2(ムーディーズ)
●株式時価総額:5,995億7,190万米ドル
世界第2位、10億人を超える国民が暮らすインド。
イギリスによる長い植民地時代を経て、ガンジーの登場により、1947年、見事独立を勝ち取った。
現在、首都・ニューデリーや商業都市・ムンバイなどは近代的なビル群がそびえる国際都市へと発達。
また、IT産業の発展は目覚ましく、世界中がその動向を見つめている。
街並み
インド基礎知識
インドのルーツ
古代王朝の発展
インドの歴史は紀元前3000年にさかのぼり、インダス川周辺に栄えたインダス文明の遺跡がパキスタンに残る。インダス文明衰退後はアーリア人がガンジス川流域に移住し、小さな王国を各地に築いていた。このアーリア人により、バラモン教が誕生し、カースト制度や輪廻思想の原型ができあがった。
紀元前6世紀には、インドには主要な王国がいくつかあったが、マガダ国が強大となり、仏教とジャイナ教という形で、ヒンドゥー正教に対抗する新しい思想が生まれた。マガダム人による支配の後、古代インド初の王朝が、チャンドラグプタにより誕生。第3代のアショカ王は仏教を広め、北はカシミールとペルシャル、南はマイソール、東はオリッサまで帝国を拡大するが、紀元前232年のアショカ王の死後、帝国は崩壊、混乱の時代を迎える。
その後チャンドラ・グプタ1世がグプタ朝を興した。サンスクリット語を公用語に採用し、ヒンドゥー教が浸透したほか、芸術や文化も繁栄し、インドの歴史の中でも黄金の時代であった。 グプタ朝衰退後再びインドは混乱期に入る。


イスラム教徒の侵略
混乱期のインドに攻撃を始めたイスラムは次第に支配力を強め、1206年にはインド初のイスラム王朝が成立した。その後それは、巨大なムガル帝国となり、イスラム式の社会概念や統治が導入された。
ムガル帝国の成立とほぼ同時期に、ヨーロッパ諸国がインドに進出を開始。1605年にはポルトガル、オランダ、フランスを圧倒したイギリスが東インド会社を設立し、1757年からイギリスの植民地支配が始まった。


独立に向けて
19世紀後半、イギリスに対する人々の不満は募り、1857年にインド大反乱(セポイの反乱)が勃発するが、イギリス人により圧服。19世紀の後半からは、民族解放運動が盛んになりモハンダス・カラムチャンド・ガンジーの出現により、1947年8月15日にイギリスに権力を明け渡すことを合意させた。

■インドの主要産業
インドにおける主な産業は、米や綿花、小麦、ジュード、茶などの農業、工業、鉱業、IT産業。アウトソーシングによるソフトウェアの輸出、医療技術の進歩が目覚ましく、現在世界中から注目を集めている。
ランガナータスワーミ寺院 ランガナータスワーミ寺院
南インドのタミルナードゥ州、インド最大の寺院都市シュリーランガムにある寺院。煌びやかなゴプラム(塔門)と七重の壁に囲まれた巨大な寺院にはヒンドゥー教の「ビシュヌ神」が祭られている。年に一度盛大な祭りが開催され、熱心なヒンドゥー教徒たちが集う。

タージ・マハル <アグラ> タージ・マハル
<アグラ>
ムガル帝国第5皇帝シャー・ジャハーンが妻の死を悼み、22年の歳月と莫大な費用をかけて建設したムガル建築の最高傑作。シンメトリックな造りで、各地から集められた貴石や大理石などが使用されている。
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※ 各国・地域のプロフィールは外務省ホームページ等の情報を元に記載しています。また、その他の情報は株式会社ジェイティービーが有するデータを元に作成しています。なお、格付けは2009年3月末日時点で自国通貨建長期債務に対して付与されたものです。
※各国の株式時価総額は信頼できると判断した情報を元に記載しています。(2009年3月末日現在)
写真提供:インド政府観光局


マオリ戦争による荒廃のため、オークランドにあった首都がウエリントンへ移転すると、1890年には自由党が政権を治め、高度な福祉国家として成長していった。
第一次・第二次世界大戦もイギリスとともに参戦。第一次世界大戦では、12万もの兵を送り込み、その功績によりイギリスから大幅な自治権が認められた。以来、イギリスの王や女王は象徴的な存在であり、議会が執政権をもつ政治という形が続いている。
独立後のニュージーランドは、イギリスによる影響を受けてはいるものの、オーストラリア、日本、アメリカ、東南アジア諸国などとの絆を強化し、独自の貿易を行い、海外政策を持つようになっている。