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| Iceland Data
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●国名:アイスランド共和国 ●人口:31万6,000人(2008年、IMF) ●面積:10万3,000km2(日本の約4分の1) ●GDP:175億4,900万米ドル(2008年、IMF) ●1人当たりGDP:5万5,462米ドル(2008年、IMF) ●経済成長率:0.3%(2008年、IMF) ●主要産業:水産業、水産加工業、金属(アルミニウム精練) ●主要貿易品目: 輸出/水産物、アルミ及び同製品、医薬品 輸入/自動車、燃料、航空機 ●言語:アイスランド語 ●通貨:アイスランドクローナ ●気候:西岸海洋性気候 ●格付:BBB+(S&P)、Baa1(ムーディーズ) ●株式時価総額:12億50万1,000米ドル |
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ヘクラ山を含む多くの火山があり、間欠泉が点在。 海洋プレートが生成される、大地の裂け目「ギャゥ」も確認できる。 人々が雄大な自然とともに暮らすこの国は、民主議会の確立や、女性大統領の選出など、より民主的な国を目指し、世界に先駆けさまざまな政策をとってきた。 首都・レイキャヴィクは1986年、東西サミットの舞台となり、以来、国際都市としてその名が世界中に知られている。
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共和制国家への歩み アイスランドはもともと無人島だったが、870年頃、ヴァイキングがこの地を見つけると同時に、植民開拓が始まっていった。9世紀後半には、ハラルド国王との政権争いに敗れたノルウェー貴族達がこの島に移り住み、9~10世紀にかけては、ノルウェー人だけでなく、イギリスのケルト人たちの移住も行われた。 圧政から逃れてきた人々が多かったこともあり、930年には、レイキャヴィクの東方50kmにあるシンクヴェトリルの平原に「アルシング」とよばれる世界最古の民主議会を創設し、さらにこの民主議会のもと共和国家を誕生させる。1117年には、国法・グラウガンスも制定され、共和制の時代がしばらく続いていた。
他国の統治時代 1262年になると、ノルウェーの支配を受けるようになり、共和王国は終焉。 1380年にノルウェーがデンマークの属領となると、アイスランドもデンマークに編入され、第二次世界大戦中、アメリカやイギリスの支配下に置かれたのを除き、デンマークによる長い統治が続いた。 その間、疫病の流行や飢饉、ラキ山の大噴火などの天災により多くの人々が命を失うというアイスランド史上最も悲惨な時期があったが、18世紀半ば以降さまざまな産業が興り、着実に回復へと向かった。
アイスランド共和国の誕生 国民的英雄と呼ばれるヨゥン・シグルズソンの指導のもと、独立運動が活発化し、1874年、デンマーク国王がアイスランドに憲法と財政的独立を認め、 1904年には全面的自治権を勝ち取る。また、1918年、デンマーク主権下の独立王国となった後、1944年には、民主議会の聖地シンクヴェトリルでアイスランド共和国が誕生した。1980年には、ヴィクディース・フィンボガドッティルが女性初の大統領となり、1986年には、東西サミットとして、レーガン・ゴルバチョフ会談が行われ、その名を世界中に知られるようになった。
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| タラやニシンを中心とした漁業・水産加工業と、水力発電、地熱発電によるエネルギーを利用したアルミ製錬が重要な産業となっている。また、羊を中心とした牧畜のほか、マグネシウム産業、非鉄金属(合金鉄)や研磨産業などエネルギー集約型産業も盛んだ。 |
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ホヴジ・ハウス <レイキャヴィク> ホヴジ・ハウスは1909年、レイキャヴィクの町の外れにフランス領事館として建てられた。現在は、レイキャヴィクの迎賓館として使用され、1986年10月レーガン・ゴルバチョフ会談が開催された会場としても知られている。 |
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ペルトラン レイキャヴィク南部にある複合施設。建物内には歴史博物館、会議場、レストランなど様々な施設がある。周囲が6つの温水貯蔵タンクに囲まれており、市内全ての給湯をまかなっている。 |
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| ○当資料は、日興アセットマネジメントが世界各国の情報についてお伝えすることなどを目的として作成した資料です。○当資料は、信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。 |
※ 各国・地域のプロフィールは外務省ホームページ等の情報を元に記載しています。また、その他の情報は株式会社ジェイティービーが有するデータを元に作成しています。なお、格付けは2009年3月末日時点で自国通貨建長期債務に対して付与されたものです。 ※各国の株式時価総額は信頼できると判断した情報を元に記載しています。(2009年3月末日現在) 写真提供:駐日アイスランド大使館 |
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