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シンガポール
アジア有数の近代国家として歩み続けるガーデンシティ
Singapore Data
プロフィール
シンガポール
●国名:シンガポール共和国
●人口:466万8,000人(2008年、IMF)
●面積:699km2(東京23区とほぼ同じ)
●GDP:1,819億3,900万米ドル(2008年、IMF)
●1人当たりGDP:3万8,972米ドル(2008年、IMF)
●経済成長率:1.1%(2008年、IMF)
●主要産業:製造業(エレクトロニクス、化学関連、バイオメディカル、輸送機械、精密器械)、商業、ビジネスサービス、運輸・通信業、金融サービス業
●主要貿易品目:
輸出/機械・輸送機器、鉱物性燃料、化学製品
輸入/機械・輸送機器、鉱物性燃料、原料別製品
●言語:国語はマレー語、公用語として英語、中国語、マレー語、タミール語
●通貨:シンガポールドル
●気候:亜熱帯海洋性気候
●格付:AAA(S&P)、Aaa(ムーディーズ)
●株式時価総額:2,279億5,130万米ドル
「リパブリック・プラザ」をはじめ、「サンテック・シティ」など、近代的な高層建築が立ち並ぶシンガポール。
イギリス植民地支配からの解放、マレーシアからの独立以後、目覚しい発展を遂げたアジア有数の近代国家だ。
「クリーン・アンド・グリーンの庭園都市」の国造りを続け、緑と建物の調和がとれた、清潔感溢れる街並みが実現し、現在は「ガーデンシティ」という呼び名で愛されている。
街並み(マーライオン)
シンガポール基礎知識
シンガポールのルーツ
他国による支配時代
14世紀、シンガポールは当時強大なスリ・ヴィジャヤ王国の一部となり、トゥマセ(海の町)として知られていた。
1819年、アジア貿易の拠点にするために、東インド会社のラッフルズがシンガポールに上陸。その後、1832年にペナン、マラッカ、シンガポールの海峡植民地政府の拠点となり、東洋と西洋の貿易拡大の中心地として栄えていった。
その後、第一次世界大戦では軍港として注目され、第二次世界大戦では、日本軍に軍政をしかれ、「昭南島」と改名された。


シンガポールの誕生
第二次世界大戦後、再びイギリスの植民地となるが、独立運動が活発化していくなか、1955年にデイビッド・マーシャルが首相に就任。独立交渉を行った結果シンガポールは英連邦内自治州となった。その後の1959年には、弁護士のリー・クアンユー率いる人民行動派が選挙で圧勝し、リーが首相に就任した。国民投票により、シンガポールは1963年にマレーシアの州となり、イギリスによる植民地支配は完全に終わった。
しかし、マレー人優先の政策をとる中央政府と、中国系住民が人口の80%近くを占めるシンガポールが対立。結局1965年にマレーシアから分離し、シンガポール共和国が誕生した。

近代国家への歩み
独立後のシンガポールは、激しいインフレと失業問題を抱えていたが、リー首相が外資の導入、税制上の優遇措置など大胆な政策を進め、その功績により奇跡ともいわれる経済発展を遂げた。
また、独立以来「クリーン・アンド・グリーンの庭園都市」の国造りを推進。その結果、緑と建物の調和がとれた、美しい町並みが広がり、シンガポールはガーデンシティとの名で呼ばれている。


■シンガポールの主要産業
過去の中継貿易地点という役割から、今や製造業の拠点へと変わりつつあり、製造業(エレクトロニクス、化学関連、バイオメディカル、輸送機械、精密器械)のほか、商業、ビジネスサービス、金融などが盛んだ。電子部品の主要供給国であり、造船や船の修復でも世界のトップを走っている。またシンガポールは、アジアにおける最も重要な金融拠点のひとつとなっている。
エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ
マリーナベイを望むウォーターフロントに位置する複合施設。独特のドーム型の屋根をもち、館内には1600席を有するコンサートホール、2000席を有する劇場などがありさまざまなイベントが開催される。


ラッフルズ郷上陸地点 ラッフルズ卿上陸地点
1819年、イギリス東インド会社の副総督サー・トーマス・スタンフォード・ラッフルズが上陸の第一歩を印した場所。当時未開のジャングルだったシンガポールをラッフルズが整備し、街造りを行った。シンガポール川のほとりに、腕を組んだラッフルズ像が立つ。
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※ 各国・地域のプロフィールは外務省ホームページ等の情報を元に記載しています。また、その他の情報は株式会社ジェイティービーが有するデータを元に作成しています。なお、格付けは2009年3月末日時点で自国通貨建長期債務に対して付与されたものです。
※各国の株式時価総額は信頼できると判断した情報を元に記載しています。(2009年3月末日現在)
写真提供:日本アセアンセンター


マオリ戦争による荒廃のため、オークランドにあった首都がウエリントンへ移転すると、1890年には自由党が政権を治め、高度な福祉国家として成長していった。
第一次・第二次世界大戦もイギリスとともに参戦。第一次世界大戦では、12万もの兵を送り込み、その功績によりイギリスから大幅な自治権が認められた。以来、イギリスの王や女王は象徴的な存在であり、議会が執政権をもつ政治という形が続いている。
独立後のニュージーランドは、イギリスによる影響を受けてはいるものの、オーストラリア、日本、アメリカ、東南アジア諸国などとの絆を強化し、独自の貿易を行い、海外政策を持つようになっている。