何度も繰り返し夢中になるものが幾つかある。
人であったり音楽であったりモノであったりするのだが、生まれてからこれまでの間、その存在を知って夢中になり、暫くすると別のものに興味が行って忘れてしまうのだが、何かのきっかけでまた夢中になる…そんなものが幾つかある。
その中に高峰秀子と云う存在ある。
それは知れば知るほど興味の尽きない魅力を持った存在なのだ。
子供の頃は製薬会社のテレビCMに出てくる「おばさん」(母より6つ年上なのだから当然だが…)としてしか記憶が無い女優さんだ。しかし、その人が…とんでもない大女優なのだと…その後、知ってゆく。
大学生のとき(と言っても、もう30年前になるが…)に銀座の並木座(もう無くなってしまったが、名画座と云って古い映画を再上映していた)で、成瀬巳喜男監督特集があり、彼女が主演した『浮雲』を観た。
衝撃だった。日本映画とは思えない、リアルでかつムードもある作品で、中年の男と薹の立った女との恋愛映画なのだが…その高峰秀子が「纏っているもの」が、映画の中に彼女が登場したときに、日本人の持つ雰囲気とは根本的に違って、凄く驚いたのだった。
まるでフランス映画の女優のようだったのだ。共演の森雅之も最高の演技で、この『浮雲』を日本映画の恋愛部門で第一位に推す映画評論家は少なくない。
そして、同じ成瀬巳喜男監督の『乱れる』。
この映画では、地方都市にある小さな酒屋を切り盛りする戦争未亡人の役が高峰秀子で、義理の弟役を若き加山雄三が演じている。彼は義理の姉に恋をして…最後には悲劇に終る映画なのだが、ここでの高峰秀子は完璧な「酒屋の奥さん」なのだ。
あの『浮雲』で纏っていた妖艶で不可思議なムードは微塵も無く、ただ生真面目に姑を支えて生きている、どこにでもいる、けなげな、フツーの奥さんにしか見えないのだ。
その演技力の凄さは、彼女の作品を観れば観るほど知るようになる。
『女の園』と云う木下恵介監督の作品。
京都の名門女子大の厳しい規則の中で暮らす、様々な女子大生の生き方を描いたもので、高峰秀子は親から許してもらえない恋愛に悩む女子大生の役なのだが、登場した瞬間から最後まで、一貫して完璧な?うつ病を患っている女性になっている。
これは、驚愕だった。徹頭徹尾そのような演技を観客に見せられる力を持つプロはスターと呼ばれる人の中でも極々少数だろう。
蛇足だが、この映画ではもう一人とんでもなく上手な役で高峰三枝子が出演している。それは恐い舎監の役なのだが…私はそれまで自分が観た映画で一番恐い役を演じた女優は『カッコーの巣の上で』の看護婦役のルイズ・フレッチャーだったが、それよりもこの高峰三枝子のほうが恐かった。DVDになっていますから、その恐さに触れたい人も是非観て下さい。
この高峰秀子と云うひと。目茶苦茶に文章が上手い。
それも超がつく位、上手い。彼女の書いたものを寝床で読んでいると「エッ!」と云う時間になっていることも…しばしばと云う程、読んでいると夢中になる。
リズム感の良さ、独特の表現、そして交友する人間関係の充実振り。
兎に角、凄い人たちから好かれている。谷崎潤一郎、梅原龍三郎、新村出などの文化人や学者などでもレベルが違うのだ。その事実から、人間の魅力度が所謂女優と云う人達と全く異次元なのだと思う。
最近も彼女を巡る書籍が刊行され、彼女自身の著作も多く重版されて書店に並んでいる。
是非、ご一読をお薦めします。
最後に告白。個人的にその人に興味を持って家まで探して見に行ったのは(…ストーカーだね)これまでの人生で……森繁久彌と高峰秀子しかいない。