米国の金融産業は大恐慌以来の、いやそれ以上とも云える危機を迎えました。
1930年代にもなかった大型金融機関の破綻がそれです。
金融工学を金科玉条に、実態的には拡大を続けたバランスシートが一気に弾けた結果が今のクレジットパニックをもたらしました。
90年代から異常なスピードで発達を見せた金融工学は、どのようなリスクであっても取り扱うことが出来る。とされてきました。その極北とも云えるのがサブプライムローン(低所得層向けの貸出)だったのです。証券化と分散化でそのリスクは軽減されるとし、そのような債権を組み込んだ金融商品をグローバリゼーションによってドルを蓄積した世界中の金融機関に販売していったのです。そしてそれだけではなく販売している金融機関の倒産リスクをも金融商品として売買がされてきました。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)がそれです。
これらの商品を通じて米国の金融機関は帳簿上においても簿外においても資産と負債を肥大化させていきました。そして、それが極北であるサブプライムローンが弾けたことに端を発して、逆回転が始まり、金融機関の信用そのものが瓦解(がかい)して現在の危機に至ったのです。
今回の事態の説明には、常套句のように「行き過ぎた自由化・規制緩和」が言われます。確かにそのような要素は否定出来ませんが、ある意味での「規制」が原因であったとも言われています。BIS規制と云う銀行の自己資本規制がその代表です。貸出等のリスク資産の積み上げのためには十分な自己資本を蓄えなくてはならないとされているものです。
この規制によりサブプライムローンなどのリスクの高い資産は帳簿上持つことは、難しくなります。そこでその規制を掻い潜ってきたのが証券化と云うものでした。
銀行の貸出債権を証券化することによって帳簿から外して簿外で処理をするものです。
この証券化商品を扱うことにより本来は貸出の行えない証券会社が実質的な貸出の担い手となっていきます。
銀行と証券とのWINWIN(取引の双方に利益となる)の関係がこれにより成立し、ビジネスが広がれば広がるほど銀行・証券の利益と共に実質的なバランスシートも膨らんでいったのです。
一見複雑に見えても基本は信用の供与と云う金融の普遍的な問題がそこには横たわっています。いつの間にか、度を過ぎた信用の供与を銀行・証券の巨大な金融複合体がやり続けてバブルに至っていたと云うことなのです。
その問題解決には、公的資金という資金だけではなくやはり時間も必要でしょう。