政治および政策リスクの高さを特徴とする環境において、市場ボラティリティが低いということは一見逆説的である。この状況は米国で最も顕著である。図1に見られるように、 CBOE SPX ボラティリティ指数はここ10年で最低値に近い一方、米国についてのEIU 政治リスク指標はここ10年で最高値に近い。前者は一般的にはVIX指数として知られており、S&P 500指数中の全企業についての市場から導かれる株式市場リスク評価の尺度である。VIXは通常、米国株式についてだけでなく世界中の資産についてのリスク選好の指標と考えられている。エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによって計算されるEIU 政治リスク指標は、米国における政治的不確実性の定量化を試みている。

図1:米国の政治リスク指数と CBOE SPXボラティリティ指数(VIX)

米国の政治リスク指数と CBOE SPXボラティリティ指数(VIX)

出所:ブルームバーグ、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット、2017年

その他の定量指標からも、金融市場における過度の過信と現実世界の高い不確実性との間において、同じような二分が見られる。例えば、株式市場全体でのリアライズド・ボラティリティの大きさは過去最低値で、市場への過信がうかがわれる。一方で、全米経済研究所によって公表されているもののような政策の不確実性の尺度は、過去最高値に向かう傾向が見られ、政策の展開に対する不安がうかがわれる。これらの対比は米国内でも世界的にも共に当てはまる。図2はVIX と経済政策不確実性指数の対比を示している。

図2:経済政策不確実性指数とVIX 指数

経済政策不確実性指数とVIX 指数

出所:ブルームバーグ、ベーカー、ブルーム&デービス2017年

「トランプとブレグジットのデジタル時代における恐れと不安」と題するフィナンシャルタイムズの最近の記事は、ストレスと不安の兆候を訴えるアメリカ人が、この10年のどの時期よりも多くなっていると指摘した。この結論は米国心理学会による最近の世論調査に基づくもので、それ自体がワシントンポストの数カ月前の記事で心理学者とマッサージ療法師によって表明された同様の懸念を確認する内容であると記されていた。この恐れと不安が米国の株式市場に紛れ込んでいないことは明らかである。図3に見られるように S&P 500指数は最近、この150年では最も高い水準のリスク調整後収益となった。

図3: S&P 500指数に恐れと不安なし

S&P 500指数に恐れと不安なし

出所:ロバート・シラー、 2017年

本論文で、我々はこのパラドクスの説明を試みるが、結論は単純なものにはなりそうもない。一方、現在の金融市場でリスクはミスプライスされており、現実世界の不確実で未知な現実をよりよく反映するためにリスクは今にも上方に向かって爆発しようとしていると結論付けることができる。このことから、世界の金融資産のポートフォリオに組み込まれる防御性を増すこと、ダウンサイドリスク軽減のためのヘッジの追加、おそらく株式やその他のリスク資産を売却し、金や現金のような安全資産を追加することが示唆される。

これとは逆の結論は、実のところ市場はリスクを効率的に評価していて、低いインプライド・ボラティリティから示唆されることよりも慎重であるということだ。この場合、論理的な行動は、ポートフォリオ全体においてリスクのエクスポージャーを維持し、おそらくは比較的安価に見える資産へのエクスポージャーを増やすことである。

ボラティリティの低さはリスクの低さを意味しない

ボラティリティの低さはリスクの低さを意味しないことに着目することで、このパラドクスは容易に説明される。だが、ほぼ一般的にボラティリティがリスクのディスクリプタと考えられていることから、これが真実であるか、または真実でないかもしれないのはなぜかを一から調べてみるのは有益である。

資産のボラティリティ、すなわち標準偏差は、そのリターンの分布を説明するために用いられる統計的尺度である。ヒストリカルの、またはリアライズド・ボラティリティは過去の分布がどうだったかを示すが、予測ボラティリティは、通常はモデルに基づき、将来的にどうなりそうかについての予想である。これらはそれぞれ事後および事前ボラティリティとも呼ばれる。事前ボラティリティがモデルの予測に到達するために用いられる過去の関係の持続性に依存することに着目することが重要である。歴史的に見ると、ボラティリティが低いことは、それが将来も低いままであることを意味しない。同様に、モデルによって予測される事前ボラティリティが低いことは、将来のボラティリティが低くなることを保証しない。そのために、リスクをより広義に、将来の市場リターンの可能性にまつわる不確実性として定義するときには、過去であれ予測であれ、ボラティリティのレベルが低いことは、リスクのレベルが低いことと同じことではないことが明確になる。

ボラティリティがリスクの尺度として金融的思考に非常に深く組み込まれている理由は、金融資産の価格の時系列は一般的には歴史的にリターンの対数正規分布を示すという見解から来ている。株式、債券、通貨およびその他の金融資産についてこのことが当てはまり、単純に資産価格のリターンの自然対数のヒストグラムのプロットが図4に示す、よく知られたベル曲線に似ていることを意味する。このベル曲線の標準偏差は、この分布の幅、または、合理的な信頼水準が保たれている通常の環境の下で、期待される資産価格のリターンの範囲を示す数値である。標準偏差が10%であるということは、資産価格のリターンが、分布の中間点で示される過去の平均リターンの中間または平均から+/- 10%以内となる確率が約68.5%あることを意味する。

図4: ボラティリティ、リスク、正規分布

ボラティリティ、リスク、正規分布

出所: 日興アセットマネジメント, 2017年

平均から遠ざかるにつれて、リターンが実現される確率は次第に小さくなる。 例えば、この資産に対するリターンが平均から+/- 20%を超える確率は5% 未満で、平均から+/- 30%を超える確率は1%未満である。これらの確率が非常に小さく、取るに足らないものに見えるために、それでも確率が存在することが見落とされがちである。このように分布の中心に焦点が当てられるために、最も可能性の高い確率だけでなく、すべての確率の組み合わせを示す標準偏差が高まる結果となる。 これがリスクの尺度としての標準偏差とボラティリティに頼ることの最大の欠点である。

恐らく、そうした統計的な平均分散リスク分析の2番目に大きな欠点は、リターンの分布がこの完全なベルの形を取るという想定である。教科書的な統計から離れてブルームバーグの専用端末に戻ると、リスク資産に対する最近のリターンが極めて良好なことに気づかずにはいられない。図3に示されるように、株式市場のリターンが最近は長期的な平均をかなり上回っている。 債券のリターンはその長期的な実績に対してさらに魅力的でさえある。コモディティおよび新興市場はこの数年間ちょっとした熱狂状態であるが、10年の範囲で見ればそれも妥当なように見える。そういうことで、資産リターンの分布が非常に狭い範囲に押し込まれているように見えるために、現在ピークがより高く、幅がより狭くなっていると言える。しかし、裏を返せば、分布の裾が長くなっているということである。 正規分布が示すよりも大きな損失が生じる確率が高い。リスクを練り歯磨きのチューブと考えてみよう。中央が搾られれば端に行くものが多くなるということだ。

中央銀行の搾り

練り歯磨きを搾ることがまさに、10年間にわたる例外的な金融緩和策と自由通貨が資産価格に対して行ってきたことである。潜在的リターンの分布の幅、すなわちボラティリティは、図5に見られるように、中央銀行の防御的なプットのために狭まっている。同時に、分布の裾が広がってくる。側面の練り歯磨きが多くなるということは、非常に大きな損失の可能性が増していることを意味する。そのような環境の中では、ボラティリティは、一般的に考えられるほどリスクの尺度には適していない。

図5:「搾られた」正規分布でのボラティリティとリスク

「搾られた」正規分布でのボラティリティとリスク

出所:日興アセットマネジメント、 2017年

金融緩和策は、唯一のものではないにしろ、この10年の世界的な債券利回りの低下の主な牽引役になってきた。図6に見られるように、債券利回りの低下に伴ってボラティリティも低下してきている。これは偶然の一致なのか、それとも因果関係があるのか。我々の考えでは、「グリーンスパン・プット」、「バーナンキ・プット」、「ヘリコプター・マネー」、そしてマリオ・ドラギの「何でもする」によって示された中央銀行の方針の累積的影響が、投資家に金融市場のリスクに対するパブロフ反射を植え付けてきた。リスクが上昇するたびに中央銀行がリスク抑制策を強化するとの予測が投資家のリスク選好度を高めてきた。このことから、両者の関係は偶然の一致というよりは因果関係と言えそうだ。

図6:低下する債券利回りがボラティリティを引き下げてきた

低下する債券利回りがボラティリティを引き下げてきた

出所:ブルームバーグ、 J.P.モルガン、 2017年

中央銀行は全能だと信じる考えは最近弱まってきた。これは、利回りとボラティリティの双方に対する押し上げ圧力の新たな源泉であると示唆される。だが、より長期的に両方を低く抑えることができる強力な中央銀行をも超えるさらに強力な力が存在するがゆえに、これは当然のことではない。

中央銀行を超えて: 人口動態とボラティリティ・リスク・プレミアム

一つの考え方は、高齢化における人口動態と、経済の低成長のために、債券利回りが抑えられたままの状態が続く可能性があるというものだ。その後の利回りに対する需要は、収益を求める投資家を利回りの代替源泉へ押しやり続けるであろう。

ボラティリティの売り戦略はそうした利回りの代替源泉の一つになってきており、そのために利回りに手を伸ばす者から主に恩恵を受けてきた。図7は、その理由を示している。左側の縦軸上にはS&P 500指数のインプライドおよびが示されている。最終利回りは両者の間のスプレッドで、右側の縦軸にプロットされている。このスプレッドは通常プラスで、「ボラティリティ・リスク・プレミアム」と呼ばれる。これはS&P 500指数のダウンサイド・リスク・プロテクションの買い手、すなわちダウンサイドのボラティリティの買い手が、その後の指数のリアライズド・ボラティリティに対して支払わなければならないプレミアムである。

同様に、これはダウンサイド・リスク・プロテクションの提供者が得ることのできる報酬である。これは伝統的な保険会社のモデルとよく似ている。そうした保険業者は一般的に自らのエクスポージャーを、再保険業者のような別の市場参加者とのポジションを相殺することで自身のエクスポージャーをヘッジする。これによって保険業者がプロテクションをまったく失うことなく、スプレッドを得ることが可能になる。同様にボラティリティ・リスク・プレミアムは、 インプライド・ボラティリティとリアライズド・ボラティリティの間のスプレッドを得る、リスクが管理されたアプローチである。それは S&P 500指数の方向性を仮定する必要が無く、また、そのボラティリティのレベル変化を仮定する必要もない。インプライド・ボラティリティに組み込まれるショートポジションは、その後のリアライズド・ボラティリティのロングポジションによって、最も一般的にはS&P 500指数のコールとプットのオプションを売り、エクスポージャーをデルタヘッジすることで相殺される。 ダウンサイド・リスク・プロテクションに対する需要によってインプライド・ボラティリティの価格が、オプションがその後のリアライズド・ボラティリティのレベルより高く売れるレベルに保たれる限り、投資家は利回りの代替源泉としてスプレッドを得ることができる。

図7: 利回りの源泉としてのボラティリティ・リスク・プレミアム

利回りの源泉としてのボラティリティ・リスク・プレミアム

出所:ブルームバーグ、 2017年

類似しているが根本的には異なったショート・ボラティリティ戦略の実施には、アウトライトまたはヘッジなしのベースで、VIX先物契約でショートのポジションを取ることで、ショートのインプライド・ボラティリティであることが含まれる。遠い将来の有害事象に対する付保コストが通常は短期間の事象に対する付保コストより高いために、VIX の期間構造は典型的には上向きに傾斜している。このためにボラティリティ先物契約の期間構造が上向き傾斜になり、そのために曲線上のショートポジションが非常に魅力的なロールダウンの特徴を呈する。

ボラティリティ・リスク・プレミアムのヘッジされたものとヘッジされないものとの比較が図8に示されている。全体的なリターン特性は類似しているが、無防備なショートボラティリティであることで得られるリターンの方がかなり大きくなった。

図8:ヘッジなしショート・ボラティリティ ETFs 対ヘッジあり ボラティリティ・リスク・プレミアム

ヘッジなしショート・ボラティリティ ETFs 対ヘッジあり ボラティリティ・リスク・プレミアム

出所: ブルームバーグ、ゴールドマンサックス、 2017年

確かに、そうした無防備なショート戦略の好成績が、受動的にそれを追跡する投資しやすい上場投資信託(ETF)の拡大と相まって、市場におけるショート・ボラティリティ・エクスポージャー全体の飛躍的な増加につながった。図9 はより一般的に取引されるショート・ボラティリティETFの一部の伸びを示している。このショート・ボラティリティETFへの着実な流入が過去のインプライド・ボラティリティのレベル低下の要素である可能性がある。逆に、これらの戦略からの資金流出額が将来のボラティリティ上昇の重要なけん引役になる可能性がある。

図9: ボラティリティの売り戦略の飛躍的な伸び

ボラティリティの売り戦略の飛躍的な伸び

出所: ブルームバーグ、2017年

ショート・ボラティリティ戦略におけるエクスポージャーの総量は、かなりの量が機関投資家と投資銀行の間で、直接店頭で取引されているために、図9に示されるものの2倍である可能性がある。

ショート・ボラティリティ・エクスポージャーの量についての全体像は、ヘッジファンドとマルチアセットファンドの飛躍的伸びからも引き出される。

これらは共に明確ではないがショート・ボラティリティでもある。図10は、一般的に使われるヘッジファンドのリターンベンチマークであるHFRX総合指数のリターンと、ショートVIX 戦略のリターンベンチマークであるS&P 500 VIX短期先物インバース指数との間の3年ローリング相関を示している。この相関は高く、最近さらに高くなっている。このことから、恐らく、ヘッジファンドに投資される数兆ドルはショート・ボラティリティの非常に大きなエクスポージャー残高を反映していて、これらの市場セグメント全般の資産増加も市場のボラティリティが大きくならないように蓋をしている原因となってきたと言えそうである。

図10:ヘッジファンドとショート・ボラティリティの相関

ヘッジファンドとショート・ボラティリティの相関

出所:ブルームバーグ、ヘッジファンドリサーチ、日興アセットマネジメント、2017年

ヘッジファンド業界における資産増加がこの数年間失速してきたことは事実である。だが、リスクパリティ、リスクコントロールおよびその他のマルチアセット戦略の伸びはそれを上回るほど大きかったのかもしれない。

図11では、米国における150年以上の債券と株式の 利回りのローリング相関がプロットされている。この15年にわたって見られるようなマイナスの数字は、債券と株式の価格が一般的に互いに反対方向に動いてきたことを示している。ほとんどのマルチアセット戦略、そして特にレバレッジをかけたリスクパリティ戦略は、投資目的を達成するためにリスクバランスのとれた債券と株式の配分に依存している。このリスクバランスでは債券と株式の間のマイナスの相関が続くことを想定されている。特定のボラティリティ・レベルを目標にしているマルチアセット戦略は、ボラティリティが低下する時にはレバレッジとリスクエクスポージャーを増加させ、ボラティリティが上がる時にはそれを減少させる。総合すれば、これによってマルチアセット戦略が効果的にショートの相関であり、ショートのボラティリティである結果となっている。そのために、これらの戦略の管理の下での資産の成長は今までのところではボラティリティの圧縮のもう一つの原因となっている。

図11: マルチアセットファンドはショートの債券-株式相関

マルチアセットファンドはショートの債券-株式相関

出所:ロバ^ト・シーラー、日興アセットマネジメント、 2017年

しかし、図10にも見られるように、この債券-株式の負の相関関係は、この20年以前は市場環境の典型ではなかった。過去においては、1800年代後半であれ今世紀の前半であれ、1970年代と1980年代のスタグフレーションの20年であれ、債券と株式が一諸に上がり下がりするのが標準的な状況だった。 前に述べたように、インフレの兆候がさらに明らかになれば、 この相関が逆転し始めることがリスクになると我々は考えている。債券は、現在はまったくインフレを価格に織り込んでいない。もし債券価格がインフレを織り込んでいくと、歴史的に低い株式の利回りが支持を得るのに悪戦苦闘するだろう。

これまで述べてきたのは、ここしばらく体系的にボラティリティを押し下げるのに重要な役割を果たした可能性があるいくつかの市場ダイナミクスである。リスクコントロール・マルチアセット戦略は、多くのそうしたショート・ボラティリティ・エクスポージャーの供給者の一つでしかないが、1980年代の洗練されていないポートフォリオインシュランス戦略と比べると害は少ない。当時実行されたポートフォリオインシュランス戦略は、下降する市場でリスクエクスポージャーを減らし、現金化するために手順通りの売却プログラムに従ってきた。それは米国の株式が1日でその価値の5分の1を失った1987年10月19日のブラックマンデーに、ボラティリティを上げ、さらに売却を強いて、市場下降の悪循環を長く続かせたことで、悪名が知れ渡るほどにその功績を認められている。これらのプログラムは確かに市場を極度に不安定化させた。今日起こっているリスクコントロール戦略の反復は、より確実で、市場に混乱をもたらすことが少ない。なぜなら、通常、エクスポージャーを減らし、市場のおけるストレスが増大している兆候を、願わくはその事象が起る前に、利用する先進的なリスク緩和メカニズムが組み込まれているからだ。だが、これらの戦略のリスク緩和分野は、リスクの計測においてボラティリティが果たしていない役割があることをきちんと理解し、さらに改善することが可能である。

一時的要因:相関関係の崩壊

米国大統領選挙でのトランプ氏の驚くべき勝利により、米国と世界において、政治だけでなく、企業や各業種の見通し全般も様相が一変した。そして、投資家に、製薬や医療企業のような敗者となる可能性のある企業の株式の一部 を売らせ、エネルギーや金融のような勝者となる可能性があるとみなされる企業の株式を買わせてきた。そのため、選挙以来、市場が堅調に回復する一方で、株式とセクターの相関関係が、図12に示されるようにこの10年の最低値にまで落ち込んだ。

図12:下落するセクターの相関がボラティリティを引き下げる

下落するセクターの相関がボラティリティを引き下げる

出所:ブルームバーグ、ヘッジファンドリサーチ、日興アセットマネジメント、2017年

一つの証券グループの上方向または下方向への動きが別の証券グループの反対方向への動きによって相殺するため、ボトムアップの個別銘柄レベルでの相関関係の低下は、全体としては市場レベルでのボラティリティを押し下げる。相関関係の低下から生じるこうしたボラティリティの足を引っ張る効果は、前に議論された構造効果のいくつかに比べて一時的なものである可能性が大きい。しかし、今のところ、低下する相関関係のボラティリティに対する強い下向きの影響は、図13の新興国市場と先進国市場の株式の間の相関関係の内訳に見られるように、米国だけでなく世界的にも明らかである。

図13: 低下する 先進国市場/新興国市場 の株式相関関係がボラティリティを引き下げる

Falling DM/EM equity correlations drag volatility lower

出所ブルームバーグ、ヘッジファンドリサーチ、日興アセットマネジメント、2017年

ではボラティリティは低いが、リスクは高いのか?

我々は3つの理由からそう考える。

第1に、リスクは最近、市場で見られるボラティリティレベルの低下に合わせて低下してはおらず、別の形を取っただけである。練り歯磨きのたとえで説明したように、リスクは起こりうる結果の分布の中央から側面に移動した。テールリスクはより予測不可能であると同時により邪悪あるために、リスクは低下せずに実際は高まったかもしれない。

第2に、ボラティリティは長期的な下降トレンドにとどまっているにしても、例外的に低いレベルから反発することになっているのかもしれないと我々は考えている。現在のボラティリティの非常に低いレベルは、間もなく姿を消す可能性のある一時的要因を反映したものかもしれない。

第3に、そして最後になるが、市場と市場参加者の特性の変化に起因し、ボラティリティはリスクの尺度としてはかつてのように有益でないのかもしれない。市場における実際のリスク回避をずっとよく示すボラティリティに関連する2つの尺度が、 ボラティリティ・スキューと ボラティリティ期間構造である。今これらの尺度はそれぞれ、VIXのレベルだけから見られるよりも高いレベルのリスク回避を示している。

VIX のボラティリティ・スキューは、インプライド・ボラティリティにおけるアウトオブザマネー・プットとS&P 500指数のコールオプションの間の差である。高い値は株式市場の下落に対するダウンサイド・リスク・プロテクションの買いの高い需要を示している。投資家のリスク回避は、図14に見られるように、ハイレベルのVIXスキューから明らかである。

図14: 25デルタプットとコールオプションに対するVIXスキュー

25デルタプットとコールオプションに対するVIXスキュー

出所: ブルームバーグ、2017年

VIX先物指数の期間構造はVIX の将来レベルに対するトレーダーの期待を理解する手掛かりとなる。VIX が上昇することを市場が期待する場合、期間構造は右肩上がり、すなわち「コンタンゴ」(順鞘)である。このことは、 例えば3カ月で失効するVIX 先物の価値は今日のVIX、つまりスポットレベルの価値より高いということである。同様に、 6カ月間のVIX の価値は3カ月のものより高くなり、そのように続いていくということである。反対に、インプライド・ボラティリティのレベルの将来の低下への期待は、一般的にはフラットまたは右下がりの期間構造に反映される。VIX 期間構造の険しさは図15に見られるようにこの10年で最高値である。

図15: 3か月インプライド・ボラティリティ期間構造

3か月インプライド・ボラティリティ期間構造

出所ブルームバーグ、日興アセットマネジメント、2017年

結論

政治的、経済的に高い不確実性の中での明らかに穏やかな金融市場のリスク・プライシングにおけるパラドクスは、金融市場のリスク特性が変化しているからだと言える。リスクは起こりうる結果の分布の中央からその裾へと移行してきた。これはとりわけ、債券の利回りとボラティリティの両方を引き下げてきたこの10年の過剰なまでに 緩和的な中央銀行の金融政策が原因である。

さらに、株式市場のリアライズド・ボラティリティまたは株価指数オプション市場から導かれるボラティリティ(VIX)のような一般的に用いられる金融市場リスクの尺度は、真の市場リスク回避の実態を不完全にしか伝えていない。VIXのスキューや期間構造のような尺度は、現在の金融市場のリスク回避のレベルは、政治的リスクと経済的な不確実性の指標によって示される、より高いリスクとの整合性が取れた、より高いものらしいことを示している。

しかし、最近の資産間相関の崩壊が一時的なものであることが分かり、債券利回りがより市場主導レベルに戻り始めているので、少なくともボラティリティ(リアライズドとインプライドの両方)のある程度の上昇を予想するのが妥当である。

結論として、今日の低い市場ボラティリティはおそらく、パラドクスというよりは収益機会である。この機会は多面的で、安価な資産クラスへのエクスポージャーを組み込み、市場のミスプライシングを利用して代替利回りという希少な源泉を獲得し、ロング・ボラティリティとロング・コンベクシティのリスクプロファイルを組み込むことでマルチアセットのポートフォリオにより強固な構造安定性を構築する能力を含んでいる。