はじめに

低下する債券利回りと低インフレの世の中では、世界の資本市場での合言葉は「利回り探し」だ。このレポートでは、この欲求を後押しする需要サイドの要因と投資家への長期的な影響について考える。平均寿命、定年、依存人口比率の観点から、この問題の規模を考察する。資産クラス毎の長期のリターン実績の評価に基づき、異なる保有期間と経済環境による各資産クラスの動きを示唆する。

長寿がもたらした課題

過去65年間に起こった世界的な平均寿命の上昇から、退職後の長い人生とそれに伴う投資資産の長期保有により、貯蓄に対する圧力が強まっている。政治的にタブー視されている退職年齢の引き上げだが、引き上げざるをえないだろう。

高齢者医療に対する納税者の負担と国の一般会計予算の増加による圧力がこれを凌ぐからである。2000年当時、世界の人口に占める60歳以上の割合は11%だったが、これが2050年には22%になる。これは国の財政と人々が老後に必要とする貯蓄額に対する大きな圧力要因となる。

ただ、既存の公的年金と社会保障制度にのしかかる重圧については、もうかなり前から意識されており、老後に向けた民間の貯蓄に拍車をかけていた。英国の社会保障庁(SSA)の調査によれば、全勤労者の61%、既婚者の 80% が1つ以上の年金制度で積み立てをしている※1

長い老後と高齢者の人口増加がもたらす貯蓄に対する需要は明らかだ。少ない労働人口で成長と経済発展に必要な生産性を維持していくには、絶え間ない技術・競争力の変化が必要となる。長期保有による投資目標の達成を考えた時、これらは重要な要素だ。

貯蓄– 投資家は何をすべきか?

金融ニュース報道では、常に企業の業績予想や株価のバリュエーションの見通しの変化がセンセーショナルに取り上げられている。これは投資家が長期投資というスタンスを維持することを妨げないだろうか。個々の株価の短期的な変動は、ストックオプションの価値が気になる社員には大切かもしれないが、老後に向けた十分な蓄えの予測には役立たない。

将来に向けた貯蓄に必要な10年や20年、あるいは30年といった長い時間軸において、株式や債券、短期国債などの資産クラスの長期保有によるリターンをテレビ報道で判断するには無理がある。ペンシルバニア大学ウォートン校、金融学のジェレミー・シーゲル教授は、「株式投資」(原書「Stocks for the Long Run」、2014年McGraw Hill出版)で、1、2、3、5、10、20、30年の異なる保有期間における、米国の株式、債券、短期国債の過去200年における実績リターンの最高値と最低値を分析している※2。この結果を図表1に表わす。

図表1: 1802年から 2012年までの、保有期間1年、2年、5年、10年、20年、30年の株式、債券、短期国債のリターンの最高値と最低値

1802年から 2012年までの、保有期間1年、2年、5年、10年、20年、30年の株式、債券、短期国債のリターンの最高値と最低値

出典:ジェレミー・シーゲル教授著「Stocks For the Long run(「株式投資」)」(2014年McGraw Hill出版)94ページ

この図表からは、なぜ株式が金融ニュース報道の主流なのかが見て取れる。1年と2年の期間では、株式の最高リターンと最低リターンの幅は、債券や短期国債よりずっと大きい。このボラティリティが株式の長期的な価値を見え難くしている。けれども、実質的な長期保有の株式リスクはずっと低い。事実、30年の保有で見れば、1802年以来の株式の実質リターンは2.6%だった。 また、株式の年利10.6%の最高リターンは、短期国債や債券をかなり上回っている。5年間、 10年間、 20 年間の保有でさえ、債券や短期国債よりも好ましいリスク・リターン・トレードオフが成立している。

歴史は将来に対する優れた指針となるのか?歴史を重んじるものとして、不確実な時代において、歴史は大変に役立つと考える。今回の分析の対象となった200年間には、産業革命、急激な都市化、世界大戦や地域的な紛争、ハイパーインフレーション、デフレーション、金融危機、多くの発明、医療の飛躍的な進歩、平均寿命の大幅な伸びなど、様々なことが起こっている。にもかかわらず、株式は、この2世紀のどの時期の20年および30年を取っても、プラスの実質リターンを達成している。テレビで流れる短期的な変動のニュースに惑わされず、投資家が20年から30年先を見るならば、その他の資産クラスを選ぶべき理由は考えられない。

株式投資において損失の回避を考えるならば、常に保有期間との関係性に着目すべきである。例えば、シーゲル教授は「1929年のピーク時の投資は、15年後に元に戻っている。その回復のペースは、第二次世界大戦後にはさらに速まっている。金融危機の事例を含めた近年において株価の回復に最も長い時間を要したのは、2000年8月から2006年4月の5年8ヵ月だった」※2と指摘している。

この分析からは、長期的な価値を保持する株式の特性について興味深い見識が得られるものの、これらのリターンは完全に米国のみのデータである。その他の国ではどうなのだろうか?シーゲル教授は、図表2で各国のデータも提示している。

図表2: 1802年から 2012年における、 1年、2年、5年、10年、20年、30年の保有期間から見た株式、債券、短期国債の実質リターンの最高値と最低値

1802年から 2012年における、 1年、2年、5年、10年、20年、30年の保有期間から見た株式、債券、短期国債の実質リターンの最高値と最低値

出典:ジェレミー・シーゲル教授著、「Stocks For the Long run(「株式投資」)2014年McGraw Hill 出版、 89ページ

各国間でリターンの違いはあるものの、株式からはその他の主要な資産クラスよりも優れた実質リターンが得られている。世界平均のパフォーマンスでは、地理的分散メリットが示唆されている。

ここまで、現在の世代とそのすぐ後の世代の貯蓄ニーズの規模についての考察を進めてきた。ポイントは株式の保有期間で、それは通常考えられているより長いかもしれない。また、労働人口の減少に伴う国家予算の不足という圧力を回避するために、生産性(さらに退職年齢引き上げも)を常に上げていく必要がある。それでも、過去200年の間、必要な実質リターンに最も近い資産クラスであり続けたのは株式だった。

なぜ配当が重要なのか?

平均寿命が伸び、金融資産の保有期間が長くなるにつれ、退職前に近いライフスタイルが求められるようになる。この意味で、配当所得に対する需要は続くと見られる。また、いくつかの学術的な研究からは、無配当銘柄と比較して、有配銘柄のリターンが高く、ボラティリティが低いという結果が指摘されている。再度、シーゲル教授も、1871年から2012年の間の様々な期間において、株式の歴史的なリターンを配当、配当の伸び、収益の増加、キャピタルゲイン別に分析している。

図表3: 各歴史的な期間における配当、利益、配当性向データ

各歴史的な期間における配当、利益、配当性向データ

出典:ジェレミー・シーゲル教授著、「Stocks for the Long Run(「株式投資」)」、2014年McGraw Hill出版、145ページ

期間全体を通じて、配当が最も重要なリターンの源泉となっている。税制の変更と残ったキャッシュフローの再投資需要が企業の配当性向を低下させた第二次世界大戦の後でさえ、配当が占める割合はリターン全体の中で最大となっている。

さらに、2016年11月の「Financial Analysts Journal 」に掲載された、C.M. Conover、G.R. Jensen、M.W. Simpson共著の「What difference do dividends make?(配当は何の違いを生み出すか)」で示された、高配当のポートフォリオの方がその他の配当性向のポートフォリオより低いボラティリティで高いリターンを提供するという、もう一つ注目に値する学術的根拠がある。この集計結果を図表4に示す。

図表4: 歴史的な各期間における配当、企業収益、配当性向のデータ

歴史的な各期間における配当、企業収益、配当性向のデータ

出典:C.M. Conover、G.R. Jensen、M.W. Simpson共著、「What difference do dividends make?(配当は何の違いを生み出すか?)」、「Financial Analysts Journal 」2016年11月/12月号

低配当、ゼロ配当、超高配当(6.3%)の各株式ポートフォリオと比較して、高配当(年利4.4%)のポートフォリオが、より低い標準偏差で、3年間の期間中平均でより高い月次リターンを達成した結果となっている。これは、幅広い意味でシーゲル教授の見解と一致しており、配当が全体のリターンの大きな割合を占めている。

配当からのシグナル

配当の重要性は明らかだが、すべての配当戦略が同じというわけではない。超高配当はしばしば企業の財政逼迫の合図である。例えば、オンラインへの読者の新聞離れで、2000年代初めに新聞業界は大きな転換期を迎えた。このセクターの銘柄は、歴史的に見て、潤沢なキャッシュフローや強く安定した収益、平均を上回るリターンや総資産利益率(ROA)を特徴としていたが、競争の激化による圧力で高配当は持続不可能であることが証明された。結果としての業界の弱体化は、図表5に表れている。

図表5: 1950年代からの米新聞業界の実質広告収入

1950年代からの米新聞業界の実質広告収入

出典:米新聞協会(NAA)発表のデータ

結論

高齢化社会によって、貯蓄と生産性における大きな課題が突き付けられている。全体的に見て、株式は長期的に優れた投資結果をもたらす。また、株式のリターンの実績から配当が引き続き重要となると見られる。

同時に、新聞業界のような注意すべき事例もある。有配企業の収益とキャッシュフロー、リターンの持続性、バリュエーションを見極めるべきである。長期的な目標達成のために、配当の支払いを支えるキャッシュフローの流れは持続可能でなくてはならない。

上記の要素を勘案し、長期的に安定したリターンを求める投資家は、グローバル株式を考慮すると良いだろう。キャピタルゲインとインカムゲインの双方において総合的なリターンが得られる、世界的に分散した銘柄に集中的な投資を行なうポートフォリオは、資産を増やすための再投資と配当によるリターンのバランスを取ることで、定年後のキャッシュフローに潤いをもたらすだろう。

注記

※1 https://www.ssa.gov/policy/docs/ssb/v75n2/v75n2p41.html

※2 Prof. J Siegel, “Stocks For the Long run”. McGraw Hill (2014)