アジア太平洋先進国に目を向けるべき理由

アジア株式への投資を検討する際、投資家それぞれのリスク選好度に応じた複数の選択肢が存在する。アジア株式市場全体(MSCI AC アジア インデックス)に投資するポートフォリオは、グロース寄りのブレンド型株式ポートフォリオとみることができる。一方で、中国経済が成熟しつつあること、東南アジア諸国連合(アセアン)やインドが発展目覚しい工業拠点として台頭してきていることなど、アジア地域における力学のシフトを考慮し、アジア株式へのアロケーションを新興国と先進国に分けるという手もある。また、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポールなど、グロースの特色を備えるアジア太平洋先進国(MSCIパシフィック(除く日本)インデックス)に資産を配分する投資家もいるかもしれない。

過去10年間におけるMSCIパシフィック(除く日本)インデックスの年平均リターンは4.2%1である。主な特性として、インカムリターンの水準が相対的に高く、過去5年間の平均配当利回りは4%2にのぼる(チャート1参照)。また、同インデックス内の分散度合いも2012年以降27%から42%へと上昇している。これは、アジア太平洋先進国の成長パターンが進化するにつれ、リターンの源泉が増加・多様化したことを物語っている。こうした分散効果向上に連動する形で、同インデックスのリスク水準も同期間において23%から15.5%へと低下している。

これらの特性について、日興アセットマネジメントのアジア株式チームは、アジア新興国のよりダイナミック且つキャピタルゲイン型の成長に対し、「クオリティの高い成長」と定義している。MSCIパシフィック(除く日本)インデックスのなかで構成比率が群を抜いて高いのはオーストラリア市場である(58.8%3)。よって、域内の経済成長動向の変容が同市場のリターンにどのような影響を及ぼしているかを理解することが重要となる。

グローバル・サプライチェーン内へのアジアの統合が一段と進んでいるが、そうしたサプライチェーンへの組み込まれ方は国によって様々である。中国は、輸出主導の工業化に伴う資本財需要が旺盛で、アジア太平洋地域の主要な成長けん引役となってきた。

アジア太平洋先進国の間には相違点があるが、共通の類似点もある。それは、英国のコモン・ロー(慣習法)に基づくコーポレートガバナンス体系、そして建設活動や移民純増数の多さを牽引役とした内需の強さだ。

また、これらの国々は、中国の経済成長の原動力が外需主導の鉱工業生産から、より内需主導のサービス消費へとシフトしていくにつれ、将来的にも恩恵を受ける見通しだ。アジア太平洋先進国のサービスセクターは、MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの大部分を占めていることから(金融セクターの構成比率は40.2%)、中国の経済構造のシフトの恩恵を享受する可能性が高い。

オーストラリアやニュージーランドなど、長年にわたり域内向けに鉱物や農作物を輸出してきた国々の場合、このシフトは逆風となるが、利点もある。中国の中間所得層が拡大するなか、観光やヘルスケア、教育などのサービス産業にとっては有利な状況にある。

香港やシンガポールの場合も同様に、金融、貿易、運輸などのサービス分野は良好な成長機会と捉えられている。特にシンガポールは「デジタル経済」、フィンテックなどのテクノロジーを活用したサービス分野に重点を置いている。

中国の進化の側面として、アセアンを中心とする他のアジア新興国への製造拠点のシフトが挙げられる。アセアンには、インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシアだけでなく、ミャンマー、カンボジア、ラオス、ブルネイなどの「フロンティア」国家も含まれる。よって、アジア太平洋先進国の輸出企業からすれば、世界の企業がサプライチェーン内の供給源の分散化を図るために「チャイナ・プラス・ワン」というアプローチをとるなか、これらの国々が従来の資本財の新しい需要源になるとみられる。これは、該当分野(特にコモディティ)における対中輸出減少分の埋め合わせに寄与すると考えられる。

チャート1:MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの過去5年間の配当利回りの推移

チャート1:MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの過去5年間の配当利回りの推移 - 出所:MSCI Barra(2017年9月現在)

出所:MSCI Barra(2017年9月現在)

チャート2:MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの過去5年間の分散度合いの推移

チャート2:MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの過去5年間の分散度合いの推移 - 出所:MSCI Barra(2017年9月現在)

出所:MSCI Barra(2017年9月現在)

チャート3:MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの過去5年間の総リスク水準の推移

チャート2:MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの過去5年間の分散度合いの推移 - 出所:MSCI Barra(2017年9月現在) - 出所:MSCI Barra(2017年9月現在)

出所:MSCI Barra(2017年9月現在)

一方で、MSCIエマージング・アジア・インデックスは、過去5年間のリターンが前述のMSCIパシフィック(除く日本)インデックスの4.2%よりも高く、7月31日時点の年初来リターンは後者の18.43%に対し30.05%にのぼる。ただし、過去10年間の年率リターンでみると、いずれも同等の水準にある4。特筆すべき点として、アジア新興国株式は、配当利回りが過去5年間で2.5%から2.0%へと低下しているように、インカムリターンが低下傾向にある。

域内諸国の成長動向

中国による鉱物や農作物需要の恩恵を受けてきたオーストラリアとニュージーランド、中国本土との統合が進んだ香港の 金融サービス、アセアンの玄関口となりつつあるシンガポール

オーストラリア

オーストラリアは、MSCIパシフィック(除く日本)インデックスでの構成比率が50%を超える。その結果、オーストラリアドルは同インデックスのトータルリターンに対する大きな寄与要因となってきた。同国の経済成長動向、そして域内における同国の輸入/輸出の役割を理解することは、市場リターンを見通す上で極めて重要だ。オーストラリアの現在の「長期的な好景気」は、現代史上最長の連続した景気拡大局面であり、1992年から現在まで続いている5。オーストラリア経済は中国の鉱物需要への依存度が高く、それが成長の原動力となってきた。当然ながら、中国は2009年以降オーストラリアにとって最大の輸出先市場となっており、輸出収入に占める割合が34%と群を抜いている。アジア全体が占める割合は80%である6

チャート4:オーストラリアのGDP成長率(年率)の推移

チャート4:オーストラリアのGDP成長率(年率)の推移 - 出所:Trading Economics(2017年現在)

出所:Trading Economics(2017年現在)

鉱業セクターは依然としてオーストラリアの輸出の大部分を占めているが(同国の経済生産高の75%を占める)、2014年以降、サービス産業(教育、金融、ヘルスケア、インバウンド観光など)も輸出に占めるシェアを伸ばしている。中国経済のリバランスや進化が進むにつれ、こうした輸出の多角化は引き続き進むものとみられる。

オーストラリアの長期にわたる景気拡大局面の持続性については、国内の家計消費や特には建設活動による部分もあることは注目に値する。また特筆すべき点として、移民の純増が人口拡大を後押ししており、人口増加率は1.7%と他地域(欧米)の先進国を上回っている。

香港

香港は、MSCIパシフィック(除く日本)インデックスでの構成比率が2番目に高い(29%)とともに、実質的に「大中華経済圏」の一部を構成する市場である。また、長年にわたり中国の貿易の玄関口となってきた。香港経済の大きな部分を占める「金融サービス」は、2015年時点のGDP構成比率が17.6%にのぼる7。製造業の大部分が中国本土またはアセアン諸国へと移っていることから、サービスセクターの寄与度は一段と高まっていく可能性が極めて高い。

中国国内のサービス需要が拡大するなか、香港はその恩恵を十分に享受できるだろう。ストックコネクトなどの市場改革における取り組みを通じて中国本土の市場との統合が進められており、それが資産運用や証券取引サービスといった分野の重要なけん引役となる見通しだ。銀行セクター単体の規模をみても、2006年から2015年までに95%拡大している8

オーストラリアと同様に、中国経済の変遷は、香港の経済成長動向に大きな影響を及ぼすことになる。サービス産業拠点として中国経済との統合がすでに大きく進んでいる香港は、中国のサービス需要の変容に十分に適応できるだろう。

チャート5:香港のサービス産業のGDP成長率見通し

チャート5:香港のサービス産業のGDP成長率見通し - 出所:Trading Economics(2017年現在)

出所:Trading Economics(2017年現在)

チャート6:2016年の香港の輸出先内訳-中国の玄関口

チャート6:2016年の香港の輸出先内訳-中国の玄関口 - 出所:Trading Economics(2017年現在)

出所:Trading Economics(2017年現在)

シンガポール

シンガポールは、MSCIパシフィック(除く日本)インデックスでの構成比率が11%である。シンガポールの場合も最大の貿易相手国は中国、その次が香港となっており、また、アセアン地域におけるサービス産業拠点として重要な役割を担っている。

シンガポールは、香港の場合に比べて製造業の重要性が大幅に高い(2016年のGDP寄与度は約20%9)。特に、中国(そして世界中)からの旺盛な半導体・関連部品需要が追い風となり、ここ数四半期において同セクターは活況を呈している。

運輸や金融(それぞれGDPの7.7%、13.1%を占める10)を中心とするサービス産業は、2017年前半に成長が鈍化したものの、その後は再び成長が加速し始めている。アジア諸国のIT支出額が増加するなか、IT&通信(特に情報サービス)は重要な成長分野とみられている11

アセアン諸国は、鉱工業生産能力が拡大しており、従来中国の独壇場であった基幹製造業セクターにおける競争力が高まりつつある。シンガポールはこれらの国々の玄関口としての役割を担っており、そうした変化を有利に活かせる状況が十分に整っている。

チャート7:シンガポールのGDP成長率の推移

チャート7:シンガポールのGDP成長率の推移 - 出所:Trading Economics(2017年現在)

出所:Trading Economics(2017年現在)

チャート8:2016年のシンガポールの輸出先内訳-アセアンの玄関口

チャート8:2016年のシンガポールの輸出先内訳-アセアンの玄関口 - 出所:Trading Economics(2017年現在)

出所:Trading Economics(2017年現在)

ニュージーランド

ニュージーランドは、MSCIパシフィック(除く日本)インデックスにおける構成比率が比較的低いものの(1.42%)、過去10年間にわたり景気が安定的に拡大してきている。

ニュージーランドは、対中輸出の大きな恩恵を享受してきた(輸出全体の20%を占める)が、その大部分は鉱物ではなく農作物(特に乳製品)である。また、輸出に占めるアジア全体の割合は50%にのぼる。

ニュージーランドの場合も同様に、コモディティ輸出の伸びへの依存度が高いものの、建設を中心とする内需がクッションの役割を果してきた。建設活動は、2016年の大震災からの復興需要が終わったあとも好調さを維持している。また、オーストラリアと同様に、移民の純増も追い風となってきた。

中国の経済構造が変化するなか、観光、教育、ヘルスケアなどのサービス産業の成長によって適応してきている点はニュージーランドも同様である。また、アジアの消費者がより高価な商品を志向するようになっており、ニュージーランドでは、伝統的な農作物輸出における付加価値創出の機会を活かそうとする動きもみられている。

チャート9:ニュージーランドの輸出先内訳

チャート9:ニュージーランドの輸出先内訳 - 出所:Trading Economics(2017年現在)

出所:Trading Economics(2017年現在)

アジア太平洋先進国の成長が変容するなかでの主要テーマ

投資家が検討すべき5つの重要な成長テーマ

日興アセットマネジメントのアジア株式チームが、アジア太平洋先進国の長期的なリターン・ドライバーとみている持続的トレンドは以下の通り。

1) 観光業の拡大

オーストラリアとシンガポールは、中国人観光客増加の恩恵を受けるとみられる。香港は、中国本土からの観光客数が減少したものの、2017年には持ち直しつつある様子だ。事実、中国人全体の観光支出は2021年に4210億ドルに達すると予想されている。

チャート10:中国人旅行者によるアウトバウンド消費の拡大

チャート10:中国人旅行者によるアウトバウンド消費の拡大 - 出所:CLSA

出所:CLSA

2) 人口動態がヘルスケアセクターの追い風に

オーストラリアには、経営状態が非常に良好なヘルスケア企業が存在し、他のアジア太平洋先進国についても、病院や医療機器などの医療インフラ分野の構造的成長が見込まれる。同様に、保険業界もこうしたトレンドの恩恵を享受するものとみている。

3) オーストラリアとニュージーランドの農業

中間層の所得増加や食品・飲料分野の消費支出拡大を背景に、世界的に農作物需要が高まっている。今年になって中国当局の政策変更の影響で同国向け輸出が減少した乳製品をはじめ、同セクターはボラティリティが高い傾向にあるが、付加価値商品については長期的な成長が見込まれる。

そのほか、循環的要因に関連する以下2つのテーマが短・中期的なリターンに影響を及ぼしている。

4) コモディティ相場の反発

中国は経済構造が変化するなか、コモディティ需要が鈍化しているが、他の需要は拡大している。アセアン地域のGDPは2017年に5%成長すると予測されているほか、インドの経済成長も域内におけるもう一つの需要源となっている。なお、コモディティ相場にはさらなる上昇余地があるように見受けられる。と言うのも、オーストラリアの鉱業企業を中心とするコモディティ生産者は、増産よりも利益を株主に還元するよう迫られてきているため、需要に比べて供給が比較的タイトな水準で推移し続ける可能性が高いからだ。

5) 香港の銀行セクター

香港の銀行セクターは、米国の金利低下によって純資金利鞘や収益性が圧迫され、苦戦を強いられてきた。2017年は米国連邦準備制度理事会(FRB)が緩やかなペースながら利上げを実施しており、特に香港の金融セクターはそうしたトレンドの恩恵を受け、2017年前半に株価が力強く回復した。これまでの上昇幅が大きかったこともあり、2017年の後半にはその循環的なトレンドが失速しつつある。

まとめ

アジア太平洋先進国に投資することで、インカムリターンの高さや付加価値サービス・商品を特徴としたクオリティの高い成長を取り込める

アジアの高い経済成長率を取り込みたい一方で、通商政策の保護主義色の強まりなど、外需にとってのリスク要因を懸念している投資家にとって、クオリティの高い成長性を備えるアジア太平洋先進国は、アジア新興国よりも魅力的な投資先となっている。アジア太平洋先進国は、配当性向が比較的高いほか、2014年のコモディティ需要の鈍化に適応できたオーストラリアの事例が示すように、経済成長に対する内需の寄与度が比較的高く、それが外需鈍化の影響の緩和に寄与してきた。

これは、アジア太平洋先進国が欧米の輸入需要に左右されるグローバル・サプライチェーンから「デカップリング」したというわけではない。しかし、中国に重点が置かれていることや、中国が進化しつつあり、原材料や部品だけではなく、サービスに対する需要が高まっていることから、アジア太平洋先進国にとっては付加価値のある商品・サービス分野を伸ばし、経済を多角化する好機となっている。

中国における基幹製造業の生産能力や石炭産出量の減少も、他のアジア諸国に影響を及ぼしている。アセアン諸国にとっては、これにより鉱工業生産能力の急拡大が実現しており、また、アジア新興国の興隆によってシンガポールをはじめアジア太平洋先進国にも好影響が及んでいる。

最終的には、投資家が求める成長スタイルによって、希望する投資先市場が決まる。アジア新興国のなかには、世界でも特にダイナミックに成長を遂げる市場が存在する。一方で、アジア太平洋先進国の場合は、経済がより成熟しており、ガバナンス体系が確立されているほか、付加価値を提供するセクターには域内の経済成長動向を追い風とした成長余地が存在する。



1. グロス・ベース、年率換算値
2. MSCI Barraのデータに基づく(2017年9月現在)
3. MSCIパシフィック(除く日本)インデックスのファクトシートに基づく(2017年7月現在)
4. MSCIエマージング・アジア・インデックスの過去10年間の年率リターンは3.61%で、MSCIパシフィック(除く日本)インデックスの4.22%を下回る
5. Economist誌「How Australia broke the Economic Record」(2017年9月6日付)
6. Trading Economics(2017年9月現在)
7. 2015年のデータ、Statistaに基づく(2017年9月現在)
8. 香港特別行政区統計局「Statistical Digest of the Services Sector 2017」
9. Business Times紙「Singapore’s Services Growth Picks Up Pace」(2017年8月11日付)
10. シンガポール統計局「Share of GDP by Industry 2016」(2017年9月現在)
11. Singapore Business Review誌「Winners and Losers in Singapore Services」(2017年3月28日付)