概要

今回の訪中での主な3つのテーマ:

  • 今後世界は、汚染の発生源である産業の冬季稼働停止を含む、北部の都市全体での環境取り締まり対策の効果を肌で感じることになる。中国の大気質目標の達成には、年間で50%~70%の大気汚染物質の排出削減が必要だ。これは10年以上かかるかもしれない。
  • 政府が不動産規制強化を続けているため、不動産売買が難しくなっている。これは賃貸物件価格高騰の主因にもなっている。
  • LNG(液化天然ガス)の需給環境が余剰から急きょ不足に転じた。産業と個人の両方で暖房とエネルギーとしての石炭離れが起こっていることから、これは今後も中国で続くテーマとなるだろう。

火と氷:冬季稼働停止と排出規制

第19回党大会後の方がタイミング的に良いと考えて中国を訪れた。今後5年間の見通しと方向性が比較的明確になるからだ。ただ、2018年単年で同様の明確な展望を得ることは難しい。

その党大会で決められた方向性に基づき、中国共産党の作業部会は,現在より詳細な経済計画を立案している。短期的なデータにおいても、中国政府が急成長から質の高い成長への移行を主眼として経済を減速化していることが明確に表れている。中央政府には、従来のGDPベースではなく、効率化(あるいはTFP(全要素生産性))を基準とする地方政府の評価で、質の高い成長を達成する意図がある。

青空の下のきれいな空気の中、至るところでシェア自転車が走っていたが、その大気質は、通常の欧米の都市の大気環境基準を何倍も上回っていた。ただ、大気質は実際に感じられるほど改善している。2018年も冬季排出量削減を続けるべき根拠と成るに足る。

中国政府の政治的野望は、年間の排出量の50%~70%削減である。この目標を達成するには10年以上かかると見込まれるが、その曉には現在考えられている工業化の中国とは全く違う中国を目にすることだろう。

石炭価格引き上げのため、国家発展改革委員会(NDRC)が276日に生産を制限した、おそらく1回限りの規制とは異なり、2017年の11月半ばから始まった冬季の稼働停止は今後も続き、さらに強化される可能性がある。2018年には、中国中北部の北京市、天津市と周辺26都市 、通称「26+2都市」で、大小様々な製鋼所とコークス炉が閉鎖することになるだろう。

「26+2都市」— 政治的にも経済的にも重要な地域

9月から始まり3月まで実施される冬季の工場閉鎖は、環境保護を優先し、汚染関連の社会不安を失くそうとする習近平国家主席の試みである。これは、2013年に施行され、2万4千人の役人の処罰と、汚染源となった2万7千社に対する罰金をもたらした行動計画の続編である。

図1大気汚染帯

図1大気汚染帯

出所:中国環境保護部、ゴールドマン・サックス

これは「大気汚染帯」に位置する26都市(+北京市と天津市)で、PM2.5(2.5マイクロメートルより小さい粒子状物質)の平均濃度と一定以上の汚染日数を前年度比で最低でも15%減らす計画である。

ゴールドマン・サックスによれば、中国のGDPの25%に貢献する同地域で、中国の年間大気汚染物質の約28%が排出されている。しかし、その面積は国土のわずか7%に過ぎない。

中国の大気汚染物質の年間排出量の過去、現在、そして未来

査察体制や取り締まりの導入は、地方の役人に対するチェックにとどまらず、中央政府が環境基準の施行について地方への圧力強化へと大きく舵を切ったことの表れである。

2018年からは、天然資源管理と環境保護の記録の監査が役職を離れる際に行なわれるようになる。つまり、今後異動や退職後であっても在職中の環境破壊の責任が問われるようになる。

これは、つまり、規制の影響力の拡大と汚染源となる小規模工場や違法工場の閉鎖が今後一般的になることを示唆している。政治的な圧力と環境目標の達成度合いが今後の共産党内でのキャリアと密接に関わるようになることから、汚染源となる企業の見逃しはなくなると思われる。

特に新規の工場や産業は、適切な環境影響評価を実施しない限り、罰則を免れないだろう。

日本や米国の大気汚染の歴史と照らし合わせると興味深い。1970年代には、両国とも多くの大気汚染物質を排出しており、それが安全な水準まで回復するまでに10年から20年を要した。この改善は以下の要因によるものだ:

  • 国の経済の成長の段階
  • 産業の構造変革
  • 政府の介入

中国では、政府の強い統制下でより早い行動の変化が見込まれるため、もっと短い期間で改善が遂げられる可能性がある。

チャート1:中国の年間大気汚染物質排出量

チャート1:中国の年間大気汚染物質排出量

出所:中国環境保護部、ゴールドマン・サックス

供給側(サプライサイド)の構造改革が成功するかどうかの断定が難しいのは、供給削減は余剰もしくは違法な生産能力と深く関係しており、供給削減が実際より少なくなる傾向があるからである。

2016年の鉄鋼生産能力の削減の多くにこうした傾向が認められた。しかし、汚染源となる誘導炉のような違法な生産能力や余剰生産能力を恒久的に失くすことは有益である。

冬季減産中、建設現場から出る粉塵削減のため、複数の都市で工事の停止や稼働日数の削減が行なわれた。北京滞在中の3日間で目にしたすべての建設現場では、作業が行なわれていなかった。対策が実施され、守られていたことを示す。ただ、建設材料の需要低下がこうした工事中断分に相当するものであるかどうかは明確ではない。

中央政府の公式目標は、粗鋼生産能力の1億〜1.5億トンの削減を2020年までに達成することである。しかし、中国鋼鉄工業協会(CISA)は、早ければ2018年までにこの目標を達成することができると考えている。

CISA との会合など複数のミーティングから、全鉄鋼生産におけるアーク炉の稼働を現在の6%~10%から引き上げるよう中国政府が奨励していることが分かった。

アーク炉への転換は、鉄鉱石の需要を減らし、反対にスクラップの需要を引き上げるだろう。溶鉱炉の現在の収益性により、生産量を上げるため多くの事業者が原料である鉄スクラップを増やしている。

チャート2 :生産能力削減の対象となる材料の国内生産高 ー 供給側の政策には痛みが伴う

チャート2 :生産能力削減の対象となる材料の国内生産高 ー 供給側の政策には痛みが伴う

出所: CEIC、Gavekal/マクロボンド

不動産—「バブルの凍結」

第19回全国代表大会の間、習近平国家主席は「不動産は居住用であり、投機目的ではない」と繰り返した。そのため、「バブルの凍結」をテーマとする第19回党大会後の不動産戦略が、これまで不動産業界を刺激してきた成長戦略からの変更であることに驚きはない。100都市以上で住宅ローン規制の強化が今後始まり、不動産ローンの伸びが2018年から今後さらに減速する。

主要都市では、不動産売買件数の制限を中国政府が試みているため、価格の安定は維持される。マンションの購入規制が多くの都市で始まっている。初めて家を買う層に対しても購入よりも賃貸が奨励されている。また、5年から10年以上所有していなければマンションを売却できないなどの規制を設け、売買規制を強化している。

そのため、賃貸市場に注目が集まり、中国の20大都市で過熱している。デベロッパーは、口々に分譲マンション開発用の土地の購入が難しくなっているとコメントした。

反対に賃貸マンション開発用の土地の大幅な値下げが一般化している。賃貸マンションの方が低い収益率であるため、デベロッパーがこの新しい収益基準に適応できるまで少し時間がかかるだろう。

賃貸住宅プログラムの主要目的には2つの見方がある:

  • 大都市での住宅価格高騰の抑制
  • 若者、特に大卒者や、多くが活況を呈する サービスセクターで雇用されている移住労働者の住居費の軽減

China Reality Researchは、2017年から2020年にかけて 中国の賃貸市場のCAGR(年平均成長率)が+10%となり、その伸びの大半が上位20都市に集中すると試算している。大都市での新規賃貸需要は、不釣り合いな量の(多くが補助金後の価格となる)賃貸マンション開発用の土地を新規に生み出す。

デベロッパーから未売却物件を購入し、家庭に譲渡することで、中国政府は住宅販売を直接的に支える役割を担い続けるだろう。

こうした政府による住宅購入は、スラム街の再開発で中国全土に建設された606万戸の内の49%を占める。このプログラムは成功したと見なされており、2020年まで続けられる見通しだ。過剰供給回避と在庫調整のため、マンションを建てるのではなく、購入へと移行した決断は賢明であり、2015年来の政府方針とも合致する。

天然ガス不足 — もう一つの「美しい中国」イニシアチブ

中国での天然ガス不足は、世界のスポットLNG価格の急騰を招き、市場関係者と関係機関を驚かせた。国家エネルギー局(NEA)の副局長は、需要の増加と供給の逼迫の両方に驚いたと言う。

中国石油化工集団と新奥能源との会合でも、需要の増加の速度に驚いていたことが分かった。中国石油化工集団が需給ファンダメンタルズの変化に気づいた時には、完全に不意打ち状態で、供給不足に陥ってしまった。

中国石油化工集団によれば、オーストラリア・パシフィックLNGから過剰供給された天然ガスの受け皿確保に奔走していたのに、わずか1年の間に需要に対応できなくなる事態に直面したと言う。新奥能源では、2017年4月までは天然ガス需要の伸びを約5%~6%と予測していた。しかし、環境査察体制により4月から9月期の伸びは18%に急上昇した。さらに、2017年第3四半期には、需要が前年度比+45%となった。新奥能源は、中国が韓国を抜いて世界第2位のLNG輸入大国になると見ている。

需要の増加を牽引する主なテーマは、石炭やディーゼル油から天然ガスへの業界やメーカーの切り替えである。これは、北京の大気汚染源となる産業への圧力強化に対する対応である。多くの省が現在補助金の導入により石炭から天然ガスへの切り替えを後押ししている。しかし、パイプラインの相互接続、貯蔵施設、輸入ターミナルなど、現在そして今後の需要にまだインフラが追いついていない。

結論

習近平国家主席が党内で自身の体制を固めていることは間違いなく、過去何十年かの指導者と同様の権力を固持していく。金融セクターのリスク回避、過剰生産能力と汚染の抑制、貧困の緩和といった習近平国家主席の目標の中心は引き続き反腐敗政策となるだろう。

中国環境保護部の最も直近のデータによれば、2017年11月以来、冬季生産抑制地域内の10都市の大気質指標(AQI)が2016年と比べて36%下がっている。この結果は、2018年の第4四半期にも冬季生産抑制を続ける理由となるに足る。

経済は鈍化しても、中国は、よりバランスの取れた環境にやさしい国へと移行を遂げるだろう。今後10年間、固定資産への投資 は大幅に鈍化せざるを得ないが、代わりに消費が拡大する。中国の目覚ましい変貌を中間層の拡大が引き続き後押ししていくだろう。短期的には、投機を抑制し、収入の低い労働者への効率的な住宅供給を押し進める政府の政策により、不動産の減速が2018年の潜在的なリスクとなる。

供給側の改革と環境の取り締まりの最終的な成果として、ここしばらくの間は高品質な材料の長期平均価格を上回る取引が続くものと思われる。産業と国有企業の統合が促され、経済的にも、法制上も汚染を出さず、収益性の強化につながる材料の使用が後押しされるだろう。そのため、オーストラリア産の高純度の鉄鉱石や石炭、LNGの需要は高い水準を維持するだろう。