ドル高の進行、貿易戦争の深刻化、そして中国の明確な成長鈍化を背景に、2018年の新興国市場は2月から年末まで下落基調を辿った。しかし、足元では、これらの以前の逆風要因が追い風要因に転換しつつあるかもしれないことを示す兆候が見られている。視界良好と言うには程遠いが、特に魅力的なバリュエーション水準を考慮すると、見通しが大幅に改善していることは確かだ。

米FRB(連邦準備制度理事会)による積極的な金融引き締めと財政面からの景気刺激策を受けてドル高が続いたが、ドル高は新興国資産全般にとって必然的に逆風となる。しかし、財政面の景気押し上げ効果は剥落してきていると同時に、FRBはハト派スタンスに転じており、引き締めサイクルが終わりに近づいている可能性が示唆されている。

新興国株式市場は成長見通しの悪化を受けて下落が年末まで続いたが、実は新興国通貨は9月下旬に対ドルで上昇に転じた。

チャート1:新興国株式と新興国通貨のパフォーマンス比較

チャート1:新興国株式と新興国通貨のパフォーマンス比較

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2018年6月20日~2019年1月23日

反直感的ではあるが、株式市場全般の下落が10月上旬からついに米国市場をも飲み込んだことは、新興国にとってプラス材料になったと言えるかもしれない。結果として、FRBに利上げだけでなくバランスシート縮小も含めて金融引き締めのペースを再考させることになったからだ。米国株式の急落はまた、米国自身も関税率上昇の悪影響を免れないことを物語っており、通商交渉妥結に向けた協議の場へとトランプ大統領を押し戻したように見受けられる。

当社の基本シナリオでは、追加関税の発動は回避されるが、中国通信機器最大手のファーウェイに対して講じられた最近の措置のように、別の法的経路を通じて貿易戦争は長引くとみている。これは、世界貿易にとって長期的なマイナス要因であるが、経済成長や企業収益の重石となり得る追加関税が回避されるという点ではプラス要因だ。

中国の成長低迷が新興国に対する投資家心理の足かせとなったことは明らかで、中国当局は、債務削減という重要な取り組みを巻き戻すことなく民間セクターの成長を維持できるよう、金融政策と財政政策の微調整を続けているが、今のところ経済成長への波及効果は弱く、明らかに市場は不安を募らせている。

質の高い成長の実現について、中国当局は市場よりも忍耐強い姿勢で臨んでいくかもしれないが、成長の健全化は2019年の第2四半期または第3四半期までに達成されると予想する。中国の成長はそれまでとは異なる様相を呈し、投資よりも消費が優勢になると想定され、したがってコモディティ需要はより通常の範囲内にとどまることになるだろうが、これは長期的な成長の持続にとってはプラス材料だ。

ドルの下落や関税合戦の休戦、中国の成長再加速はみな、新興国資産にとって確固たるプラス材料だが、当社では、欧米の中央銀行が緩和政策の縮小を継続していることから、流動性状況について引き続き懸念視している。

夏場にトルコおよびアルゼンチン市場がストレスに晒されて下落したように、緩和政策による調達コストの低いマネーに過度に依存してきたことで不均衡を抱えるその他の国や企業を市場が試す展開が続くと予想する。こうした環境下では、質の高い資産への投資を継続することが引き続き極めて重要となる。

アジアは経済成長が鈍化もバリュエーションが収益モメンタムから見て魅力的

北アジア地域の株式市場については、総合スコアを軒並み引き下げた。経済成長や収益モメンタムが悪化している中国の総合スコアを中立へと変更する一方、台湾と韓国については、これらの市場で構成比率が高いサーバーとスマートフォンの両分野向けテクノロジー・ハードウェアに対する需要悪化を主因に、総合スコアを中立寄りのマイナスへと引き下げた。

インドについても、モメンタムのスコアがマイナスに転じたことやマクロのスコアが悪化したことから総合スコアを引き下げたが、当社では、しばらくの間割高感のあったバリュエーションのスコアが中立にシフトしつつあることに注目している。マクロのスコアをプラスから中立に変更した理由は、ノンバンク系金融会社の間で大型のデフォルトが発生しており、これによって信用の伸びが阻害される可能性が高いことにある。また、モディ政権が中央銀行の独立性を弱めようと圧力をかけるなか、RBI(インド準備銀行)のウルジット・パテル総裁が突如辞任した。

アセアン地域では、マレーシアの財政悪化を受けて同国債券の総合スコアを引き下げる一方、モメンタムが改善したインドネシア株式とバリュエーションの魅力度が増したタイ株式の総合スコアをそれぞれ引き上げた。同地域は総じて、経済成長が利上げ局面においても底堅さを発揮しているとともにインフレが低水準で推移していることから、金融引き締めサイクルが終わりに近づいている可能性が高い。

結果的に、貿易戦争とテクノロジー・ハードウェア・サイクル停滞の両方による下方圧力に晒されてきた北アジア市場に対し、アセアン市場は相対的に底堅いパフォーマンスを示した。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示している。
上記のアセットクラスは、マルチアセット戦略ポートフォリオの運用を担当するポートフォリオマネージャーの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

中国の成長は鈍化するも終わってはいない

中国政府は、債務削減を進めシステミック・リスクを低減させることへの決意を、これほどまでに試されたことはかつてなかっただろう。シャドーバンキングに対する厳しい締め付けの影響は、当初は主に投機筋の市場からの排除と映っていたが、銀行が貸出を抑制し続けるなか、足元では実体経済への波及が鮮明となっている。実体経済への信用供給を促進するための施策は、記録的水準に達しているデフォルトへの懸念や米国との貿易戦争をめぐる不透明感を要因に、今のところ期待外れの結果に終わっている。

銀行の預金準備率の引き下げ、中小企業向け銀行貸出の奨励、広範な減税などの景気刺激策が実施されたものの、信用創造の状況は引き続き悪化している。これはマネーサプライ(M1)の伸びの鈍化に表れており、低迷期であった2015年前半の水準へと逆戻りしている。ただし、12月には新規貸出にある程度の動きが見られていることから、潮目が変わりつつあるのかもしれない。

チャート2:中国のマネーサプライ(M1)の伸び率

チャート2:中国のマネーサプライ(M1)の伸び率

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2014年1月1日~2018年12月31日

これに加え、関税引き上げを見越した前倒しを少なくとも一因とする中国貿易の鈍化、比較的弱い消費、不動産市場の停滞など、見通しは明るいというには程遠い。

しかし、改革を貫くことは長期的な持続性を担保する上で適切な動きである。当社の基本シナリオでは、金融・財政政策の微調整を通じて第2四半期または第3四半期には質の高い成長が戻ってくるが、それまでは経済指標の低迷が続くとみている。

驚くべくもないが、中国株式市場、特にA株市場は、経済成長率の低迷や貿易戦争をめぐる不透明感を受けて急激に下落した。しかし、ドル相場や中国の経済成長、貿易戦争の解決における潮目の変化を考慮すると、足元の極端に割安なバリュエーションは魅力的な買い機会を提供していると言える。

チャート3:中国A株(CSI300指数)のPER(予想ベース)

チャート3:中国A株(CSI300指数)のPER(予想ベース)

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2014年1月8日~2019年1月7日

北アジアのテクノロジー・セクターよりもアセアンの成長性を有望視

テクノロジー・ハードウェア・セクターは、広範にわたって第4四半期に著しい苦戦を強いられた。半導体株指数が約16%下落し、台湾や韓国の半導体メーカー銘柄のパフォーマンスの大きな重石となった。この株価反落の一因には、仮想通貨の下落に伴うマイニング(採掘)の魅力低下などによりサーバー需要が減少したことが挙げられるが、主因は、消費者が5Gや折りたたみ式画面など技術のより大きな進歩を待つなか、Apple製品を中心にスマートフォン需要が失速したことにある。

チャート4:フィラデルフィア証券取引所の半導体株指数

チャート4:フィラデルフィア証券取引所の半導体株指数

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2014年1月~2018年1月

テクノロジー・セクターのサイクルには波があるものであり、長期的にはクラウドコンピューティングや人工知能、IoT(モノのインターネット)、次世代スマートフォンに関連するハードウェア分野に投資機会があると引き続きみている一方、短期的には、バリュエーションが魅力的な水準にあることや、金融引き締めが完了に近づくにつれ依然健全な経済成長が加速するとみられることから、アセアン地域の方がより魅力的な投資機会を提示している。

EMEA(欧州・中東・アフリカ)は依然まちまち

トルコと南アフリカは相対的に順調だが、政治の不安定さが依然として影響を及ぼしており、市場がかかるリスクをそれに応じて一段と織り込みにいくきっかけとなり得る事象が数多く存在する。

中東欧は引き続き経済が驚くほど底堅く、ルーマニアやハンガリーを中心に大半の指標が景気過熱を示しているが、魅力的な経済成長が維持されておりインフレもまだ危険水準には達していないことから、市場はこれまでのところこのリスクの上昇を特に織り込んではいない。

ロシアは、制裁の容赦ない激化が少なくとも一時休止したことで、転換点を迎えているのかもしれない。米国政府は今や、潜在的不正行為の源として、両党から支持が得られる中国により焦点を絞っているようだ。ロシアは地政学的にはのけ者とされ続けているものの、その堅調なマクロ経済ファンダメンタルズから当社では同国のリスクを取ることを依然選好している。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示している。
上記のアセットクラスは、マルチアセット戦略ポートフォリオの運用を担当するポートフォリオマネージャーの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

トルコの調整は進んでいるが伴うリスクは高い

トルコは市場の支持を得るために多くのことを実行してきたが、そうせざるを得ない状況に陥ったのは政治的リスクが着実に高まっていた昨年8月の不遇の時期で、エルドアン大統領が米国人牧師をテロ関連容疑で拘束することで米国を挑発する一方、インフレ抑制のためには金利を(引き上げるのではなく)引き下げる必要があると示唆した。

これらの事象は通貨を中心としてトルコ市場に深刻な売りを招いたが、数週間後には同国の中央銀行が毅然と(正統な対応である)利上げを行うとともに、政府当局は米国との関係を少なくとも部分的に修復しようと牧師の釈放を決めた。10月にトルコのサウジ総領事館でサウジアラビア人記者カショギ氏の恐ろしい殺害事件が起きた後は、エルドアン大統領はサウジアラビアに貸しを作った様相となり、これが少なくとも当面は安定を一段と補強する材料となった。

利上げやその他の調整により、同国の最も慢性的な不均衡である経常赤字の縮小が進んできた。実際、8月以降、内需の急減に伴って経常収支は赤字から黒字に転じている。

チャート5:トルコの経常収支

チャート5:トルコの経常収支

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2014年1月31日~2018年11月30日

明らかに、正当な政策へのシフトと対外収支の調整はトルコ資産市場にとって追い風となってきているが、政治的リスクが取り除かれたとはとても言えない。エルドアン大統領は、自身の権力強化と市場にとって不利な政策の推進に依然余念がない。

すでに、米国がシリアからの軍の撤退を決定したことから、エルドアン大統領は自身の方針に明らかに一致しないクルド人保護に対する米国の決意を試そうとしているように見受けられる。

米国は焦点をロシアから中国にシフト?

選挙介入疑惑から英国でのスクリパリ氏毒殺未遂事件まで、米国の対ロシア制裁激化の流れに関しては最悪期を脱したように思われる。今後開示される予定のロバート・モラー特別検察官の捜査結果には、2016年の米大統領選に勝つようトランプ政権とロシアが共謀したことを示す証拠が依然含まれているかもしれないが、その可能性は時の経過とともにますます薄れてきているように見受けられ、処罰意欲の対象はロシアから両党が合意しやすい中国へとシフトしている。

一方、ロシア資産は、まずまず良好な経済成長と、原油価格のかなり大幅な下落に耐えてきた強力な政策が奏功して「双子の黒字」(財政黒字が対GDP比2.7%、経常黒字が同7%)へと戻った健全な対外ポジションが、依然追い風となっている。2018年を通じて最大のリスクは追加制裁の脅威であったが、もしこの脅威が当社の考えているように徐々に消えていくのであれば、ロシア資産はさらなるバリュエーション見直しによって上昇する余地がある。

中南米の政情は改善が続く

政情見通しはブラジルとメキシコの間で乖離してきているかもしれないが、市場はそれぞれの楽観度と悲観度の相対感を過度に織り込んでしまったように思われた。ブラジルが改革を追求する一方でメキシコは左傾化しつつあるが、その軌道はまだ初期段階であり、市場が織り込んでいる結末からは程遠い。

ブラジル株式は、モメンタムがプラスに転じるとともにバリュエーションが妥当な企業収益見込みに対して依然それなりに魅力的な水準にあることから、総合スコアを中立へと引き上げた。メキシコの資産については、政情悪化がバリュエーションの魅力度向上で相殺されているため、総合スコアを据え置いた。

コロンビア株式は、引き続き中南米域内でバリュエーションの魅力度が最も高い市場の1つであることには留意しているが、モメンタムがマイナスに転じたことを受けて総合スコアを中立に引き下げた。ペルー株式についても、経済成長が投資と消費の両面で鈍化していることから、総合スコアを中立に引き下げた。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示している。
上記のアセットクラスは、マルチアセット戦略ポートフォリオの運用を担当するポートフォリオマネージャーの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

市場はボルソナロ大統領を引き続き好感

ジャイル・ボルソナロ氏は1月1日にブラジル大統領に就任したが、その支持率は75%と驚くほど高い。同大統領が年金改革を含め大きな不評を買うであろう改革計画を進めようとするなか、同大統領の人気はその任務の影響力を測る上で引き続き非常に重要だ。

市場は同大統領の人気をその任務成功の確率に直接結びつけているようだが、前任の2人の大統領(ルセフ氏およびテメル氏)はその職責を果たせなかったことを覚えておく必要がある。

前任者達の政権下では、不人気な大統領が非難の矛先の身代わりとなるなかで議会が困難な改革を推し進めるだろうとの議論があった。今のところ、大衆は腐敗した旧体制からの離脱という面でボルソナロ大統領を支持しているが、改革によって福祉手当等が取り上げられてしまうことに有権者が気付いた時、同大統領の人気ははたして維持されるだろうか。

とても見通し明瞭とは言えない状況であり、したがって当社は、民衆全体に対して痛みを伴う調整を必然的に負わせることとなる改革計画がすんなり可決されるかどうか、多少なりとも疑問視している。ブラジルのストーリーは依然有望視しているが、希望と確信できるものを見分けるための様々な手掛かりを注視し続けていく。

魅力度が高く映るメキシコ債券

7月時点で、メキシコ大統領選は左派のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)氏が勝つだろうと大方予想されていたため、選挙後に市場が大きく売り込まれたことは非常に大きな驚きであった。

債券利回りは選挙から11月下旬にかけて1.5%近く大幅に上昇したが、この背景には、新空港の建設中止からエネルギー改革の内容の覆しに至るまで、AMLO次期大統領が公約していた政策案を(当然ながら)実行するとのニュースが続いたことがあった。確かに、市場にとってより有利なやり方で臨めば実行への道程はもっとスムーズなものになったかもしれないが、それにしても市場の下落度合いに見られる「驚き」は過度であるように思われる。

チャート6:現地通貨建てメキシコ債券の利回りの推移

チャート6:現地通貨建てメキシコ債券の利回りの推移

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2018年1月~2019年1月

足元では、ブラジルの債券利回りはメキシコを0.4%程度上回っているが、これは現在における信用の質の差が非常に大きいことを考えると普通ではない。ブラジルの債券利回りが過去1年で平均2.5%超、過去5年で同5.25%、メキシコを上回ってきたことに留意願いたい。センチメントが変化してこの利回り格差がより通常の水準へと拡大する場合はリターン獲得の大きな好機となることから、当社ではブラジルよりもメキシコを選好する。