当レポートは、英語による2019年5月発行「Multi-Asset Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

投資環境概観

5月上旬、市場の信頼感は急速にパニックへと転じた。トランプ米大統領が5月10日正午までに中国からの輸入品(2,000億米ドル相当)に対する関税を10%から25%へ引き上げると警告して(またしても)世界に衝撃を与え、間近と思われた貿易協定締結への期待が打ち砕かれたからだ。幸いにも交渉は続けられるが、国際舞台に瀬戸際外交政策が戻ったことにより、それが生み出し残していく不透明感は需要が再び世界的に後退するリスクをもたらす可能性がある。ただし、当社ではその段階はまだ迫っていないと考えている。

当社の基本シナリオは依然、貿易協定が成立するというものだ。なぜなら、a)両国ともに協定を大いに必要としており、b)妥協への明らかな道筋と協定合意への両国の強い意図がなければ、交渉は現在の段階まで決して前進しなかったであろうからだ。これが示唆していると思われるのは、さらなる「瀬戸際」戦略が展開され、各陣営が、克服不可能な交渉決裂要因の存在に突然気づくというよりも、少しでも有利な協定内容を強く求めていくだろうということである。

資産運用会社としては、相も変わらず市場を左右する威嚇発言が戻ってきたことは苛立たしい。トランプ大統領が米国株式のパフォーマンスに非常にこだわっているのはよく知られており、S&P500指数が最高値を更新していなければ彼の戦術変更はそれほど大胆なものにはならなかったかもしれない。2018年と異なり、米国は財政出動の追い風がない一方で中国は成長が大きく健全化しているため、今回の対戦は一部が考えているよりももっと対等となっている。

関税が引き上げられるなかで市場はボラティリティの高い状況が続くと予想するが、同時に交渉もまた続くと見ている。新たな関税が加えられて市場を混乱させ続けるのだろうか。中国は同様の報復策で対抗すると見られ、トランプ大統領は少なくとも中国からの残りの輸入品に関税を適用するという時間のかかるプロセスを開始しようとしているようだが、もしこれが進められれば昨年第4四半期のような市場の下落を招く可能性が高く、今回はFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長のせいにはできない。より可能性が高いシナリオは、威嚇合戦が休止し貿易協定合意に向けた交渉が続くというものだ。

貿易協定交渉はさておき、世界の需要は中国、米国、そして今や欧州でも伸びが加速し続けており、経済成長と企業収益がともに上振れしている。中国のクレジット・インパルス(与信の対GDP比伸び率)は着実にプラス領域にあるが、今回はその要因が民間セクターに集中しており、これが健全性の大幅に改善した資本の配分、延いては持続可能性をもたらしている。

根強い懸念は、中央銀行が公式にハト派転換した一方で資金流動性が依然引き締められているというもので、最近その主因となっているのが中国人民銀行だ。このことは、それ自体としては懸念材料ではないが、ここ1ヵ月進行しており足元では貿易戦争の緊張再燃で加速しているドル高が加わると逆風となり得る。中国のクレジット・インパルスの加速がそれを実質的に相殺しており、したがって世界の需要は縮小するとは限らないが、その均衡状況は微妙で注視が必要だ。

資産クラスの選好順位(2019年4月末時点)

資産クラスの選好順位(2019年4月末時点)

(注)上記ポジションの合計は0になりません。現金などにより調整を行います。
上記のアセットクラスおよびセクターは、マルチアセット戦略ポートフォリオの運用を担当するポートフォリオ・マネージャーの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

当社の見方

各資産クラスの見方と選好順位について、以下に述べる通りの調整を行った。

グローバル株式

株式に対してはポジティブな見方を維持しているが、各株式市場の相対的選好順位において日本株式の順位を1段階引き下げた。 株式市場は向こう数週間にわたってボラティリティの高い状況が続くと見られる。しかし、匙を投げるのはまだ早いかもしれない。当社が株式市場、そしてより幅広いリスク資産について強気の見方を継続する土台には、以下の3つの想定がある。

  1. 株式は足元の水準でもバリュエーションによるサポートがそれなりにある。
  2. 中国の政策は奏功して国内景気の鈍化を食い止める。
  3. 米中貿易協定は最終的に成立する。

貿易協定が最終的に成立すると考える理由については冒頭で述べた通りであり、中国で発表される経済指標に景気回復の芽が見られることも以前に論じた。

インフレ見通しの不透明感が少なく、金融環境が緩和的で、(貿易ショックが起きなければ)経済が今年や来年にリセッション(景気後退)に陥る可能性の低いことが、株式市場のバリュエーションにとって追い風となるマクロ環境を生み出している。足元の水準では、株式は債券との比較においても長期的な過去水準との比較においても割安だ。

チャート1は、対債券での相対バリュエーションの指標として、G3国のソブリン債利回りとグローバル株式の配当利回りの格差を過去に遡って示したものだ。当該格差は足元で2.00%近くと歴史的に見て極端な水準にあり、株式が債券対比で過小評価されていることを示している。

チャート1:グローバル株式は対債券で割安

チャート1:グローバル株式は対債券で割安

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2004年1月~2019年4月

また、株式は自身の過去水準との比較においても割高感がない。このことは、今年に入ってからの大幅な株価上昇を経ても当てはまっている。

チャート2:グローバル株式は過去水準と比較して割高感がない

チャート2:グローバル株式は過去水準と比較して割高感がない

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:1999年12月~2019年4月

チャート2は、グローバル株式のバリュエーションの大局観を、グローバル株式のバリュエーションの主要5指標における長期平均からの乖離度合いを均等加重することにより示したものだ。

使用した指標はPBR(株価純資産倍率)、PSR(株価売上高倍率)、ROE(自己資本利益率)、CAPEレシオ(景気循環調整後株価収益率)、過去12ヵ月の利益ベースのPER(株価収益率)で、太線はこれらのバリュエーション指標の加重平均を表し、各要素の寄与は積み上げ棒グラフを用いて示されている。データはX軸が平均値となるように正規化されている。平均の1標準偏差(±0.5)内を適正バリュエーション・ゾーンと考えるシンプルな経験則的解析は、現在のグローバル株式が実際に適正価格水準にあることを示している。

貿易戦争発言が最近激化していることやインフレ圧力の不在が続いていることは、ともに世界的な金融緩和の継続を誘導し当面の株価倍率を十分にサポートし続けるものと見られる。

リスクは、景気モメンタムの悪化やリスク回避傾向の強まりによって、すべてが制御不能なスパイラルに陥りバリュエーションの切り下げが起きることだ。これが基本シナリオとならない限りは、株式のオーバーウェイト継続が有望であることが裏付けられているが、夏場にかけて一段のリスクオフが進む可能性に備えて、何かしらの下方プロテクションを講じ始めておくのも賢明と言えるだろう。

日本株式
日本株式は長期的な成長を妥当なバリュエーションで提供している。当社では、利益率、収益性および株主還元の伸びから、長期的にはポジティブな見方を維持している。しかし、国内外の両方でリスクの兆候が増えてきていることから、当面の見方については1段階引き下げることとした。

10月に予定されている消費税率の引き上げは、所得の伸びが弱いことを考えると日本にとってタイミングが悪いと言える。日本の3月の賃金統計を見ると、日銀のリフレ政策にとってさらなる困難が生じてきている。チャート3が示す通り、現金給与総額は前年同月比で1.9%減と2015年以来で最悪の減少となり、消費者心理や消費の改善に寄与することはほとんどないと思われる。

チャート3:日本の消費へのリスク

チャート3:日本の消費へのリスク

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2008年1月~2019年3月

したがって、日本がリセッションを回避するためには、中国を中心とする世界の需要の回復がカギになると見られる。しかし、鉱工業生産と実質輸出がともに依然予想を下回っており米中貿易交渉も重大な局面にあることから、日本株式に対しては機動的により慎重な見方をとるのが賢明かもしれないと考える。

グローバル債券

当月、ソブリン債の選好順位に加えた主要な変更は、オーストラリア国債の総合スコアを中立へと引き下げたことだ。これによって、長らく最上位を占めていたオーストラリア債券に代わりカナダが当社の選好する債券ポジションとなった。

オーストラリア国債は今年に入ってからのパフォーマンスが非常に好調で、他の主要ソブリン債市場を大差でリードしている。主要市場のパフォーマンスを現地通貨ベースで見てみると、日本は下位で小幅なプラスにとどまっており、上位で一番近い米国債でもオーストラリアに依然2.5%超劣後している。当社におけるオーストラリア債券の見通しが著しく変わったわけではないが、市場は今や、オーストラリア債券の利回りが他国に比べて高過ぎるという当社の見方に添った動きとなりつつある。

チャート4:7~10年物ソブリン債市場の年初来パフォーマンス

チャート4:7~10年物ソブリン債市場の年初来パフォーマンス

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメン トアジア リミテッドが作成
期間:2018年12月28日~2019年5月10日、2018年12月28日を100として指数化

この相場織り込みの変化が最も顕著なのは、オーストラリア債券のイールドカーブの短期債部分だ。同国の金利先物がRBA(オーストラリア準備銀行)のオフィシャル・キャッシュレート誘導目標の引き上げを、引き下げの可能性はゼロとして織り込んでいたのはほんの6ヵ月前のことだ。今日、オーストラリアの金融政策見通しは180度転換している。足元の市場は年内にキャッシュレートが引き下げられると織り込んでおり、RBAの9月会合が行われるまでに利下げが実施される確率は75%、利上げの可能性はゼロとなっている。インフレが依然RBAの目標レンジである2~3%を下回る水準から抜け出せず、住宅市場の鈍化が消費に悪影響を及ぼしているなか、同中銀のガイダンスはここ数ヵ月軟化してきている。過去半年における市場予想のこのような変化が、オーストラリア債券の好パフォーマンスの原動力となってきた。しかし、当社ではこの再調整プロセスは今や概ね終わっていると見ており、今後のオーストラリア債券のパフォーマンスはより他国市場に近いものになると予想している。

チャート5:RBAのオフィシャル・キャッシュレート誘導目標の変更確率

チャート5:RBAのオフィシャル・キャッシュレート誘導目標の変更確率

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2018年11月14日~2019年5月13日

グローバル・クレジット

グローバル・クレジット市場は今年に入ってから好調なパフォーマンスを見せており、ソブリン債をたやすく上回っている。クレジット市場のなかでは、バリュエーションを理由として引き続きハイイールド債よりも投資適格社債を選好する。ハイイールド債のスプレッドは、「成長」によるリターンを求めるのであれば大抵の場合において株式の方が提供し得る価値がより高くなる水準まで縮小している。

チャート6:グローバル・クレジット市場と国債市場のパフォーマンス比較

チャート6:グローバル・クレジット市場と国債市場のパフォーマンス比較

出所:ICE BAMLインデックスの数値を基に、日興アセットマネジメント アジア リミテッドが2018年12月末=100として指数化
期間:2018年12月31日~2019年5月13日

通貨

通貨の選好順位では、米ドルを中国人民元のすぐ下へと引き上げた。米ドルは2018年9月初旬に新興国通貨に対してピークを付けたが、1月末から再びじりじりと上昇している。例外となっているのは中国人民元で、その継続的な堅調さの背景にあるのは貿易戦争の解決見通しだが、これについては次回のリサーチ・ミーティングで再検討する必要があるだろう。

米ドル高は、金融環境のタイト化と米国資産を世界の他の国々に対して選好するポートフォリオ資金の流れの両方またはいずれかが関係している場合がある。今日の状況は両方が多少当てはまると考える。ここ数ヵ月、世界の中央銀行のバランスシートは全体として縮小してきているが、足元では米FRBばかりでなく中国人民銀行もその主因となっている。もちろん、最近の「リスクオフ」心理も金融環境をタイト化させ、これがドル高につながる。

米国株式は2018年12月に世界の他国市場を大きくアンダーパフォームしたが、その後は再び他国市場をアウトパフォームしており、米ドルを押し上げている。米国の2019年第1四半期のGDP成長率は上振れし、これがポートフォリオ資金の流入活発化を一段と促している。中国A株は以前はパフォーマンスが最も高い株式市場であったが、貿易戦争懸念の再燃を受けて一部の投資家は利食い売りに走っており、おそらくはその売却代金をディフェンシブ性を示した米国株式へと還流させていると思われる。

チャート7:米国株式の対グローバル市場相対パフォーマンスと米ドルの推移

チャート7:米国株式の対グローバル市場相対パフォーマンスと米ドルの推移

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2018年5月14日~2019年5月10日

円高の再来は注目に値するが、これは「リスクオフ」心理を反映している部分が大きく、前述の通り、当社の基本シナリオは貿易交渉が引き続き市場の鎮静化を促すというものだ。

コモディティ

4月22日、トランプ政権はイランから原油を輸入している国への制裁適用除外を終了し、イランの原油輸出をゼロへと追いやる決意を示した。原油価格はこのニュースを受けて当初上昇したが、その後は失速して続く2週間には反対に7%下落した。トランプ大統領がツイートでOPEC(石油輸出国機構)に増産を求めたことも原油価格下落の一因となったかもしれないが、当社のリサーチは制裁適用除外の失効がニュース見出しの見かけほどの懸念材料ではないことを示唆している。

チャート8:イランの原油輸出

チャート8:イランの原油輸出

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2015年7月~2019年4月

チャート8に見られる通り、イランの原油輸出は、トランプ政権がJCPOA(包括的共同作業計画)を離脱した2018年5月以前の日量250万バレル近くから大幅に減少している。サウジアラビアとOPECは2018年11月の全面制裁に備えて増産を行い、その結果として、2018年10月までには余剰生産能力が底をつきかけた。しかし、イランの原油輸出は2019年3月に日量130万バレル、4月には同86.7万バレルにまで減少し、主要輸入国として名を連ねるのはインド、中国およびトルコのみだ。下のチャート9からわかる通り、サウジアラビアが2018年12月のOPECプラス(OPECと非OPEC主要産油国で構成)会合以降行ってきた減産を反転させれば、1国だけでもこのギャップを埋める生産能力を有している。

チャート9:サウジアラビアの原油生産量

チャート9:サウジアラビアの原油生産量

出所:エナジー・インテリジェンス・グループなど、信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2015年1月~2019年3月

しかし、供給は実際にタイト化しており、ベネズエラやアンゴラ、リビアなど他の国からの供給が減少した場合にそれをカバーする生産能力は減ってきている。また、イランが報復措置としてホルムズ海峡の封鎖を決めた場合のリスクもある。これらの要因は、原油価格のリスクプレミアムのサポート材料となり続けるだろう。

金については、今年に入ってから精彩を欠いているが、当社では米中貿易交渉や北朝鮮のミサイル試射、欧州の選挙といった地政学的潜在リスク全体をヘッジする手段としてより有効だと考えている。また、チャート10が示すように、当社モデルによると金の足元のバリュエーションは適正水準にある。

チャート10:対TIPs(米国物価連動国債)利回りでの金のバリュエーション

チャート10:対TIPs(米国物価連動国債)利回りでの金のバリュエーション

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
期間:2014年6月6日~2019年5月10日

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のチャート、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。