本レポートは英語による2019年6月発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 5月、米中貿易緊張がエスカレートするなか、米国債は買われた。貿易に関するネガティブなニュースや米国、日本、ドイツの低調なPMI(購買担当者景気指数)が、米国債利回りを押し下げた。結果、米国債利回りは2年物で前月末比0.34%低下の1.92%、10年物で同0.38%低下の2.12%となった。
  • 5月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが拡大したものの米国債利回りが低下したため、1.04%とプラスのトータル・リターンを確保した。投資適格債は、スプレッドが0.13%拡大したものの米国債利回りの低下がそれを上回ったことから、市場リターンがトータル・リターン・ベースで1.33%となった。市場環境の悪化がより大きく響いたハイイールド債は、当月にスプレッドが0.44%拡大したが、それでも辛うじて0.05%とプラスのトータル・リターンを確保した。
  • マレーシアとフィリピンの金融当局は政策金利を引き下げた。アジア域内のインフレ圧力はまちまちとなった。2019年第1四半期のGDP成長率は、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール、フィリピンの5ヵ国すべてで鈍化した。その他では、格付機関スタンダード&プアーズ(S&P)社が、インドネシアのソブリン債格付けを「BBB」へと引き上げるとともに格付け見通しを「安定的」に維持した。同社は、同国の堅調な経済成長見通しとそれを支援する政策の方向性を格上げの理由とした。また、インドで行われた総選挙では、ナレンドラ・モディ首相の率いる与党が地滑り的な勝利を果たした。市場では政権の継続が好感され、通貨ルピーおよびルピー建て資産への需要が高まった。
  • 5月の発行市場の活動は、投資家心理の脆弱化を受けて鈍化した。新規発行は投資適格債分野で計25件(総額117億米ドル)、ハイイールド債分野で計21件(総額約79億米ドル)となった。
  • アジアの現地通貨建て債券では、キャリーが中~高水準で当面の金融政策にハト派シフトの余地がある国の債券を引き続き選好する。例えば、フィリピンおよびインドネシアの中央銀行は金融政策の(一段の)緩和に乗り出す可能性があると見ている。加えて、米中貿易協議が物別れとなったことから、人民元との相関が高い通貨に対して慎重な姿勢を取っている。これには、中国を主要貿易相手国とする国の通貨である韓国ウォンやシンガポールドルが含まれる。
  • アジアのクレジットについては、米中貿易協議の結果が依然として不透明要因である。さらに、最近のマクロ経済指標は世界的に再び軟化している。米FRB(連邦準備制度理事会)のハト派スタンスは引き続き追い風だが、アジアの信用スプレッドを下支えしているその他の要因、具体的には世界経済の成長見通しや米中貿易交渉は、先行きの明るさが後退してきている。したがって、アジアの信用スプレッドには当面ある程度の拡大圧力がかかる可能性が高く、バリュエーションはよりニュートラルな領域に戻ると見られる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

米中貿易緊張のエスカレートで米国債は上昇
5月の米国債市場は、利回りがイールドカーブ全体にわたって大幅に低下した。米国債の価格上昇のきっかけとなったのは、米中間の貿易交渉で急に対立が深まったことであり、ここ数ヶ月の進展は後退した。貿易に関するネガティブなニュースは月を通じて続き、4月の米国雇用統計が堅調な内容であったことや米国企業が収益の上振れを見せたことはあまり材料視されなかった。月末にかけては、米国、日本、ドイツのPMI低迷を受けて世界経済の成長不安があらためて強まったため、米国債利回りは年初来の最低水準まで低下した。月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.34%低下の1.92%、10年物で同0.38%低下の2.12%となった。

<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヵ月(2019年4月末~2019年5月末)

過去1ヵ月(2019年4月末~2019年5月末)

過去1年(2018年5月末~2019年5月末)

過去1年(2018年5月末~2019年5月末)

(出所)信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注)リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

インフレ圧力はまちまち
4月の総合CPI(消費者物価指数)インフレは、インドネシア、韓国、中国、シンガポールで加速し、マレーシア、タイ、インドで概ね横這いとなる一方、フィリピンで減速した。インドネシアの総合CPIの加速を主にけん引したのは、ラマダン(イスラム教の断食月)に伴う食品価格の大幅な上昇だった。韓国でも同様に、食品価格の上昇に輸送費の下落鈍化が加わり、総合CPI上昇率が前年同月比0.6%へと加速した。シンガポールでは自動車およびガソリン価格の上昇を受けて総合インフレが(前月の同0.6%から)同0.8%へと加速する一方、フィリピンのCPIインフレは食品価格の上昇ペースの鈍化を主因として減速した。

マレーシアとフィリピンの金融当局は政策金利を引き下げ
マレーシアは2016年7月以来初めてとなる主要政策金利の引き下げを実施した。この0.25%の利下げは「金融緩和の度合いを維持する」ために必要と判断された。マレーシア中央銀行は今年のGDP成長率を4.3~4.8%と予想しているが、これは政府予想の4.9%を明らかに下回っている。フィリピン中央銀行も同様に、インフレおよびインフレ期待の低下を理由として、政策金利を0.25%引き下げ4.5%とした。同中銀は、2019年の総合インフレ率予想についても0.1%下方修正して2.9%としたが、2020年の予想については逆に0.1%引き上げて3.1%とした。また、預金準備率を段階的に2%引き下げることも発表した。

2019年第1四半期の経済成長は鈍化
2019年第1四半期のGDP成長は、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール、フィリピンの5ヵ国すべてで鈍化した。インドネシアの経済活動は、個人消費支出の伸びは加速したものの、総固定資本形成の伸びが減速したことから、前年同期比5.1%増へと鈍化した。一方、アジア地域の他国の大半では、輸出の減少が成長を押し下げた。マレーシアの第1四半期の成長減速は、投資支出の弱まりが主因となった。また、フィリピンの同四半期の経済成長率は、輸出の伸びの落ち込みや公共部門支出の鈍化を受けて、前年同期比5.6%となった。タイのGDP成長率は4年ぶりの低水準に減速した。総選挙を巡って政治的リスクが急速に高まったことが国内経済の重石になるとともに、純輸出の低迷も足かせとなった。

インドのナレンドラ・モディ首相が地滑り的な勝利
ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党を軸とする与党連合は、総選挙での地滑り的勝利により政権維持を果たし、モディ首相はほぼ50年振りに2選挙連続で議会の過半数を獲得した首相となった。市場では政権の継続が好感され、通貨ルピーおよびルピー建て資産への需要が高まった。

S&P社がインドネシアの格付けを「BBB」に引き上げ
格付機関S&P社は、5月末にインドネシアのソブリン債格付けを「BBB-」から「BBB」へと引き上げるとともに、格付け見通しを「安定的」に維持した。S&P社は格上げの主な理由として、同国の経済見通しの力強さと、最近のジョコ・ウィドド大統領再選を受けた景気支援的政策方針を挙げた。加えて、政府債務が比較的低水準にあることや財政実績が適度であることも、同国のソブリン債格付けの支援材料になっている。

今後の見通し

キャリーが中~高水準にあり金融政策がハト派転換する可能性がある国の債券の選好を維持
先進国の中央銀行が利上げに対して忍耐強い姿勢を示していることから、当社ではアジアの債券への需要は順調に下支えされるとの見方を維持する。当社が選好するのは、キャリーが中~高水準で当面の金融政策にハト派シフトの余地が残っている国の債券だ。特にフィリピンは、インフレ率が中銀の目標レンジ内にしっかり定着するようになり、インフレ期待がさらに鈍化すれば、追加利下げの余地がある。その他では、インドネシアの中央銀行が直近の会合でハト派色をやや強め、金融政策の緩和余地の有無を検討すると述べている。これに加えて、当社ではラマダン明けにインフレ圧力が和らぐ可能性が高いと予想していることから、通貨ルピアが安定的に推移する限り、インドネシア中央銀行は政策金利を引き下げる可能性があると見ている。とは言え、市場のリスクオフ・センチメントを考慮すると、当面の債券需要はルピアの方向性の影響を大きく受けるだろう。

人民元と相関の高い通貨に慎重姿勢
米中貿易協議が物別れとなったことにより、中国人民元との相関が高い通貨は一段と押し下げられる可能性が高い。したがって、当社では、中国が主要貿易相手国である韓国とシンガポールの通貨、韓国ウォンとシンガポールドルについて、慎重な見方をしている。とは言っても、その他のアジア通貨も総じて貿易に関するニュースの影響を受けやすいと見ている。

アジア・クレジット

市場環境

5月のアジアのクレジット市場はリターンがプラスに
5月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが拡大したものの米国債利回りが低下したことから、1.04%とプラスのトータル・リターンを確保した。投資適格債は、スプレッドが0.13%拡大したものの米国債利回りの低下がそれを上回ったため、市場リターンがトータル・リターン・ベースで1.33%となった。市場環境の悪化がより大きく響いたハイイールド債は、当月にスプレッドが0.44%拡大したが、それでも辛うじて0.05%とプラスのトータル・リターンを確保した。

アジアの信用スプレッドが拡大するきっかけとなったのは、米中間の貿易交渉で急に対立が深まったことであり、ここ数ヶ月に見られた進展は後退した。その後、両国は互いの輸入品に対する関税を引き上げ、通商協議を進める可能性が完全になくなったわけではないものの、日を追うごとにともに対立的な姿勢を強めた。貿易を巡る懸念に加えて、中国の発表頻度の高い経済指標があらためて低迷を示したことから、世界経済のより持続的な回復を期待する楽観的な見方が後退した。国別では、個別の問題が世界的なリスクオフ・ムードに拍車をかけたスリランカやパキスタンなどアジアのフロンティア新興国のパフォーマンスが最も低調となった。投資適格債分野では、インドネシアのクレジットものがリスクオフ姿勢の高まりによる影響を大きく受け、大統領選の結果発表を受けた政治的ノイズによって売りが加速した。信用格付機関S&P社は、月末にインドネシアの長期ソブリン債格付けを「BBB-」から「BBB」に引き上げるとともに、見通しを「安定的」とした。このポジティブなニュースによるインドネシアの信用スプレッドへの影響は、その時点で強かった世界的なリスクオフ・ムードに圧倒されたため見られなかったが、この格上げはインドネシアが中期的に構造的発展を遂げている証と言える。インドでは、5月中旬に総選挙でナレンドラ・モディ首相率いる与党が地滑り的勝利により政権維持を果たしたことにより、同国のクレジットものに対する楽観的な見方が強まったが、それでも月末にかけてはインドのクレジットもののスプレッドはやや拡大を見せた。

中国の経済指標は4月に再び鈍化、中央銀行は対象を絞った預金準備率の引き下げを実施
中国の4月の金融および信用指標は、事前予想以上に鈍化した。銀行の4月の新規融資額は1兆200億元と、3月の1兆6900億元を著しく下回るとともに、4月の社会融資総量は1兆3600億元と、3月の2兆8600億元の半分にも満たなかった。同様に、中国の経済活動を示す指標も4月に再び低迷し、前年同月比で3月に回復を見せていた鉱工業生産、小売売上高、固定資産投資の伸びは、4月はいずれも減速した。これらの指標は事前予想も大きく下回っており、中国の景気回復が未だ安定していないことを示唆している。一方、中国人民銀行は、小規模の銀行を対象に預金準備率を5月15日付けで引き下げると発表した。中国人民銀行は、これにより約2800億人民元の流動性が金融システムに放出され、そのすべてが中小企業や民間企業に貸し出されることになると見ている。注目すべき点として、ブルームバーグ・ニュースは、中国政府が国内経済支援のためにさらなる景気刺激策を検討中であると報じた。

起債活動は鈍化
5月の発行市場の活動は、投資家心理の脆弱化を受けて鈍化した。投資適格債分野では、Huarong Financeのディール(複数のトランシェで19億米ドル)や香港のソブリン債(10億米ドル)を含めて、計25件(総額117億米ドル)の新規発行があった。ハイイールド債分野の新規発行は、MGM China(2トランシェ)を含めて、計21件(総額約79億米ドル)となった。

<アジア・クレジット市場の推移>

アジア・クレジット市場の推移

(出所)JP Morgan
(期間)2018年5月末~2019年5月末
(注)JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2018年5月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

今後の見通し

米中貿易協議の結果は不透明、アジアの信用スプレッドには当面ある程度の拡大圧力がかかる
米中貿易協議の結果は依然として不透明であるものの、両国が互いの輸入品に対する関税を引き上げるなど、5月の動向は協議の結果が以前に予想されていたよりもネガティブなものになることを示唆している。最終的に貿易協定が合意される可能性は引き続きあるものの、この点に関するリスクは高まっている。さらに、足元のマクロ経済指標は世界的に再び軟化している。中国が継続中の景気刺激策は引き続き国内経済を下支えしていくと見られるが、外部環境の不透明感が再び強まっていることから、プラスの影響は抑制される可能性が高い。外部リスクの高まりを考慮すると、たとえFRBの最近の発言がインフレ低迷に対する「忍耐強さ」を示しているとしても、主要中央銀行が現在のハト派寄りの姿勢から転換する可能性は低い。FRBのハト派スタンスは引き続き追い風だが、アジアの信用スプレッドを下支えしているその他の要因、具体的には世界経済の成長見通しや米中貿易交渉は、先行きの明るさが後退してきている。したがって、アジアの信用スプレッドには当面幾分の拡大圧力がかかる可能性が高く、バリュエーションはよりニュートラルな領域に戻るだろう。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。