当レポートは、英語による2019年8月発行「MULTI-ASSETMONTHLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

投資環境概観

今年、市場の注目が集まっている問題は、米中貿易交渉と米FRB(連邦準備制度理事会)の政策の2つだ。貿易戦争に関しては過去数ヵ月にわたって幾度となく言及してきたので、今回はFRBの政策、特に同中銀の独立性について考えを述べてみたい。出発点として、実際にFRBが真に独立した機関なのかどうかを考察する。ここで考えるのは、政治家から、そしておそらくは行政全体からの独立性だ。

この点については、多くが既に認識している通り、FRBは真に独立した機関ではない。FRBが行政内で独立して行動できる自由裁量をある程度持てるよう、体制に多くの特性・機能が組み込まれているのは確かだが、それで確実な独立性が担保されていることにはならない。この理由は、FRBの権限が連邦準備法の下で連邦議会から付与されたもので、つまり同中銀が実際には行政の一機関であるからだ。加えて、理事会のメンバーは議長および副議長を含め米国大統領によって任命され、上院によって承認される。

FRBが文字通りには独立しておらず、またかつて独立していたこともないのであれば、当機関は市場の目に独立しているように映る幻影をどのように保っているのか。この問題は、市場によるFRBのアクションの受けとめ方にとって非常に重要となる。以前の米政権下では、大統領およびその政権は金融政策について公にコメントするのを控えるというのが既成の慣例であった。これには、FRBがほぼ政治のあからさまな介入なく通常の金融政策審議を行うことができることを明確にするという効果があった。

しかし、過去数年間に幾度となく目の当たりにしてきたように、現在の米大統領は慣例に対する敬意をほとんど持ち合わせていない。FRBそして特にその議長のこととなると、トランプ大統領およびその政権は極めて公に「助言」や批判を行うことに余念がない。そのような頻繁な干渉の結果、FRBはもはや自立しているという錯覚を保つことができず、実質的に独立性を失っている。

このような結果は、最近ウォールストリート・ジャーナル紙の社説で思いを伝えた複数の元議長を含め、多くのエコノミストにとって、金融政策および経済に対するFRBの実効的スチュワードシップ(責任をもって実行・運営すること)を妨げるであろう悲劇だ。その長期的な影響は専門家が示唆している通りネガティブなものになる可能性が高いが、一方で足元ではリスク資産市場もソブリン債市場もともにこの幻影破壊が追い風となっている。

昔のように独立しているFRBであれば、すべての発言が政治的意味合いをもって評価されるような状態にはせず、本当にFRBが意図する発言なのか大統領が言わせている見せかけの発言なのかの判断を市場参加者に委ねるだろう。とは言え、FRBに対しそのメッセージを大統領の意向に同調させようとする圧力は、効果を上げていると当社では見ている。大統領は利下げと量的引き締めの終了を求めており、FRBはその通りに実施した。FRBには確かに政策緩和の論拠があったが、米国経済が長期潜在成長率を上回るペースで拡大していることに照らせば、その論拠の妥当性には議論の余地がある。

FRBが政策緩和に方向転換した理由が自身の客観的な分析がそうすべきと示したからなのか、それとも無意識のうちにトランプ大統領の意向に屈したからなのかは、知る由もない。しかし、一つ分かっているのは、株式の投資家も債券の投資家もともに、当面はFRBが独立性を取り戻すことはないだろうと想定したポジションを取っているように見受けられることだ。

資産クラスの選好順位(2019年7月末時点)

資産クラスの選好順位(2019年7月末時点)

(注)株式、ソブリン債およびクレジットのスコア合計は時価総額ベースで加重平均して算出。
上記のアセットクラスおよびセクターは、マルチアセット戦略ポートフォリオの運用を担当するポートフォリオ・マネージャーの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

当社の見方

各資産クラスの見方と選好順位について、以下に述べる通りの調整を行った。

グローバル株式

トランプ大統領が5月初旬のツイートで貿易戦争の再開を宣言し、その後短い休戦を経て追加関税を発表したかと思うとその同じ関税を先送りにするといった状況では、不透明感が最終的に払拭されるまで中国株式への投資を避けたくなる。しかし、すべての企業が等しく影響を受けるわけではなく、混乱はしばしば注視すべき価値の高い投資機会をもたらすものだ。

貿易戦争の脅威が続いていることから、中国は景気刺激策の規模を拡大してもしかたがなかったのかもしれないが、政府は依然、生産性の向上に対する疑問の余地がより大きい借り入れベースのインフラ支出を再び一巡させるのではなく、持続可能な質の高い成長へのより適切な経路として民間セクターの成長を促すことに固執している。

2019年第1四半期の企業収益は純利益で前年同期比11%増と回復を見せ、雇用の伸びを促している。財政緩和が引き続き減税と銀行融資の促進を中心として行われているなか、雇用創出の9割は民間セクターとなっている。自動車セクターは底打ちした模様で、個人消費支出は依然として比較的弱いものの、eコマース(オンライン商取引)は増加が続いている。企業収益は2013年~2017年のCAGR(年平均成長率)で41%の増収となった。

民間セクターと消費に焦点を当てた景気刺激策は、当然のことながら株式市場のセクター別パフォーマンスに乖離を引き起こしている。チャート1に見られるように、2017年末以降では、消費関連株が30%近く上昇している一方で、市場のそれ以外のセクターは横這いまたは下落となっている。

チャート1:中国A株(CSI300指数)のセクター別パフォーマンス

チャート1:中国A株(CSI300指数)のセクター別パフォーマンス

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2017年12月29日~2019年07月23日

中国が、貿易戦争を受け製造業が逆風に晒されるなかで成長を維持しながら負債削減を行うという難関を切り抜けるにあたり、多大なリスクを伴っているのは確かだ。しかし、着実な政策調整と継続中の改革の組み合わせにより、長期的に持続可能な成長に向けて環境はますます改善している。

グローバル債券

国債が市場全般の注目を集めるというのはあまりあることではないが、まさにそれがここ数ヵ月で起きている。世界の債券利回りは、投資家が様々な不安材料に反応するなか、極めて低い水準へと急低下した。利回りの低下も印象的だが、当社の注目を引いたのはブレークイーブン・インフレ率の水準である。この用語に馴染みのない方に説明すると、ブレークイーブン・インフレ率とは、名目金利債のリターンが同年限のインフレリンク債のリターンと等しくなるようなインフレ率(年率)の水準を意味する。このブレークイーブン・インフレ率は、インフレリンク債と名目金利債の実質利回りと名目利回りの比較によって観察することができる。

下のチャートが示すように、米国の10年のブレークイーブン・インフレ率は過去3ヵ月で1.6%の低水準へと急低下した。これは、10年物TIPS(米物価連動国債)の投資家が、今後10年間の総合CPI(消費者物価指数)上昇率が年率で1.6%にまで低下すると予想していることを示唆している。

チャート2:ブレークイーブン・インフレ率

チャート2:ブレークイーブン・インフレ率

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2019年2月8日~2019年8月8日

これは、米国経済にとって非常に弱気な見通し、そしてFRBがインフレ低下を防ぐことができるかに対する妥当な懐疑を示唆しているように見受けられる。これが特に興味深いのは、米国経済には長期にわたって約2%と、市場が織り込んでいる1.6%の期待インフレよりもかなり高いインフレを生み出してきた実績があるからだ。チャート3は短期および長期での米国の総合インフレ率を示したものだが、CPI上昇率は過去2年と20年でともに2%を超えており、10年ではブレークイーブン・インフレ率の1.6%を超えている。特筆すべき点として、10年と20年の計算結果には世界金融危機後のデフレ局面が含まれているが、それでも依然(直線が示す)1.6%を超えている。

チャート3:米国のCPI上昇率

チャート3:米国のCPI上昇率

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成、 2019年6月

米国の過去のインフレ実績は、将来のインフレ率が現在のブレークイーブン・インフレ率を超える可能性を示唆しているが、米国の政策が孤立主義色を強めていることも、企業が小売価格を抑えるためにより低コストの生産者へアクセスするのを妨げる可能性がある。ブレークイーブン・インフレ率がこのような低い水準にある現在、TIPSは固定利付米国債に比べて魅力的に見え始めている。

グローバル・クレジット

7月のグローバル投資適格債は信用スプレッドが縮小し、5月の世界的な株価下落に伴うスプレッド拡大からの相場回復が続いた。予想できる通り、8月に入ってからは、米国が中国からの輸入品に対する追加関税を発表したことに市場がネガティブに反応しているため、スプレッドは再び拡大しているが、前回ほどの水準までには至らずに止まっている。現在の拡大したスプレッド水準では、投資適格社債は国債に対して引き続き魅力的であると考える。

クレジットの投資家は金融政策緩和と米中貿易戦争という好悪材料の影響を秤にかけているが、どうやら中銀材料の方が勝っているようだ。チャート4は2019年における米国と欧州の投資適格債のOAS(オプション調整済みスプレッド)動向を示したものだが、欧州のスプレッドの方がアウトパフォームし、初めは米国よりも広かったが年を通じて縮小を続け、今では米国の水準を下回っている。欧州は、米国に比べて株式市場のパフォーマンスが劣後し経済環境もより低迷しているにもかかわらず、スプレッドがアウトパフォームしている。欧州の投資適格債がアウトパフォームするドライバーとなっているのは、ECB(欧州中央銀行)が金融政策による追加支援を行うだろうという市場の期待で、この期待は最近のECBの発言によって概ね裏付けられた。ドラギ総裁は、過去には社債も対象となっていた資産購入の追加も含め、ECBには経済を引き続き支えるためのツールがあることを市場に確信させるのに、いかなる労力も惜しまなかった。

チャート4:投資適格債の信用スプレッド(対国債)

チャート4:投資適格債の信用スプレッド(対国債)

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2018年12月31日~2019年8月12日

通貨

トランプ大統領のツイートであれ、同大統領に従ったハト派化と時折行うタカ派的発言(理論上の独立性のイメージを取り戻そうとしているのかもしれない)の間で揺れるFRBであれ、世界の秩序が数週間ごとに変わる様相となっているなか、通貨はまたもやボラティリティの高い環境に直面している。

7月下旬、FRBが実施した利下げを緩和サイクルの始まりではなく予防的な措置と位置付けたことは、明らかに市場を失望させた。この後すぐにトランプ大統領がまたもや追加関税を発表すると、米ドルと日本円は当然ながら典型的な「リスクオフ」流の上昇を見せた。

今回、中国は、市場で当局が死守する一線と見なされていた(そのような一線は存在しないと当局は繰り返し述べていたが)1米ドル=7人民元を超える元安を許容した。トランプ大統領はすぐさま反応してこれを「為替操作」と呼び、続いてムニューシン財務長官が従順にも公式な非難を行った。

チャート5:2007年来の人民元安

チャート5:2007年来の人民元安

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2007年8月15日~2019年8月12日

今回は、これが悲惨な事態にはつながらないと考えられる改善要素が4つある。

  1. トランプ大統領は、9月1日に開始する関税の税率を、当初脅していた25%よりもずっと受け入れやすく経済への深刻な影響なく吸収されると想定される10%とした。
  2. ムニューシン財務長官が中国を公式に「為替操作国」に指定したことは軽い警告程度の意味であって、本格的なダメージを負わせるというよりは上司であるトランプ大統領をなだめるために行った可能性が高い。
  3. 中国人民銀行が1米ドル=7人民元を超える元安を容認したのは、おそらくはトランプ大統領への威嚇射撃としてだが、人民元はすぐに安定化し、国際収支を安定的に維持するという最優先ニーズに、より一段と合致する状況となっている。
  4. トランプ大統領はすでに新関税の開始日を9月から12月へと先送りしており、交渉が再び軌道に戻り得るとの希望を市場にもたらそうとしている。

これらの展開は合わせてもとてもポジティブとは言えないが、飛び抜けてネガティブというわけでもない。貿易協定の可能性は後退しているが、両国ともに負う用意のある痛手の限界に達しつつあるようで、これは、世界中の中央銀行が緩和を始めようとしているなか、世界経済にとってプラス材料である。今のところ、米ドルおよび日本円への「リスクオフ」の動きは、長期的な傾向というよりは短期的な変動を反映したものであるように見受けられる。

コモディティ

トランプ大統領がツイートを投稿するたびに、コモディティ全体にわたって嵐が起きる。金が急騰する一方でエネルギーやベースメタルが大きな打撃を受けるなど、パフォーマンスの乖離は極値に達してきている。金価格に対する銅価格の比率は、経済成長の指標と見られているが、世界金融危機や2015年の成長不安の局面に見られた歴史的低水準へと急低下しつつある(チャート6参照)。

チャート6:金価格に対する銅価格の比率

チャート6:金価格に対する銅価格の比率

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2004年8月9日~2019年8月8日

リスク・プレミアムが上昇するのは当然だが、通貨のセクションで述べた通り、市場は世界の需要への影響に対して過剰反応した可能性が高い。利下げが世界中に広がりつつあり、一方で中国は、成長鈍化に対する財政政策対応において慎重な姿勢を維持しつつも、必要となればさらなる措置を講じる余地がある。

特筆すべき点として、7月に行われた共産党中央政治局会議以降、「負債削減」という言葉が声明から削除されており、したがって追加の景気刺激策の実施は遠くないのかもしれない。たとえ追加の刺激策が行われなくても、中国のクレジット・インパルス(新規与信の対GDP比の伸び率)は改善を続けており、直近では地方政府のインフラ投資資金を調達する特別債の発行によって一段と押し上げられている(チャート7参照)。

チャート7:中国のクレジット・インパルス

チャート7:中国のクレジット・インパルス

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2014年7月~2019年7月

これらを考え合わせると、短期的にはリスク回避志向が引き続きコモディティ価格の重石となり得るものの、需要の刺激やOPEC(石油輸出国機構)による供給調整がコモディティ価格を中期的に下支えしていくものと想定される。一方、地政学的リスクの上昇を伴う債券利回りの急低下は、金にとって引き続き追い風となる可能性が高い。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のチャート、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。