複雑さは投資機会をもたらすか

EU(欧州連合)の銀行規制は、関わる利害関係者の数が多く、一方からは欧州議会および欧州委員会が、もう一方からは各国の議会および規制当局が力を及ぼそうとする結果、非常に複雑なものとなっている。しかし、この複雑さの理解を極めることは、投資家にとって有効な利益の源泉となり得る。特に、当社のクレジット・リサーチでは、銀行に求められるTLAC(総損失吸収力)の最低基準に注目することで、魅力的な投資機会を見出している。

「G-SIB」と総称されるグローバルなシステム上重要な銀行は、2019年の初め以降、TLAC基準に適合することを求められている。2015年にFSB(金融安定理事会)によって発布された当該適合要件の目的は、G-SIBが十分な損失吸収力および資本増強力を備えていることの確保だ。欧州の銀行に対しては、BRRD(銀行再建・破綻処理指令)によって別途同様の規制概念が定められており、これに定義されているMREL(自己資本・適格債務に関する最低要件)はG-SIBばかりでなく欧州のすべての銀行に適用されている。

2019年6月、欧州委員会はTLACを欧州銀行規制に取り入れ、続いて最近発表した銀行改革計画においてMRELとも組み合わせた。当該改革計画ではBRRDに加えて単一破綻処理メカニズム、自己資本要求規制、自己資本要求指令も改正された。この新たな包括法令が意図するのは、欧州銀行セクターのリスク低減と銀行のショックへの抵抗力強化だ。EU加盟国は、当該法令を自国の法律に取り入れるのに2年の猶予を与えられている。

当該包括法令で加えられた変更によると、TLACが欧州のG-SIBのピラー1(「第1の柱」、最低所要自己資本比率規制)要件となる。現行の規制で欧州の銀行に求められている自己資本比率は、他地域の銀行と同様、総リスク加重資産比で16%、非加重資産比で6%だ。この要件が2022年までに総リスク加重資産比で18%、非加重資産比で6.75%に引き上げられることになる。

一方、G-SIBではない欧州の金融機関はMRELに基づく特定の自己資本比率を満たすことを求められていないが、その代わりにピラー2(「第2の柱」、金融機関の自己管理と監督上の検証)要件に適合しなくてはならない。ピラー2要件はケース・バイ・ケースで決定され、規制当局は必要に応じてG-SIBに対してもピラー2を追加的に適用することができる。ピラー2要件の定義付けは各国の規制当局によって行われるが、ユーロ圏の全銀行については単一破綻処理委員会が当該要件を決定する。

チャート1:ベイルイン(金融機関の破綻処理における損失負担)の序列

チャート1:ベイルイン(金融機関の破綻処理における損失負担)の序列

出所:Prometeia

TLACおよびMREL規制の下で必要とされる資本比率に適合するために、非優先シニア債という新たな資本クラスが生み出され欧州各国の法令に組み入れられた。銀行の資金調達は従来、預金やカバード・ボンド(保有債権を担保として発行する債券)、シニア債、Tier 2証券(自己資本の補完的項目への算入が認められている証券。劣後債など)、AT1債(自己資本の基本的項目への算入が認められている債券。偶発的転換社債など)を通じて行われてきた。ベイルインにあたって、10万ユーロ以下の預金およびカバード・ボンドは充当することができない一方、AT1債は真っ先に償却または株式転換される対象となる(上記のチャート1参照)。その他の資本階層はこれら2つの対極の間に位置する。特に、無担保シニア債の償却は、当該債券が個人投資家に販売されていた場合にしばしば政治的問題となってきた。TLAC/MRELが導入されたことにより、無担保シニア債は優先シニア債と非優先シニア債という2つの資産クラスに分けられた。非優先シニア債は、法的(EUのアプローチ)または構造的(英国およびアイルランドの銀行のみが適用)に優先シニア債に対して劣後するとともに、MiFID II(第2次金融商品市場指令)によって適格機関投資家にのみ販売が認められており、個人投資家は購入を制限されている。

欧州の銀行は資本要件を満たすのに優先シニア債の算入がある程度認められているが、RWA(リスク加重資産)比で2.5%が上限となっている(当該上限は2022年1月1日からRWA比3.5%まで引き上げられることが予定されている)。資本要件を満たすのに必要な資金調達の大半は非優先シニア債を通じて行われており、これが最近の非優先シニア債の大量発行につながっているとともに、JPモルガンの調べ(チャート2参照)によれば向こう数ヵ月でさらに多くの発行が予想されている。多くの場合、これらの債券は対リスクフリー資産で魅力的なスプレッドが上乗せされ発行される。スプレッドは常に、発行体である銀行のファンダメンタルズや本拠地とする国、債券の満期など、様々なパラメーターに左右される。

チャート2:非優先シニア債の発行高(十億ユーロ)

チャート2:非優先シニア債の発行高(十億ユーロ)

出所:JPモルガン

非優先シニア債の購入を検討する投資家は、そのスプレッドを既存の優先シニア債のスプレッドと比較する。また、ベイルイン序列でより上位であるがゆえにより高いリスクを伴うTier 2債への投資と比較して放棄することになるスプレッド格差も考慮する。通常、非優先シニア債は優先シニア債に対して0.25~0.40%の上乗せスプレッドで取引されており、一方Tier 2債は非優先シニア債に対して0.60~1.00%の上乗せスプレッドを提供している。

投資家は、前述のパラメーターを用いてオファー(売り値)・サイドのスプレッドに照らすことにより、投資する発行体と債券の種類(非優先シニア債またはTier 2債)を決定する。加えて、最終判断においては投資家個々のリスク・バジェットも一端を担う。Tier 2債は優先シニア債や非優先シニア債に対してスプレッドが上乗せされているが、往々にしてボラティリティもより高く、場合によっては組み込まれたコール・オプションに関するエクステンション・リスク(コール・オプションが行使される可能性が低くなり想定残存期間が延びるリスク)を伴う。

銀行セクターのファンダメンタルズは追い風

銀行の自己資本への投資は、高いリターンを享受できる可能性がある一方で非常に複雑なものとなる可能性もあり、したがって銀行規制の確実な理解、国別リスクの分析、ボトムアップのクレジット・リサーチに加え、ボラティリティの許容水準に対する明確な見解が必要となる。当社では、銀行セクターは過去10年のファンダメンタルズ改善を経て魅力的な投資機会を生み出しており、それが特に顕著なのが非優先シニア債であると考えている。また、銀行は全般的に十分な資本を確保しており、負債比率を高める傾向にはなく、金融セクター以外の多くの企業に比べて世界的な貿易戦争の影響からより守られているとも見ている。

非優先シニア債は優先シニア債に比べて利回りが有利であり、一方でポートフォリオのリスク特性に大きな影響は与えない。したがって、低金利環境下において投資戦略のリスク・リターン特性を最適化するのに理想的な投資対象であると言える。

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