本レポートは英語による2019年9月発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 8月の米国債市場は価格が上昇した。月初は、米中間の貿易をめぐる緊張の高まりと人民元の下落を受けて、リスク資産市場が概して下落した。米中貿易戦争の激化や主要経済大国のリセッション(景気後退)懸念から、市場ではリスク回避ムードが続いた。米FRB(連邦準備制度理事会)議長はジャクソンホール会議(世界の中央銀行首脳による年次経済シンポジウム)で、貿易戦争が世界経済鈍化の要因になっていると述べたが、金融緩和の一段の積極化については明言を避けた。最終的に米国債利回りは2年物で前月末比0.37%低下の1.51%、10年物で同0.52%低下の1.50%で月を終えた。
  • 8月のアジアのクレジット市場はトータル・リターンが1.48%となった。投資家のリスク回避姿勢を受けて信用スプレッドが拡大したものの、米国債利回りの低下が追い風となりプラスのリターンにつながった。格付け別のトータル・リターンは投資適格債が2.22%となる一方、ハイイールド債では-0.94%となった。
  • アジア域内のインフレ圧力はまちまちとなった。総合CPI(消費者物価指数)インフレは中国、インドネシアおよびタイで加速する一方、韓国、シンガポールおよびフィリピンでは減速した。インド、インドネシア、フィリピンおよびタイでは、2019年第2四半期の経済成長率が前年同期比ベースで前四半期に比べて鈍化した。一方、タイ、インドネシア、フィリピンおよびインドでは中央銀行が政策金利を引き下げた。
  • 中国では、中国人民銀行が8月20日付けで新たなローンプライムレート(LPR)を導入した。その他では、インドが資金流動性と与信の流れを改善する対策を発表した。
  • 発行市場は閑散とした月となった。新規発行は投資適格債分野で総額62.5億米ドル、ハイイールド債分野で計12件(総額29.5億米ドル)にとどまった。
  • アジアの現地通貨建て債券では、キャリーが中~高水準で当面の金融政策に一段の緩和余地がある国の債券を引き続き選好する。インドネシア中銀は金融政策の緩和サイクルを開始しており、以前の一連の利上げを巻き戻す余地がさらにあると示唆している。同様に、インドおよびフィリピンの中銀にも追加利下げを行う余地があると見ている。通貨では、シンガポールドルおよび韓国ウォンに対して慎重な見方をしている。
  • アジアのクレジット市場については、当面、信用スプレッドがやや拡大すると予想している。一方、主要国の中央銀行がハト派寄りの姿勢を維持するか強めるとも見ており、これによって貿易面でのネガティブな展開の影響が一部相殺されるだろう。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

8月の米国債市場は上昇
月初は、トランプ米大統領が中国から米国への輸入品に対する追加関税を発表したことを受けて米中間の貿易をめぐる緊張が一段と高まったのに加え、中国の中央銀行が心理的に重要な水準であった1米ドル=7元を超える人民元安を容認したため、リスク資産市場が概して下落した。中国の経済指標が経済活動の低迷を示し、またドイツで7月の企業景況感指数が低下するとともに第2四半期のGDPがマイナス成長となったことから、世界の経済成長に対する懸念が再燃し、市場ではリスク回避ムードが続いた。月末にかけては米中貿易戦争が再び激しさを増し、中国が米国からの輸入品に対する新たな報復関税を発表すると、トランプ大統領は中国製品に対する既存関税の税率引き上げで応戦した。ジェローム・パウエル米FRB議長はジャクソンホール会議で、貿易戦争が世界経済鈍化の要因になっていると述べたが、金融緩和の一段の積極化については明言を避けた。最終的に米国債利回りは2年物で前月末比0.37%低下の1.51%、10年物で同0.52%低下の1.50%で月を終えた。

<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヵ月(2019年7月末~2019年8月末)

過去1ヵ月(2019年7月末~2019年8月末)

過去1年(2018年8月末~2019年8月末)

過去1年(2018年8月末~2019年8月末)

(出所)信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注)リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

域内のインフレ圧力はまちまち
総合CPI(消費者物価指数)インフレは中国、インドネシアおよびタイで加速する一方、韓国、シンガポールおよびフィリピンでは減速した。インドネシアの総合インフレの加速は、被服費と輸送費の上昇加速が主因となった。タイの総合CPI上昇率は、生鮮食品価格の上昇が主因となって加速したが、それでもインフレ率の水準は前年同月比で0.98%と、同国中央銀行の目標レンジである1~4%の下限を依然下回っている。フィリピンでは、7月のインフレ圧力が31ヵ月ぶりの低水準へと緩和した。この主因は食品およびノンアルコール飲料の価格上昇率の鈍化だが、他のサブセクターでも大半において価格上昇率が前月比で鈍化した。その他では、シンガポールの7月のCPI上昇率が、電力市場自由化策に伴う電気料金の低下などを要因として、前年同月比0.4%へと鈍化した。

第2四半期は経済成長が鈍化
インド、インドネシア、フィリピンおよびタイでは、2019年第2四半期の経済成長率が前年同期比ベースで前四半期に比べて鈍化した。インドネシアの経済成長率は、民間および政府消費の伸びが輸出の低迷を相殺したものの、前年同期比5.05%と2年ぶりの低水準へと鈍化した。フィリピンのGDP成長率は、国家予算の議会承認の遅れを受けて政府支出が滞ったことから、4年ぶりの低水準となった。タイでは、政府支出の伸びの鈍化や純輸出の減少などが主因となり、経済成長率が前年同期比2.3%と5年近くぶりの低水準へと減速した。その他、マレーシアは地域の傾向に反し、第2四半期のGDP成長率が民間消費の伸びの加速を受けて前年同期比4.9%と前期の4.5%から加速した。

中央銀行は政策金利を引き下げ
タイの中央銀行は政策金利を0.25%引き下げるとともに、現在では総合インフレ率の年間平均が同中銀の目標レンジの下限を下回ると見ていることを発表した。また同中銀は、バーツ高に対する懸念についても繰り返し表明し、貿易をめぐる緊張が激化するなかでバーツ高が経済成長にさらなる悪影響を及ぼす可能性があると述べた。同様に、インドネシアの中央銀行も0.25%の利下げを決定したが、同中銀のペリー・ワルジヨ総裁はこの動きについて、世界の経済成長が鈍化するなかで将来の成長モメンタム持続を促すための「先制」措置と説明した。またフィリピンでも、中央銀行がインフレ見通しの落ち着きを理由として0.25%の利下げを実施した。同中銀は、国内経済が堅調さを維持すると予想しているが、貿易をめぐる緊張の激化の結果として一定の成長懸念が生じていると強調した。その他では、インド準備銀行が、通常よりも大幅となる0.35%の利下げを行うとともに、リスクは「幾分下方に傾いている」として来年のGDP成長率予想を7.0%から6.9%へと下方修正した。

中国は金利メカニズムを改良、インド準備銀行は余剰準備金の国庫納付を発表
中国人民銀行は8月20日付けで、同中銀のMLF(中期貸出ファシリティー)金利を基準として実際の銀行貸出金利に従い設定される新たなLPRを導入した。同中銀の指示によって、LPRは銀行が新規ローンの金利を設定する際の参考金利として基準貸出金利に正式に取って代わり、これによって同中銀は実質的に新規ローンでの借入金利に対して影響を及ぼす力を確保した。一方、インド準備銀行の理事会は2019年度(2018年7月~2019年6月)の余剰準備金の国庫納付を発表したが、その額は1.8兆ルピー近くと市場の予想を大きく上回った。それとは別に、インド財務省は、銀行への資本注入のスケジュール前倒しやノンバンク系金融機関への流動性支援の提供など、経済成長の回復に的を絞った対策を発表した。

今後の見通し

キャリーが中~高水準の債券を引き続き選好
アジアの現地通貨建て債券では、キャリーが中~高水準で当面の金融政策に一段の緩和余地がある国の債券を引き続き選好する。インドネシア中央銀行は金融政策の緩和サイクルを開始しており、同中銀のペリー・ワルジヨ総裁は、FRBが金融緩和を行う見通しであること、インフレが落ち着いており通貨ルピアおよび経常収支も比較的安定した推移を見せていることから、以前の一連の利上げを巻き戻す余地がさらにあると示唆している。このような好材料に加えて良好な需給関係が、インドネシア債券の追い風になるものと見られる。同様に、インドおよびフィリピンの中銀にも追加利下げを行う余地があると見ている。フィリピン中銀のベンジャミン・ディオクノ総裁は、同中銀が当月利下げを実施する前から、年末までに0.5%の利下げを行う意向を漏らしていた。一方、インドはインフレが落ち着いており経済成長が減速していることから、中銀による追加利下げの可能性が高まっている。

シンガポールドルと韓国ウォンに対しては慎重な見方
通貨では、シンガポールドルおよび韓国ウォンに対して慎重な見方をしている。MAS(シンガポール金融通貨庁)の最近の発表において2019年のGDPおよびコアインフレの見通しがともに下方修正されたため、シンガポールドルの名目為替実効レートに再び圧力がかかり、同通貨当局が為替政策を緩和するリスクが増している。シンガポールは経済の対外依存度が高く、貿易をめぐる悲観ムードから引き続き悪影響を受ける可能性がある。さらに、シンガポールドルが高い相関性を有するユーロおよびポンドがECB(欧州中央銀行)のハト派姿勢やブレグジット(英国のEU離脱)をめぐる不透明感を受けて下方圧力に晒されていることも、シンガポールドルに対する投資家心理を一段と悪化させるものと思われる。同様に韓国ウォンも、日韓間の貿易をめぐる緊張の悪化や世界の貿易環境の低迷継続を背景に、パフォーマンスの劣後が続くと見られる。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場はプラスのリターン
8月のアジアのクレジット市場はトータル・リターンが1.48%となった。投資家のリスク回避姿勢を受けて信用スプレッドが拡大したものの、米国債利回りの低下が追い風となりプラスのリターンにつながった。投資適格債は、スプレッドが0.1%拡大したものの米国債利回りの低下がそれを相殺し、トータル・リターンが2.22%となった。ハイイールド債は市場センチメントの低迷が重石となってスプレッドの拡大幅が0.6%に及んだため、トータル・リターンが-0.94%となった。

月初は、トランプ米大統領が中国から米国への輸入品に対する追加関税を発表したことを受けて米中間の貿易をめぐる緊張が一段と高まったのに加え、中国の中央銀行が心理的に重要な水準であった1米ドル=7元を超える人民元安を容認したため、リスク資産市場が概して下落した。ドイツの企業景況感指数や中国の経済指標の低迷を受けて世界経済の成長懸念が再燃したことから、信用スプレッドは継続して拡大基調を辿った。また、香港の抗議活動やアルゼンチン固有のイベントも加わって、市場センチメントは不安定な状況が続いた。月末にかけては米中貿易戦争が再び激しさを増し、中国が米国からの輸入品に対する新たな報復関税を発表すると、トランプ大統領は中国製品に対する既存関税の税率引き上げで応戦した。貿易面や世界のマクロ経済指標の悪化が表面化するなか、米FOMC(連邦公開市場委員会)のメンバー間で追加金融緩和の適切な規模に対する見方が分かれている兆しが窺われ、市場はリスク心理を落ち着かせる材料を失った。国別では当月、インドネシア、インドおよびフィリピンの銘柄の信用スプレッドが拡大する一方、シンガポールや韓国のクレジット物はリスクオフ・ムードを受けてアウトパフォームした。韓国のクレジット物は、同国と日本の間で強まっている緊張が貿易関連の問題からさらに広がる兆候を見せているにもかかわらず、域内の他国をアウトパフォームした。一方、それまで堅調であった香港のクレジット物は、抗議活動が当月も続いたばかりでなくエスカレートしたため、亀裂が生じ始めた。中国の投資不適格の不動産開発企業は、2019年前期の業績が全般的にある程度好調であったものの、リスクオフ・ムードの影響を受けてスプレッド・パフォーマンスが悪化した。

当月の発行市場は閑散
夏期休暇時期という季節性に加えて市場が弱気ムードとなったことから、8月は新規発行額が急減した。投資適格債分野では、中国石油化工集団(Sinopec Group)のディール(3トランシェで20憶米ドル)を含め、総額62.5億米ドルの新規発行があった。ハイイールド債分野の新規発行は計12件(総額29.5億米ドル)にとどまった。

<アジア・クレジット市場の推移>

アジア・クレジット市場の推移

(期間)2018年8月末~2019年8月末
(注)JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2018年8月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

今後の見通し

追加金融緩和によって貿易面の悪材料が一部相殺される見通し、当面はスプレッドがやや拡大する見込み
当社では米中間の貿易摩擦の最終的な解決は依然見通しが不透明で当面は実現しそうにないと見ていたが、市場にとっては8月初めの米国の動きは概ね予想外の展開であり、リスク心理に悪影響を与えた。中国は8月23日に報復措置を発表し、米国は即座に追加関税で応酬した。このように貿易摩擦が激化しているのに加え、世界のマクロ経済指標では低迷が続いていることから、主要国の中央銀行はハト派寄りの姿勢を維持するか強めるだろう。貿易をめぐる緊張の予想外の激化やその結果としてのリスクオフ心理の広がりを受けて、金利は世界中で下方調整しており、米中両国が多少なりとも譲歩をしない限りは、足元の水準辺りにとどまり続けるものと見られる。とは言え、8月の調整規模を考えると、多くの悪材料がすでに織り込まれていることから、債券利回りがこれ以上低下する余地は限定的かもしれない。
追加金融緩和期待は貿易面でのネガティブな動向の影響を一部相殺するであろうが、当面のアジアのクレジット市場では、特にバリュエーションの魅力度が引き続き相対的に低いため、最終的にスプレッドがやや拡大すると依然予想している。当社の見方における上方リスクはFRBが現在よりもさらにハト派化することであり、当社では9月中旬のFOMC会合から発せられるシグナルを注視していく。また、アジア域内では、香港および韓国の動向を注視していく。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。