本レポートは英語による2019年10月発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 9月の米国債市場は、投資家のリスク選好意欲が再び高まったことから利回りが上昇した。当初、米中貿易問題における展開をきっかけとして回復したリスクオン・ムードは、その後、世界の主要中央銀行が追加金融緩和を実施したことで支えられた。サウジアラビアの石油生産設備へのドローン攻撃や、米国の短期金融市場におけるボラティリティの高まりを受けて、債券利回りは月中のピーク水準から小幅に反落したが、最終的に2年物で前月末比0.12%上昇の1.62%、10年物で同0.17%上昇の1.67%で月を終えた。
  • 9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.05%縮小したものの、米国債利回りの上昇を主因としてトータル・リターンが-0.18%となった。格付け別のトータル・リターンは、投資適格債が0.36%のマイナスとなる一方、ハイイールド債がそれを上回る0.43%のプラスとなった。
  • アジア域内のインフレ圧力は各国でまちまちとなった。総合CPI(消費者物価指数)インフレはインド、シンガポール、インドネシアで加速する一方、韓国、タイ、フィリピンでは減速した。インドネシアとフィリピンの中央銀行は政策金利を引き下げた。中国では、中国人民銀行が預金準備率の引き下げを発表するとともに、政策当局が外国人向け投資限度枠を撤廃した。JPモルガンは同社債券インデックスへの中国の新規組入れを発表し、一方でFTSE RussellはWGBI(世界国債インデックス)におけるマレーシアの組入れ継続を発表した。
  • 9月はリスク・センチメントに落ち着きが見られるなか、新規発行が増加した。投資適格債分野で計43件(総額約216億米ドル)、ハイイールド債分野で計36件(総額約104億米ドル)の新規発行があった。
  • アジアの現地通貨建て債券では、マレーシアおよびインドの債券について強気な見方をしている一方、他のアセアン諸国の債券に対しては中立的な見方をしている。通貨では引き続き、シンガポールドルのパフォーマンスが相対的に劣後すると予想している。
  • 貿易や地政学面の問題について解決の道筋がより明確になるまで、そして経済指標が緩やかな改善を示すようになるまで、世界各国の中央銀行は金融緩和姿勢を維持する見通しであり、これがアジアのクレジット市場にとって下支え材料となるだろう。当面の米国債利回りと信用スプレッドの方向性を占う重要なポイントは、米中通商交渉の行方だ。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

9月の米国債市場は利回りが上昇
9月は、米中貿易問題の展開において双方が解決に向け取り組む意向を示したことが当初のきっかけとなり、投資家のリスク選好意欲が再び高まった。続いて、世界の主要中央銀行が追加金融緩和を実施したことが、市場のリスクオン・ムードを支えた。ECB(欧州中央銀行)は、中銀預金金利を0.10%引き下げるとともに、新たな債券購入プログラムを開始した。米FRB(連邦準備制度理事会)が市場の予想通りFF(フェデラルファンド)金利を0.25%引き下げる一方、中国人民銀行は預金準備率と1年物基準貸出金利を引き下げた。その後間もなく、サウジアラビアの石油生産設備へのドローン攻撃や米国の短期金融市場におけるボラティリティの高まりを受けて、債券利回りは低下に転じた。そうしたなか、ドナルド・トランプ米大統領に対する弾劾調査が開始されたが、市場はこれにあまり反応を示さなかった。最終的に米国債利回りは2年物で前月末比0.12%上昇の1.62%、10年物で同0.17%上昇の1.67%で月を終えた。

<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヵ月(2019年8月末~2019年9月末)

過去1ヵ月(2019年8月末~2019年9月末)

過去1年過去1年(2018年9月末~2019年9月末)

過去1年過去1年(2018年9月末~2019年9月末)

(出所) 信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注) リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

域内のインフレ圧力はまちまち
総合CPIインフレは、インド、シンガポール、インドネシアで加速する一方、韓国、タイ、フィリピンでは減速した。シンガポールでは、民間道路輸送費の伸びが加速するとともに住居費の下落度が緩やかになったことから、8月の総合CPI上昇率が小幅に加速し、インドネシアでは食品インフレの加速を主因としてインフレ圧力が高まった。タイでは、食品項目の上昇率の急激な鈍化や輸送項目のさらなる減速を受けて、8月のCPI上昇率が前年同月比0.5%と前月の同1%から減速した。また、フィリピンでは物価上昇圧力が全般的に和らぎ、総合CPIインフレが中銀目標を下回った。一方、韓国では、農産物価格においてベース効果が不利に働いたことなどから、8月のインフレ率が前年同月比ベースで過去最低水準へと低下した。

インドネシアとフィリピンの中央銀行は政策金利をそれぞれ0.25%引き下げ
インドネシアの中央銀行は、3ヶ月連続となる0.25%の利下げを実施し政策金利を5.25%へと引き下げるとともに、経済成長を加速させるための貸出促進策も発表した。同中銀総裁は、今回の動きについて、「世界景気が減速するなかで国内経済成長のモメンタムを支えるための予防的措置」であるとした。同様に、フィリピンの中央銀行は今年3度目となる0.25%の利下げを実施した。同中銀のベンジャミン・ジョクノ総裁は、今回の動きの主な理由として、物価上昇圧力の緩和と経済成長支援の必要性を挙げた。金融政策決定会合に先立ち、同中銀は2019年のインフレ率予想を2.6%から2.5%へと下方修正していた。

中国人民銀行は預金準備率引き下げを発表、中国政策当局は外国人向け投資限度枠を撤廃
中国人民銀行は、ほぼすべての金融機関を対象として預金準備率を0.50%引き下げるのに加え、一部の都市商業銀行に対しては預金準備率をさらに1.00%引き下げることを発表し、また1年物基準貸出金利も0.05%引き下げた。全般的に適用される預金準備率の0.50%引き下げは9月16日から実施されたが、一方、対象を絞った1.00%の引き下げは2段階(10月15日に0.50%、11月15日に残りの0.50%分)で実施される。中国人民銀行によると、今回の措置によって銀行システムに9000億元の流動性が追加される。その他、中国の政策当局は外国人投資家への中国市場開放を進め、中国国家外貨管理局がドル建てのQFII(適格外国機関投資家)制度および中国人民元建てのRQFII(人民元適格外国機関投資家)制度の投資限度枠撤廃を発表した。外国人向け投資限度枠の撤廃は、国内への資本流入を促すために行われたものと思われ、米国との間の貿易をめぐる緊張を和らげる可能性があると見る向きもある。

JPモルガンが債券インデックスに中国を新規組入れ、FTSEはWGBIへのマレーシア組入れを継続
インデックスを提供するJPモルガンは、同社が算出・公表する様々な債券インデックスにおいて、2020年2月28日から中国国債の組入れを開始すると発表した。同社によると、組入れは10ヶ月かけて段階的に行われ、毎月1%ずつ構成比率が引き上げられるが、とりわけ、新興国債券インデックスに最も大きな影響が及ぶことになる。一方、同じくインデックスを提供するFTSEは同社のWGBI(世界国債インデックス)においてマレーシアの組入れを継続すると発表し、これがマレーシア債券の投資家と同国政策当局者の両方に安堵をもたらした。FTSEは今年の早い時期に、市場流動性に対する懸念を理由としてマレーシア債券を同インデックスから除外する可能性があると示唆していた。そうした懸念に対処するために、マレーシアの中央銀行はダイナミック・ヘッジプログラムの自由化をさらに進める措置を講じた。なお、FTSEは、マレーシアを監視国リストには残し、「マレーシア中央銀行が市場流動性およびアクセスを改善すべく先般発表した取り組みについて、その実質的な効果を把握するために市場参加者との対話を続けていく」とした。

インドは法人税を引き下げ
当月、インド政府は法人税制を抜本的に見直し、法人税率を8%引き下げて22%とすることを発表した。政府の試算によると、この措置による歳入減少額は合計1.45兆インドルピー(GDPの0.7%相当)に上る。また、それとは別に、政策当局は当月、輸出および住宅セクターを支援する措置も発表した。これらの景気対策(特に法人税減税)が同国の財政状態に及ぼす影響が懸念され、インド国債に対する投資家心理は悪化した。

今後の見通し

マレーシアおよびインド債券に対して強気な見方、他のアセアン諸国の債券に対しては中立的な見方
向こう1ヶ月における市場の注目は、ワシントンで行われる米中通商協議の結果、中国のGDP統計、そして同国の経済情勢が議論される中央政治局会議に集まるだろう。これらはみな、市場が慎重な姿勢を強める要因になる可能性が高い。そうした不透明感の強さを背景に、当社では、ディフェンシブなデュレーション・ポジション、つまり概して満期までの期間がより短い債券を選好する。ただし、マレーシア債券については、FTSEが監視リストに残して来年さらなる見直しを行うとしながらもWGBIへの組入れ継続を決定したことから、見方を若干ポジティブ化させている。マレーシア債券は引き続き、実質利回りが魅力的な水準にあるとともに年内の供給見通しが追い風となっており、投資家の資金が戻ってくるものと見ている。また、インド債券は、大幅な下落を経てバリュエーションに魅力が出てきている。インドの政策当局は同国債券がグローバル債券インデックスに採用されるよう働きかけており、それが実現すれば同債券にとって長期的なプラス要因になる。

シンガポールドルに対しては慎重な見方
域内の通貨のなかでは、シンガポールドルがアンダーパフォームすると引き続き予想している。外需は低迷が続く見通しであり、これがシンガポールドル安圧力を強める可能性がある。当社では、MAS(シンガポール金融通貨庁)が次回の金融政策決定会合で取り得る金融緩和の選択肢は、シンガポールドルの名目実効為替レート誘導レンジの傾斜における0.50%引下げか完全中立化かのいずれかであると考える。さらに、シンガポールドルが高い相関性を有するユーロおよびポンドがECBのハト派姿勢やブレグジット(英国のEU離脱)をめぐる不透明感を受けて下方圧力に晒されていることも、シンガポールドルに対する投資家心理を一段と悪化させるだろう。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場はスプレッドが縮小するも、米国債利回り上昇を受けてトータル・リターンが小幅なマイナスに
9月のアジアのクレジット市場は、投資家のリスク選好意欲の改善を背景に信用スプレッドが0.05%縮小したものの、米国債利回りの上昇を主因として、トータル・リターンが-0.18%となった。投資適格債は、スプレッドが0.03%縮小したものの、トータル・リターンが-0.36%となった。ハイイールド債は、投資家のリスク選好意欲の改善を受けてアウトパフォームし、スプレッドが0.13%縮小してトータル・リターンが+0.43%となった。

アジア・クレジットのスプレッド縮小につながった当初のきっかけは、中国が景気支援策を拡充したことや、10月上旬に閣僚級協議の再開が予定されるなど、米中貿易問題にいくらか好転が見られたことにあった。また、世界の主要中央銀行による追加金融緩和期待や、金融政策にのしかかる負担を和らげるための財政面からの景気刺激策強化に対する期待も、リスク選好ムードを支えた。月後半にかけては、先進国と新興国市場の両方にわたって社債やソブリン債の供給が膨らんだこと、中央銀行による緩和策が市場の期待ほどハト派的な内容でなかったこと、米国で政治的リスクが顕在化し始めたことなどが重なり、市場センチメントの重石となった。これを受けて、月前半における信用スプレッドの縮小分が一部巻き戻された。国別では、インドのクレジット物が、大幅な法人税率引き下げの発表などを追い風にアウトパフォームした。

起債活動が大幅に拡大
9月はリスク・センチメントに落ち着きが見られるなか、新規発行が増加した。投資適格債分野では、中国工商銀行(ICBC)のディール(3トランシェで25億米ドル)やCK Hutchisonのディール(2トランシェで12.5億米ドル)を含め、計43件(総額約216億米ドル)の新規発行があった。ハイイールド債分野の新規発行は計36件(総額約104億米ドル)となった。

<アジア・クレジット市場の推移>

アジア・クレジット市場の推移

(期間) 2018年9月末~2019年9月末
(注) JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2018年8月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

今後の見通し

米中通商交渉の結果が当面の米国債利回りと信用スプレッドの方向性を左右
貿易や地政学面の問題について解決の道筋がより明確になるまで、そして経済指標が緩やかな改善を示すようになるまで、世界各国の中央銀行は金融緩和姿勢を維持すると見られる。今後必要とされる追加緩和の規模については、米FRBやECBの内部で意見が割れている様子が窺えることから、足元では世界的に金利低下余地が限定的となっている。しかし、中期的な金利見通しについては向こう数ヵ月のマクロ経済統計や企業景況感指標の動向次第であり、またこれらは米中通商交渉の行方に大きく左右されるだろう。同交渉は、9月に米中双方がより歩み寄る姿勢を見せたものの、現時点では依然予断を許さない状況にあり、10月上旬に行われる協議の結果は、当面の米国債利回りと信用スプレッドの行方を占う重要なポイントとなるだろう。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。