KAMIYAMA Reports vol. 155

  •  ここがポイント!
  • ✔ 世界景気の減速予測を下方修正
  • ✔ 米中貿易摩擦:長期解決の可能性あるも、数年は継続
  • ✔ 大統領選の行方:前回より分が悪いトランプ陣営

世界景気の減速予測を下方修正

10月9日から11日にかけて米国ワシントンを訪問し、国際機関や米国政治の専門家などとミーティングする機会を得た。対話内容の詳細について述べることはできないので、以下では、筆者の意見として記す。

(IMFのデータをもとに日興アセットマネジメントが作成) 上記は過去のものおよび予測であり、将来を約束するものではありません。

まず、IMF(国際通貨基金)の経済予測。各国政府への政策提言の担当者とのミーティングでは、成長予測発表直前(10月15日に公表)であったが、方向性についての意見を伺うことができた。その後に発表された予測を見ると、おおむね下方修正となった。2019年の世界成長率は前回7月の3.2%から3.0%へ、先進国は1.9%から1.7%へ、新興国は4.1%から3.9%へ引き下げられた。重要な点は、「減速」の度合いが増したのであって、それでも「後退」を予測してはいないことだ。

そもそも2018年の3.6%から3.0%への低下は、成長率の「減速」であり、それ自体はコンセンサスでもあるので、驚きはない。IMFは、減速の程度が増すと想定した理由について、米中貿易摩擦による不確実性の増大としている。しかし、同じ時期に中国と米国の閣僚級会議が順調に進んだとの見方が市場に広がり、米ドル高、米株高傾向になったことは記憶に新しい。不確実性を理由に成長予測を引き下げるとは、IMFが実に難しい道を選んだように感じられる。

確かに貿易量の伸びは減速してきた。これは経済成長の鈍化(景気減速)と表裏の関係にある。ただし、「減速」したにすぎないことが重要だ。米国の雇用は順調で、賃金上昇率は2015年後半から、消費は2016年秋ごろから加速した。ここ最近は、消費(例えば小売売上高)は高止まり、米国の輸入も高止まりしている。これは、回復してこなかった消費などが2016年11月ごろから加速し始め、ひととおり賃金上昇などを織り込んで落ち着いた(それゆえ減速した)状態にあるからだ。そのため貿易量も減ったのではなく、増加率が減速した。このことが背景で成長率が低下したのであれば、あとは減速の程度の問題となる。IMFは減速の程度が増した理由を、貿易摩擦による不確実性にしたようだ。確かに、各国PMI(購買担当者景気指数)などアンケート結果では、製造業を中心に懸念が高まっている。しかし、消費を中心とした需要は、減速しても健全にみえる。貿易摩擦が悪化すれば、設備投資などがさらに悪影響を受ける恐れもあるが、現時点では、これまでの上り調子の調整という解釈でよいとみている。

米中貿易摩擦:長期解決の可能性あるも、数年は継続

では、米中貿易摩擦の行方をどう見るか。IMFは繰り返し貿易摩擦の影響を「懸念」している。一方で、IMFの主席エコノミストは「米中の通商問題を巡る部分的な合意を歓迎」した(ワシントン 10月16日 ロイター)。

(信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成)上記は一例であり、今後変更される場合があります。

そもそも、米中貿易摩擦はトランプ大統領の“発明品”ではない。20年以上前から3つの問題が指摘されてきた1.知的財産権保護の不徹底2.国営企業優遇3.補助金供与により、米国などの企業が中国との不公正な競争に巻き込まれたというものだ。

このような不公正は、中国が「世界の工場」でしかないことが背景となっている。自ら世界に誇るブランドやノウハウなどがなく、付加価値が低い組立加工に依存している同国が、一人当たりGDPを高めて先進国になるためには、イノベーションやブランドが欠かせないのだが、これがないからこそ知的財産権を積極的に守るインセンティブが不足しているのだ。

この観点から、中国製造2025は対米挑発的というよりも、中所得国の罠から脱却するための政策と考えることができる。付加価値の高い製造業(日本でいう自動車や電子部品、素材、機械など)が中国にも生まれるならば、おのずと知的財産権保護が必要だし、国営企業と補助金でダンピングする戦略は不要となる。であるからこそ、中国の政策の中に知的財産権保護や国営企業改革という米国の要求と同じ項目が含まれていても不思議ではない。つまり、米国も中国も目的は同じだといえる。問題は「いつ、中国企業は付加価値を高めることができるのか」ということだ。答えは「かなり時間がかかりそう」であり、貿易摩擦は10年などの時間軸で本質的に解決される可能性はあるが、トランプ大統領が再選された場合の任期である2024年までに解決されるとは考えにくい農産物輸入など「別件」で時間稼ぎをしながら、米中が政治的やり取りを続けるのだろう。

大統領選の行方:前回より分が悪いトランプ陣営

大統領選に対する見方は米国でも分かれているが、日本で感じる以上にトランプ陣営への逆風が語られている印象だ。そもそもトランプ大統領は、前回選挙で、対立候補のクリントン氏よりも総得票数が少なかったにも関わらず、州単位での戦いでは激戦州(スイング・ステート)を制して勝利を得た、といえる。とりわけ、スイング・ステートの中でもミシガンやペンシルべニア、ウィスコンシンなど、自動車や鉄鋼といった米国で不調な産業を主軸とする州に注目すると、「問題は中国の不公正にある」というトランプ氏の主張が受け入れられた可能性が高い。そして、トランプ政権は2018年の中間選挙の年に、中国からの輸入品に対して幅広く関税をかけて攻撃的な態度になった。

問題は、この成果を選挙民が感じたかどうかだ。現実には、スイング・ステートの失業率の改善幅が顕著に高いとは言いにくい。そうであれば、トランプ氏のスイング・ステートでの支持率が低下する恐れがあり、もともと総得票では劣っていたトランプ氏の分が悪くなるとみることができる。反論として、米国民の反中感情が強まっていて、経済効果以上に対中政策の厳しさが評価される、との声もある。つまり、来年の大統領選に向かっての注目点は、スイング・ステートの浮動票が、自分たちの収入や仕事の安定を重視するのか、漠然と中国への感情で動くのか、ということになるだろう。