本レポートは英語による2019年11月発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 10月は、中国と米国が貿易協定の「第1段階」について暫定的な合意に達したとのニュースを受けて、市場のリスク・センチメントが一段と改善した。また、ハード・ブレグジット(英国がEU離脱を同連合との合意なしに強硬的に行うこと)の確率が低減されるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)が予想通り今年3度目となる利下げを実施した。このような環境下、米国債は最終的に利回りが上昇し、10年物が1.69%で月を終えた。
  • 10月のアジアのクレジット市場は、リスク選好度の改善を背景に信用スプレッドが0.06%縮小し、米国債の長期物で利回りが若干上昇したことによるマイナスの影響を相殺したことから、月間市場リターンが0.52%となった。格付け別の月間市場リターンは、投資適格債が0.25%、ハイイールド債が1.41%となった。
  • アジア域内では、MAS(シンガポール金融通貨庁)が、シンガポールドルのNEER(名目為替実効為替レート)の政策バンドについて誘導方向の傾きを「若干」緩やかにすることにより、政策緩和を行った。インドネシアとインドでは中央銀行が利下げを実施し、一方フィリピンでは中央銀行が預金準備率を引き下げた。フィリピンの9月の総合インフレ率は、3年ぶりの低水準へと大幅に減速した。
  • 10月の発行市場は、リスク・センチメントが改善するなか、比較的活発な動きが続いた。投資適格債分野で計23件(総額約98億米ドル)、ハイイールド債分野で計30件(総額約104億米ドル)の新規発行があった。
  • アジアの現地通貨建て債券では、利回りが魅力的な水準にあるマレーシアおよびインドネシアの債券を選好する。また、貿易をめぐる緊張の緩和が、中国人民元や他のアジア通貨にとって追い風になるものと見ている。一方、韓国やシンガポールなど利回り水準が低い国の債券に対しては、中立的な見方をしている。
  • アジアのクレジット市場については、貿易協議の内容がある程度ポジティブながらも限定的であることから、米国債利回りと信用スプレッドが引き続きレンジ内で推移すると予想するが、当面はスプレッドには縮小方向、米国債利回りには上昇方向のバイアスがややかかるものと見ている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

10月はリスク・センチメントの改善を受けて米国債長期物の利回りが上昇
10月は、中国と米国が貿易協定の「第1段階」について暫定的な合意に達したとのニュースを受けて、同2国間の貿易をめぐる緊張がこれ以上激化する状況は避けられる見通しとなったことから、市場のリスク・センチメントが一段と改善した。また、英国とEU(欧州連合)が協定案の修正で合意に達し、ハード・ブレグジットの起こる可能性が低減された。最後に、今年3度目となるFF(フェデラル・ファンド)金利の引き下げが予想通り実施されたが、これに伴って発表されたFOMC(連邦公開市場委員会)の声明はよりバイアスに欠ける内容となり、今後は金融政策スタンスの変更を休止することが示唆された。このような環境下、米国債は10年物で利回りが1.66%から月中に一時1.85%まで上昇したが、その後は米中協定の「第2段階」に対する楽観的な見方が後退したため、月末には1.69%へと低下した。

<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヵ月(2019年9月末~2019年10月末)

過去1ヵ月(2019年9月末~2019年10月末)

過去1年過去1年(2018年10月末~2019年10月末)

過去1年過去1年(2018年10月末~2019年10月末)

(出所) 信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注) リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

MAS はシンガポールドルのNEER バンドの傾きを「若干」緩やかにして政策を緩和
MAS は、10月に行った年2回の政策会合で、シンガポールドルのNEER の政策バンドについて幅と中央値を据え置く一方、誘導方向の傾きを「若干」緩やかにすることにより、政策緩和を行った。中央銀行に相当する同庁は、緩和の理由として、生産の伸びが潜在成長率を下回っていることとインフレ圧力が弱いことを挙げた。その他では、シンガポールの第三四半期のGDP 成長率(速報値)が前期比で0.6%(季節調整済み、年率換算)となった。成長を牽引したのは国内のサービス業だが、製造業の生産額の減少がそれを相殺した。当期がプラス成長となったことで、シンガポール経済はテクニカル・リセッション(2四半期連続のマイナス成長、景気後退の定義とされる)を辛うじて免れた。

インドネシアは中銀が利下げを実施、新内閣を発表
インドネシア中央銀行は、経済成長を支えるための先制対応として、10月の政策会合で0.25%の利下げを実施し政策金利を5.0%とした。インドネシアではインフレが落ち着いていることから、同中銀は今年4回目となる利下げを行うことができた。世界的な景気鈍化が続いていることから、同中銀は第3四半期のGDP 成長率が従来見通しの5.1%を下回るものと見ているが、2020年には設備投資の回復や構造改革、金融政策の緩和を受けて、成長が目標レンジ5.1~5.5%の中央値へ持ち直すとの予想を維持している。一方、10月には、2期目を迎えたジョコ・ウィドド大統領が就任直後に新内閣を発表した。スリ・ムルヤニ財務相が留任したことは、財政政策の継続性を示すものとして市場に好材料と受け止められた。

フィリピンではインフレがさらに減速、中央銀行が預金準備率を1.00%引き下げ
フィリピンの9月の総合インフレ率は、ベース効果とコメ、生鮮野菜および魚の価格の下落が主因となって、前月の前年同月比1.7%から3年ぶりの低水準である同0.9%へと大幅に減速した。一方、フィリピン中央銀行は、12月付けで預金準備率を再度1.00%引き下げると発表した。今回を含め、同中銀は2019年に預金準備率を合計4.00%引き下げて14%とした。預金準備率の1.00%の引き下げによって、金融システムへはおよそ1,000億フィリピンペソの流動性が供給されることになる。

RBI(インド準備銀行)は政策金利を引き下げるとともに経済成長率見通しを下方修正
RBI の金融政策委員会は0.25%の利下げによる金融政策調整を全会一致で決定し、主要政策金利であるレポ金利を5.15%とした。6名の委員会メンバー全員が一致して、「インフレが引き続き目標内にとどまるよう担保しながら経済成長を回復させるのに必要な限りずっと」金融政策の緩和スタンスを維持することに賛成した。同中銀は2020年度のGDP 成長率予想を、2019年8月に示した6.9%から6.1%へと大きく引き下げた。また、CPI(消費者物価指数)インフレについては、当面の方向性を若干上方に微調整したものの、中期的な見通しは3.5~3.7%に据え置いた。

今後の見通し

貿易をめぐる緊張の緩和が人民元やその他のアジア通貨の追い風に
当社では、FRB の政策金利がより長く現行水準にとどまることが、アジア通貨にとって好材料になると見ている。加えて、貿易をめぐる緊張は緩和の様相を呈しており、これが世界のリスク・センチメントを高めて人民元やその他のアジア通貨の追い風となるだろう。今後も、貿易協議の進展が市場の方向性を決める主な要因であり続けるだろう。

マレーシアとインドネシアの債券がインドの債券をアウトパフォームすると予想、利回りが低い国の債券に対しては中立の見方
アジア債券市場のなかでは、マレーシアおよびインドネシアの債券を選好する。これらの債券は利回りが魅力的な水準にあるため、他国市場をアウトパフォームすると見ている。インドの債券については、同国の財政スタンスが拡張的であることやインフレが加速していることから、現時点では慎重な姿勢を取るのが得策と考える。一方、韓国やシンガポールなど、利回り水準が低く貿易への経済依存度が高い国の債券に対しては、中立的な見方をしている。これらの債券市場は、貿易をめぐる緊張が緩和しリスク・センチメントが改善するなか、価格上昇を促す材料があまり期待できないと見ている。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場はスプレッドが縮小するも小幅なトータル・リターンに
アジアのクレジット市場は、リスク選好度の改善を背景に信用スプレッドが0.06%縮小し、米国債の長期物で利回りが若干上昇したことによるマイナスの影響を相殺したことから、月間市場リターンが0.52%となった。投資適格債は、スプレッドが0.03%するなか、市場リターンが0.25%となった。ハイイールド債は、リスク選好度の改善を受けてスプレッドが0.26%縮小したため、月間市場リターンが1.41%と投資適格債をアウトパフォームした。

月の初めはアジアの信用スプレッドが拡大した。当初、市場は10月10日・11日にワシントンで予定されていた米中貿易交渉について、あまりポジティブな見通しを持っていなかった。しかし、実際の協議を経て、貿易協定の「第1段階」の合意に向け大きな前進があったと両国が示唆したことから、市場センチメントは高揚した。そこからはアジアの信用スプレッドは反転して月上旬の拡大分を取り戻し、前月末比で若干縮小して月を終えた。11月半ばに予定されていたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が中止されたことは、開催地であったチリでドナルド・トランプ米大統領と習近平中国国家主席が「第1段階」の貿易協議に署名すると予想されていたことから、幾分かの不透明感をもたらした。しかし、両国ともに交渉が引き続き順調に進んでいることを示唆したため、市場センチメントには影響を及ぼさなかった。月中は、欧州の「ノーディール・ブレグジット」(英国がEU との合意なしに同連合を離脱すること)懸念の後退も、リスク選好度を押し上げた。貿易面でのポジティブな展開の陰に概ね隠れることとなったが、中国の第3四半期のGDP 成長率は、前年同期比6.0%と予想を若干下回った。また、中国国家統計局発表の10月の製造業PMI (購買担当者景気指数)は49.3と、9月の49.8%から低下した。

米国債利回りは、月初に若干落ち込んだリスク選好度がその後改善したことを受け、月末にかけて長期物で上昇した。最終的に、 2年物の利回りは前月末比0.1%の低下、10年物の利回りは同0.03%の上昇で月を終えた。

発行市場の動きは引き続き活発
リスク・センチメントが改善するなか、発行市場は比較的活発な動きが続いた。投資適格債分野では、インドネシアのソブリン債(10億米ドル)やインドネシアの国有電力会社PT Perusahaan Listrik Negara のディール(2トランシェで10億米ドル)、中国の国有電力会社である中国長江三峡集団(China Three Gorges)のディール(2トランシェで8.5億米ドル)を含め、計23件(総額約98億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計30件(総額約104億米ドル)となった。

<アジア・クレジット市場の推移>

アジア・クレジット市場の推移

(期間) 2018年10月末~2019年10月末
(注) JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2018年10月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

今後の見通し

米中貿易協定の部分的合意はある程度ポジティブながらも限定的なものであり、信用スプレッドと米国債利回りはレンジ内での推移が続くと見込まれる
10月半ばに行われた米中貿易協議の結果はある程度ポジティブなものであった。まだ実現はしていないものの、足元では貿易協定の「第1段階」が署名される可能性が高いように見受けられる。当該協定の範囲は、米国が以前目指していた包括的協定には遠く及ばないものになるだろう。知的財産の保護や技術移転、中国の産業政策など、より困難な戦略的問題については、両国の間には依然大きな隔たりがある。これらの問題の解決にはより長い時間がかかると見られ、したがって、関税の応酬が新年にかけて棚上げされたとしても、米中関係の緊張は中期的に続くと思われる。

10月に発表された世界の経済指標は全般的に予想を下回るものが多かったが、市場は米中の「第1段階」貿易協定が世界の景気に少なくとも幾分かの安定をもたらす結果になるだろうとの楽観ムードに転じた。加えて、世界の中央銀行は、経済指標の緩やかな改善だけでなく貿易および地政学面の展開におけるより明確な解決が見られるまで、緩和的な政策を継続するものと見られる。欧州で財政出動が協議されていることも、市場環境のさらなるポジティブ要因となっている。

貿易協議の内容がある程度ポジティブながらも限定的であることから、米国債利回りと信用スプレッドは引き続きレンジ内で推移 すると予想するが、当面はスプレッドには縮小方向、米国債利回りには上昇方向のバイアスがややかかるものと見ている。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。