本レポートは英語による2020年5月18日発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
サマリー
- 3月にボラティリティが極度に高まった米国債は、4月は比較的狭いレンジ内での推移となった。経済指標の低迷や原油価格のかつてない乱高下を受けて、債券利回りは低水準にとどまったが、米FRB(連邦準備制度理事会)による景気支援策や経済活動再開に対する楽観ムードが、金利押し下げ圧力を一部相殺した。月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.05%低下の0.20%、10年物が同0.03%低下の0.64%となった。
- 4月のアジアのクレジット市場は、米国債利回りの低下もプラス材料となったが、主には信用スプレッドが0.18%縮小したことを追い風として、月間パフォーマンスが1.81%となった。格付け別では、リスクセンチメントの著しい改善を受けてハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.89%縮小してトータルリターンが4.46%となった。投資適格債はスプレッドの縮小が0.03%にとどまり、トータルリターンが1.05%となった。
- 4月のアジアのクレジット市場では、計22件(総額186.4億米ドル)の起債があった。その大部分を占めたのは投資適格債分野で、新規発行が計19件(総額177億米ドル)に上った。ハイイールド債分野は引き続き盛り上がりに欠け、新規発行が計3件(総額9.4億米ドル)にとどまった。
- アジア域内のインフレ率は、原油価格の下落を主因に低下した。域内各国では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による打撃に経済が対処できるよう支援すべく、中央銀行が金融システムにさらなる流動性を供給するとともに、政府が追加の補正予算を発表した。一方、格付け機関は、インドネシアとタイの格付け見通しを引き下げた。
- 現地通貨建て債券では、政府による景気支援策の強化が予想されるフィリピン、タイおよび中国を選好している。通貨においては、引き続きフィリピンペソを選好している。フィリピンは、観光業や世界貿易への依存度が相対的に低いのに加え海外出稼ぎ労働者からの送金による資金流入が好調であることが、通貨に底堅さをもたらしている。
- アジアのクレジット市場については、投資家が先行き不透明感の後退を待つなかで、ボラティリティの高い相場展開が続くと予想している。世界中の政府および中央銀行が発表した金融・財政・信用政策は、その相乗効果によって、今年後半に世界経済を大幅に回復させることが依然可能であると考える。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
米国債利回りは低下
3月にボラティリティが極度に高まった米国債は、4月は比較的狭いレンジ内での推移となった。経済指標の低迷や原油価格のかつてない乱高下を受けて、債券利回りは低水準にとどまったが、米FRBによる景気支援策や経済活動再開に対する楽観ムードが、金利押し下げ圧力を一部相殺した。月初に発表された米国の経済指標は、3月の非農業部門就業者数が70.1万人減となったほか、3月の失業率が4.4%へと上昇するなど、大幅な悪化を示した。しかし、全般的な市場センチメントの低迷は長引かず、FRBが企業や州・地方政府向けに追加で2.3兆米ドルの緊急資金供給を発表すると、リスクセンチメントは好転した。中国の経済指標が3月の経済活動の幅広い回復を示したことも、リスク選好の流れを一段と後押しした。その後、原油需要の減少を受けて原油現物の貯蔵能力が限界に達し不足する事態に陥るとの不安が広がったため、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物の価格がマイナス領域へと急落し、再び市場センチメントの動揺を招いた。月末にかけては、経済活動再開の可能性をめぐる楽観ムードが高まり、再度リスク選好ムードが強まった。最終的に月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.05%低下の0.20%、10年物が同0.03%低下の0.64%となった。
<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヵ月(2020年3月末~2020年4月末)
過去1年(2019年4月末~2020年4月末)
信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注) リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。
域内諸国のインフレ圧力は低下
域内諸国では、原油価格の下落を一因として、3月の総合CPI(消費者物価指数)インフレが概ね鈍化した。総合CPI上昇率は、フィリピンで前月の前年同月比2.6%から同2.5%へ、中国で前月の同5.2%から同4.3%へと減速し、またマレーシアとタイではマイナスに転じて、それぞれ同-0.2%、同-0.54%となった。シンガポールでは、サービス価格の下落加速を受けて、コアインフレ率のマイナス幅が拡大した。その他、インドでは、食品インフレの全般的な鈍化を主因として総合CPI上昇率が減速した。
中央銀行は金融システムへの流動性供給を強化
域内各国の中央銀行は、経済への流動性供給を目的とする追加措置を発表した。中国人民銀行は、農村部の銀行や小規模都市の商業銀行を対象として預金準備率を1.00%引き下げたほか、市中銀行の超過準備への付利率も0.37%引き下げた。また、1年物と5年物の最優遇貸出金利の引き下げ、MLF(中期貸出ファシリティ)およびTMLF(条件付き中期貸出ファシリティ)両方の金利引き下げも実施された。その他では、フィリピンの中央銀行が0.50%の緊急利下げを実施し、インドネシアの中央銀行は、一般銀行およびシャリア(イスラム法)適格銀行の預金準備率を引き下げるとともに、さらなるマクロプルーデンス(金融システム全体のリスクを把握してその安定を図る政策)措置を発表した。韓国では、中央銀行が公開市場操作の対象となる債券の範囲を拡大した。一方、インド準備銀行は、リバースレポ金利を0.25%引き下げたほか、シャドーバンキングへの流動性誘導を目的として対象をさらに絞ったTLTRO(条件付き長期流動性供給オペ)を発表し、また流通市場での債券購入も拡大した。
政府は追加の補正予算を発表
域内各国の政策当局は、4月も引き続き、COVID-19の流行によって引き起こされた深刻な打撃に対処するために、拡張的財政措置を打ち出した。シンガポール政府は、COVID-19の市中感染拡大を阻止するために一連の「サーキットブレーカー」措置(職場や学校を閉鎖する措置)を導入した数日後、51億シンガポールドル規模の景気刺激策を発表し、のちにその規模をさらに38億シンガポールドル増額した。同様に、タイの財務相は1兆バーツ規模の財政出動第3弾の実施を明らかにしたが、その詳細についてはまだほとんど明らかになっていない。その他、韓国の文在寅大統領は、政府が第3次補正予算の策定を進めており、雇用維持や企業存続支援のための助成金を大幅増額する意向であると述べた。
格付け機関がインドネシアとタイの格付け見通しを引き下げ
格付け機関スタンダード&プアーズは、インドネシアについて、「通貨や財政へのストレスが高まっている」なかで公的および対外債務の状況が悪化しているとし、ソブリン債格付けの見通しを「ネガティブ」へと引き下げた。また、格付け機関ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、タイについて、「見通しを『ポジティブ』へと変更した要因の実現見込みが著しく低下した」とし、ソブリン債格付けの見通しを「安定的」へと引き下げた。注目すべき点として、これらの見通し引き下げによる両国の債券への影響はわずかにとどまった。
中国の第1四半期GDP成長率は-6.8%に、3月の銀行貸出は急増
中国の第1四半期のGDP成長率は、COVID-19の流行により経済活動が麻痺したことから、-6.8%と大幅なマイナスになった。しかし、その他の発表頻度の高い経済指標は、3月分がロックダウン(都市封鎖)の段階的解除を受けて改善を示した。中国の3月の与信統計は急激な伸びを示し、社会融資総量は、クレジット物の債券発行が好調だったことも追い風となって、5.15兆元増と市場予想の3.14兆元増を上回った。金融機関による月間の新規融資額は2.85兆元と、市場予想を約1兆元上回るとともに、2月の9,060億元から3倍の拡大を見せた。
今後の見通し
フィリピン、タイ、中国の債券に対して相対的に強気な見方
域内各国の政策当局は自国経済を下支えするためにかつてない規模の景気対策を打ち出しており、それを受けてリスク選好ムードは大きく改善している。しかし、ロックダウンや広範な社会活動制限の延長は経済成長を一段と抑制し、企業や家計を支援するために追加の財政出動が必要となるだろう。これは、市場が財政の財源をめぐる懸念や国債供給増加の可能性に直面することを意味する。
このような環境下、当社ではフィリピン、中国およびタイの債券を選好する。フィリピンの中央銀行は、政策金利や預金準備率の引き下げを通じて引き続き積極的に追加景気対策を講じると見られており、当社も同じ見方をしている。これに加え、フィリピン債券の提供するキャリー水準が相対的に高いことも、同債券への需要を下支えするだろう。同様に、タイの中央銀行は、経済成長が依然弱くインフレが低水準にとどまっていることから、金融政策の追加緩和を実施すると見ている。今のところ、国債の供給増加は市場での消化が可能な水準であるように見受けられる。中国の中央銀行も、預金準備率引き下げや利下げ、再貸出政策を通じて金融政策面からの景気刺激策を強化する見通しであり、これが中国国債市場の上昇を一段と促すだろう。
フィリピンペソに対して相対的に強気
当社では、フィリピンペソについて相対的に強気な見方を維持しており、引き続き選好している。フィリピンは、観光や世界貿易への依存度が相対的に低いのに加え海外出稼ぎ労働者からの送金による資金流入が好調であることが同国通貨の耐性を強めており、ペソ高の継続が見込まれる。
アジアのクレジット市場
市場環境
リスクセンチメントの改善を受けてアジアの信用スプレッドは縮小
4月のアジアのクレジット市場は、米国債利回りの低下もプラス材料となったが、主には信用スプレッドが0.18%縮小したことを追い風として、月間パフォーマンスが1.81%となった。格付け別パフォーマンスでは、リスクセンチメントの著しい改善を受けてハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.89%縮小してトータルリターンが4.46%となった。投資適格債はスプレッドの縮小が0.03%にとどまり、トータルリターンが1.05%となった。
月初は、COVID-19のパンデミック(世界的大流行)をめぐって感染者数や死亡者数の増加継続などの悪いニュースが増え、市場センチメントの重石となり続けた。当資料作成日現在、多くのアジア諸国が依然ロックダウンでパンデミックを封じ込めようとしており、ウイルス流行の影響が経済指標に表れ始めている。月中旬のイースター(キリスト教の復活祭)休日を過ぎると、米FRBによる追加景気対策や欧州のCOVID-19感染状況の改善、ドナルド・トランプ米大統領が示した経済活動再開案を受けて、市場センチメントは好転した。域内各国の政策当局が政策による支援を拡大したことや、中国の3月の経済指標が良好な内容となり比較的幅広い景気回復を示したことで、信用スプレッドは安定化し縮小した。しかし、原油需要の減少を受けて原油現物の貯蔵能力が限界に達し不足する事態に陥るとの不安が広がったため、WTI原油価格がマイナス領域へと急落し、再び市場センチメントの動揺を招いた。原油市場の崩壊を受けて、ハイイールド債のスプレッドは月初からの縮小分が一部押し戻された。月末にかけては、COVID-19関連統計に改善が見られたことが投資家に好感され、マクロ経済指標が低迷している一方で世界の経済活動が段階的に再開される可能性が出てきたことはポジティブな兆しと受け止められた。また、月下旬に、米製薬会社がCOVID-19の治療法開発の早期段階で一定の成功を収めたと発表したことも、投資家心理をさらに改善させた。
4月は、国によってパフォーマンスの乖離が見られた。インドのクレジット物は、同国中央銀行が経済への流動性供給措置第2弾を発表したこともあって市場センチメントが改善し、3月のスプレッド大幅拡大から一転して他国市場をアウトパフォームした。また、中国、フィリピン、マレーシア、インドネシアでも信用スプレッドが縮小した。対照的に、タイでは、格付け機関フィッチが同国の一部の銀行劣後債(Tier 2証券)を投資不適格級へと格下げしたことを受けて、金融機関の劣後債のパフォーマンスが大幅に低迷した。なお、当該劣後債の発行体の格付けについては、投資適格級に維持された。
発行市場の活動が再開
4月のアジアのクレジット市場では、計22件(総額186.4億米ドル)の新規発行があった。その大部分を占めたのは投資適格債分野で、マレーシアの国営石油会社Petronasの超大型ディール(3トランシェで総額60億米ドル)やインドネシアのソブリン債の大型ディール(43億米ドル)など、計19件(総額177億米ドル)の起債があった。ハイイールド債分野の起債活動は引き続き盛り上がりに欠け、新規発行が計3件(総額9.4億米ドル)にとどまった。
<アジア・クレジット市場の推移>
(期間) 2019年4月末~2020年4月末
(注) JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2019年4月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。
今後の見通し
アジアのクレジット市場は経済活動再開地域が増えて先行きがより明確になるまで高ボラティリティが続く見通し
4月は、中国が景気回復の兆しを示し、欧米のCOVID-19新規感染者の増加ペースが鈍化するなど、市場環境が改善した。これを受けて、世界の経済活動がやがて再開されるとの楽観ムードが高まっている。また、足元の景気低迷による痛みを軽減するための財政政策緩和を含め、政府や中央銀行による果断な行動もリスク選好ムードを後押しした。とは言え、経済活動の急停止を受けて経済成長が急激に鈍化していることを考えると、ファンダメンタルズは引き続き下方圧力に晒されると予想され、市場はボラティリティの高い展開が続くと見られる。さらに、こうした景気減速の深さや長さは依然不透明であるとともに、原油セクターは引き続き圧力に晒されている。多くは、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)措置によってCovid-19のパンデミックを封じ込めることができるかどうかにかかっている。しかし、経済活動の再開は段階的に行われる見込みであり、したがって経済がすぐに常態に戻ることはないだろう。それでも、ウイルスの流行が封じ込められれば、銘柄選択によって絶対・超過収益を獲得できる潜在機会はある。世界中の政府および中央銀行によって発表された金融・財政・信用政策の組み合わせにより、年後半に世界経済が大きく回復する可能性は依然あると見ている。
当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。