本レポートは英語による2020年6月15日発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 米国債は、利回りが引き続き低水準のレンジ内で推移しながら、パフォーマンスが満期ゾーンによってまちまちとなった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発をめぐる楽観的観測を受けてリスクセンチメントが著しく改善し、利回り押し上げ要因となる一方、米中間の対立が再び表面化した。最終的に月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.033%低下の0.16%、10年物が同0.013%上昇の0.65%となった。
  • 5月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.33%縮小したことを主な要因として、月間パフォーマンスが2.07%となった。格付け別では、リスクセンチメントの改善を受けてハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.49%縮小してトータルリターンが3.02%となった。投資適格債はスプレッドが0.24%縮小し、トータルリターンが1.79%となった。
  • 5月の新発債供給では、投資適格債が引き続き大部分を占め、新規発行が計16件(総額111億米ドル)に上った。ハイイールド債分野でもある程度起債活動が回復し、計9件(総額23億米ドル)の起債があった。
  • アジア地域では、4月のインフレ率が一段と減速するとともに、第1四半期のGDP成長率が大幅に悪化した。域内各国の政府は、COVID-19による景気への下方圧力に対処するために、財政面での景気刺激策をさらに強化した。インド、韓国、マレーシア、タイの中央銀行は政策金利を引き下げた。中国政府は全国人民代表大会(全人代)において年間GDP成長率目標の設定を見送った。
  • COVID-19の流行によって引き続き経済活動や需要が抑制されていることを受けて、各国政府は成長を押し上げるために大規模な景気刺激策を発表している。この先、現地通貨建て債券では、インドやインドネシアよりも、シンガポール、韓国、タイを選好している。通貨においては、フィリピンペソやタイバーツに対して相対的に強気な見方をしている一方、韓国ウォンや中国人民元に対しては相対的に弱気な見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは依然として高水準にあり、緩やかな縮小基調が続くと予想している。しかし、こうした回復傾向も、投資家センチメントが過去に類を見ない経済ショックを受けて依然不安定な状況にあることから、時折悪化局面に見舞われるのは間違いないだろう。当社では、緩やかなスプレッド縮小傾向というポジティブな見通しを持ちながら、これに対する下方リスクを引き続き注視していく。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

米国債利回りはまちまちな動き
米国債は、利回りが引き続き低水準のレンジ内で推移しながら、パフォーマンスが満期ゾーンによってまちまちとなった。COVID-19の流行に伴う混乱が長引くなか、米国の経済指標は引き続き厳しい内容となった。特に、4月の非農業部門就業者数は2,050万人減となり、失業率は14.7%へと急上昇した。また、COVID-19のパンデミック(世界的大流行)はインフレにも下方圧力をもたらし、4月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は前年同月比0.30%へと鈍化した。当月は、米財務省が膨れ上がる財政赤字を賄うために満期が長めの国債の発行を拡大する計画を明らかにしたことを受けて、長期米国債の利回りが上昇圧力に直面したが、米FRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長が厳しい経済見通しを示したことで、利回り上昇圧力は一部相殺された。パウエル議長の見解を受けて政策当局が来年には金利をマイナス圏へと引き下げるかもしれないとの観測が高まったものの、これに対してすぐにFRB議長自らが否定的な立場を示した。COVID-19のワクチン開発が進展を見せているとの楽観ムードから、月の中盤にはリスク心理が著しく改善し、米国債利回りを押し上げた。一方、米中間の対立が再び表面化した。まず、米国が、中国の華為技術(Huawei Technologies)に対する販売制限を強化するとともに米国の連邦職員年金による中国株式への投資を制限する動きに出た。月末にかけては、中国が香港を対象とした新たな国家安全法の制定方針を採択したことを受けて、米国政府が香港はもはや中国からの自治を失ったとの声明を発表し、緊張が一段と高まった。最終的に月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.033%低下の0.16%、10年物が同0.013%上昇の0.65%となった。

<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヶ月間(2020年4月末~2020年5月末)

過去1ヶ月間(2020年4月末~2020年5月末)

過去1年(2019年5月末~2020年5月末)

過去1年(2019年5月末~2020年5月末)

信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注) リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

4月はインフレ圧力が一段と緩和
世界の原油価格の急落を受けて、フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイのCPI上昇率は減速し、マレーシアとタイではCPIの前年同月比上昇率のマイナス幅が拡大した。一方、中国では、食品以外の項目と豚肉の価格下落を受けて、CPIインフレが減速した。その他、韓国のCPI上昇率は、消費支出の低迷が物価上昇の重石となり、6ヵ月ぶりの低水準へと減速した。

第1四半期は経済成長が大幅悪化
域内諸国の第1四半期のGDP成長率は、COVID-19の流行によって経済活動や需要が抑制されたことから減速した。インドネシアのGDP成長率は、2019年第4四半期の前年同期比5.0%から同3.0%へと大幅に減速し、同国中央銀行の予想である同4.3%を下回った。3月に消費者心理が急激に悪化したことから、個人消費の伸びが大幅に減速した。タイ経済は、2020年第1四半期のGDP成長率が前年同期比-1.8%となり、前期比ベースでは2四半期連続のマイナス成長となって景気後退入りした。フィリピンは、3月中旬に外出・移動制限措置が強化されたにもかかわらず第1四半期のGDPがプラス成長と予想されていたが、実際には-0.2%へと減速した。対照的に、マレーシアの第1四半期GDPは、COVID-19の感染拡大が輸出や内需に打撃を及ぼしたなかでも市場予想に反して拡大し、前年同期比0.7%増となった。

域内諸国の政府は財政面での景気刺激策をさらに拡大
5月は域内諸国の政府が、COVID-19による自国経済への悪影響に対処するために財政面での追加景気対策を相次いで発表した。インドネシアは、法人税の減免や利子返済の補助、主要国有企業への資金援助などの措置を発表した。この結果、同国政府は現在では2020年の財政赤字が対GDP比5.07%から同6.3%まで拡大するとみている。一方、シンガポールは景気刺激策第4弾を発表した。この330億シンガポールドル規模の「不屈予算(Fortitude Budget)」は雇用維持への支援策に特化しており、これでCOVID-19関連の景気支援策の総額は1,000憶シンガポールドル近くに上る。その他、インドのナレンドラ・モディ首相は、すでに発表済みの財政・金融政策措置を含む20兆インドルピー規模(対GDP比約10%相当)の景気対策を打ち出した。また、同国政府は、市場からの借入総額が2021年度に4.2兆ルピー増加する見通しであることも明らかにした。注目すべき点として、一部の国では、パンデミックを受けて停止状態となった部分の経済活動を再開するために、当月中にCOVID-19関連の制限を徐々に解除し始めた。

インド、韓国、マレーシア、タイの中央銀行が政策金利を引き下げ
インド、マレーシア、韓国およびタイの金融当局は、COVID-19の流行による経済への影響を和らげるべく政策金利を引き下げた。タイ中央銀行の金融政策委員会は、4対3の賛成多数で0.25%の利下げを決定したが、反対票を投じた3人の委員は金利据え置きを主張した。インド準備銀行は臨時会合を開いて政策金利を0.40%引き下げ、また、マレーシアと韓国の中央銀行はそれぞれ0.50%、0.25%の利下げを実施した。注目すべきは、4ヵ国の中央銀行がみな経済成長見通しにおいて慎重なトーンを強めており、追加金融緩和の余地が明らかに残されている点だ。

中国は2020年の年間経済成長目標を示さず
異例の動きとして、中国政府は、「経済や貿易に大きな不透明感」があるとして、全人代における年間GDP成長率目標の設定を見送った。李克強首相は活動報告において、同国は「先の読めない」局面に直面していると述べ、財政赤字目標に上限を設けず「対GDP比3.6%超」とした。また、同首相は中央政府の特別債を再び導入して発行枠(純発行額ベース)を1兆元に設定するほか、地方政府の特別債の発行枠(同)を2019年の2.15兆元から2020年には3.75兆元に増額すると発表した。金融政策に関しては、マネーサプライ(M2)および社会融資総量残高の伸び率が昨年を大幅に上回るよう、預金準備率引き下げ、利下げ、再貸出しなどの政策ツールを活用していくと確約した。

今後の見通し

シンガポール、韓国、タイの債券を選好、インドおよびインドネシアの債券に対して相対的に弱気な見方
COVID-19の流行により引き続き経済活動や需要が抑制されていることを受けて、各国政府は成長を押し上げるために大規模な景気刺激策を発表している。これによって財政規律がさらに緩む可能性が高まっており、年内の債券供給見通しに対するリスク要因になっているというのが当社の見解である。

そのような環境下、当社ではインドおよびインドネシアの債券よりも、シンガポール、韓国およびタイの債券を選好している。シンガポールについては、域内において「安全な逃避先」とみなされていることや国内の流動性が潤沢であること、政府の財政支出増加を賄うために過去に積み立てた国家準備金を利用可能であることが、追い風要因として同国国債の需要を引き続き下支えするだろうと見ている。タイ債券市場は、外国人投資家による保有率が低いため、域内の債券が全般的に売られる局面となっても相対的に底堅い推移を維持すると見込まれる。経済成長の弱さやインフレの低迷(タイの場合はデフレ)は、タイおよび韓国債券のサポート材料となり続けるだろう。一方、インドおよびインドネシア債券については、今後の供給増加に市場が適応するまでの間、ディフェンシブなデュレーション・ポジションを維持することが賢明と見ている。

フィリピンペソとタイバーツを選好、韓国ウォンおよび中国人民元に対して相対的に弱気な見方
当社では、フィリピンペソとタイバーツに対して相対的に強気な見方をしている一方、韓国ウォンおよび中国人民元に対しては相対的に弱気な見方をしている。タイは、観光収入の激減や在タイ外資系企業の増配による本国還流資金の増加を受けて、4月に経常収支が赤字に転じた。しかし、国境の再開放が徐々に進めば、観光業の回復に伴ってタイバーツへの需要が高まる可能性がある。直近の金融政策決定会合において3人の委員が政策の現状維持を支持していたことから、タイ中央銀行は当面金利を据え置くかもしれず、そうなればタイバーツのさらなる支援材料となる可能性がある。一方、フィリピンペソについては、同国は観光業や世界貿易への依存度が相対的に低いことや、原油価格が低水準で推移していること、インフラ支出の減速を受けて経常赤字幅が縮小していることから、底堅い推移を続けると予想している。対照的に、韓国ウォンと中国人民元は、米中対立の急速な激化を受けてボラティリティが高まると見ている。また、韓国ウォンは世界貿易やリスクセンチメントの影響を受けやすいことから、域内諸国の通貨を当面アンダーパフォームする見通しである。

アジアのクレジット市場

市場環境

COVID-19のワクチン開発期待を受けたリスクセンチメントの改善からアジアの信用スプレッドは縮小
5月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.33%縮小したことを主な要因として、月間パフォーマンスが2.07%となった。格付け別では、リスクセンチメントの改善を受けてハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.49%縮小してトータルリターンが3.02%となった。投資適格債はスプレッドが0.24%縮小し、トータルリターンが1.79%となった。

当月のアジアのクレジット市場は、月初に域内の主要市場が祝日で休場となっていたことから、比較的薄商いのスタートとなった。しかし、原油価格が反発を示したほか、中国の貿易および信用統計が市場予想を上回る内容となったため、市場のトーンは概してポジティブであった。月の中旬には、COVID-19ワクチン開発の進展をめぐる楽観的観測を受けて、スプレッドが縮小した。ロックダウン(都市封鎖)による制限がさらに緩和されるなか、経済活動の加速期待が追い風となってリスク資産価格は回復傾向を辿った。一方、米国が中国Huaweiへの半導体供給を制限する措置を講じたことにより、米中間の対立が再び表面化した。月末には、中国が香港を対象とした新たな国家安全法の制定方針を採択したことを受けて、米国が香港はもはや中国からの自治を失ったとの声明を発表し、緊張が一段と高まった。米中関係悪化を受けて、スプレッド縮小の動きは弱まった。インドのクレジット市場は、政策当局が経済を下支えするための追加措置を発表したことでポジティブなセンチメントが広がり、相対的に堅調なパフォーマンスとなった。一方、香港のクレジットものは、国家安全法をめぐる動向や社会不安の再燃がセンチメントの重石となってアンダーパフォームした。

発行市場では起債活動の活発化が続く
新発債供給では5月も投資適格債が引き続き大部分を占め、中国石油化工集団(Sinopec Group)のディール(3トランシェで総額30億米ドル)やインドネシアの国営鉱業会社Indonesia Asahan Aluminiのディール(3トランシェで総額25億米ドル)など、計16件(総額111億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債の起債活動がある程度加速し、計9件(総額23億米ドル)の起債があった。

<アジア・クレジット市場の推移>

アジア・クレジット市場の推移

(期間)2019年5月末~2020年5月末
(注) JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2019年5月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

今後の見通し

依然高水準にあるアジアの信用スプレッドは徐々に縮小する見通しも、下方リスクは残る
今後数ヵ月間に発表される月次の経済指標や第2四半期の経済指標は記録的な悪化を示す見込みであり、その兆候は若干ながらすでに第1四半期の数字に表れている。同様に、第2四半期および2020年上期の企業収益やクレジットのファンダメンタルズも急激に悪化すると見られる。

とは言え、中央銀行が果断に流動性供給に動いてクレジットおよび資金調達市場の状況改善を図ったほか、財政政策による大規模な景気刺激策が講じられたことにより、投資家の間では、企業倒産の拡大や失業率の高止まり、金融システム崩壊を伴う最悪シナリオは回避されたとの安心感が広がっている。加えて、欧米におけるCOVID-19の流行曲線の平坦化や移動制限の段階的緩和案を受けて、世界経済が徐々に再開され(以前考えられていたより緩やかなペースながらも)景気回復が進むとの楽観ムードが高まった。

これらの要因が追い風となって、クレジットものを中心に市場のトーンは好転している。したがって、アジアを含めて依然高水準にある信用スプレッドは、緩やかな縮小基調が続くと予想している。しかし、こうした回復傾向も、投資家センチメントが過去に類を見ない経済ショックを受けて依然不安定な状況にあることから、時折悪化局面に見舞われるのは間違いないだろう。当社では、緩やかなスプレッド縮小傾向というポジティブな見通しを持ちながら、移動制限やソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)措置の緩和後におけるCOVID-19感染再拡大の度合いや、米中間の地政学的緊張の再燃など、下方リスクを引き続き注視していく。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。