本レポートは英語による2020年9月16日発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 8月の米国債市場ではイールドカーブがスティープ化した。債券利回りは当初狭いレンジで推移したが、月半ばには米国の7月のインフレが加速したことと米財務省が国債の定例入札で大幅な発行増額を発表したことを受けて急上昇し、インフレの加速予想からより長期のゾーンの利回りが押し上げられた。最終的に、月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.025%上昇の0.132%、10年物が同0.177%上昇の0.706%となった。
  • 8月のアジアのクレジット市場は月間リターンが0.40%となった。信用スプレッドは月間で0.09%縮小したものの、米国債の下落によって最終的なリターンは抑えられた。当月は比較的多額の新発債供給があり、発行市場では計51件(総額200.2億米ドル)の起債が行われた。
  • アジア諸国の7月のインフレは、大半の国で6月の水準よりは若干加速したものの、低水準にとどまった。域内の金融当局は政策金利を据え置いた。一方、域内各国の第2四半期の経済活動は、外需の低迷、そして新型コロナウイルスの感染拡大を抑制すべく実施されたロックダウン(都市封鎖)措置の影響を反映し、大幅な落ち込みを見せた。
  • 現地通貨建て債券では、インフレが低くキャリーが魅力的で国内の流動性が潤沢なインドネシアの債券を引き続き選好する。通貨については、シンガポールドルと中国人民元がアウトパフォームすると予想する。
  • アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小基調が続くと予想する。とは言え、新型コロナウイルスのより深刻な感染再拡大や、当初大きな持ち直しを見せた景気回復が依然慎重な消費者心理の下で失速する可能性など、下方リスクについて継続的に注視している。米中間の地政学的緊張も、特に米国が今や選挙シーズンたけなわとなっているなか、引き続き根強いリスク要因となっている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

8月の米国債市場はイールドカーブがスティープ化
米国債利回りは当初狭いレンジで推移したが、月半ばには米国の7月のインフレが加速したことと米財務省が国債の定例入札で大幅な発行増額を発表したことを受けて急上昇した。その後、米国の経済指標が景気回復ペースの鈍化を示す内容となったため、利回りは低下した。月末にかけては、ジェローム・パウエル米FRB(連邦準備制度理事会)議長が、雇用の最大化とインフレ目標を達成するための同中銀のアプローチにおいて大幅な転換を発表し、平均インフレ目標を正式に導入した。これを受けて今後インフレが加速するとの予想が広がり、より長期のゾーンの利回りが押し上げられた。一方で、共和党と民主党が追加財政出動について合意に至ることができなかったため、米国債利回りの上昇は月を通じて限定的なものとなった。最終的に、月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.025%上昇の0.132%、10年物が同0.177%上昇の0.706%となった。

アジア現地通貨建て債券のリターン

7月のインフレは若干加速
アジア諸国の7月の総合CPI(消費者物価指数)は、大半の国で6月の水準よりは若干加速したものの、低水準にとどまった。タイでは、食品価格が上昇したことや国内の経済活動が再開されたことを受けて、CPIインフレが4ヵ月ぶりの小幅なマイナスにとどまった。フィリピンでは、輸送費や公共料金の上昇加速により総合インフレ率が前年同月比2.7%へと小幅に加速した。中国の7月のCPI上昇率は、食品およびエネルギー価格の上昇加速を主因として前年同月比2.7%へと加速した。一方、マレーシアの総合CPI上昇率は5ヵ月連続でマイナスとなったが、その幅は6月の前年同月比-1.9%から7月は同-1.3%へと縮小した。インドの7月の総合CPIは、食品およびコアのインフレ圧力がともに再び強まったため、上昇率が6月の前年同月比6.2%から同6.9%へと市場予想を上回って大幅に加速し、突出した水準となった。

金融当局は政策金利を据え置き
当月、域内の金融当局は政策金利を据え置いた。タイの金融政策委員会は、当面は財政政策の果たす役割の方が大きいとしている。その後公表された金融政策決定会合の議事録によると、同委員会は、経済活動が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的な流行)前の水準に回復するには最低2年かかると見込んでおり、「適切且つ最も効果的なタイミングでアクションが取れるように、限られた政策余地を温存」したい意向である。インドネシアでは、インフレが低く経済成長見通しが低迷しているにもかかわらず、中央銀行が通貨を安定させる必要性を理由として政策金利を据え置いた。一方、インドの中央銀行は、緩和的姿勢の維持を全会一致で決定したものの、インフレ圧力が最近強まっていることから政策金利については一旦据え置いた。他では、韓国とフィリピンの金融当局もそれぞれの政策金利の据え置きを決定した。フィリピンの中央銀行は、今回の利下げ見送りの決定について、これまで実施した緩和策の経済への効果浸透を促す「賢明な休止」と位置付けた。

域内各国の第2四半期GDP成長は減速
域内各国の第2四半期の経済活動は、外需の低迷、そして新型コロナウイルスの感染拡大を抑制すべく実施されたロックダウン措置の影響を反映し、大幅な落ち込みを見せた。シンガポール経済は、建設およびサービス・セクターの大幅鈍化を受けて第2四半期の成長率が前年同期比-13.2%となり、テクニカル・リセッション(2四半期連続の前期比マイナス成長)に陥った。インドネシアは、内需の急減によってGDP成長率が前年同期比-5.3%となり、財務省の予想レンジ-3.5%~-5.1%を下回った。インドは、第2四半期のGDP成長率が前年同期比-23.9%となり、過去最悪のマイナス成長となった。他では、マレーシアとフィリピンのGDP成長率が個人消費の急減を主因としてそれぞれ前年同期比-17.1%、-16.5%となった。またタイでは、第2四半期のGDP成長率が前年同期比-12.2%へと大きく落ち込み、景気後退が深刻化した。

今後の見通し

インドネシアの債券を選好
米FRBが平均インフレ目標を正式に採用したことを受けて米国債のイールドカーブがスティープ化し、アジア各国のイールドカーブもこれに追随する動きとなっている。当社では、今後このベア・スティープ二ング(長期金利が短期金利よりも上昇することによるスティープ化)の傾向が進むと予想しており、したがって当面はディフェンシブなデュレーション・ポジションを維持することが賢明と考える。国別では、インドネシアの債券を引き続き選好する。同国はインフレが低く債券のキャリーが魅力的な水準にあり、また中央銀行による公開市場操作金利の引き下げに伴って国内の流動性が潤沢となっている。

シンガポールドルと中国人民元がアウトパフォームすると予想
当社では、アジア通貨には対米ドルで一段の上昇余地があると予想している。この上方バイアスを下支えするとみられるのが米FRBの政策シフトで、足元で超低水準にある米国金利がより長期にわたってより低位にとどまるとの見込みが示唆されている。加えて、リスク・センチメントの改善や近く想定されるアジアの景気回復が、同地域各国通貨の押し上げ要因となるだろう。

域内の他の中央銀行とは異なり、シンガポール金融通貨庁(MAS)は、以前の会合でシンガポールドル名目実効為替レートの政策バンドの中央値を変更して以降、需給ギャップのマイナス幅がさらに拡大する可能性があると予想されているにもかかわらず、現行の金融政策を維持する強い意向を繰り返し示している。当社では、このことがサポート材料となってシンガポールドルは当面アウトパフォームすると考えている。加えて、アジア地域の貿易が回復するとともに米ドルの全面安が根強く続くなか、シンガポールドルにはさらなる上昇余地があるとみている。また、中国人民元も他のアジア通貨をアウトパフォームすると予想している。中国証券市場への海外投資家からの資金流入拡大が見込まれることや、中国のマクロ経済指標が改善しているなかで米ドル安環境となっていることが、引き続き中国人民元高を後押しすると想定される。

アジアのクレジット市場

市場環境

8月のアジアのクレジット市場はプラス・リターン
8月のアジアのクレジット市場は、月間リターンが0.40%となった。信用スプレッドは月間で0.09%縮小したものの、米国債の下落によって最終的なリターンは抑えられた。格付け別ではハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.41%縮小してトータルリターンが2.15%となった。投資適格債は、スプレッドが0.07%縮小したものの、月間トータルリターンが-0.10%とマイナスになった。

当月のアジアのクレジット市場は好調な出だしとなった。米国や中国で発表された経済指標が市場予想を上回ったことを受けてリスク・センチメントが回復し、スプレッドの大幅縮小につながった。一方、米中間で緊張の高まりが続いたことは、市場ではほとんど材料視されなかった。とは言え、一部のクレジットもの、特に中国のテクノロジー・セクターでは、トランプ政権が発表した同セクターに対する新たな制裁措置が該当企業の運営に悪影響をもたらすとの懸念から、スプレッドが一定の拡大を見せた。月の後半にかけては、アジアのクレジット市場はやや弱含み、それまでのスプレッドの縮小分が一部巻き戻された。慎重なセンチメントが強まる一因となったのは、米国で新たな財政出動が実施されなかったことに加えて、一部の経済指標が世界経済の回復鈍化を示唆したことだった。また、中国では、中央銀行が追加金融緩和期待を後退させるような政策方針を示すとともに、不動産開発企業の債券発行に関する規制が強化された。加えて、ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへは純資金流入が続いたものの、アジアのクレジット市場では発行市場での供給が通常よりも多かったことが流通市場のパフォーマンスの重石となった。

大方の予想通り、アジアの銀行や事業会社の第2四半期および上期の収益は、COVID-19のパンデミックがもたらした経済の混乱の直接・間接的な影響により、前年同期比ベースで総じて低調となった。小売りや消費関連、石油・ガス、輸送、銀行といったセクターでは企業収益や信用評価への圧力がより深刻である一方、TMT(テクノロジー・メディア・通信)や公益事業といったセクターはより強い耐性を見せた。銀行の収益はアジア全域で悪化したが、ローンの一時的返済猶予の影響は遅れて現れることから、銀行の資産の質にさらなる圧力がかかると予想される。とは言え、アジアの銀行は総じて自己資本が充実しており、資金調達へのアクセスが容易で安定しているとともに、資産の質の悪化を切り抜けられるだけの潤沢な流動性を有している。中国の不動産開発企業は、大半が依然増収・増益となるなど景気低迷への耐性を示す2020年上期決算を発表し、信用評価が比較的安定している。全体的に見て、企業収益の悪化を直接の要因とする信用格付けの引き下げは、様々なセクターにわたって多くは見られなかった。

このような状況下、当月は韓国とフィリピンを除くすべての主要国セグメントでスプレッドが縮小した。インドでは、有利となる規制変更が行われた金融セクターを中心に、信用スプレッドが大幅に縮小した。月末にかけては、格付け機関スタンダード&プアーズがタイの複数の銀行についてネガティブな格付けアクションを発表したため、当該銀行が発行する劣後債のスプレッドにはやや拡大圧力がかかった。

8月も活発な起債活動が継続
従来、8月は夏休みや発行体のブラックアウト期間(決算期直後から決算発表までの期間で、新規発行などを行うことができない)の影響で新規発行が鈍化する傾向にあるが、当月は比較的多額の新発債供給があり、発行市場では計51件(総額200.2億米ドル)の起債が行われた。投資適格債分野では、CMB International Leasingのディール(2トランシェで総額12億米ドル)、香港のMTRC Corpのディール(総額12億米ドル)、マレーシアの通信会社Axiataのディール(総額10億米ドル)など、計28件(総額128億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は、Vedanta Resourcesのディール(総額14億米ドル)を含め、計23件(総額72.2億米ドル)となった。

アジア・クレジット市場の推移

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小が続く見通しも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小基調が続くと予想される。アジア諸国の大半は第2四半期で景気悪化の最悪局面が過ぎた可能性が高く、発表頻度が高い経済指標は景気回復が進行中であることを示唆している。予想された通り、アジアの銀行や事業会社の上期および第2四半期決算は、コロナ関連のロックダウンによる深刻な影響を映し出す内容となった。しかし、経済の全般的な回復に伴い、年後半の業績は前期比ベースで改善するとみられ、格下げやハイイールド債のデフォルトは増加するものの全体として問題のない範囲にとどまるであろう。

同時に当社では、中央銀行が先進国と新興国の両方で、クレジット市場に的を絞った支援策を含め緩和的な金融政策を維持すると予想している。多数の国で積極的な財政政策対応が講じられていることも、経済全般やクレジット・ファンダメンタルズへの追い風を強めている。COVID-19のワクチンやより優れた治療法の開発進展も、ポジティブな環境を支える材料となっている。しかし、信用スプレッドは、ここ数ヵ月間ですでに大幅な縮小を見せていることを考えると、投資家心理が未曽有の経済ショックを受けて依然不安定な状況にあるなか、縮小ペースが鈍化するとともにありがちなあや押しに見舞われる局面も増えるだろう。

当社では、こうしたややポジティブな見通しを維持しながら、新型コロナウイルスのより深刻な感染再拡大や、当初大きな持ち直しを見せた景気回復が依然慎重な消費者心理の下で失速する可能性など、下方リスクについて継続的に注視している。米中間の地政学的緊張の高まりも、特に米国が今や選挙シーズンたけなわとなっているなか、引き続き根強いリスク要因となっている。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。