本稿は2020年10月16日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 9月の米国債利回りは狭いレンジで推移した。欧州におけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行第2波、米株式市場のボラティリティの高止まり、追加財政出動をめぐる合意形成の難航継続などの要因が市場センチメントの重石となった。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.003%低下、10年物で同0.021%低下した。
  • 9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが月間で0.175%拡大したことを受けて、月間リターンが-0.47%となった。キャリーや米国債の上昇によってリターンのマイナス幅は抑えられた。当月は実に多数の新規発行があり、発行市場では計80件(総額415億米ドル)もの起債が行われた。
  • アジア域内の各国では、8月のインフレ率がまちまちとなる一方、金融当局が政策金利を据え置いた。韓国とマレーシアは、財政政策による追加景気対策を発表した。その他、指数算出会社FTSEラッセルは、同社の代表的な世界国債インデックスに中国国債を採用すると発表した。
  • 当社がモニターしている下方リスクの一部がやや強まっており、今後数ヵ月はボラティリティが上昇する可能性がある。当面はデュレーションを中立に維持することが賢明とみている。通貨については、韓国ウォンと中国人民元に対して慎重な見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小が続くと予想しているが、米中間の地政学的緊張の高まりや迫る米国選挙をめぐる不透明感、新型コロナウイルスのより深刻な感染再拡大、当初大きな持ち直しを見せた景気回復が失速する可能性など、下方リスクは残っている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

9月の米国債利回りは狭いレンジで推移
月の初めは、米株式市場がテクノロジー株主導で急落したことや、米連邦議会が追加景気対策パッケージについて合意を形成できていないこと受けて、全般的にリスクセンチメントが悪化した。さらに、経済指標の回復が失速し労働市場の回復も鈍化した。この後は、米FOMC(連邦公開市場委員会)が低金利の長期化を示唆したほか、中国の経済指標が市場予想を上回るなど、概してポジティブなマクロ経済ニュースが続いた。月末にかけては、新興国市場をめぐるセンチメントが悪化した。欧州におけるCOVID-19の流行第2波懸念や米株式市場のボラティリティの高止まり、景気回復支援の追加財政出動をめぐる合意形成の難航継続などの要因が重なり、市場センチメントの重石となった。米国債は月を通じて狭いレンジ内で推移し、利回りが小幅に低下して月を終えた。月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.003%低下、10年物で同0.021%低下した。

アジア現地通貨建て債券のリターン

アジア域内の8月のインフレ率はまちまち
アジア各国の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は、韓国とタイで加速する一方、シンガポールでは横ばい、中国、インドネシアおよびフィリピンでは減速した。タイでは8月にデフレが一段と緩和された。原油価格の上昇継続を受けてエネルギー価格の下落幅が縮小したことを主因に、同国の総合CPI上昇率は前年同月比-0.50%と、前月の同-0.98%から改善した。シンガポールでは、コアインフレのマイナス幅が縮小したものの民間道路輸送費の下落幅が拡大し、総合インフレ率は前月から変わらず前年同月比-0.4%となった。その他、インドネシアでは総合インフレが一段と減速して20年振りの低水準となり、また、中国では豚肉価格の落ち込みを受けてインフレが減速した。同様に、フィリピンでは需要サイドからの物価上昇圧力が弱まるなか、8月の総合CPI上昇率が前年同月比2.4%へと減速した。同国の首都は、新型コロナウイルス感染者数の増加加速を受けて、8月第1週から第2週にかけてより厳しい外出制限措置下に置かれていた。

金融当局は政策金利を据え置き
タイの中央銀行は、全会一致で3ヵ月連続となる政策金利の据え置きを決定した。また、2020年のGDP成長率予想を-8.1%から-7.8%へ上方修正する一方、2021年については5.0%から3.6%へと下方修正した。ちなみに、退任が決まっている同中銀のウィーラタイ・サンティプラポップ総裁にとっては、今回が最後の金融政策会合であった。同様に、マレーシアの中央銀行も政策金利を据え置き、政策声明のなかで世界の景気回復について前回会合時よりも若干明るい見方を示した。その他では、インドネシアの中央銀行が、ルピアの安定を支える必要があるとの見解をあらためて示し、2ヵ月連続で政策金利を据え置いた。また同中銀は、現状況下で経済成長を支えるには予算執行の迅速化の方がより有効であると再度強調したほか、世界経済と国内経済の両方に緩やかな回復の兆しが見られており、2021年には同国のGDP成長率が4.8~5.8%まで改善する見通しであると述べた。

韓国とマレーシアは財政政策による追加景気刺激策を発表
COVID-19の流行に起因する根強い景気下押し圧力に対処するべく、韓国議会は第4次補正予算を承認した。約7.8兆ウォン規模に上る新たな景気対策パッケージは、主に家計や苦境に置かれている小規模事業者の支援に活用される。マレーシアでは、景気減速の深刻化を阻止するために、政府が追加の財政出動パッケージを発表した。この追加景気対策は100億マレーシアリンギット規模に上り、低・中間所得層や小規模事業者への支援を狙いとしている。

中国はQFIIおよびRQFII規則を緩和、中国国債はFTSEラッセルの世界国債インデックスへの採用が決定
中国証券監督管理委員会は、QFII(適格外国機関投資家)およびRQFII(人民元適格外国機関投資家)の両制度の規則を大きく改定することを発表した。新規則では、両制度が統合され外国人投資家の参入要件が緩和される。また、投資対象範囲も大幅に拡大されることになる。新規則は11月1日に発効し、その実施の詳細については近日中に発表されるとみられている。その他、指数算出会社FTSEラッセルは、同社の代表的指数である世界国債インデックスに中国国債を採用すると発表した。組入れ開始は2021年10月からとなる。

今後の見通し

当面はデュレーションを中立に維持
米中間の地政学的緊張の高まりや迫る米国選挙をめぐる不透明感など、当社がモニターしている下方リスクの一部がやや強まっており、今後数ヵ月はボラティリティが上昇する可能性がある。したがって、当面はデュレーションを中立に維持することが賢明とみている。

韓国ウォンと中国人民元に対して慎重な見方
米国選挙をめぐる先行き不透明感が強まっており市場では引き続きリスク回避の動きが見られていることから、当社では、相対的に貿易動向の影響を受けやすい韓国ウォンと中国人民元が他のアジア通貨をアンダーパフォームすると予想している。また、当初大きな持ち直しを見せた景気回復の失速リスクもアジア通貨の重石となる可能性がある。

アジアのクレジット市場

市場環境

9月のアジアのクレジット市場は信用スプレッド拡大を受けてマイナス・リターン
9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが月間で0.175%拡大したことを受けて、月間リターンが-0.47%となった。キャリーや米国債の上昇によってリターンのマイナス幅は抑えられた。格付け別では、米国債利回りの低下がクレジット物の価格下落を部分的に和らげるなか、スプレッドの拡大幅が0.105%にとどまった投資適格債がトータルリターンで-0.06%とアウトパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが0.566%拡大してトータルリターンが-1.86%となり、大幅に劣後した。

月の初めは、米株式市場がテクノロジー株主導で急落したことや、米連邦議会が追加景気対策パッケージについて合意を形成できていないこと受けて、全般的にリスクセンチメントが悪化した。とは言え、これらのニュースがアジアのクレジット市場へ及ぼした影響は当初最小限にとどまっていた。月初の発行市場では、低金利のうちに借入コストを確定したいとの考えや、11月初めに米国選挙を控えて市場のボラティリティが上昇する可能性があるとの懸念から、発行体の間で債券発行を前倒ししようとする動きが見られ、起債活動が大きく加速した。こうした新発債供給の極端な増加が主因となり、スプレッドは拡大傾向を辿った。その後は、米FOMCが低金利の長期化を示唆したほか、中国の経済指標が予想以上の好調さを示すなど、概してポジティブなマクロ経済ニュースが続いたため、一時的ながらスプレッドの拡大が一服した。月末にかけては、新興国市場をめぐるセンチメントが悪化したことを受けて、信用スプレッドが大幅に拡大した。欧州におけるCOVID-19の流行第2波懸念や米株式市場のボラティリティの高止まり、アジアの投資家による新発債疲れなど、悪材料の重なりが引き金となってアジアのクレジット市場は調整局面を迎えた。

こうした背景のなか、9月は相対的にディフェンシブ性が高い韓国を除くすべての主要国セグメントでスプレッドが拡大した。国別の相対比較では、インドのクレジット市場がアンダーパフォームした。格付機関ムーディーズは、インドの公的セクターの銀行4行を格下げしたが、これについては比較的十分に注意喚起されていたことから、格付変更によるインドのクレジット市場全体への影響は最小限にとどまった。しかし、月末にかけて新興国をめぐるセンチメントが大きくシフトすると、インドのクレジット市場は影響を受け、スプレッドが前月末比で0.29%近く拡大して月を終えた。一方、やはり低調となったインドネシアのクレジット市場は、足元における新型コロナウイルス感染者数の急増を受けて政府がジャカルタでのロックダウン(都市封鎖)措置の再導入を決定したとのニュースも嫌気された。中国では、ムーディーズが、信用特性の向上を理由に不動産デベロッパーCountry Gardenの発行体格付けを1段階引き上げてBaa3にするとともに、同社の債券格付けを2段階引き上げてBaa3とした。一方、中国のハイイールド債銘柄は、同国のコングロマリットEvergrande Groupが固有のリスクに晒されていることがさらなる重石となった。注目すべき点として、指数算出会社FTSEラッセルは、2021年10月より同社の代表的指数である世界国債インデックスに中国国債を採用すると発表した。スリランカについては、ムーディーズが同国のソブリン格付けをB3から2段階引き下げてCaa1にする一方、その見通しを「安定的」へと変更した。最近の同国経済への下押し圧力については市場で十分に認識されており、また、同国政府はそれらの問題を軽減するための措置を講じてきたなかにあって、2段階の格下げという厳しい決定は驚きをもって受け止められた。タイでは、同国の王室改革を求める抗議活動の継続によって投資家心理が損なわれた。

9月は起債活動が急拡大
8月の多額の新発債供給に続き、9月は投資適格債分野を中心に再び大量の新規発行が見られ、計80件(総額415億米ドル)もの起債が行われた。投資適格債分野では、TSMC Globalのディール(3トランシェで総額30億米ドル)やCNAC HK Finbridge Coのディール(4トランシェで総額24億米ドル)など、計57件(総額362億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は、計23件(総額53億米ドル)となった。

アジア・クレジット市場の推移

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小が続く見通しも下方リスクは根強い
アジアの信用スプレッドは中期的に緩やかな縮小基調が続くと予想される。アジア諸国の大半は第2四半期で景気悪化の最悪局面が過ぎた可能性が高く、発表頻度が高い経済指標は景気回復が進行中であることを示唆しており、社債ファンダメンタルズ全般の追い風となっている。また、大半の先進国や新興国では、ここから先は追加緩和策のペースが緩やかになる見通しであるものの、クレジット市場に有利な財政・金融政策が維持されると予想されている。COVID-19のワクチン開発進展や治療法の向上も、ポジティブな環境を強める材料となっている。

しかし、信用スプレッドは、ここ数ヵ月間ですでに大幅な縮小を見せていることを考えると、縮小ペースが鈍化するとともにありがちなあや押しに見舞われる局面も増えるだろう。米中間の地政学的緊張の高まりや迫る米国選挙をめぐる不透明感など、当社がモニターしている下方リスクの一部がやや強まっており、今後数ヵ月は特にボラティリティが上昇する可能性がある。一方、世界各国における新型コロナウイルスのより深刻な感染再拡大や、当初大きな持ち直しを見せた景気回復が失速する可能性といったリスク要因も残っている。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。