本稿は2020年11月18日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 10月の米国債は利回りが上昇した。当月は、米国の大統領選挙と財政出動策がニュース見出しと市場の注目点となった。米国や西欧諸国におけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染拡大ペースの加速をめぐる懸念や後者におけるロックダウン(都市封鎖)の再実施を受けて、利回り上昇圧力は一部相殺された。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.026%上昇の0.155%、10年物で同0.19%上昇の0.875%となった。
  • アジアのクレジット市場は、スプレッドが0.09%縮小したものの米国債利回りが上昇したため、月間リターンが-0.10%となった。格付け別では、投資適格債が0.11%のスプレッド縮小を受けてアウトパフォームし、リターンが0.02%となった。ハイイールド債は、スプレッドが0.13%拡大したことから、トータル・リターンが-0.49%と劣後した。発行市場では、中国で国慶節(建国記念日)の大型連休があったにもかかわらず、10月も活発な活動が続いた。
  • アジア域内各国のインフレ圧力は強弱様々となった。シンガポール、韓国および中国の第3四半期GDP(国内総生産)は回復に転じた。その他では、中国人民銀行が、為替フォワード取引の準備金率を引き下げるとともに人民元の基準値設定メカニズムを緩和した。また、中国は第14次5ヵ年計画の目標を発表した。
  • 総合的に考えて、当社ではインドネシアなどキャリー水準が高い国を選好している。インドネシアへは投資資金フローが戻り始めている。また、アジア通貨は中期的に対米ドルで上昇すると予想している。
  • アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小基調が続くと予想するが、下方リスクは残っている。特筆すべき点として、米国選挙の結果は、大統領選と上院選の過半数ともに、米国および世界の経済、そして今後数年における世界の地政学的状況と貿易の見通しに重大な影響を及ぼすと想定される。欧米を中心とするCOVID-19の感染再拡大も、当面の不透明感を増幅している。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

10月の米国債は利回りが上昇
月の初めは、失業保険の新規および継続申請件数がやや減少するなど労働市場の改善を示唆するデータが発表されたことを受けて、米国債利回りに上昇圧力がかかった。当月は、米国の大統領選挙と財政出動策がニュース見出しと市場の注目点となった。金融市場では当初、民主党が上院と政権の両方を勝ち取った場合の景気回復シナリオへの期待が徐々に高まった。これに近く財政出動が実施されるとの期待も加わり、リスク資産が反発して債券利回りは上昇した。月の中頃になると、米国で別のCOVID-19ワクチンの臨床試験が中断されたことや、経済指標が強弱両様となり経済成長減速リスクを示したことから、債券利回りは低下した。しかし、この動きは長くは続かず、その後すぐに、米政府と連邦議会が選挙前に景気刺激策パッケージで合意に達する可能性があるとの楽観論が再び高まったことを受けて、債券利回りはまた上昇基調を辿り始め、イールドカーブはスティープ化した。とは言え、米国や西欧諸国におけるCOVID-19の感染拡大加速をめぐる懸念や後者におけるロックダウンの再実施を受けて、利回り上昇圧力は一部相殺された。最終的に、米国債利回りは2年物で前月末比0.026%上昇の0.155%、10年物で同0.19%上昇の0.875%で月を終えた。

アジア現地通貨建て債券のリターン

アジア域内の9月のインフレ率はまちまち
アジア各国の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は、インド、韓国、インドネシアおよびシンガポールで加速する一方、マレーシアでは横ばいとなり、中国とタイ、フィリピンでは減速した。インドの9月のCPI上昇率は、食品価格の上昇を主因として前年同月比7.34%へと加速した。同様に、インドネシアでも、食品価格の上昇を一因として年間インフレ率が若干加速した。シンガポールでは、輸送費の上昇を背景に、総合CPI上昇率が0.0%と前月の-0.4%から持ち直した。一方、タイでは、3ヵ月連続でプラスとなっていた総合インフレが、光熱費の低下を要因として前年同月比-0.7%と再びマイナスに転じた。その他、フィリピンのインフレは一部の食品品目の価格上昇率鈍化が総合指数の重石となり減速した。

シンガポール、韓国および中国は第3四半期に成長軌道へ回帰
中国の第3四半期GDP成長率は前年同期比4.9%となった。四半期ベースの数値は市場予想を下回ったが、9月の経済指標では経済活動が着実に加速していることが明らかとなった。シンガポールでは、第3四半期のGDP成長率(速報値)が前年同期比-7.0%と、第2四半期の同-13.3%からマイナス幅を縮めた。MAS(シンガポール金融通貨庁)によると、これは「当座の回復」であり、「低調な外部環境、一部の国内サービス・セクターにおける低迷の長期化、旅行関連セクターの限られた回復」を考えると、今後の成長モメンタムは「緩やか」なものになる見通しである。その他、韓国の第3四半期の経済成長率は前年同期比-1.3%となり、第2四半期の同-2.7%から改善した。

中国人民銀行が為替フォワード取引の準備金率引き下げと人民元の基準値設定メカニズムの緩和を実施
中国人民銀行は、10月12日付けで為替フォワード取引の準備金率を20%から0%へと引き下げたのに加え、人民元の安定を妥当な均衡水準にて維持し市場の予想を安定化させると表明した。注目すべき点として、この動きに先立つ国慶節の大型連休後に、人民元は大幅に上昇していた。その他、同中銀総裁は、可能な限り「通常」の金融政策を維持するとの方針を繰り返し述べた上で、家計の貯蓄および所得の「妥当」な増加を促すための計画を策定するとした。月末にかけて、中国外貨取引センターは、一部の国内銀行が日次の人民元参考レートの設定において逆周期因子(カウンター・シクリカル・ファクター)の使用を停止したことを発表した。これにより、人民元の相場形成がより市場原理に基づいて行われるようになる。逆周期因子は2017年5月に導入され、主に人民元安リスクを管理するために用いられてきた。

インド準備銀行が債券支援措置をあらためて導入、インド政府は政府借入れの拡大を発表
インド準備銀行は当月、全会一致で政策金利の据え置きを決定する一方、緩和的スタンスを「必要な限り、また少なくとも今年度から来年度にかけて」は維持するという極めて強力なフォワード・ガイダンスを示した。同中銀はさらに、公開市場操作による買入れ額の拡大、州政府が発行する地方債の購入、長期買いオペによる社債市場の下支えなど、追加流動性供給策も発表した。その他、同国政府は、COVID-19のパンデミックを受けて税収が減少するなかで州への税収補償額の不足分をカバーするために、今年度下期における中央政府借入れを1.1兆ルピー拡大すると表明した。また、同国政府は当月、公務員への現金給付や中央政府職員への無利子貸付け、州政府への無利子融資や中央政府支出の拡大などを含む追加景気刺激策も発表した。

中国が第14次5ヵ年計画を発表、インドネシアのオムニバス法が可決、マレーシアが移動制限を再導入
月の終わりに、中国は4日間にわたる共産党中央委員会総会を経て、第14次5ヵ年計画の目標の概要を明らかにした。経済の自立強化が主なテーマとされ、技術革新が同国の発展の中核的な役割を果たすとして強調された。その声明は、具体的なGDP成長率には言及しなかったが、持続可能な経済成長の必要性を強調するとともに国内市場の強化を公約したほか、自国経済の開放を引き続き進めて「より高レベル」の対外開放を実現すると言明した。詳細については、11月の早い時期に各行政機関から発表されるものとみられる。インドネシアでは、国会が待望のオムニバス法案を可決した。同法の目的は、事業認可および土地取得プロセスの簡略化や、外資規制の緩和などにある。市場では、同法の可決に伴ってインドネシアのビジネス環境全般が改善するという見方が大勢を占めている。その他では、マレーシア政府が、最近のCOVID-19感染者数の急増を受けて、クアラルンプール、プトラジャヤ、セランゴール州で一部活動の制限措置を再導入すると発表した。

今後の見通し

キャリー水準の高い債券を選好
当社では、米国の選挙後におけるリスク選好ムード持続のカギとなる主な要素は上院選の行方であると考えている。上院選の結果は、次期大統領が任期中に何を達成できるか、あるいはできないかに大きく影響してくるからだ。民主党が上院と政権の両方を勝ち取れば、リスク・センチメントは支えられるとみている。反対に、上院が「ねじれ」状態となった場合は、市場は当面弱含む可能性がある。

総合的に考えて、当社ではインドネシアなどキャリー水準が高い国を選好している。インドネシアへは投資資金フローが戻り始めている。インフレが低水準にあることや、インドネシア中央銀行が公開市場操作金利を従来よりも低水準に維持しており国内の資金流動性が潤沢であることも、インドネシア債券に対する当社の強気な見方を一段と裏付ける要因となっている。

アジア通貨は中期的に対米ドル上昇すると予想
中期的には、アジア通貨が対米ドルで上昇するとともに、貿易動向の影響をより受けやすい中国人民元や韓国ウォン、シンガポールドルがアウトパフォームすると予想している。マレーシアリンギットやタイバーツは、それぞれの国内における政治的リスクの高まりを受けて劣後する可能性があり、一方で新興国市場への資金流入の恩恵を受けやすいインドネシアルピアは、相対的に堅調なパフォーマンスを見せると想定される。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は信用スプレッドが縮小も米国債利回りの上昇を受けて全体のリターンがマイナスに
アジアのクレジット市場は、スプレッドが0.09%縮小したものの米国債利回りが上昇したため、月間リターンが-0.10%となった。格付け別では、投資適格債が0.11%のスプレッド縮小を受けてアウトパフォームし、リターンが0.02%となった。ハイイールド債は、スプレッドが0.13%拡大したことから、トータル・リターンが-0.49%と劣後した。

10月は、迫る米国大統領選挙と追加財政出動パッケージに対する予想の展開が、ニュース見出しと市場の注目点となった。月の前半は、民主党が政権と上院の両方を勝ち取った場合の景気回復シナリオへの期待が金融市場で徐々に高まり、リスク選好ムードが強まった。これに加え、近く財政出動策が実施されるとの期待と中国における経済指標の心強い回復が、月前半のスプレッド縮小を促した。しかし、このポジティブなリスク・モメンタムは、また別のCOVID-19ワクチンの臨床試験が中断されたこと、米国の経済指標が強弱両様となり経済成長減速リスクを示したこと、そして米国の財政審議で膠着状態が続いたことを受けて反転した。そのような悪材料に、米国および西欧諸国でのCOVID-19の感染拡大再加速(後者の場合はロックダウンの再実施につながっている)をめぐる懸念が加わり、欧米株式市場の下落を引き起こし、信用スプレッドも幾分拡大した。10月のアジアのクレジット市場では、ハード・カレンシー建て新興国債券への堅調な資金流入が同様に旺盛な新発債供給を相殺したことから、月を通じて良好な需給バランスが維持された。

10月は、タイを除くすべての主要国市場でスプレッドが縮小した。タイのクレジット市場は、原油価格の下落に加え反政府運動の激化に伴う経済見通しの不透明感の強まりが要因となってアンダーパフォームした。中国のクレジット市場では、同国の不動産開発会社Evergrandeに関する固有のリスクが、引き続き不動産セクターのハイイールド債に対する投資家心理の重石となった。スリランカの債券は、投資家が世界的なテールリスク(確率は低いものの発生すると非常に巨大な損失をもたらすリスク)・イベントに備えて高ベータ・ポジションを削減するのに伴い下落した。マレーシアのクレジット市場では、同国の政情不安の再発と主要州における条件付き活動制限令の延長を受けて、信用スプレッドが幾分拡大した。一方、インドネシアのクレジット市場は、待望のオムニバス法案が可決されたことが好感され、相対的にアウトパフォームした。

発行市場の活動は引き続き活発
発行市場では、中国で国慶節の大型連休があったにもかかわらず10月も活発な活動が続き、計83件(総額373.5億米ドル)もの起債が行われた。投資適格債分野では、中国財政部のディール(4トランシェで総額60億米ドル)や中国で料理宅配アプリを運営する美団(Meituan)のディール(2トランシェで総額20億米ドル)、中国の国家開発銀行のディール(2トランシェで総額15億米ドル)など、計54件(総額284.6億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計30件(総額93.4億米ドル)となった。

アジア・クレジット市場の推移

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小が続くも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは、中期的に緩やかな縮小基調が続くと予想される。アジア諸国の大半は2020年第2四半期で景気低迷の最悪期が過ぎた可能性が高く、発表頻度の高い経済指標は景気回復が進んでいることを示しており、これが企業の信用ファンダメンタルズ全般にとって追い風となっている。財政および金融政策についても、今後の追加緩和措置はペースダウンするとみられるものの、先進・新興諸国の大部分でクレジット市場にとって有利となる運営が続くと予想される。COVID-19のワクチン開発の前進やより有効な治療法の確立が、ポジティブな環境を一層強固なものにしている。

とは言え、ここ数ヵ月にわたって信用スプレッドが大幅に縮小してきたことを考えると、縮小ペースが鈍化するとともにありがちな市場のあや押しに見舞われる局面も増えるはずだ。年内における全般的なリスク・センチメントと信用スプレッドの方向性は、11月初旬のイベントおよび展開によって左右されるとみられるが、これらのイベントの結果に関しては不透明感が強まっている。特筆すべき点として、米国選挙の結果は、大統領選と上院選の過半数ともに、米国および世界の経済、そして今後数年における世界の地政学的状況と貿易の見通しに重大な影響を及ぼすと想定される。当資料作成日現在、米国選挙の世論調査では大詰めで差が縮まっており、当該イベントの不確実性を高めている。欧米を中心とするCOVID-19の感染再拡大も、当面の不透明感を増幅している。ウイルス感染者数の増加ペースを抑えるために実施された最近の封じ込め策の効果と、ワクチンの第III相臨床試験の期待される暫定結果が、2021年にかけてのリスク・センチメントを左右する重要な材料となるだろう。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。