本稿は2020年12月10日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 11月の米国債市場ではイールドカーブがフラット化した。米国大統領選挙後、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチンの良好な臨床試験結果を受けて投資家心理が回復したことから、リスク資産市場は上昇した。その後、欧米におけるCOVID-19感染者数急増のニュースを受けて当面の景気悪化リスクが強まったため、米国債利回りは月上旬の上昇分を一部吐き出した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.006%低下の0.149%、10年物で同0.034%低下の0.841%となった。
  • 11月のアジアのクレジット市場は、リスク・センチメントの回復を受けて信用スプレッドが0.224%縮小したことを主な要因として、月間リターンが1.27%となった。格付け別の市場リターンは、スプレッドの0.143%縮小した投資適格債が0.95%、0.553%縮小したハイイールド債が2.36%となった。発行市場は、米国大統領選挙を控えて前月までに前倒しで起債を行った企業が多かったことから、当月は投資適格債を中心に活動が比較的低調であった。
  • アジア域内の各国では、インフレ圧力が概ね抑制された水準にとどまった。域内諸国の第3四半期の経済成長は、各国政府がCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)封じ込め措置を緩和したことを受けて大幅な回復を見せた。一方、インドネシアとフィリピンの金融当局はそれぞれの政策金利を引き下げた。
  • 総合的に考えて、インドネシアの債券がアウトパフォームすると予想している。低成長、追加金融緩和、新興国市場への資金流入増が、インドネシア債券が継続的にアウトパフォームするのを支えるとみている。通貨については、中国人民元、韓国ウォン、シンガポールドル、インドネシアルピアに対してポジティブな見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは、中期的に緩やかな縮小が続くと予想しているが、下方リスクは残る。年内における全体的なリスク・センチメントと信用スプレッドの方向性は、12月のイベントとその展開によって左右されるものとみられる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

11月の米国債市場ではイールドカーブがフラット化
米国大統領選挙が終わると、当該イベントが大きなサプライズなく済んだことが投資家に安堵感をもたらし、リスク資産市場は上昇した。加えて、アジアの主要国の堅調な経済指標により、景気回復が広がっている兆候が裏付けられた。米国選挙の結果がより明確になるにつれ、財政出動策への期待が後退して米国債長期物の利回りが低下した。COVID-19ワクチンの良好な臨床試験結果が発表されると、投資家心理は大幅に回復したが、その後、欧米におけるCOVID-19感染者数急増のニュースを受けて当面の景気悪化リスクが強まったため、米国債利回りは月上旬の上昇分を一部吐き出した。米財務省がFRB(連邦準備理事会)の緊急融資プログラムを年内に終わらせることを発表すると、市場では再び不透明感が幾分立ち込めた。月末にかけては、ジョー・バイデン米国次期大統領への政権移行が正式に始められるとの宣言を受けて、リスク・センチメントが再度好転した。バイデン政権の閣僚人事に関する報道は、ジャネット・イエレン前FRB議長の財務長官への指名をはじめ、市場に好感された。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.006%低下の0.149%、10年物で同0.034%低下の0.841%となった。

アジア現地通貨建て債券のリターン

アジア域内各国のインフレ圧力は概ね低位
総合CPI(消費者物価指数)の上昇率は、インド、フィリピンおよびタイで加速、インドネシアでほぼ横這い、中国、韓国、マレーシアおよびシンガポールで減速となった。インドの10月の総合インフレ率は7.6%と、食品価格の急騰を受けて前月の7.3%から加速した。同様に、フィリピンの年間インフレ率も食品価格の上昇を一因として若干加速した。一方、マレーシアの10月の総合CPI上昇率は8ヵ月連続のマイナスとなった。輸送費および通信費の上昇率鈍化などが要因となってデフレ圧力が強まった。中国のCPI上昇率は、豚肉価格が下落に転じたため前年同月比0.5%へと減速した。その他、シンガポールでは、民間輸送費の低下と住居費の上昇率鈍化に伴って、10月のインフレ率がマイナス幅拡大の-0.2%となった。

第3四半期は実質GDP(国内総生産)成長率が回復
アジア諸国の経済成長率は、第2四半期に大幅なマイナスとなったが、7月~9月期には各国政府がCOVID-19封じ込め措置を緩和したことを受けて大幅な回復を見せた。タイでは、経済活動の再開に伴って拡大した政府支出が、第3四半期のGDP成長率の大幅回復に寄与した。インドネシアでも、予算執行の前倒しに伴って政府支出が拡大したことから、第3四半期のGDP成長率が-3.5%と前四半期の-5.3%からマイナス幅の縮小を見せ経済成長回復の兆しを示した。インドでは、第3四半期のGDP成長率が前年同期比-7.5%と、前四半期の同-23.9%から急回復した。回復分野には偏りが見られ、固定資本投資が主な牽引役となる一方、政府支出は目立って減少した。その他では、フィリピンの第3四半期の経済成長率が前四半期の前年同期比-16.9%に対して同-11.5%となった。域内の他国に比べて回復ペースが鈍いのは、主に公的セクターの支出が低調なためだ。

インドネシアとフィリピンの金融当局はそれぞれの政策金利を引き下げ
インドネシア中央銀行とフィリピン中央銀行は当月、ともに0.25%の利下げを実施した。インドネシア中銀は、前回まで3回の政策決定会合で連続して政策金利を据え置いた後、景気回復を「早める」必要があるとして今回の動きに踏み切った。一方、フィリピン中銀は、前回2回の政策決定会合での金利据え置きを経て利下げを行った。注目すべき点として、政策声明では経済成長への懸念が強調されており、同中銀が追加利下げの可能性を残していることを示唆している。

インドは新たな景気対策を発表、タイはバーツ高を抑制する動き、マレーシアはEPF(従業員積立基金)の引出増額容認策を可決
マレーシアでは、ムヒディン・ヤシン首相への信任投票と広く見なされていた2021年度国家予算案が議会で可決された。当該予算には、EPFの引出増額を一部の加入者に認める措置に加え、従業員の最低法定EPF拠出率の引き下げ(11%から9%へ)が含まれ、これを受けてマレーシア債券への今後の需要に対し幾分かの懸念が生じた。一方、インド政府は、打撃の大きいセクターへの援助と雇用創出を主目的とする新たな政策措置を発表した。発表された措置の財政コストは総額で約2.6兆インドルピーとなる。その他では、タイが急速なタイバーツ高を抑制する動きに出た。タイ中央銀行は、自国債券への資金流入に対する監視を強化したほか、資金流出を促すべく、当初は来年序盤に実施を予定していた措置を前倒しした。

今後の見通し

インドネシア債券に対してポジティブな見方
当社では、ワクチンが利用可能となることを追い風とする景気回復とFRBの依然ハト派的な政策スタンスの組み合わせが、市場全般においてポジティブなリスク・センチメントを下支えしていくと見込んでおり、これによってアジアを含む新興国への資金流入も増えるとみられる。市場でキャリー水準のより高い現地通貨建て債券が選好されるなか、アジア域内ではインドネシアの債券がアウトパフォームすると予想している。表面的には通貨の安定が達成されているなか、インドネシア中央銀行は金融政策の緩和を再開したが、焦点が景気支援に明らかにシフトしていることから、同中銀は追加利下げも実施すると考える。低成長、追加金融緩和、新興国市場への資金流入増が、インドネシア債券が継続的にアウトパフォームするのを支えるとみている。

中国人民元、韓国ウォン、シンガポールドル、インドネシアルピアに対してポジティブな見方
当社ではアジア通貨が対ドルで上昇すると予想しており、なかでも貿易の影響を比較的受けやすい中国人民元、韓国ウォン、シンガポールドルがアウトパフォームするとみている。インドネシアルピアも外国資金の流入増加からの恩恵が見込まれる。一方、マレーシアリンギットとタイバーツは、長引く政治的リスクが主な逆風になるとみられ、域内の他国通貨に劣後する可能性がある。

アジアのクレジット市場

市場環境

11月のアジアのクレジット市場はワクチンのポジティブな展開を受けたリスク・センチメントの回復を追い風に上昇
11月のアジアのクレジット市場は、リスク・センチメントの回復を受けて信用スプレッドが0.224%縮小したことを主な要因として、月間リターンが1.27%となった。格付け別の市場リターンは、スプレッドの0.143%縮小した投資適格債が0.95%、0.553%縮小したハイイールド債が2.36%となった。

米国大統領選挙が終わると、当該イベントが大きなサプライズなく済んだことが投資家に安堵感をもたらし、アジアのクレジット市場は上昇した。加えて、アジアの主要国の堅調な経済指標により、景気回復が広がっている兆候が裏付けられた。スプレッドは米国選挙の結果がより明確になるにつれ縮小が続いた。COVID-19ワクチンの良好な臨床試験結果が発表されると、投資家心理は大幅に回復し、欧米におけるCOVID-19感染者数急増のニュースは概して材料視されなかった。月半ばには、中国軍が所有または支配していると見なされる企業への投資を禁止する大統領令にドナルド・トランプ米大統領が署名したため、米中関係の緊張に再び注目が集まった。同時に、米国の景気回復が鈍化する可能性への懸念が高まった。これらの要因に、米財務省がFRBの緊急融資プログラムを年内に終わらせるとのニュースが加わり、市場に再び不透明感が幾分立ち込めスプレッドがやや拡大した。しかし、バイデン次期大統領への政権移行が正式に始められるとの宣言を受けてリスク・センチメントが再び好転したことから、スプレッドの戻りは小幅かつごく短期間に終わった。バイデン政権の閣僚人事に関する報道は、ジャネット・イエレン前FRB議長の財務長官への指名をはじめ、市場に好感された。政治的不透明感の後退とCOVID-19ワクチンへの期待がハードカレンシー建て新興国債券への堅調な資金流入を促すなか、アジアのクレジット物には当月特に旺盛な需要が見られた。

市場センチメントの改善を受け、スプレッドは主要国すべてにおいて縮小して月を終えた。インドがスプレッド縮小の牽引役となる一方、中国はアンダーパフォームした。米中関係の緊張が再び強まったこと、最近生じたいくつかの中国国有企業のデフォルトに注目が集まったことが、中国のクレジット物に対する投資家心理に悪影響を及ぼした。

発行市場の起債活動は鈍化
発行市場は、米国大統領選挙を控えて前月までに前倒しで起債を行った企業が多かったことから、当月は投資適格債を中心に活動が比較的低調で、新規発行は計49件(総額167.3億米ドル)となった。投資適格債分野では計22件(総額82.5億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は、交通銀行(Bank of Communications)のAT1債(28億米ドル)を含め計27件(総額84.8億米ドル)となった。

アジア・クレジット市場の推移

今後の見通し

アジアの信用スプレッドはファンダメンタルズの回復兆候を受けて緩やかな縮小が続くも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは、中期的に緩やかな縮小基調が続くと予想される。アジア諸国の大半ではCOVID-19対策が比較的奏功しており、これが景気回復を促して、発表頻度の高い経済指標が回復の進行を示している。これに伴い、企業の信用ファンダメンタルズにも改善の兆しが見られている。財政および金融政策についても、今後の追加緩和措置はペースダウンするとみられるものの、先進・新興諸国の大部分でクレジット市場にとって有利となる運営が続くと予想される。COVID-19のワクチン開発の前進やより有効な治療法の確立が、ポジティブな環境を一層強固なものにしている。

とは言え、ここ数ヵ月にわたって信用スプレッドが大幅に縮小してきたことを考えると、縮小ペースが鈍化するとともにありがちな市場のあや押しに見舞われる局面も増えるはずだ。年内における全般的なリスク・センチメントと信用スプレッドの方向性は、12月のイベントとその展開によって左右されるとみられるが、これらのイベントの結果に関しては不透明感が強まっている。直近の注目すべき例としては、中国軍関連企業への投資を禁止する大統領令が発動された。この大統領令は、ファンダメンタルズへはそれほど大きな悪影響を及ぼさないと想定されるが、需給面ではある程度の圧力につながる可能性があり、これは次期米国政権下のリスクとして残る。したがって、大統領令の詳細がより明らかとなるのを市場が待つあいだ、ボラティリティがある程度高まるものと予想される。加えて、COVID-19ワクチンの生産、配給および接種には依然かなりの課題があり、ワクチン関係の問題が当面の不透明感を増幅させ得る。

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