当レポートは、英語による2020年5月11日発行「EMERGING MARKETS QUARTERLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

新型コロナウイルスを封じ込めるべくシャットダウン措置(都市封鎖、外出禁止、事業休業など)が世界中で実施されたことにより、世界的なリセッション(景気後退)に陥ることはほぼ確実だが、今回のリセッションは自ら招いたものだと再認識する必要がある。つまり、これは公衆の安全のためにあえて誘発された経済の「昏睡状態」であり、財政出動および金融緩和の「大量投与」によって「生命維持」を図っている。

この「治療」が順調に効くと考えた場合は、ひとたび「意識を取り戻す」ことさえできれば、鬱積した需要が解放されて経済は力強く回復すると想定される。しかし、より可能性が高いのは、経済という機械の部品にダメージがあらわれ、活動の回復ペースが鈍るシナリオだろう。新興国では、ファンダメンタルズの最も脆弱な国は苦戦が続くと見られるが、ファンダメンタルズが健全な国であっても脱グローバル化のこれまで以上の加速に備える必要が生じるものと思われる。

短期的には、新興国は先進国の非常に大規模な財政・金融政策措置から恩恵を受ける可能性がある。そうした措置がもたらす米ドルの潤沢な流動性は、大幅な資本流出のバッファーとなるとともに、やがて経済活動が回復した際には外需を下支えするだろう。

チャート1:中央銀行のバランスシート拡大は加速

チャート1:中央銀行のバランスシート拡大は加速

しかし、コロナウイルスの流行は、これを封じ込めようとする広範な取り組みがその過程において世界の貿易を鈍化させることから、新たな逆風となる。2003年のSARSの流行に比べると、コロナウイルスはより早いペースで感染が広がっているが、一方でその封じ込めにはより強力な対策もとられている。

コロナウイルスの流行による中国の消費低迷はアジア地域の重石になると想定されるが、この感染拡大がサプライチェーンに及ぼす影響についてはそれほど明確ではない。少なくとも封じ込め策の有効性と副次的損害の程度がよりはっきりと見えてくるまでは、慎重な姿勢をとるのが妥当である。多くの死者を生むパンデミック(世界的流行)は回避されるというのが可能性の高い基本シナリオだが 、その想定に立った場合、需要は2003年のSARS流

アジア:感染拡大が早期であった分、回復のタイミングも早い

中国が早期にウイルスを封じ込めたことは、アジア地域にとって明らかに追い風となったが、輸出需要は今や最も重要な米国の消費者を中心としてダメージを受けており、見通しは不透明感を増している。さらに、各国が危機下における世界のサプライチェーンのもろさを痛感したことから、今回の出来事は脱グローバル化を加速させるきっかけとなるかもしれない。

世界的なリセッション入りがほぼ確実となるなか、一部では中国がさらなる景気刺激策を実施すると見る向きもあった。信用が3月に急速な伸びを示していることを踏まえると、ある程度は実施されているものの、この刺激策の規模では世界の需要にもたらす効果は限定的だろう。中国の場合は、景気刺激策の焦点を国内に絞ることで民間セクターが押し上げられるが、他の新興国の場合は、(コモディティなどの)需要の低迷が続くものと見られる。

アジアの他の国の見通しについては、北部と南部で分かれる。韓国や台湾は、中国と同様に何とかウイルスを封じ込めており、また中国のサプライチェーンの再始動も追い風となっている。中国の景気刺激策は民間セクターに向けられており、特に5G(第5世代移動通信方式)や産業用IoT(モノのインターネット)といったテクノロジー分野に重点が置かれている。ASEAN諸国やインドは依然としてウイルス封じ込めに取り組んでいるところであり、また各国の景気刺激策が、内需への深刻な打撃、観光の落ち込み、輸出の需要低迷の度合いと比べて、比較的小規模なものにとどまっている。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示す。
上記のアセットクラスは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

インドおよびインドネシアは依然脆弱

アジア域内で新型コロナウイルスによる打撃が最も深刻と見られるのがインドとインドネシアで、これまでのところ感染者数の増加抑制において域内の近隣諸国よりも遅れている(チャート2参照)。その理由として、両国は、医療体制が脆弱であること、感染リスクに晒されやすい低所得の労働者の人口が多いこと、財源がより乏しいこともあってシャットダウン措置を続ける余力に劣ることが痛手となっている。

チャート2:アジアにおけるCOVID-19の総感染者数

チャート2:アジアにおけるCOVID-19の総感染者数

活動の凍結は、両国の経済に深刻な痛みをもたらした。インドでは、労働力の3分の2近くが自営業または臨時労働で占められており、この人口セグメントが移動の制限によって大きな打撃を被っている。インドネシアでは、4月に労働力の約半分(多くが農業セクター)が仕事を停止している。

インドは、経済への打撃を軽減させるための財政余力がごく限られていることから、新規感染者数の増加傾向が続いているという事実があるにもかかわらず、政府が最近、規制の緩和に踏み切り一部の活動再開を認めた。実際、インドにはその他の選択肢がないかもしれないというのが当社の見方だ。一方、インドネシアはむしろ規制を強化しており、流行の震源地であるジャカルタからの移動を禁止する措置に踏み切った。本レポートの執筆時点で、同国の致死率は7.8%と依然として懸念すべき高水準にあることから、この措置は賢明と言える。

プラスの面としては、両国は非常に若い年齢層の人口が多く、したがって、最終的には致死率が比較的低くなる可能性がある。ただし、これは、医療崩壊が起こり治療を受けられない結果として本来なら出さずに済んだ死者を出す、といった事態にならない場合の話だ。今後数週間は、これらの脆弱な2ヵ国にとって、どちらの要素をより重要視するのかを決定づけるのに重要な時期となるだろう。

EMEA(欧州・中東・アフリカ):最悪の状況

今回の危機によって、南アフリカおよびトルコの財政・対外収支の不均衡やロシアの原油依存など、EMEA地域内の弱点が非常に露わになった。これらの3ヵ国はいずれもウイルスの封じ込めに苦戦しており、ロシアでは新規感染者数が引き続き急速に増加している。

南アフリカとトルコはそもそも脆弱な状態であったため、足元の危機によって両国の政策が持続不可能であることが露わになったことは驚きではない。格付け機関ムーディーズは、南アフリカについて、深刻なリセッションに陥るなかで2020年の財政赤字が対GDP比8.4%に拡大するとの予想から、(ついに)同国のソブリン債格付けを投資不適格級に引き下げた。トルコは、債務水準が南アフリカほどは拡大していないものの、財政赤字が対GDP比6%を超えると予測されており、ここ数年でより構造的になってきた財政の悪化が加速している。

ロシアは、この3ヵ国のなかでは財政・対外収支の状態が圧倒的に最良であるが、原油需要の崩壊とOPEC(石油輸出国機構)の一時的な協議決裂が相まって、かつてないショックをもたらした。ロシアにはこの難局を乗り切るための十分な財政力があるが、それでも交易条件の急速な変化が短期的に大きな逆風となっている。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示す。
上記のアセットクラスは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

後先考えない行動に出たトルコ

危機に直面した新興国の政策当局は、(a)内需を支えるために政策を緩和するか、(b)自国の通貨や債券への外需を支えるために政策を過度に緩和しない(あるいは引き締めすら行う)か、という相反する目的に直面することがよくある。今回、トルコは、自国資産への外需の下支えよりも内需目的を優先させ、金融および財政の両蛇口を緩めた。

財政の悪化も懸念材料だが、現在のトルコにとっては金融政策の緩和の方がより大きな懸念材料かもしれない。同国の中央銀行は、4月に1.00%の追加利下げを行い政策金利を8.75%としたが、これは当面のあいだ高止まりが見込まれる同国のインフレ率10.94%を2%超下回る水準だ。一方、経常収支が再び赤字に転落するとともに、外貨準備高は非常に危険な水準へと減少を続けている(チャート3参照)。

チャート3: EMEAの外貨準備高

チャート3: EMEAの外貨準備高

トルコについては、新興国のなかで最も脆弱な国の1つとして長く言及してきたが、これは同国が経済の厳しい調整に直面した2018年の夏場も同様であった。しかし、有意義な改革への取り組みが全く行われないなか、当時の調整は一時的なものに終わった。今回も、トルコは双子の赤字を抱えて外国からの資金に頼らざるを得ないことから、資金調達ニーズを満たせない場合には再び経済の調整にたやすく陥る可能性がある。

中南米はさらに困難な状況

新型コロナウイルスはブラジルを発端として3月中旬に中南米に広がったが、これまでのところ封じ込め措置の成果は遅々として表れていない。ブラジルのジャイール・ボルソナロ大統領やメキシコのアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領は封じ込め措置の推進に出遅れたため、両国とも新型コロナウイルスの感染拡大が加速し感染者数増加ペースの抑制にかかる時間が長引いている。

経済への影響が最も大きいと見られるのはアルゼンチン、メキシコ、コロンビアで、政治的に最も脆弱なのはアルゼンチン、ブラジル、メキシコだ。アンデス地方の国々は、ペルーが政治面でより安定しており、チリが財政面で大規模な支援策を講じるなど、短期的にはより有利な状況にあるが、それでも長期的には大きな困難に直面している。

メキシコ資産については、大手格付け3社が国営石油会社Pemexの信用格付けを投資不適格級へ引き下げたことを主な理由として、スコアを引き下げた。同社の格下げは、すでに脆弱であった財務状況が原油価格の暴落によりさらに悪化したことを受けたものだが、同社の財務問題はメキシコの財政問題ともなることから、ソブリン債格付けもリスクに晒されている。

ブラジルは、当四半期に最も失望的な展開を見せた国と言えるかもしれない。同国がまたもや政治危機に陥ったためだが、今回は、ボルソナロ大統領が明らかに不祥事の隠ぺいを図る意図をもって連邦警察庁長官を更迭し、これに抗議した法務・公安相が辞任する事態となった。改革推進への注力を阻害し得る悪影響が続くと見られることから、さらなる改革への期待は大きく後退している。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示す。
上記のアセットクラスは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

ブラジルは再び危機に

ボルソナロ大統領が2018年に選出されて以降推し進めてきた重要改革への取り組みは、目を見張るものがあった。成長は低迷が続いたが、財政において適切な緊縮路線が維持されたため、市場では財政が改革によっていずれは持続可能な軌道に乗ると信じてみようとする空気が生まれていた。

パンデミック(世界的流行)の初期から、ボルソナロ大統領はコロナウイルスの脅威を否定する発言を繰り返してきた。これは同大統領にとって政治的なダメージとなったが、大規模な財政支援策を何とか押し通すことによって、そうした不利な状況を一部挽回した。しかし、結果として生じる財政悪化(推定で対GDP比7%への赤字拡大)は改革推進の取り組み継続の陰で見過ごされたのかもしれないが、改革計画を脅かす政治危機が新たに起きている点はいかにしても無視することができない。

改革の取り組みが失速すれば政府債務はますます持続不可能な水準になると見られることから、1月以降、ブラジルレアルは急速かつ極端なスピードで下落している。レアルは、20年超にわたり1米ドル=4レアルが底となってきたが、この水準をためらいなく割り込んで当資料作成日現在1米ドル=5.5レアルへと下落している。

チャート4:ブラジルレアルと債務の対GDP比の推移

チャート4:ブラジルレアルと債務の対GDP比の推移

2019年7月に6.5%だった政策金利は2020年3月までに3.75%へと引き下げられたが、これが同国CPIインフレ率3.3%をわずか0.45%上回る水準であることを考えると、中央銀行は政策金利を引き下げすぎたと言えるだろう。中央銀行は通貨を下支えするために2019年8月から外貨準備を使って介入を始め、これが2019年内は多少なりとも奏功していたものの、2020年はこうした取り組みが効果を上げていないのは明らかだ。

チャート5:ブラジルの外貨準備高

チャート5:ブラジルの外貨準備高

見通しは当面のあいだ明らかにネガティブであり、政治問題の展開をめぐる先行き不透明感がより晴れるのが待たれる。中央銀行の体制は強固であり、これまでの利下げを一部巻き戻すこともできるが、今のところそうした政策転換を行う兆候は見られない。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在(2月4日)の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。