当レポートは、英語による2020年10月7日発行の英語レポート「Internet healthcare - a reset of healthcare delivery in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

危機は変化の推進機会をもたらす

世界的な公衆衛生危機やパンデミックは、遠い昔から人類に苦悩や不安、荒廃をもたらしてきた。しかし、感染症の世界的な流行はまた、歴史が示すように、科学者達が困難との闘いに協力して取り組むことから、広範な医療革新や新しいワクチンの開発、医療サービスの進歩を加速させてきた。

14世紀に欧州を苦しめた黒死病は、学術研究によると、政府が感染症の抑制における公衆衛生の重要性を十分認識するようになったため、貧困層の生活・労働環境の改善につながった。

世界での死者数が2,000万~5,000万人に上ったと推定されている1918年のスペイン風邪のパンデミックは、隔離とソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)が感染症の拡大防止に最も有効な措置であることを教えてくれただけでなく、「世界を変えたインフルエンザ」として、公的医療制度の集中管理化の進展を通じて公衆衛生に革命をもたらし、疫学、微生物学および診断法を大きく進歩させた。これは、時の経過とともに、患者ケアを大幅に向上させ今日の現代医学の基礎を築いてきた。

将来には、現在のCovid-19の流行から学んだ教訓が議論されることになるだろう。

過去8ヵ月において、我々はエレクトロニクス時代のソーシャル・ディスタンシング強化を促進する数多くの医療関連の革新を目の当たりにしてきた。例としては、患者対面アプリ、患者向けウェアラブルデバイス(身体の一部に装着可能なコンピュータ)および無線センサー、迅速診断キット、遠隔患者モニタリングなどが挙げられるが、他にも数多くある。

より重要な点として、現在のパンデミックはオンライン・ベースの医療サービス、つまり遠隔医療の採用を加速させてきた。これによって、患者は医師や医療専門家の診療をテレビ会議サービス経由でオンラインにて受けることができ、続く処方薬の受け取りも電子媒体により家で直接行うことができる。

医療提供のデジタル化の推進

確かに、現在直面している世界的な健康危機によって、世界中の医療制度は、感染の脅威を最小化しながら新型コロナウイルスに感染した大勢の患者を治療するために、リソースの優先順位付けと動員を余儀なくされた。 従来の医療制度がストレスに晒されている現在、多くの国では、緊急医療の必要ない患者に非接触型医療サービスを提供する方法として、デジタル技術に頼っている。

実際、遠隔医療は、患者と医師のあいだでCovid-19に晒される可能性を最小化し同感染症の拡大を抑えるのに役立つばかりでなく、医師の直接診療が必要な患者の治療を行うのに必要な病院の貴重なリソースおよび対応可能患者数の逼迫を解消する。

人々にオンライン診療の活用を促すべく、アジアの一部を含めいくつかの国では、遠隔医療の利用者に国民皆保険制度の下での医療費還付が政府によって認められている。

当社では、電話会議やテレビ会議のシステムを通じた受診が、ポスト・コロナ環境においても「ニュー・ノーマル」の一部となり得るとみている。オンライン医療サービスは、その重要性が増すとともに普及および受け入れが拡大しており、アジアの医療制度に革命と拡大をもたらし始めている。

アジアの現在の医療提供モデルは持続可能ではない

リードタイムが長く高コストで利用しづらいという重石を負った今日の集中管理型医療モデルからすると、アジアの将来の医療ニーズを支えるにあたって逼迫が予想される。アジアでは平均寿命が延びていること、また域内の多くの国で人口の拡大と高齢化に伴い医療需要が増大していることも、アジアの医療制度においてストレスが強まる要因となっている。

何よりもまず、1970年の55歳1から2019年の74歳1へと過去50年で20歳近く延びているアジアの平均寿命は、今後も延び続けることが見込まれる。

出生率の低下と長寿化を受けて、若年層に対する高齢者層の相対的規模は大幅に拡大することが確実視されており、アジア地域の医療制度にとってかなりの重荷となっている。

アジアの現在の医療提供モデル(チャート1参照)は、概して以下のような特徴を有している。

  • 医療サービスを利用するのに遠くまで移動しなければならないこと、診療所や救急処置室での待ち時間が長いこと、診断検査が相当遅れること、専門医の診察予約がかなり先まで取れないことから、リードタイム(プロセスの開始から結果までにかかる時間)が長い。
  • 診療、処方薬、診断検査および入院の費用が高い。
  • 対応可能な医師や専門家の数に限りがあるため、大衆が適切な医療サービスを利用しづらい。

これらの障害が地域の人口高齢化によってさらに深刻化していることから、アジアにおける「オールド・ノーマル」の医療提供は長期的に持続できないというのが当社の見方だ。当社では、より利便性が高く、より利用しやすく、より費用が安くてより水準の高いケアをアジアの患者に提供するとともに、一部の国において満たされていない医療需要に応じることができるよう、同地域の既存の医療提供モデルを再考・一新・改良する機会をCovid-19がもたらしていると考えている。

チャート1

新しい医療提供を実現可能とするテクノロジー

デジタル技術は、人工知能(AI)やデータ解析の活用によって、アジアの現在の医療ケア提供モデルを改良・拡大するソリューションを提供できる可能性がある。例えば、病院では、トリアージ(重症度や治療の有無による回復見込みに基づいて患者の治療優先度を決めるプロセス)を通じて患者の治療の順番を決定するのにAIを活用できる。

遠隔医療のようなヘルスケアの技術革新により、テレビ会議システムの接続経由で必要に応じて医師の診察が受けられ、無線センサーを用いて慢性的な病状がモニターされ、便利なことに処方薬が患者の玄関先に届けられるといったように、患者の自宅を実質的に仮想病室とすることが可能となる。

遠隔医療は新しいものではないが、Covid-19の流行が起こるまでは多くの国で普及のペースが鈍かった。しかし、Covid-19のパンデミックによって遠隔医療の利用者の行動に変化が生じ、今では多くの人がデジタル医療サービスを進んで利用している。

eヘルスケアの最前線を行くアジア

遠隔医療の採用曲線において現在アジアが他地域に比べ大きく先を行っているのは、明るい材料だと言える。 中国やインドネシアのように人口の多いアジアの国では、Covid-19の流行を受けて非接触型医療サービスへの需要が急拡大するなか、オンライン医療サービスのインターネット通信量と新規利用者数が最近爆発的に増えている。

例えば、インドネシアでは、2020年3月に遠隔医療提供企業Alodoktorのホームページの延べ訪問者数が6,000万人を超え2、アクティブユーザー数が3,300万人を超えた2。同期間中、同社のアプリのダウンロード数は550万回を超え2、患者と医師のやり取りは75万回超へと増加した2。同社の月間アクティブユーザー数も、2020年4月に3倍に急増して約1,800万人となった2。また、インドネシアの別の遠隔医療提供企業Halodocについても、Covid-19のパンデミックを受けて患者が同社のオンライン医療サービスに殺到したため、同様のアクティブユーザー数急増が報告されている。

アジアの遠隔医療の成長は民間セクターが主導しており、特にそれが顕著なのが中国で、中国平安保険(Ping An Insurance)や騰訊(Tencent)などの有名企業がeヘルスケア・プラットフォームを展開しスピンオフしている。

Covid-19の流行前ですら、アジアのいくつかの国では、この医療提供の新分野において、政府が規制政策や費用還付に関するルールの制定により遠隔医療サービスに対する強力なサポートを示してきた。Covid-19の流行発生以降、政府は還付の拡大によってオンライン医療に対する国の支援を強化している。

一方、テクノロジーを積極的に活用しているアジアの医療機関の多くは、病院の情報システムを改良して医療記録をデジタル化し、デジタル技術インフラを発展させてきているが、これらはすべて、遠隔医療プラットフォームを持続可能なやり方で軌道に乗せるために必要である。また、アジアのeヘルスケア・プラットフォームは、コスト面のハードルを低くすべく、医薬品のリベート(割戻金)や手数料の還付を受けられるよう、オンライン医療サービスの規制面を監督する政府機関との関係構築にも注力しており、その恩恵は消費者に還元され得る。

オンライン医療プラットフォームは、オンライン診療、コンシューマーヘルスケアのeコマースおよびオンライン処方薬販売において持続可能なビジネスモデルを確立するために、スケールメリット、利用者数でのクリティカルマス(商品やサービスの普及が爆発的に跳ね上がる分岐点)、技術的能力を達成することが必要となるだろう。当社の考えでは、アジアの新興国および発展途上国は、テクノロジーを活用しておりインターネットに精通している一方で満たされていない多大な医療ニーズを抱えている人々の層が厚く、遠隔医療企業にとって理想的な市場である。例えば、中国では、オンライン薬局の売上げの薬局総売上高に占める割合が、2022年までに40%と現在の倍近くに拡大すると予想されている(チャート2参照)。

チャート2

アジアの遠隔医療企業

中国のオンライン医療サービス分野における大手企業は、阿里健康(Alibaba Health)3、平安健康医療科技(Ping An Healthcare and Technology)3、そしてまもなく株式上場する微医(WeDoctor)などである。インドネシアの主要遠隔医療企業であるHalodocとAlodoktorは依然として非上場だ。

Alibaba Health Information Technology (0241.HK)

Alibaba Health Information Technology(Alihealth)は、中国のeコマース最大手である阿里巴巴集団(Alibaba Group)のヘルスケア子会社で、中国最大のヘルスケア・eコマース・プラットフォームである。Alihealthは長年にわたって包括的な健康プラットフォームを構築し、医療リソースを統合して中国の医薬品・ヘルスケア業界により良い技術的サポートを提供するとともに、インターネットおよびAIにおけるAlibaba Groupの強みと経験を活かしている。同社は、中国でオンライン薬剤処方や還付に対する規制管理が緩和されることから恩恵を受ける主要な企業の1つだ。

Ping An Healthcare and Technology (1833.HK)

Ping An Healthcare and Technologyは中国のオンライン医療ソフトウェア企業で、オンライン診療、病院の紹介・予約、健康管理およびウェルネス・インタラクション・サービス向けのモバイル・プラットフォームPing An Good Doctor(PAGD)を提供している。同社は中国のオンライン医療サービス・セクターにおけるリーダー企業の1つとなっている。PAGDの登録ユーザーの総数は2019年12月時点で約3億人に上り、月間アクティブユーザー数は6,600万人を超えた。PAGDは社内に常勤の医師チームを有しているが、累積診療データに基づくAIベースの補助診断システムを活用して医師の生産性を大きく向上させている。

WeDoctor

PAGDが病院との協力よりも社内の医師を通じたオンライン医療サービスを主に提供しているのに対して、WeDoctorは病院との連携と還付により注力している。WeDoctorは、患者の健康医療記録を標準化した電子媒体で構築することで、中国の病院によるオンライン医療プラットフォームの確立をサポートしている。また、病院と協力して慢性疾患の管理を行い、家族に一次診療機関の一般開業医を紹介するとともに、国内の地方自治体と協力して医療アライアンス(同盟)を構築している。

主なメッセージ

当社では、アジアにおけるeヘルスケア・サービスおよび遠隔医療の採用の好調な伸びがCovid-19の結果として続き、ポスト・コロナの世界においても同地域での圧倒的な医療サービス需要を受けて加速する可能性すらあるとみている。ヘルスケアにおけるこの長期の構造的シフトを活かすことができるアジアのオンライン医療企業は、ポスト・コロナ時代に成功を収めるだろう。



1 出所:国際連合(国連)経済社会局人口部(2019年現在)
2 出所:CLSA、Deloitte「21st Century Health Care Challenges: A Connected Health Approach」、The Jakarta Post紙
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