本稿は2021年12月17日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
投資環境概観
世界の見通しは依然ポジティブだが、新型コロナウイルスの最新の変異株であるオミクロン株の潜在的影響については、特に政府が海外渡航や一部では国内の移動に制限を加えるなど迅速に対応しているなか、あまりよく分かっていないのが現状だ。また、米FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が最近のコメントで、新変異株への懸念から期待されたハト派的傾向ではなくインフレ圧力への対応として敢えてよりタカ派的な姿勢を示したことも、市場センチメントへのさらなる重石となっている。
主なリスクは、政府の反応関数と最終的に最終需要に影響を及ぼす消費者・企業心理とのあいだで生じる悪循環かもしれない。現時点では反応関数がかなり強いが、これは正常な需要の回復にとってプラスとはならない。今後の数週間は、このバランスにおいて需要サイドが最終的にどうなるかを見極めるのに非常に重要となるだろう。
当社では、最終需要や世界の経済成長について、楽観的であると同時に慎重でもある。各国政府が最新変異株の感染拡大を封じ込めるために積極的に行動している一方で、FRBが緩和政策の縮小計画をペースダウンする方向へ方向転換していないからだ。株式市場は11月下旬に始まった下落分を回復しており、最も不穏な暗雲は今のところ払拭されている。しかし、政府や政策当局によるオミクロン株への対応は引き続き注視していく必要がある。
クロス・アセット*
市場は異次元金融緩和政策の解除のペースおよび度合いに注目し続けているが、足元の政策自体は依然非常に緩和的で世界経済の回復の追い風となっている。とは言え、最近のニュースフローによるとオミクロン株は市場が当初推測したほど懸念すべきものではないかもしれないものの、冬は始まったばかりであり、新たな感染拡大が消費者・企業心理や最終需要の重石となる可能性はある。
政府はつまり、明らかな脅威がないなかで再び規制を加えるなど先制的に対応しているように見受けられ、直面している危険の度合いがさらに明確になるのを待つあいだに経済成長が鈍化する可能性がある。当社ではここ数週間、ポートフォリオ運用においてプロテクションを加えてきたが、その後、当社の運用プロセスの体系的要素が高ボラティリティのさらなる上昇に基づいて警鐘を鳴らしたため、当該プロテクションを解除した。
先進国のソブリン債は利回り上昇のリスクが高まったとの判断から、ディフェンシブ資産に対して慎重な姿勢を強めた。グロース資産のなかでは変更を加えておらず、上場インフラ投資やリートに対して先進国・新興国株式を選好するスタンスを継続する。ディフェンシブ資産内では、投資適格債や先進国ソブリン債よりもハイイールド債および現地通貨建て新興国債券を選好する。金とディフェンシブ通貨・グロース通貨については中立の見方をしている。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながります。
当社の見方
グロース資産
一般的に、グロース資産は政策が引き締められるまで良好なパフォーマンスを見せる。政策当局は異次元緩和政策引き揚げの過程にあるが、これまでの調整は、インフレ圧力の上昇を受けていち早く引き締めを行った一部の新興国を除き、タイトな政策環境を生み出すと言うには程遠い状況である。
とは言え、政策引き締めの見込みは往々にして市場のボラティリティを高めるものだ。しかし、政策が世界の需要拡大の妨げとなるのに十分なほど引き締められるまでは、グロース資産の選好を継続するのが妥当であると考える。重要な点として、中国は他の大半の国々とは異なる道を歩んでおり、最近になって内需を支えるべく政策緩和方向にシフトしている。同国政府の取り組みはシステミック・リスクを低減させることが目的であるため、緩和は限定的なものにとどまるだろうが、それでもこの政策転換は世界の需要を押し上げるのにプラスの効果をもたらす。
インフレは、利益率を圧迫するにせよ政策当局が引き締め計画を加速させる要因になるにせよ、依然としてリスクである。今のところ、利益率は健全な水準を保っており、一方で中央銀行はインフレ圧力(その一部は一過性に終わると予想される)への対処においてまだ忍耐強さを見せている。もちろん、オミクロン株とその感染拡大を抑えるための政府のアクションは世界の需要にとって脅威であるが、ワクチン接種率が高水準にあり世界が新型コロナウイルスと共存する術を学びつつあることから、広範なロックダウン(都市封鎖)は依然考えにくい。
ボラティリティに配慮
当社では通常、景気見通しをまとめるのに経済指標やイベントを読み取るが、時には見落としているものを把握するために市場そのものを読み取る場合もある。この点で、市場のボラティリティはしばしば多くを語り、時には一般的な経済指標からは見えにくい隠れたリスクを明らかにしてくれる。このような理由から、当社では、ボラティリティをポートフォリオのリスク・ヘッジを行うための体系的なトリガーとして解釈するモデルを使用している。
ここ数週間、私たちのモデルの1つが、経済指標に基づくだけでは見過ごしたかもしれない「リスクオフ」の警鐘を鳴らした。確かに、オミクロン株は未知の要素を多くもたらしており(ただし、その点でデルタ株との大差はない)FRBはタカ派寄りの発言をしているが、これは今こそリスクを減らす時期だと示す材料としてはたして十分だろうか。世界はオミクロン株を含めて新型コロナウイルスと共存する術を学びつつあり、また政策もしばらくは緩和的なものにとどまるなど、ファンダメンタルズはリスクが引き続きリターンをもたらすとの見込みを示唆している。しかし、当月、モデルはヘッジするに値するより深刻なリスクが浮上してきている可能性を特定した。
市場自体は理論の逆を行くフェイントだらけで、あや押しが腰の据わらない市場参加者を動揺させ、最終的に一貫したスタンスを貫く者にリターンをもたらしている。十中八九以上の確率で、リスク資産の保有を継続するのが得策であると言える。しかし、市場のボラティリティそのものは、経済指標や日々のニュースフローでは必ずしも捉えられていない情報の輪郭を含んでいる。ボラティリティの構造の測定に用いているモデルは、ポートフォリオのプロテクションが必要となる可能性が非常に高いタイミングを判断するのに有効なツールであると考えている。
当社では、ポートフォリオのヘッジを行うべき潜在的な「リスクオフ」イベントを特定するために、「ジャスト・イン・タイム」(JIT)ヘッジ・シグナルを開発した。このモデルの柱となっているのは、ボラティリティはその元となっている市場自体よりも平均回帰性が高い傾向があるとの前提で、つまり、VIX指数(シカゴオプション取引所がS&P500指数のオプション取引の値動きをもとに算出・公表しているボラティリティ指数)で測ったボラティリティがモメンタムの上昇やVIX自体のボラティリティ、期間構造の歪みなどの組み合わせで見て通常のリスク・パターンを破った場合に、ポートフォリオのリスクを減らすのが望ましい時期を特定できるモデルとなっている。
JITモデルは通常、「割高」なプロテクションは推奨しないが、ボラティリティ指標がそれを正当化する場合、モデルはヘッジ・ポジションのシグナルを示し、ごくたまに最大の「リスクオフ」ポジションを示すことがあるが、それは通常、市場が激しい混乱に見舞われている局面と一致する。11月下旬、当該モデルのシグナルは最大リスクオフに達したが、これが起きたのは過去15年間で10回のみである。
しかし、米国株は一時4%程度下落したものの、その後に最高値を更新した。今回のリスク・イベントは、ヘッジの観点から見ると高くついたが、ネット金額ベースでは損失は発生しなかった。結果オーライとなったが、ヘッジのコストに見合うものだったと言えるのだろうか。当社ではそう考えている。
ヘッジを適用しなければより良いリターンを得られたかもしれないが、「最大リスクオフ」環境でのこうしたヘッジは下方リスクを限定することで恩恵をもたらすことが多く、その例として新型コロナウイルスの感染拡大が最初に発生した2020年序盤が挙げられる。
加えて、その後シグナルはオフに転じヘッジを解除することとなったが、これは当該イベントが重要でないことを意味するものではない。ボラティリティ・ショックは通常、市場への痛手がしばらく続き反響的な広がりを見せる。したがって、当社では警戒を怠らず、今後数ヵ月内に再浮上する可能性のあるリスクのヘッジに備えている。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- 中国を選好:中国の政策当局はついに緩和を行い、経済を活性化すべく預金準備率を引き下げた。以前にも述べたように、政府は規制強化の最悪期がひとまず終わった可能性があることをすでに示唆しており、政策緩和は2021年に最もパフォーマンスが低調な市場の1つとなった同国市場に対する当社の強気シナリオを完結するものである。
- 英国とオーストラリアに対してやや慎重:イングランド銀行とオーストラリア準備銀行がほんの1ヵ月前に織り込まれていたほどタカ派的でないことに反応して市場が調整していくにつれ、株式指数に占める金融セクターの割合が高く中央銀行のタカ派度が後退した場合にパフォーマンスが相対的に悪化する傾向にある英国とオーストラリアについては、下方リスクの可能性がより大きいとみている。
ディフェンシブ資産
ディフェンシブ資産に対してはすでに慎重な見方をしていたが、当月はさらにスコアを引き下げた。市場が緩和的な金融環境の巻き戻しを織り込むのに伴い、世界の債券市場のボラティリティは今年最高水準にまで高まっている。一方で、新型コロナウイルスの新たな変異株の出現が不透明感を強めてもいるが、わかっていることに基づいて考えれば、大半の先進国ではワクチン接種率が高水準にあり、金融・財政政策が引き続き追い風となって景気回復が順調に進んでいる。制約のある供給に対して需要が旺盛であることがインフレ圧力を生み出しており、中央銀行はこれをもう長くは無視できないだろう。
グローバル・クレジットのなかでは、引き続き投資適格クレジットよりもハイイールド債を選好する。最近の投資適格債は、金利のボラティリティがリターンを左右する主な要因となっている。クレジットの質は依然良好でさらに改善しつつあるが、世界的な国債利回りの上昇が金利感応度のより高い投資適格セクターのリターンにとって足枷となり続けるだろう。ハイイールド債はリスク選好度の変化により敏感であるため、グロース資産に対する当社のポジティブな見方がサポート材料となる。非常に困難なコロナ禍を乗り越えてきたハイイールド債の発行体は、強者だけが生き残ってより健全となった環境を利用できる状況にあり、デフォルト率は低水準にとどまるとみられる。
金については、スコアを再び引き上げてより中立的な見方とした。米国ではインフレ圧力が高まり続けており、バイデン政権にとって政治的な障害となっている。これを受けてFRBは、ハト派的スタンスを維持しようとしながらもインフレ懸念への対応を迫られるという、厄介な立場に置かれている。FRBが予想されているよりも早く政策の引き締めを開始すれば、実質金利は上昇すると考えられ金価格にとって逆風となる。一方で、高インフレが続いて金需要を支え、実質金利という懸念材料を相殺する可能性がある。
ドル圏における中央銀行の乖離
様々な政府や中央銀行によるコロナ禍への対応が相当なものであったことは間違いない。先進国が導入した財政・金融政策手段には多くの共通点があるが、一方でその程度については様々であったのも事実だ。世界経済のなかで、米国、カナダ、オーストラリアのドル圏諸国は、これまで揃って概ね同じ戦略に従ってきた。しかし、そのような政策がインフレに与えている影響には、幾分差異が現れてきている。チャート2は、これら3ヵ国における最近のコアインフレ率の推移を示したものだ。当該3ヵ国の中央銀行はいずれも自国経済の下支えに成功したと言えるが、マイナスの副産物の1つとなった可能性があるのは、インフレ圧力がここ何年も見られなかったほど高まっていることである。
コアインフレ率が最も高いのは明らかに米国であり、次いでカナダ、オーストラリアとなっている。これらの年間インフレ率を各国の中央銀行が表明しているインフレ目標2%に照らして判断すると、米国はコアインフレ率が目標の2倍超とまたしても値が際立っている。一方、オーストラリアは、ここ数年間達成できなかった目標にようやく戻ったところである。このようなインフレの水準から今後の金融政策を予想すると、FRBが真っ先に利上げに踏み切ると考えるのが妥当かもしれないが、実際にはそうはなっていないようだ。
チャート3は、市場に織り込まれている中央銀行の政策金利を1ヵ月後から3年後まで示したものである。幾分意外なことに、今後3年間の金利の先行き予想は、米国が最も緩やかなペースで最も低い水準にとどまっている。FRBの最初の利上げが予想されているのは2022年6月頃で、その後2023年に1.5%でピークに達する。最もアグレッシブなのはカナダ中銀の先行きで、最も早く利上げに動くとともに、ピーク水準も2%超と最も高くなると予想されている。そしてオーストラリア準備銀行は、引き締め開始は最後になるものの、その後米国を追い越し1.75%強でピークを迎えるとの予想になっている。
中央銀行による金融政策の検討に影響を与える要因は数多くあるが、消費者物価の低位安定を維持することは通常、最重要事項である。ドル圏諸国のインフレ率という観点からすると、予想される中央銀行のアクションの織り込みに見られる相対的な差異は、これらの国々における実際のインフレの水準と矛盾しているように思われる。しかし、このような矛盾は投資家にとって機会の源ともなり得る。現在のインフレ水準と市場が示唆している中央銀行の政策金利の先行きが乖離していることから、米国の金利がオーストラリアとカナダ両国の金利に対して相対的に低すぎるように当社には見受けられる。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 中国債券を依然選好:中国の国債は、より高い利回りをより低いボラティリティで提供しており、中国人民銀行が徐々に政策を緩和していることも追加的な追い風となっている。
- ドル圏債券のポジションを縮小:市場はドル圏中央銀行の引き締めサイクルが非常に緩やかで浅いものになると示唆しているが、インフレ圧力は根強く、一層の注視が求められるとともに、見通しをそれほど穏やかではないシナリオへと見直す必要があるだろう。
- TIPS(米国物価連動国債)がアウトパフォーム:米国のインフレ指標は堅調な推移が続き、年間インフレ率がピークに達するのはまだこれからとみられる。インフレ・ヘッジに対しては強い需要が続き、結果としてTIPSが固定利付米国債に対してアウトパフォームすると予想している。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
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