当レポートは、英語による2022年10月13日発行の英語レポート「「Investing in a multipolar world」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
困難な市場動向には機会も内在
インフレが依然高止まりし、中央銀行は金融政策の引き締めを急ぎ、欧州ではエネルギー危機が深刻化、中国の成長も鈍化しているなか、経済成長の見通しが暗いことは容易に想像できる。しかし、こうした厳しい展開においては、往々にして不安心理や混乱による過度なミスプライシングに隠された機会も存在する。
確かに米国連邦準備制度理事会(FRB)は株式市場と債券市場の両方にバブルをもたらしたが、こうしたバブルは概ね収束しており、バリュエーションはよりファンダメンタルズに沿った水準となっている。しかし、すべてがそうではない。いずれにせよ、世界は変化しており、価格発見のためには、脱グローバル化を原動力としたより根強いインフレ動向を考慮しなければならないだろう。細かに調整されたグローバルサプライチェーンは安価な商品の供給を可能としてきたが、必然的に再構成を迫られており、これまでとは反対方向へ進む道のりにおいて投資機会だけでなくリスクももたらしている。
従来のマルチアセット投資アプローチでは、過去平均への回帰を予想するかもしれない。しかし、そのような期待は続かない可能性がある。多極的な流れに対応してボラティリティや相関関係がシフトし、「安全資産」という概念自体も変容していくなか、十分にリターンを追求するとともに、バックワード・ルッキング・モデルには必ずしも表れないリスクを軽減していくためには、フォワード・ルッキングかつ適応的な思考が求められる。
我々は通常とは異なるリスクを目の当たりにしている一方、主には中国だが、その他にもより広範な投資機会を見出している。地域によるものもあれば、セクターや銘柄固有のものもある。それらは世界の今後のニーズを捉えており、その道のりにおける厳しい状況を乗り越える準備も整っている。我々は先に目を向け、必然的に訪れる過去平均への回帰までじっと待つのではなく、先に目を向けていく方針である。これには、リターン目標を達成するとともに十分なダウンサイドプロテクションを確保していくための適応的なリスクテイク・アプローチが求められる。
多極化世界への適応
脱グローバル化が加速している。2018年に始まった米中貿易戦争を発端とする脱グローバル化の動きは、地政学的緊張の高まり、新型コロナウイルスの流行、ロシア・ウクライナ戦争によって悪化の一途を辿っている。サプライチェーンにおいては友好的な同盟国への入れ替えが進められており、国家安全保障の名目で多くの生産機能の国内移転も進められている。これには投資が必要となり、それ自体は良いことであるが資源も必要となる。また、一部の分野では痛みを伴う経済の調整も余儀なくされる。
その影響は計り知れない。米国の消費者は中国からの低価格商品を大いに消費し、中国は実質賃金上昇の恩恵を享受、また、ヨーロッパはロシアからの安価なエネルギーの恩恵に浴して中国や他の地域向けの製品を製造してきた。こうした共生的なデフレ動向は巻き戻されつつある。
脱グローバル化はインフレをもたらす。それが特に顕著となるのは、移行を実行していくために求められる投資において、また、原材料として必要とされるコモディティを入手するために求められる投資においてである。後者については、最終的な需要に対応するための生産能力拡大に向けた投資が欧米諸国において根本的に不足している。長期的には、投資の拡大が成長をもたらし生産性を向上させることになり、それがディスインフレ要因となるが、これには時間がかかるとみられる。各国の政策当局は現在、こうした変革的シフトの到来に対応する政策の設定が遅れている。
東側諸国では、そうした移行が比較的容易であるとみられる。これまでのところ、対ロシア制裁は意図した結果をもたらしておらず、ロシアが屈するほどに輸出を顕著に妨げられていない。また、新たな同盟が形成されつつある。中国は、10年以上にわたって経済の調整を進めており、インフラや不動産投資への依存を減らすとともに、バリューチェーンの上流へと登るための質の高い投資、そして外的ショックの打撃を受けにくい、より自律的な成長をもたらすための消費の増進により大きな比重を置いてきている。ただし、その道のりは終わっておらず、その過程において痛みを伴う調整を進めており、それはこの先も続くとみられるが、求められる最終形態に沿ったより正しい方向へ向かっているように見受けられる。
インフレ抑制への長い道のり
米国では、過剰在庫や非常に高水準で推移していた企業収益の減少を背景にインフレの失速が予想されているが、新たな多極化の流れを踏まえると、インフレ率が過去平均の2%程度へと回帰する可能性は低いだろう。もしリセッション(景気後退)が訪れる場合はインフレがすぐに減速する可能性もあるが、「インフレを伴わない」成長への回帰は、前述した多極化の動向により達成困難とみられる。
米国は調整を迎える態勢がより整っていると、我々はみている。実際、各国中央銀行は金融政策の引き締めを継続し、解消する必要のある過剰流動性を吸収していく見通しだ。しかし、新型コロナウイルス流行を受けた大規模な景気刺激策のおかげで、世界は依然として流動性で溢れている。民間セクターのバランスシートは引き続きかなり健全であり、2007年~2008年当時のような信用拡大主導のバブルとは幾分状況が異なることから、景気減速が長期化するリスクはおそらく軽減されている。ただし、そうした状況に対して政策当局が講じなければならないのは、投資を促進して生産性を向上させる措置であって、過去長年続けられてきた(または現在も続けられている)インフレ圧力をもたらす消費下支えを目的とした伝統的景気刺激策ではない。
欧州では、インフレをさらに加速させているエネルギー危機を含め、当面の痛みを和らげるための政策協調がより早急に必要とされている。おそらく欧州のグリーンエネルギー施策は長期的に機能するとみられるが、ある意味、欧州と米国は共通のニーズに対応していくために政策を調整する必要があるだろう。それは、主に米国、カナダ、石油輸出国機構(OPEC)の従来型(時としてグリーンでない)エネルギー生産能力の拡大を通じて、当面のエネルギーニーズへ確実に対処していくことである。
中国・ロシア共同体や、より安価なロシア産エネルギーの取引に参加している国々は、新たな多極化体制において引き続き天然資源が比較的豊富な側にいることから、インフレ圧力に晒されるリスクはより低い可能性がある。中国にとっての課題はよりバランスのとれた成長への移行である。これには、不動産市場の安定を回復させることや、現在拠り所となっているものの減少が見込まれる(米国がリセッション入りする場合には減少が特に深刻化するとみられる)輸出需要への依存を低減させることなどが含まれる。
リスクプレミアムの上昇、ボラティリティ、相関関係の変化
各国中央銀行は、緩和的政策の終了、特に量的緩和から量的引き締めへの転換を通じて、市場に価格発見機能を戻しつつある。このことは金利市場で最も鮮明となっているが、割高な水準にある株式など、他の資産クラスにも波及している。
先進国国債は、(紙幣の増刷が可能であることなどから)デフォルト率が極めて低いという意味で伝統的に安全資産と考えられてきた。しかし、インフレの先行き不透明感という新たな要素にはリスクプレミアムが求められており、それは十分に織り込まれていない可能性がある。米国債利回りが10年物で3%の水準にあることは、インフレが落ち着いていた過去10年間では魅力的に映ったかもしれないが、足元のインフレ動向からすると魅力度はかなり見劣りするように見受けられる。足元のインフレ率は、「正常」なインフレへの回帰の道のりが不透明だった頃に達成しようとしていた水準を大幅に上回っているからである。FRBによる引き締めが過大であるか過小であるかは事後的にしか分からないことであり、このことは先進国債券を様々な点において「よりリスクの高い」資産としている。つまり、デフォルトリスクは低いが、不透明感の高まりを受けてボラティリティが大幅に高まりやすくなっている。
また、利回り上昇は、資本コストの上昇を招くことからエクイティ側のリスクプレミアム上昇にもつながっている。そして、このことは株価収益率(PER)の高い株式がさらなる下方調整のリスクにさらされていることを意味している。今年に入ってからこれまでまじまじと目にしてきた光景だ。金利の軌道は、株式市場のグロース分野の適正価値を左右する重要な要因になり続けるとみられる。一方、景気減速が見込まれていることから、企業収益が主なリスク要因であることは確かである。
債券とグロース株はリスクプレミアムが並行して拡大しているため、正の相関関係が続くことになり、従来型マルチアセット・ポートフォリオのもたらすプロテクション効果は低下するとみられる。もしリセッション入りする場合は債券に投資機会があるかもしれないが、これは、インフレが目標値に向かって(十分に)減速したかどうかという点に関するFRBの反応関数次第となることから微妙なところとなるだろう。より重大なリスク要因は、金融緩和を試みても単にインフレ動向を再燃させてしまう可能性があることである。そうなればFRBは景気が十分に回復する前に引き締め転換を迫られ、1970年代と似ていなくもない状況に陥る。
つまり、伝統的な先進国のデュレーション・エクスポージャーをもたらす資産は、時間を要するとみられるがインフレの流れが完全に落ち着くまで、安全資産としての効果が低下した状況にあるのだ。一方、中国ではインフレ動向がはるかに好ましい状況にあるとともに、中国人民銀行は政策ミスの可能性がより低い正統派の金融政策を堅持している。他の新興国の中央銀行についても、より従来型の金融政策運営を行っており、利回り追求の機会をもたらしているが、国内市場が外需に依存しており、ドル高やタカ派姿勢のFRB、世界経済の成長鈍化の影響を受けやすい状況にあることから、ディフェンシブ性はより低い。
システミックな危機のリスク
主要なリスクとなっているのは進められている政策引き締めのスピードであり、また、民間セクターのバランスシートはそれほど危険な状態にない様子である一方、公的セクターのバランスシートは膨れ上がってきている。特に欧州は、過去10年にわたってEU(欧州連合)を安定化させるために量的緩和へ大きく依存してきたことから、緩和政策の解消を急ぎ過ぎている恐れがあるように見受けられる。
欧州の経済成長はすでに鈍化しており、エネルギー危機も継続している。ECB(欧州中央銀行)は金融引き締めと並行して積極的に中核国と周縁国間の相対的なスプレッド水準の管理も積極的に試みている。これは新たに創設されたツールだが、より高い信用力を求めて周縁諸国から中核諸国へ向かう投資資金の流れを阻止するには十分でないかもしれない。
日本についても、ほぼ世界中で進められている金融政策引き締めの流れに逆行し、緩和政策を維持しており厳しい状況に置かれている。円は年初来ですでに大幅に下落してきており、日本国外の金融政策が一段と大幅に引き締められる場合は下押し圧力が強まりかねない。
そうしたシステミックな危機が生じればデフレ・ショックにつながり、FRBの金融引き締め路線を中断させる可能性がある。これは、米国経済の健全性にとって外的事象の色合いが強いとみなされる場合、短期的には株式の強気材料となるかもしれない。しかし、米国は外的ショックの影響を免れるわけではなく、金融緩和が実施されればショックは緩和されるかもしれないが、インフレ動向が解消されることにはならず、最終的には一貫性のある政策によって同問題を解決していくことが求められる。
多極化世界における適応的マルチアセット投資アプローチ
マルチアセット投資家の役割は変化しつつあり、過去のボラティリティや相関関係の標準的パターンを頼りとしていてはポートフォリオを防衛できない可能性があるほか、安全資産のリターン特性や概念も急速に変化している。さらに、我々は目標リターンの達成とダウンサイドリスクの軽減を追求しながらも、購買力の維持という顧客のニーズも認識している必要がある。
足元において、我々は先進国債券よりも中国債券の方がより安全な資産とみており、依然として株式と負の相関関係にありプロテクションとして機能している場合にはデュレーションリスクもとっている。金についても、上昇傾向にあるシステミックリスクや地政学的リスクなどに対する防衛資産となるが、FRBの金融引き締めを受けた実質利回り上昇による逆風に晒されている。
資産の成長に向けては、欧米の景気サイクルの影響を比較的受けにくいディフェンシブ株を有望視している。財務基盤が強固でキャッシュフローが安定した、クオリティの高い企業を選好しているが、株価が割安なものを特定するのは難しい状況にある。ただし、投資機会は顕在化しつつある。バリュー資産については全般的に選好している。
コモディティ関連株式は、インフレヘッジとしての役割に加えて、収益が好調でバリュエーションが非常に割安なことから、ポートフォリオにおいて重要な役割を果たしている。難点はボラティリティが高いことであり、リセッション入りリスクが高まっているとみなされる場合や金融システム全体へのショックが発生する場合にはそれが特に顕著になるとみられる。したがって、リスクを注視していく必要がある。
特にポジティブな見方をしているのは中国株式だ。中国当局はインフレを抑制できており(ロシアとの同盟関係を通じてより安価なエネルギーにアクセスできることが追い風)、また、正統派の金融政策を実施しているとともに、持続性のない信用の急拡大ではなく伝統的な手法を用いて持続可能な成長を促進している。不動産市場が引き続き逆風に晒されていることなど、政策運営において大きな難題に直面していることには確かに注意しているが、銀行システムは健全で、そうした状況に対処している。つまり、中国は持続可能な成長に向けた確かな道のりを進んでいるのだ。もし、中国がそれに成功すれば(我々は成功するとみている)、投資機会の範囲は相当広がることになる。
欧州と米国は現状をなんとかしなければならない。中国は10年以上にわたって経済の構造改革を進めてきているが、一方で欧州、そして欧州ほどではないが米国も消費主導型から投資主導型の経済モデルへとシフトする必要がる。そうすれば最終的にインフレ圧力は和らぐとみられる。一方、非伝統的な金融緩和策の巻き戻しは困難な道のりとなり、資本家やリスクテイクの視点において消化されるまでに時間がかかるだろう。こうしたシフトは需要に広範な影響を及ぼすことになる。
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