本稿は2022年10月18日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

多少の状況緩和で刈り入れ時を迎えるとみられる投資機会が拡大

投資環境概観

各国中央銀行による引き締めが影響を及ぼし始めており、世界の金融システムの逼迫化をもたらしている一方、それに比べてインフレ圧力の緩和効果は明確に表れてきていない。政策当局者は戸惑い始めている。まず初めに日本が円を下支えするべく1998年以来となる為替介入に踏み切り、続いてBOE(イングランド銀行)は、英国の新政権による軽率な財政緩和を受けて高まった英国年金制度への圧力を緩和すべく、再び量的緩和を実施(そして、予定されていた量的引き締めを延期)した。当社では、引き締めの度合よりも、実行のスピードの方をより懸念していた。「意図せざる結果」となれば、そうした政策によって解決しようとしているものよりも大きな問題をもたらし得る状況にあるからだ。

先行きについては非常に慎重な見方を維持している。エネルギー分野を中心とする供給不足によってインフレ圧力が一段と高まり続けており、一方で中央銀行は、構造的問題の解決策とは(ほぼ必ず)ならない効果の弱い需要抑制策を用いている。インフレ圧力が緩和し、おそらくリスク資産に一時的な救済をもたらす可能性はあるものの、厄介な供給サイドの問題に対する長期的な解決策がみえてこなければ、政策当局は当面の状況を落ち着かせることも難しいだろう。危機を回避することはできるものの、そのための取り組みはインフレを十分に抑制するための措置を長引かせるだけとなる。

インフレ圧力は根強く続くとみられるが、品目によっては依然としてインフレ圧力の緩和が見込まれるほか、労働市場は逼迫度低下の兆候をみせ始めている。RBA(オーストラリア準備銀行)は利上げを0.25%にとどめ、0.50%の利上げを予想していた市場を驚かせた。したがって、おそらく米FRB(連邦準備制度理事会)を含め他の中央銀行も、金融引き締めのペースを緩める理由を見つけることができるかもしれない。ペースを緩めればドル高が緩和され、この先の経済成長環境の改善が期待される。資産価格が著しく下落していることにより、投資機会は増えてきている。これらの投資機会は、状況が多少緩和すれば刈り入れ時を迎えるとみられる。

クロス・アセット

当月は、グロース資産とディフェンシブ資産の両方のスコアのマイナス幅を若干拡大した。引き続き金融環境のタイト化が加速しており、金利、実質利回り、ドル高の上昇ペースが増していることで、世界中の市場においてグロース資産とディフェンシブ資産の両方に対する圧力が強まっている。FRBがタカ派的な姿勢を示しているなか、多くの投資家は引き続き、何らかの金融緩和が実施されることをどこかで期待しているが、これまでのところそうした兆しはほぼない。FRBは断固とした姿勢を維持しており、最新のSEP(経済・政策見通し)においてターミナルレート(政策金利の最終誘導目標)を引き上げるとともに、金利の高止まりがより長期化するとの見方を示した。

過去の引き締めサイクルは新興国全般のリスク上昇をもたらす傾向にあったが、今回、市場の懸念の強まりを招く類の「持続不可能な不均衡」を露呈しやすいのは英国などの先進国の方である。利上げが十分に進んでいないとともに、減税やエネルギー費補助金などによる政策ミスの可能性が潜んでいる状況は、インフレを抑制するために需要を鈍化させる必要があるということと根本的に矛盾している。特に英国については、悪化している経常赤字を賄うために海外から資金を呼び込む必要がある。これはよく耳にするフレーズだが、通常は新興国に関して言われるものだ。世界の経済成長は依然として有意な減速を示しておらず、雇用市場も大半の国において逼迫した状態が続いていることから、近いうちにそうした動向がシフトしてインフレ圧力の緩和が進み始めるという展開は想像しがたい。

当月は、グロース資産のスコアを据え置くとともに、インフラやリートなどのディフェンシブ・グロース・セクターをやや選好する姿勢を維持しながらも、ポートフォリオにおいて株式エクスポージャーのディフェンシブ色を強めつつある。ボラティリティのオプションは比較的割安であることから、強力な下方プロテクションを維持しつつ、ディフェンシブ・セクターや高いクオリティを原動力とするセクターの上方ポテンシャルを取り込める態勢も維持することが得策であるとみている。ディフェンシブ資産については、先進国ソブリン債に対するポジティブな見方を維持する一方、バリュエーションがより割安で政策ミスが生じる場合にヘッジとなりやすい金のスコアを引き上げた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながります。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

マルチアセット投資の世界では、インカムとグロースの組み合わせによって目標リターンが達成される。1980年代前半以降は、債券と株式の両方が非常に割安な水準にあるなかでインフレがピークを打っていたことから、それはかなり単純明快な任務となってきた。40年間にわたり、インフレとマクロ経済のボラティリティの低下は債券と株式を下支えした。最初の頃はハイイールド債から始まり、後にはリスクプレミアムの縮小を通じたキャピタルゲインをより頼りとした状況へとシフトしていった。2022年は、インフレの加速とマクロ経済のボラティリティの高まりを受けてリスクプレミアムが上昇傾向を辿っており、目標リターンを達成するためにはマルチアセット投資の考え方とポートフォリオ構築方法の転換が求められている。

債券利回りの上昇は、ポートフォリオのインカム部分にとってプラスとなっているが、足元のデュレーションは、金利上昇局面下でリスクに見合うリターンが見込まれず、また、目下のインカム水準では依然として購買力に対するインフレの影響を相殺するには至っていない。グロース資産はバリュエーションの魅力度が高まっているものの、マクロ経済面の逆風が吹き、リセッション入りのリスクが高まっているなか、企業収益にとっては厳しい状況が続いている。したがって、景気サイクルの影響を受けにくくインフレの影響を除いても実質的に成長を遂げている資産を求めるとともに、リスク軽減のツールを拡充していかなければならない。

当レポートではこれまでも、金利上昇やインフレ高止まりに対して自然とヘッジ効果を発揮するグロース資産として、バリュー寄りの株式やコモディティ関連株を保有する利点について議論してきた。そして、引き続き後者はバリュエーションが魅力的であるだけでなく、供給面の構造的制約を背景として企業収益も好調に推移していることから特に投資妙味がある。しかし、どちらの株式資産クラスも景気サイクルの影響を受けやすく、各国中央銀行が引き締めを続けるなかで景気サイクルはますますリスクに晒されているようにみえる。

足元の環境下において実質ベースでプラス・リターンを達成するためのポートフォリオ構築のカギは、引き続きバリュー重視の姿勢を維持すると同時に、負の相関関係にある資産や、割安な下方プロテクションをもたらしアップサイドも期待できるヘッジ戦略を通じて景気減速によるリスクを軽減することにある。そうしたヘッジ戦略は、長期的に実質ベースでプラス・リターンをもたらすことが期待され、最終的には顧客の投資目標達成に向けた長期的なパフォーマンスの原動力となる。

成長が減速しインフレが高止まりするなかでのリスク軽減

マルチアセット戦略は必然的に、ボラティリティをめぐる状況の変化や相関関係のシフトに適応していく必要がある。今年は債券・株式間の相関関係が明確にシフトしている一方、ボラティリティは両資産クラスにおいて大幅に上昇している。したがって、過去長年にわたりバランスのとれていた戦略はもはやリスク軽減を期待できる戦略ではなくなっている。この新局面はしばらく続く可能性があるとみている。上昇するリスクと逆の動きをみせ続けている資産の1つは米ドルで、今年は負の相関関係を発揮する最も安全な資産となっている。

チャート1

ここ数十年間の歴史において、成長減速懸念はディスインフレ(またはデフレ)につながってきたことから、米国債と米ドルは正相関となっていたが、足元ではインフレが加速していることからこれが債券には当てはまらなくなっている。一方、ドル高の支援材料となることは変わっていない。世界の準備通貨である米ドルは、中央銀行による引き締めや成長の減速が追い風となり続けている。各国中央銀行による引き締めが完了に近づき、経済成長が鈍化するにつれ(なお、中国は(最終的に)「ゼロ・コロナ政策」を解除するのに伴い成長が加速する可能性がある)、米ドルは2023年中にピークを迎えると予想している。しかし、当面、米ドルは負の相関関係を維持しプロテクションをもたらす資産となり続けている。

当レポートでは今後、リスク調整後リターンを向上させると同時にコストを軽減するオプション戦略など、他の手法について検討していくことにする。概して、プット・オプションをロールオーバーしていく戦略は、提供される下方プロテクションに比べて保険料が高くつき、長期的にパフォーマンスを損なうという単純な理由から負ける戦略となるのだが、そうしたプロテクションは、実現ボラティリティが上昇している現在ではコストが低下しており、また、単純にプットをロールオーバーするプログラムに比べてコストを大幅に削減する手法も存在する。加えて、一部の現金資産の投資機会については、より大きい下方リスクをもたらす金融商品によるヘッジが可能である。これは、実質的にリスクが大幅に低減されたレラティブ・バリュー型の投資機会を提供している。また、パフォーマンスの向上とポートフォリオのリスク軽減に役立つことが期待されるボラティリティのロング(買い)を特色としたオルタナティブ戦略についても検討していくつもりである。今後もご注目いただきたい。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 依然バリュー株を選好:バリュー株の方が長期での上方ポテンシャルが高いと考えており、また、エクスポージャーや他のポートフォリオ・プロテクション戦略の選択を通じて、現サイクルに対するリスク軽減を図っている。
  • コモディティ関連株に対して慎重ながらもポジティブな見方:十分に分散されたコモディティ関連株を適切な規模で組み入れていく方針であり、同時に負の相関関係にある戦略を通じてリスクを軽減する。
  • 米ドル・ヘッジ:米ドルは、負の相関関係を示す資産としてグロース資産のリスク軽減に適している。

ディフェンシブ資産

ソブリン債に対して慎重な見方をしていることに変わりはない。各国の中央銀行は、インフレ圧力を抑制しようと積極的な金融政策の引き締めを継続している。先進国の大部分にわたって債券利回りが依然上昇しており、幾分意外ながら新興国ソブリン債の方が相対的に堅調に推移している。米ドル高の進行は新興国の金融環境を圧迫することから、米ドル高がピークを迎えつつあるかもしれない明確な兆しを待ってから新興国債券の相対的に高い利回りを取り込んでいく方が得策とみている。

ソブリン債のリターンは明らかに苦戦しているが、社債においては金利上昇による打撃が増幅されており、スプレッドの拡大やリスクセンチメントの悪化が進んでいる。インフレ圧力が抑制されるほどに世界の需要が鈍化するにつれ、信用スプレッドは引き続き圧力に晒されるとみられる。信用力は依然健全であるものの、需要が鈍化して失策の許容余地が減っていくなか、そうした状況は変わっていく可能性が高い。こうした環境下、相対的に安全性の高いソブリン債を選好する。

金は、実質利回りの上昇や米ドル高といった逆風に直面してきた。しかし、その一方で、ウクライナでは戦争が続いており、終わりがみえない様子であるなど、地政学的リスクも多い。中央銀行による積極的な引き締めが続いており、意図せぬ結果を招くリスクもあることから、金に対する需要は引き続き堅調に推移するとみられる。

英国の政策ミス

政界のリーダーたちにビジョンや信念が欠如していると嘆かされることはしょっちゅうだが、最近英国で目の当たりにしたような左派政治への転換が適切となるタイミングや場面はある。金融市場の目には、英国の政府予算がすでに逼迫しているところに、このタイミングと場面でさらに減税と支出を組み合わせた拡張的な財政政策を打ち出すことが適切でないことは明らかと映っていた。BOEは、金融政策を引き締める必要性を他の中央銀行よりも早く認識し、2021年12月に利上げを開始した。それ以後、需要を鈍化させインフレ圧力を低下させることを目標として、BOEの毎回の会合で利上げが実施されてきた。こうした局面における財政政策の大幅緩和は、金融環境の引き締めに向けたBOEの取り組みと明らかに矛盾している。

市場の反応は速く、英国資産の保有者に痛みをもたらした。9月23日に政府が新しい「成長計画」を発表したことを受けて、ポンドと株式市場は急落し、英国債利回りは急上昇した。チャート2が示す通り、英国債10年物利回りは大幅に上昇し、同計画の発表後3日間での上昇幅が1%にのぼり、同等年限の米国債利回りを0.22%下回っていた状態から一気にそれを0.56%上回る水準へ達した。9月28日にBOEが介入に踏み切り、英国債市場の機能不全に対処するために一時的な長期国債購入オペを発表すると、市場は多少落ち着きを取り戻した。


チャート2

同プログラムは臨時的な性質のものであって期間が限られており、2週間半後の10月14日に終了が予定されていた。当初、BOEは1日当たりの買い入れ上限を50億ポンドとしていたが、後にそれを100億ポンドへと引き上げた。また、同プログラムの対象も拡大され、物価連動国債やさらなる流動性を供給するために新たなレポ・ファシリティが含められた。すべてはLDI(年金負債対応投資)業界の「救済」の名のもとに、BOEと政府間の対立関係に気を取られることは避けて便宜を優先した格好である。そうした発表内容であったが、チャート3をみるとBOEによる実際の買い入れ動向がわかる。

チャート3

注目すべき重要なポイントは、BOEの買い入れプログラムは最初の2週間において1日当たりの上限額に近づいたことが一度もないということだ。しかし、介入発表を受けて、BOEによる実際の買い入れが期待外れのものであったにもかかわらず、英国債利回りは好反応を示した。ただし、こうした状況は続かず、(当社の見解の通り)BOEが本腰でないとの見方が市場で広がり始めると英国債利回りは再び上昇した。ボラティリティを低下させ、長期国債のプライシングを適正価値へと誘導するのではなく、BOEは国債の値動きを市場に委ねているように見受けられた。市場が正常に機能している場合は妥当な方策となるが、市場が機能不全に陥っている場合には得策ではない。こうした一連の動きが行きつく先として、最終的には、市場介入よりも、政府とBOEの協調的な政策対応により、経済の繁栄とインフレの抑制という2つの目標に取り組むことがより重要になるとみられる。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • デュレーション・リスクは依然高い:各国中央銀行は政策金利の引き上げを継続しており、イールドカーブは世界各国の金融政策におけるターミナルレートを未だ十分に織り込んでいない。
  • クレジット物に対してソブリン債を選好:世界的な金融政策の引き締めが世界経済の成長減速をもたらすにつれ、企業の信用クオリティに対する圧力が強まるとみられ、スプレッドの拡大が続く可能性がある。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。