本稿は2022年11月21日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
株式のリリーフ・ラリーが示す市場の牽引役交代、最近のドル高環境に変化の可能性
投資環境概観
米国債利回りがピークを打ったと宣言したい投資家たちは、パウエル米FRB(連邦準備理事会)議長が利上げの一時停止やペースダウンを示唆するのに消極的であることに不満を募らせている。しかし、金融環境をタイトに維持して需要を鈍化させインフレを減速させたいというFRBの意向を考えれば、同議長がハト派転換を示唆するとは考えにくい。今のところ、労働市場は堅調さを維持しており、ベース効果によるインフレ減速を示す証拠も乏しいことから、金融政策の積極的な引き締めは依然として賢明な対応と言える。注目すべき点として、11月のFOMC(連邦公開市場委員会)後の市場の反応からすると、パウエル議長が利上げ一時停止や政策スタンス転換といった神話を払拭しようとした8月後半の会合時(結果としてS&P500指数は9月末にかけて14%超下落)ほどは、方向を見誤ったポジションは積みあがっていなかったようだ。
システミックな混乱の深まりは別として、売り手がいたとすればすでに売却済みであった可能性が高く、市場参加者の多くは、ほぼすべての資産クラスにわたって悲惨な展開となった1年の下落分を市場がいくらか巻き戻すことになるなら取り残されないようにしようと、リスク選好度回復の兆しを待ち望んでいる。この前提に立つと、市場が神経質になっているのは意外ではなく、ショート・カバーでさらに上昇する可能性があると当社ではみている。大手テクノロジー企業の業績は芳しくなく、「安全資産」としてのうわべは崩れてきているようで、バリュー株や嫌われてきた投資機会へのローテーションが続くものと思われる。中国がまもなく海外からの入国受け入れを再開するのかどうかについては、当社ではまだ当てにはしないが、いずれそうなればその後数ヶ月の投資機会を変えることになるだろう。
ドルは、米ドル指数で見ると、歯止めのかからない上昇ぶりとなっている。FRBによる金融引き締めと世界経済の成長鈍化を受けて、また部分的には米国が「相対的に悪材料が最も少ない」との認識もあり、同指数は年初来で16%上昇している。しかし、極端にタカ派的な見方が市場に織り込まれており、また多くの投資家がもう中国に見切りをつけていることから、ドルのシナリオは変わる可能性がある。ドルのピークは近いとみられ、そうだとすればリスク資産にとって強気材料となり得るが、市場の牽引役となるのは過去10年の勝者ではないだろう。
クロス・アセット*
当月は、グロース資産とディフェンシブ資産のスコアをともに若干引き上げて、マイナス幅を縮小した。グローバル株式市場には安堵感が広がっており、グローバル債券の利回りは直近の高水準からやや戻している。興味深いことに、株式のリリーフ・ラリー(安堵感からの相場上昇)は昨年夏に見られた同様の上昇から牽引役が大きく変わっており、今回は、特にエネルギー・セクターのパフォーマンスが大きく回復するなかで、バリュー・セクターがグロース・セクターをアウトパフォームしている。何が変わったのだろうか。一つは企業収益で、大手テクノロジー企業は引き締めサイクルと需要の鈍化に対する脆弱性がついに露呈した。一方、バリュー色の強いセクターは「依然そこそこ堅調」な需要が自然な追い風となっている。
エネルギー・セクターについては、収益が大幅に伸びているなかで需要に減少兆候はほとんど見られておらず、一方で供給は①OPEC(石油輸出国機構)プラス(OPEC加盟国とロシアなど非加盟主要産油国で構成する組織)による減産決定、②11月に見込まれる米国の戦略石油備蓄放出の終了(または大幅削減)、③ロシアの石油輸出への価格規制に伴って12月に見込まれる世界的な原油供給削減といった要因から依然抑制されている模様である。これは原油価格にとって強気材料だが、インフレ抑制を目指す各国中央銀行の仕事をより困難にする可能性もある。中銀に引き締めペースを緩める用意はあるかもしれないが、最終的に需要を軟化させるためには依然タイトな金融環境が必要である以上、いかなる政策転換も考えにくいだろう。もちろん、今後の先行きはまだまだインフレ統計に左右されるところが大きい。
グロース資産のなかでは、上場インフラ投資およびリートのスコアを引き下げ、その分、その他の株式資産クラスのスコアを等分に引き上げた。英国の年金基金による売りが引き金の一つとなってボラティリティが急激に高まっているなか、当社では足元の株価の混乱がいずれ正常化するのに伴いアウトパフォームすると見込まれる投資機会を探求している。ディフェンシブ資産については各資産クラスの相対スコアを変更せず、引き続き先進国ソブリン債と金を選好する一方で、ハイイールド債と投資適格クレジットに対する慎重なスタンスを維持している。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
株式市場は「希望」のもたらす躁鬱的状態が続いており、経済統計やFRBの発言によって希望が打ち砕かれたかと思えば、過度な悲観ムードが市場に織り込まれたとみられるところに妥当な「それほど悪くない」経済統計が出ると、新たなセンチメント・サイクルが始まって希望が再び生まれる、といった状況を繰り返している。この点において、「破壊と再生」の順序は重要である。当月、パウエルFRB議長は、利上げの方針転換あるいは少なくともペースダウンが近いのではという最後の望みを打ち砕くことに躍起になっているように思われた。しかし、この希望が打ち砕かれたことで再生の種がまかれ、インフレ指標が改善の兆しを示すと目を見張るような相場上昇が起きた。こうして躁鬱サイクルは続いている。
当社では依然、2023年にかけての米国株式について慎重な見通しを持っているが、「希望という名の魔法使い」が瓶から出てきたため、上昇相場が続いても意外ではないと考えている。複数のFOMCメンバー理事が当該インフレ指標について「1回のデータにすぎない」とクギを刺しているものの、魔法使いは当面瓶の外に出たままであり市場をさらに押し上げ得る。強気材料はもう1つある。ドルはついにピークを打つ、あるいはすでに打った可能性があり、そうだとすれば2023年にかけてリスク資産の追い風となる。
ドルがピークを打った兆候と当社が考えるのは、①FRBによる何らかの政策転換、そして②米国経済の悪化か他国の景気改善という形での米国の相対的成長率鈍化である。今日の段階でFRBはまだ政策を転換していないが、中国はゼロコロナ政策から脱却し始めるとともに不動産市場の問題にもようやく真剣に取り組み始めた模様で、景気見通しが改善しつつある。
ドル安への流れを完結させるために、FRBの政策転換は必要だろうか。政策が転換されれば当社の確信が強まるのは確かだが、必ずしも必要条件ではないとみている。ドル高が続いてきた理由として当社が考えているのは、①金融引き締めのペースが早いこと、②景気見通しが世界的に悪化したこと、③「相対的に悪材料が最も少ない」と認識された米国に多額の資金が流入し(2015年に加速)、その勢いがまだ完全には弱まっていないことである。他国の景気見通しの改善に伴って投資資金が米国から他国へと流れ始めれば、この潮目の反転は非常に強いものとなり、米国の景気が鈍化するなかでFRBがタカ派姿勢を維持してもドル安につながる可能性があると考える。まだこの見方に十分な確信を持っているわけではないが、そのような反転の可能性は高まりつつあるとみている。
それでも、米国株式については、今後企業収益見込みの悪化が想定されるのに対して引き続き割高であると考えており、長期的に弱気な見通しを持っている。しかし、米国株式は断トツで世界最大の資本市場であり、そのボラティリティにグローバル株式市場が翻弄される可能性が依然あるのは周知の通りだ。だからこそ、S&P500指数によるヘッジがポートフォリオの防衛手段になるとみている。S&P500指数は世界で最も流動性の高い投資インストゥルメントであるとともに、高水準の不透明感に悩まされ続ける環境において、ポートフォリオをボラティリティから守るのに最も直接効きやすい手段でもある。
オプション戦略によるリスク低減
オプション戦略は、ポートフォリオ・リスクを軽減できると同時に長期的な市場の先行きに対する見方を体現できるため、理に適っていると言える。前述したように、S&P500指数のオプションは非常に流動性の高いインストゥルメントであり、相関性の高さからポートフォリオ・リスクの低減手段としても最適である。しかし、ヘッジ戦略が妥当となるのは、選択したインストゥルメントがさらに下落すると予想する場合だが、当社の予想はそれに当てはまる。
米国株式は年初の水準に比べれば確かに魅力的に映るが、株価と企業収益の両面でまだ一段の下方リスクがあるとみている。株価は長期的には企業収益に追随するものであり、1990年以降の企業の長期的な利益成長率は年率で約6.5%だ。コロナ禍の巨額の景気刺激策を受けて企業収益(および株価)は潜在成長率を大きく上回り、株価の方はそこから下落したものの、企業収益の低下はまだ始まったばかりである。単純化した分析になるが、S&P500指数は大まかに言って4,000より3,000の方がフェアバリュー(適正価格)に近く、特にリセッション(景気後退)が視野に入っている場合は尚更である。
当社では来年にかけての米国株式に対して弱気な見方をしているが、米国でもその他の国についても、最も大型の銘柄群以外は相対的に有望視している。インフレが過去の標準的な水準に戻ることはないとみているが、これが米国以外の株式資産に対する当社の楽観的な見方に悪影響を及ぼすことはない。米国以外の株式資産は、超タカ派的なFRB、ドル高、そして新型コロナウイルスへのアプローチ転換や不動産危機への十分な対処が遅々として進まない頑なな中国を主因とするネガティブなセンチメントによって、とてつもなく打ちのめされてきた。しかし、潮目は変わりつつある。
当社では、ポートフォリオのボラティリティを低下させポートフォリオを下方リスクから保護しながら、最も成長が見込まれる資産での価格上昇の可能性を確保できる手段として、S&P500指数のデリバティブを活用したオプション戦略を選好する。オプション戦略においてはポジションを分散した方がよいと考えており、予想される方向(米国株式については現在の水準から最終的に下落)に沿う形で様々な行使期間のプットとカバード・コールを組み合わせるのが有効とみている。このようにオプションを組み合わせることで、様々な市場環境とシナリオに対応できる適度なプロテクションを確保しながら、コストを軽減することができると考える。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- オーストラリアとカナダの株式を選好:これら2市場は、バリュー特性が強いのに加えて、一段の上昇の可能性があるとみているコモディティ関連株と、バリュエーションに割安感がありポートフォリオ全体にディフェンシブな特性をもたらす金融セクターに、直接的なエクスポージャーがあることから、有望視している。
- ポジティブさを増すコモディティ関連株見通し:中国の見通しが改善している一方で供給サイドではエネルギー・金属の両分野で制約が続いていることから、今後の投資妙味が増している。
- 米ドルの方向性には依存せず:今のところ、米ドル・ヘッジについては見方を後退させている。ドルは今年に入ってから優れたリスク低減効果をもたらしてきたが、この特性は同通貨のモメンタムが衰え始めたのに伴って弱まりつつある。現時点では、より高い利回りを提供できドル安が追い風にもなる新興国債券のような他の資産を選好する。米ドル・ヘッジは必要に応じていつでも加えることができる。
ディフェンシブ資産
ソブリン債に対する慎重な見方は変わっていない。各国中央銀行は引き続き金融引き締めを前倒しで行っているが、最近の会合で利上げ幅を縮小することにした中銀もある。これを受けて、市場では今後の引き締めペースと最終的なターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)の両方について新たな憶測が広がっている。一方、多くの国ではインフレ率が数十年来の高水準にあり、中銀は景気鈍化の可能性があってもさらなる対策を講じなければならないことを示唆している。
投資適格クレジットのリターンは、基準となる国債の利回りが日々変動しているのに伴い、ボラティリティの高い状況にある。また、スプレッドも、投資家のあいだで世界の景気見通しに対する懸念が広がっているため、投資適格債、ハイイールド債ともに拡大傾向が続いている。世界的に金融引き締めが続くなか、利上げの累積効果が需要を鈍化させており、企業が高い信用クオリティを維持することが困難になっている。
金は、実質金利の絶え間ない上昇とドル高によって圧力に晒されている。しかし、これらの逆風要因と過去における同要因との関係を考えると、金は比較的堅調だと言える。当社では、金は地政学的リスクの高まり、インフレの長期化、そして中央銀行の積極的な金融引き締めから生じる潜在的なシステマティック・リスクに対して、割安なヘッジとしての役割を果たすとみている。
世界的に比較するとオーストラリア国債が有望
中央銀行の政策は世界の債券利回りの全体的な方向性を見通す上で重要な要素であるが、ソブリン債のあいだでの相対的な投資魅力を示す指針にもなり得る。有用な指標の1つは市場の予想するターミナル・レートだ。これはデリバティブの価格から示唆される実測金利であり、各国中銀の引き締めサイクル終了時の目標キャッシュ・レート水準に対する市場の予想を示している。ある中銀のターミナル・レートと他の中銀のターミナル・レートの差を見ることで、ソブリン債間に生じ得る相対的な投資機会を評価することができる。
チャート2では、紺色の棒グラフがBOE(イングランド銀行)、BOC(カナダ銀行)、RBA(オーストラリア準備銀行)、ECB(欧州中央銀行)の各目標キャッシュ・レートとFRBの目標キャッシュ・レートとの差を、水色の棒グラフが各国国債10年物と米国債10年物との利回り格差を示している。例えば、BOEのターミナル・レートはFRBの4.9%に対して約4.5%であるためその差は-0.4%となり、英国国債10年物の利回りは米国債10年物の利回りよりもおよそ0.5%低い。
英国、カナダ、欧州(ここでは代表としてドイツ)では、ターミナル・レートの格差とそれぞれの10年物国債の利回り格差は概ね同水準にある。しかし、オーストラリアは例外で、RBAのターミナル・レートはFRBのターミナル・レートより1%超低くなると予想されている一方、10年物国債の利回り格差は若干のマイナスにとどまっている。この乖離は、オーストラリアの債券が米国の債券に比べて過小評価されている可能性を示すシグナルと捉えることができる。チャート3は、過去20年における米国およびオーストラリアのキャッシュ・レート誘導目標と10年物国債の利回り格差の推移を示している。
オーストラリアの10年債は通常、米国債に対して大幅な利回りプレミアムがあることがわかる。しかし同時に、当該期間のほとんどで、RBAのキャッシュ・レート誘導目標もFRBのFF(フェデラル・ファンド)金利誘導目標をかなり上回っている。FF金利誘導目標がRBAの政策金利を大きく上回った期間(2018年~2020年)には、10年債の利回り格差も大きなマイナスに転じている。この過去の前例は非常に印象的であり、現在市場に織り込まれているターミナル・レート予想がそのまま続くと仮定すれば、オーストラリアの10年債は米国債に対してアウトパフォームする余地が十分にあることを示唆している。FF金利誘導目標はRBAの政策金利を上回り始めたばかりであり、この状態が前回同様長期間続くとみられるため、オーストラリア国債がアウトパフォームする可能性はかなり高いと考える。オーストラリアでは住宅ローンの60%以上が変動金利であるため、金融政策の効果がよりダイレクトに波及する。その上、オーストラリアの固定金利住宅ローンの大部分は2023年半ばに金利が再設定される予定である。こうした理由から、RBAは利上げにより慎重になり、FRBの引き締めサイクルが終了するかなり前にターミナル・レートに達する可能性が高いとみられる。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 金利リスクに対しては引き続き慎重なスタンス:インフレがまだ懸念すべき高水準にとどまっているため、市場が利上げの終了を切望したとしても、各国中央銀行は現行の引き締めサイクルでさらなる対策を講じなければならないだろう。
- クレジット物よりもソブリン債を選好:世界中で金融引き締めが実施されていることは世界的な景気鈍化につながるため、企業の信用クオリティに対する圧力が強まりスプレッドの拡大が続くと想定される。
- 金は良好なパフォーマンスが続く可能性:金は、地政学的リスクの高まりやインフレの長期化に対して割安なヘッジとしての役割を果たすとともに、これまで逆風であったドル高の勢いが衰えれば追い風に転じる。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
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