本稿は2022年12月発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
相対的経済成長ストーリーに変化の兆し
投資環境概観
米国の10月のインフレ率が市場予想を下回るというポジティブ・サプライズが、今のところドルのモメンタムをきっぱりと断ち切る重要なきっかけになった模様だ。その後の1ヵ月で、米ドル指数は5%以上下落している。米FRB(連邦準備制度理事会)がすぐに緩和政策に転換すると予想されるわけではないが、米ドルの動きは、米国に有利だった相対的経済成長ストーリーが、中国の需要回復を中心に世界の他の国々に注目が集まるものへと少し変化したことを反映しているのかもしれない。中国は今月、ゼロコロナ政策の緩和に向けて決定的な措置に踏み出しており、一方で経済刺激策を継続している。これは、景気鈍化の可能性がある米国と比較して中国の見通しが改善する追い風となる。
興味深いことに、米国株式市場は他国市場をアンダーパフォームし始めているが、これはドル安の動きと合致しており、海外の投資機会の方が有利と認識されればそちらに投資資金が流れ始めることから、本質的に自己増幅的となる。米国株式は需要が減退するなかで企業収益の先行き不透明感が逆風となっており、これが投資資金フローの変化を促す可能性がある。まだその段階には至っていないが、今後数ヵ月間はこの動向を注視していくことが重要といえる。
いくつかの先行指標が米国の景気減速を示唆しているが、包括的なハードデータ(経済活動の実績を集計したデータ)による証拠はまだ不足している。とはいえ、米国景気は悪化する可能性が高いと当社ではみており、問題は「悪化の程度」だと考える。米国の民間部門はそれなりに健全でバランスシートも堅固であるため、リセッション(景気後退)の深刻化は考えにくい。世界の他の国々は、米国の需要減退という逆風から逃れることができるわけではないが、中国の需要増加という拮抗要素を含めた全体像から、特に市場全体のバリュエーションが魅力的な水準にあることを考えると、興味深い投資機会が見えてくる。このような動向の変化は希望をもたらすが、米国のリセッションの姿がまだ完全に把握できていないなかでは、十分な慎重さも必要となる。
クロス・アセット*
当月は、ディフェンシブ資産のスコアを据え置く一方、グロース資産のスコアのマイナス幅をディフェンシブ資産と同程度へと若干縮小した。株式とディフェンシブ資産の両方でリリーフ・ラリー(安堵感からの相場上昇)が続いたが、そうした上昇の大部分は、10月の米インフレ指標が下振れというポジティブ・サプライズを見せた当日に実現した。インフレはついにピークを打ったのか。ピークは近いだろうが、1回のデータポイントによってFRBの引き締め継続の決意が(ペースダウンすることはあっても)変わることはまずないだろう。
季節要因が追い風であることを主な理由にリリーフ・ラリーが続く可能性があるとみているが、市場が2023年半ばまでのターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)を5.00%と織り込んでいることを考えると、利回りが10年物で3.5%を下回っている米国債は割高に見える。しかし、これは今後景気が悪化することを予示しているのかもしれない。最終的に、米国株式に対する当社の長期見通しは大きくは変わっていないが、ドルのピークが近づいて(あるいはすでに過ぎて)いるとともに、中国が経済活動再開の準備を(紆余曲折ながらも)進めていることから、米国以外の国々には投資機会が生まれつつあるとみている。
株式のなかでは、先進国株式のスコアを引き上げてプラスとし、米国以外の投資機会に注目する一方、その分、10月以来相対的に高いボラティリティが続いている上場インフラ資産とリートについて、ともにスコアを引き下げてマイナス幅を拡大させた。ディフェンシブ資産では、金融政策に照らしてバリュエーションが割高な先進国ソブリン債のスコアを引き下げ、その分、ドル安が追い風となりやすい現地通貨建て新興国債券と、スコアがすでに大幅なプラスとなっている金のスコアを主に引き上げた。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながります。
当社の見方
グロース資産
世界の景気見通しを判断する上で最も重要なのが米国の金融政策であることは明らかだが、それとほぼ同じくらい重要なのが中国の政策と需要である。この3年間、中国の需要は、ゼロコロナ政策と、不動産セクターを(そして幾分かはテクノロジー・セクターも)ターゲットとした引き締め政策の継続が相まって、事実上機能不全に陥っていた。しかし、同国がゼロコロナ政策から脱却するのに伴い、潮目は変わりつつあるように見受けられる。
医療システムの対応能力に疑問符が残る中国にとって、経済活動の全面的再開への道のりは簡単ではなさそうだ。しかし、世界の他の国々を参考にすれば、中国はシステムに大きなストレスを受けることなく経済活動再開の局面を乗り切り得る。不動産セクターへの追加支援や全般的な政策緩和もサポートとなって、同国の需要は回復すると予想される。
中国は、コロナ政策における政策当局のアプローチは慎重だったかもしれないが、一方で輸出の伸びが追い風となってきた。しかし、最近輸出が減少してきたのに加え、直近の一連のロックダウン(都市封鎖)をめぐり市民の不満が高まってきたことから、政策当局は理性的に政策転換することを選んだ。中国当局の発言は変化しており(最新のコロナウイルス株は今や一般的なインフルエンザと同等と見なされている)、後戻りは難しいだろう。一方、不動産セクターへの断固たる支援は、「干上がり」が長く続いた同セクターを修復することはできないかもしれないが、少なくとも、投機を完全に抑制しようとする積極的かつ長期的な取り組みによって打ちのめされた状況からのてこ入れには役立つだろう。
このような展開とドル高の減速は世界の需要にとって良い兆候であると考えるが、その裏側に米国の需要減退があることは十分に認識している。米国の金融引き締めが需要鈍化という意味で効果を上げ始めているのは間違いないが、金融システムに膨大な資金が溢れた一方で民間部門のバランスシートは強固なままであった。したがって、結果的に、米国は世界の需要に大きな打撃を与えることなく景気減速を乗り切ることができると思われる。それでも、米国の需要減退は2023年に注視していくべき最も重要な点である。
中国その他の投資機会
米国株式は、企業収益が鈍化する可能性が高いことを考慮すると、バリュエーションが割高だと依然考えている。しかし、ドル高が重石となってきた他の国々の市場では、今後数ヵ月にリリーフ・ラリーが見られるかもしれない。もちろん、世界のリスク・センチメントを左右するという点では、米国という一国の株式市場がグローバル株式に影響を及ぼすという主客転倒の傾向があるが、現在はまだ中国の政策転換の初期にあるため、このテーマが進展して確信度が強まるまでには時間がかかるかもしれない。
中国株式は極端な弱気相場が続いており、2021年2月の高値から2022年10月下旬の安値まで60%超下落した。大幅下落の原因は、不動産やテクノロジーといったセクターに対する政策面の取り締まり、米国とのあいだで続いている報復合戦の貿易戦争、中国のゼロコロナ政策アプローチなどであった。企業収益予想も、これらの要因によって早期業績回復期待が打ち砕かれたため、同様に大きく引き下げられた。中国がコロナ政策と対不動産セクター政策をともに転換するとともに、最近のバイデン・習首脳会談を受けて米中間の緊張が一時的に緩和された模様であることから、株価と企業収益予想における安堵感は正当化されると思われる。
中国については、まだ完全に解決されていないリスクが数多くあるため、慎重な姿勢で臨むのが妥当と考える。しかし、企業収益予想がすでに20%超引き下げられているなかで予想ベースのPER(株価収益率)がわずか12倍であることを考慮すると、リスク・リターンのバランスは有利であるように見受けられる。米国はまだ市場が企業収益減少を織り込みに行く初期段階にあるなかでS&P500指数の予想ベースのPERが依然18倍の水準にあるのに対し、中国では企業収益が底打ちしつつある模様である。また、米国が金融引き締めを続ける一方で、中国は金融緩和を行っていることにも留意すべきだろう。
中国株式自体も投資魅力が高いかもしれないが、同じくらい重要なのは、中国の需要回復がアジアから新興国全体、さらには欧州に至るまで、世界中の資産により楽観的な見通しをもたらすということだ(ただし、他に留意しておくべき逆風材料もあるが)。この中国需要テーマがフルに実を結ぶためのカギは、ドルが安定するか下落すること、そして中国政府が景気促進政策を堅持し願わくは医療システムの過負荷など予測される逆風の一部を回避することだ。後者は可能であり実現するとみているが、もちろん、これらの逆風リスクを注視していく必要はある。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- 欧州の希望:当社では欧州資産に対し、エネルギー危機と政策正常化への道のりの険しさからネガティブな見方をしている。こういった逆風要因は変わらないものの、ドイツおよびフランスの株式市場には中国の需要回復見込みに伴う投資機会が明らかに散見される。また、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる地政学的な考え方が変わる可能性があり、紛争終結への支持が高まりつつあるともみており、これが欧州資産への追い風となり得る。
- コモディティ関連株に対しては依然ポジティブ:エネルギー・セクターは最近、おそらくは米国の景気減速懸念を主因として打撃を受けている。しかし、需給関係には大きな変化はなく、中国の需要改善見込みから明らかに需要増加の方向に転換する可能性がある。一方、エネルギー・セクターは株式市場全体に対してバリュエーションが依然大幅に割安な水準にあり、リスク・リターンのバランスは引き続き魅力的といえる。また、中国の需要回復が追い風となる金属・鉱業セクターも選好している。
- 新興国市場:中国の政策転換とドル安は、他のアジア諸国や新興国にとって確固たるプラス材料である。また、コモディティ需要や、旅行(タイが旅行先として人気)など繰延需要の解放から恩恵を受ける国にとっても、全体的に追い風となる。
- ドル高はピークを過ぎた:当社ではこれまで、ドルがピークを打ったとの見方を示すのに慎重だったが、ドル高のピークはすでに過ぎたかまもなくやってくると感じている。成長トレンドは東から西にシフトしつつあり、資本が成長を追いかけるのに伴ってドル安の流れが続くだろう。
ディフェンシブ資産
ソブリン債に対する慎重な見方に変わりはない。最近のソブリン債の価格上昇は、今後さらなる金融引き締めを行うとの各国中央銀行からのメッセージに反するものだ。インフレがピークを打ったとの憶測から、市場は中央銀行による引き締めの最終段階の先を見越して次の緩和サイクルを織り込もうとした。しかし、当社では、インフレが中央銀行にとってしぶとい敵となり、追加引き締めのリスクが残ると予想している。
投資適格クレジット市場は、スプレッドの縮小と基準となる国債利回りの低下を受けて、世界的に力強く回復している。米国のインフレ指標が市場予想を下回ったことで、物価上昇圧力はピークを打ち中央銀行は市場に織り込まれているほどの利上げを行わないかもしれないとの楽観ムードが広がった。これは確かに市場センチメントにとってプラス材料だが、信用環境の引き締めは今も続いており、景気減速は信用クオリティにとって逆風となるだろう。
金は、実質金利およびドルの大幅上昇が収まったことから、米ドル・ベースで反発している。各国中央銀行は引き締めペースを減速させるとみられており、結果としてドル高はピークを打っている。また、各国政府が外貨準備の分散を進めていることも、金の追い風となっている。
為替ヘッジは吉凶混合
グローバル市場の巨大さは、自国市場では得られない潜在的リターンと分散を追求する数多くの機会を投資家に提供している。しかし、自国以外の市場への投資は為替リスクを伴うため、古くから「為替ヘッジを行うべきか否か」という疑問につながってきた。その答えは債券と株式とで分かれることが多く、債券投資家のあいだでは為替ヘッジを行うことがより一般的となっている。
外国債券の投資メリットを検討するにあたっては、提供される利回りだけでなく為替ヘッジのコストも考慮しなければならない場合が多い。チャート2は、日本円ベースとシンガポールドル・ベースの投資家から見た為替ヘッジ調整後の米国債のイールドカーブで、各通貨について現在の「ヘッジ後」利回りと1年前の同様の利回りをともに示している。
まず良いニュースとしては、シンガポールドル・ベースの投資家は少なくとも過去12ヵ月間、米国債投資によりイールドカーブ全体にわたってプラスの利回り、つまりキャリーを享受してきた。シンガポールと米国では短期金利の水準やイールドカーブの形状が似ているため、為替ヘッジ・コストが比較的低く済んできた。これとは対照的に、日本円ベースの投資家にとってはヘッジ後利回りが大きく変化している。1年前には米国債はイールドカーブの大半にわたって最大1%のプラスのキャリーを提供していたが、今日では日本円ベースの投資家は米国債10年物に投資した場合、キャリーが1%を超える大幅なマイナスとなる。
もう1つシンガポールとは対照的な点として、日本の金利は米国の政策金利およびイールドカーブとのあいだに大きな乖離がある。昨年はわずか0.25%だった金利差が現在では4%を超えており、また米国のイールドカーブは2年債と10年債のあいだで大きく逆転しているのに対し、日本のイールドカーブは依然右肩上がりの形状を保っている。このような変化が重なって、日本円ベースの投資家は米国債や他の外国債券に投資するにあたり、深刻なキャリー問題を抱えることとなった。
外国債券投資の為替ヘッジ・コストは一般的に短期金利がベースとなるため、外国債券のイールドカーブが長短金利差の大きい右肩上がり形状である場合、ヘッジ後利回りは魅力的な水準となり得る。しかし、通常は為替ヘッジ・コストが債券の残存期間にわたって固定されているわけではないことから、ヘッジ後利回りは変動しやすく、上述したようにマイナスに転じることもある。残念ながら、プラス・キャリーのヘッジ付き外債投資は「リスクなしに儲かる」話ではない。外国国債のヘッジ後利回りは、長期的には同様の満期の国内債券と同程度になると考える。もちろん、これは発行体である外国政府の信用クオリティの相対格差にもより、一部の国の国債は他の国の国債よりもヘッジ後リターンが高くなる場合がある。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 現地通貨建て新興国国債:新興国は利上げにおいて先進国に大きく先行し続けてきたため、実質金利が魅力的な水準にあるとともに、ドル安がインフレ圧力の軽減をもたらしている。
- クレジット物よりもソブリン債を選好:世界的な金融引き締めの影響で世界の景気が減速するのに伴い、企業の信用クオリティへの圧力が増すとみられ、スプレッドは拡大の続く可能性がある。
- 金は良好なパフォーマンスが続く可能性:金は、地政学的リスクの高まりと根強いインフレに対して安価なヘッジとなるかもしれず、またドル高の勢いが衰えれば逆風が追い風に転じる。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。