本稿は2023年3月31日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

市場のストーリーはかつてないほど急速かつ劇的に変化

投資環境概観

新型コロナウイルスの世界的感染拡大が始まって以来、投資家は資産価格のボラティリティの高まりに直面してきた。状況を混迷させ続けている一因は、コロナ関連の歪みによる経済指標の変動である。さらにここ数ヵ月は、特に米国で、季節外れの天候パターンの影響により経済の先行きを読むのがより困難になっている。当初1月は、2022年12月の経済指標が市場予想を下回ったため米国債利回りが低下したが、2月には経済指標の上振れを受けてすぐに反転した。同様に下落したアジア株式とコモディティについては、通常の調整と言える部分もあるが、中国の需要回復が緩和政策と財政出動にもかかわらず鈍いものにとどまるかもしれないとの懸念も下落の一因となった。

またしても市場のストーリーはかつてないほど急速かつ劇的に変化しているが、見通しが大きく変わったわけではなく、米国では景気が鈍化しつつあるのに対し、中国では需要が活性化するとみられ、中国需要の恩恵を受けるアジア諸国や欧州の一部の国も同様である。実際、このような二極化は3月前半、米国の小売売上高が低調であった一方で中国のPMI(購買担当者景気指数)が非常に良好な水準となったことで顕在化し、市場に織り込まれ始めた。

当社では世界の景気見通しを示す指標として米ドルに注目しているが、最近の米ドルの強さには戸惑っている。最近のドル高トレンドの主因は米国の経済指標の強さで、1月の非農業部門就業者数が大幅増加となったことを受け、市場では織り込む予想ターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)の上方修正が起こるとともに、金利の上昇が長期化するとの見方が強まった。ドルは、2022年10月以降の下落ペースが速かったことから、リリーフ・ラリー(安堵感からの相場上昇)が起こるのは時間の問題であった。しかし、相対的な経済成長見通しは米国以外の国に有利であることから、長期的な方向性としては最終的にドル安に転じ、それが世界全体の景気にとっても追い風になるとみている。

クロス・アセット

当月は、グロース資産とディフェンシブ資産のスコアをともにマイナスに据え置いた。市場は同程度の割合の強気派と弱気派で大きく二分している模様であり、いずれも自分の見方を裏付けるデータが新たに出たらそれに乗じようと待ち構えている。このため、コロナの影響による歪みを依然一因として経済指標の予測が困難となっているなか、ボラティリティの高い相場展開が続いている。今月は米国の経済指標が市場予想を上回っており、数週間前に市場が予想していたような需要の減退は示されていない。

債券の弱気派が「金利上昇の長期化」シナリオで主導権を握っているため、グロース資産とディフェンシブ資産がともに不安定になっている。市場のストーリーには紆余曲折ありながらも、中央銀行の政策は需要を抑制しインフレ減速を促すという点で奏功するとみられるが、それには時間がかかる可能性がある。市場では、「金利上昇の長期化」がリセッション(景気後退)の深刻化をもたらすとの懸念が生じるかもしれない。しかし、当社の基本シナリオとしては、民間部門のバランスシートの強さがリセッションの深刻化を防ぐと考えている。

グロース資産では、1月の上昇が行き過ぎたと思われる先進国株式のスコアを引き下げ、今後の経済成長見通しがより良好な新興国株式およびコモディティ関連株を選好する。ディフェンシブ資産については、各資産クラスのスコアを据え置くとともに、需要への逆風がこれから信用の質に悪影響を及ぼすと想定されるクレジット物に対して、先進国ソブリン債と金を引き続き選好する。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながります。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

中国では需要が持ち直している模様で、人々の移動の増加やPMIの顕著な回復がそれを裏付けている。しかし、3月上旬に発表された経済成長率目標が幾分失望的なものであったことから、市場は頑ななまでに低迷を続けているが、これはおそらく景気刺激策の規模が予想を下回ったことを示唆しており、また米中間の地政学的緊張再燃への懸念を反映しているのかもしれない。地政学的危機が迫る事態や中国の景気回復への大きな障害に直面しているというわけではないが、そのような状況が重なればリスク・センチメントは海外投資家を中心に悪化する。中国はバリュエーションと相対的な企業収益見通しの良好さから依然投資魅力度が高いが、地政学的緊張が高まってリスク許容度へのさらなる重石とならないか、注視していく必要がある。

米国株式市場は、堅調さの続く労働市場を背景にサービス価格インフレが高止まりしているにもかかわらず、堅調さを維持している。しかし足元では、Silicon Valley Bank(SVB)の破綻を受けて、潜在的システミック・リスクも急浮上してきた。具体的に言うと、米国の地方銀行はバランスシートの管理が脆弱で、長期金利の上昇から悪影響を受けやすい。米FRB(連邦準備制度理事会)が銀行のバランスシートのセーフティーネットとなることで、地方銀行で取り付け騒ぎが起こる可能性は回避されたが、地方銀行の資金流出ストレスは継続して残っており、信用環境のタイト化が需要に悪影響を及ぼすという負の循環を引き起こす可能性がある。

マクロ経済およびリスクの環境は、引き続き極めて流動的で動きが速い。本レポートの前段に掲載したリサーチ・スコアは少し前に作成したものだが、現在の状況を考慮して当面はグロース資産に対してよりネガティブな見方をしており、株式のスコアを引き下げている。

経済成長リスクの見直し

2023年は好調なスタートを切り、1月はほぼすべての株式市場の月間リターンがプラス圏となった。その背景には、米国のソフトランディング(リセッションを回避した緩やかな景気減速)をめぐる楽観ムードの再浮上、中国の経済活動再開に伴う景気回復、冬のエネルギー危機を回避した一方で中国の需要回復が追い風となる欧州の景気加速の可能性といった材料があった。当社は、米国がリセッションに陥ることなくインフレ減速を実現する「ゴルディロックス、ノーランディング」シナリオを達成し、それを受けて年後半はFRBが利下げを行えるようになるとの見方に対して、懐疑的であった。とは言え、中国の経済活動再開のストーリーが同国だけでなくアジアなど他の国々に恩恵をもたらすと考えていたし、今もそうみている。

そのような景気シナリオを予想していたのは、当社だけではない。ドル安、およびその恩恵を最も受けやすい米国以外の国々で期待される経済成長環境の改善も、当該シナリオを裏付けていた。実際、ドル安に転じた(そして米国債利回りがピークを打った時期でもある)2022年10月下旬から2月上旬までのあいだ、米国以外の株式市場は米国株式をアウトパフォームした。第4四半期の急落を考えると、足元のドル高復活(およびそれに伴って米国株式が他国市場をアウトパフォームしている状況)は調整局面のように思われる。しかし、ドルの強さが世界の経済成長見通しの再考を促しているのは確かだ。

チャート1

ドルは通常、長期金利の動きに追随する傾向があるが、2月上旬には米国雇用統計の並外れた強さを受けて長期金利とドルがともに大きく上昇し、他の経済指標も比較的良好であったことから月を通じて上昇基調を辿った。この動きについては前段でも指摘した通りで、経済指標の強さは、少なくとも部分的には、コロナ禍に見舞われて以来続いている経済指標の大幅変動によるものと考えている。この見方は依然当てはまるものの、3月に入ってからこれまで発表された経済指標は、労働市場が驚くほど堅調でインフレが当初予想されていた以上に根強いという感覚を覆すに至っていない。

このような米国経済の強さに加えて、米国の地方銀行が長期金利上昇のストレスに晒され、時価評価によりバランスシートが大幅に悪化する状況となっている。これ自体は、特にFRBがセーフティーネットとなっていることから、システミックな「破綻」につながるわけではない。しかし、他の地方銀行からの融資引き揚げが続いて信用の供給が妨げられれば、信用環境のタイト化という形で新たに経済への逆風がもたらされ得るという、システム内のストレス要因にスポットライトが当たることになる。

中国の回復ストーリーは依然有望だが、米国景気への逆風が強まれば、他の国々における世界的な需要回復を相殺してしまいかねない。当社では2023年の世界の景気について引き続きポジティブな見通しを持っているが、このシナリオに対するリスクは高まってきている。ロシア・ウクライナ戦争が続いていること、米中間の緊張が高まっていることもあり、当面は慎重なスタンスを継続する。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • グローバル株式に対して慎重な姿勢:米国の地方銀行におけるシステミックなストレスをめぐって不透明感が強まっており、一方で経済指標はFRBが金融引き締めの推進を停止できるような理由を示していないことから、当面はグローバル株式に対して慎重なスタンスを継続する。ロシア・ウクライナから米中に至るまで地政学的ストレスが高まっていることもあり、当面は株式ポジション全体について慎重な姿勢を維持することが賢明と考える。
  • ドルに注目:やや珍しいことだが、ドルはSVBの破綻を受けて下落した。通常、「リスクオフ」環境ではSVBのようなケースはドル高の材料となるが、今回は金利予想の大幅低下の方が圧倒的に材料視された。しかし、見通しは不透明さを増しているとともに依然データに影響されやすく、米国の経済指標や地方銀行などのストレス顕在化の可能性をめぐって右往左往している。金利予想が低下すればドルは下落するだろうが、世界の景気に対する懸念が深まればさらにドル高が進むと予想される。当社ではドルの方向性が今後の景気予想の明確な道しるべになると考えており、その動向を注視している。

ディフェンシブ資産

ディフェンシブ資産では、ソブリン債に対するポジティブな見方を維持している。ソブリン債の市場リターンは、プラスのスタートを切った1月から一転、年初来で若干のマイナスとなっている。このような乱高下の要因は、経済指標の変動が大きいこと、そして金利先高観/先安観をそれぞれ確信している見解のあいだで市場のストーリーが揺れ動いていることにある。当社では、今後数ヵ月は、インフレの減速と景気指標の悪化という、債券にとって追い風となるテーマが優勢になると予想している。先進国の金利はボラティリティの高い状況が続くとみられるが、一方で新興国のソブリン債は魅力的な投資機会を提供している。新興国の中央銀行は、インフレ圧力の低下を受けて2023年後半に利下げを実施する可能性が高い。

2023年初めに見られたポジティブなリスク・センチメントはここ数週間で後退しており、信用スプレッド縮小の動きは止まっている。ドル圏の国々では景気が底堅いが、欧州と英国では顕著に軟化している。金融引き締めは時間差をもって実体経済に影響を及ぼすため、今後数四半期は経済への逆風が着実に強まり、企業の事業環境は厳しさを増すと予想する。信用クオリティは様々な格付けにわたって堅調さを維持しているが、景気が世界的に鈍化する可能性があることから、社債に対しては慎重なスタンスを継続する。

金についてはポジティブな見方を維持しており、ディフェンシブ資産の選好ランキングで最上位に位置付けている。インフレ減速のプロセスはスムーズとはいかず、最近は米国経済指標の強さを受けて金利とドルが上昇し、金にとって逆風となっている。しかし、中国の経済活動再開に伴って米国以外の国々の景気見通しが改善しており、これがドル需要を後退させ金の支援材料となっている。

ドル圏中央銀行間のスタンス乖離

2020年3月、FRB、BOC(カナダ銀行)およびRBA(オーストラリア準備銀行)は、それぞれの政策金利を0%近くまで引き下げた。それから2年が経ち、これらの3中央銀行は金融緩和を本格的に解除し始めた。FRBとBOCは積極的な、かつ足並みを揃えた動きで2022年3月に利上げを開始し、数ヵ月後にはRBAもそれに続いた。当時、3中銀はいずれもコロナ禍による急激な経済混乱に対応していたが、今回の引き締めサイクルが終盤に差し掛かるにつれ、各行のアプローチに乖離が生じ始めている。

表1は米国、カナダ、オーストラリアの3つの重要な経済統計をまとめたものである。2022年のGDP成長率は、3ヵ国とも潜在成長率に近いか下回る水準であった。年間で成長率が最も低迷したのは米国だったが、同年第4四半期には他の2ヵ国に比べて成長率が回復した。インフレについては差が大きく、コアインフレ率が最も高いのがオーストラリア、最も低いのがカナダとなっている。失業率は3ヵ国とも過去に比べて低い水準にあったが、コロナ前の水準からの変化を見てみるのも興味深い。雇用が全体的に好調なのは確かだが、米国とカナダでは失業率がコロナ前と同様の水準にとどまっているのに対し、オーストラリアではコロナ前の水準を大きく下回っている。

表1

これらドル圏3ヵ国の経済情勢を概観してみると、それぞれの中央銀行が直面している状況がかなり類似していることがわかる。3ヵ国ともGDP成長率が低調で、コアインフレ率は高く、失業率は歴史的低水準にある。このような背景からして、当該3中銀は同様の金融政策戦略をとると考えたくなる。これまでのところは確かにその通りだったが、今日のFRBの戦略は今後6ヵ月間利上げを継続するというもので、逆にBOCはすでに引き締めの停止を示唆しており、RBAも0.25%の利上げをもう1回行ったら引き締めを停止すると予想されている。チャート2は、市場に織り込まれたFRB、BOC、RBA各行の政策金利の先行きを示している。

チャート3

利上げサイクルの終盤になると、引き締め過ぎるリスクが高まり始める。過去のサイクルを見てみると、中央銀行の政策金利の変化は時間差をもってその国の経済に影響を与えることがわかる。このように経済がすぐに反応するわけではないため、金利を過度に動かしてしまうリスクは極めて現実的なものと言える。似たような経済環境に直面している3中銀から今後予想される政策金利の変更を比較すると、引き締め過ぎのリスクが最もあるとみられるのはFRBである。逆に、BOCとRBAは引き締めが十分でないリスクが最も高いと思われる。当社としては、BOCとRBAから予想される相対的に積極性の低い金利戦略の方が、過去の利上げが景気とインフレに与える潜在的影響をより適切に考慮していると考える。不安視しているのはFRBで、「金利上昇の長期化」戦略を実践した場合、今サイクルで金利を引き上げすぎる可能性があると懸念している。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • クレジット物よりもソブリン債を選好:中央銀行の引き締めサイクルの終盤は、信用スプレッドと信用クオリティにとって不利な局面となりやすい。したがって、ソブリン債を選好する。
  • 金は良好なパフォーマンスが続く可能性:金は、実質金利の上昇とドル高というダブルの逆風が急速に後退しつつあり、投資資金の安全な避難先としての妙味も高まっていることから、価格の支援に拍車をかけている。
  • プロセス

    リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

    リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

    当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。