本稿は2023年6月21日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
成長見通し格差が引き続き拡大
投資環境概観
株価に反映された成長見通し格差は拡大し続けている。その背景として、テクノロジーやAI(人工知能)の発達という形での長期的な経済成長が市場全体の方向性を決定付ける材料として優勢な模様である。これは、テクノロジー・セクターが(そして理由は異なるが日本市場も)上昇する一方、他の大半のセクター・地域市場が月間で下落したことからも明らかだ。リセッション(景気後退)入りする局面でも企業収益が伸び続け得るとするのは一般的な考え方に反するが、テクノロジーやAIの破壊的発達は確かに大きな影響を及ぼすものであり、リセッションが浅く済むとすれば今後の方向性予測として正しいのかもしれない。
経済指標は軟化を続けており、リセッションが目前に迫っているのか確認が待たれるところだが、(通常、景気循環的な需要減退が強まる前兆である)雇用状況の決定的低迷には今のところ至っていない。実際、AIがもたらす破壊的変化は、大半の人が考えているよりも早く実現するとの見方もあり、労働市場の逼迫に対する解決策の一端を担う可能性がある。しかし、これは通常の普及率からすれば極めて異例なことであり、また、大方の期待を裏切って依然根強く続いているインフレ圧力から解放されるのには時間がかかるだろう。
今サイクルは控えめに言っても異例であり、景気サイクルの先を読むのに用いられる一般的通念は、これまでのところ、次の展開やその時期を予測するにあたって役に立っていない。最終的に、当社では、確信を持てる根拠がほとんどないなか、中立寄りのスタンスをとっている。しかし、ボトムアップの視点は有益であり、長期的グロース株における収益成長機会は今のところ良好な見通しを示している。
AIをめぐるにわかのような盛り上がりからすると、バブルが形成されつつあるかもしれないことは否めず、バリュエーションも実際すでにこのムードを反映して割高に見受けられる水準にあるが、株価を動かすのは企業収益であり、企業収益と債券利回りを動かすのは景気サイクルである。株式と債券については、直感的にも現実的にも相関関係がマイナスで景気不安が続く限りマイナスにとどまると予想されるため、両資産の組み合わせが現在内包している分散効果を有望視している。
クロス・アセット*
当月は、グロース資産のスコアのマイナス幅を若干縮小する一方、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置いた。当社では、積極的な引き締めサイクルと信用環境のタイト化を背景に、グロース資産が厳しい逆風に直面しているとの見方を維持している。しかし、マクロ経済の見通しは依然極めて不透明なままであるものの、ミクロ経済データはこれまでのところ引き続きサポート材料となっている。
ハードデータ(経済活動の実績を集計したデータ)は今のところ金融環境タイト化の逆風に抗っているが、この要因はおそらく、民間部門のバランスシートの強さと政策を追い風とした中国需要の緩やかな回復だろう。何が理由であるにせよ、重要なのは弱気になり過ぎないことで、特に過去のどのサイクルと比べてもかなり特異な現在のサイクルを正確に予測できた人はほとんどいないことを考えると、なおさらそう言える。
グロース資産では、先進国株式のスコアのプラス幅を引き上げ、その分、ファンダメンタルズ面で景気への逆風から痛手を被りやすいコモディティ関連株のスコアを引き下げた。ディフェンシブ資産では、利回りと通貨の安定性が期待できる現地通貨建て新興国債券のスコアを引き上げ、その分、ドル高が悪材料となりやすい金のスコアのプラス幅を縮小した。ちなみに、当月は通貨のなかでドルのスコアも引き上げている。また、景気がまだ大きくは悪化していないとの認識から投資適格クレジットのスコアのマイナス幅を若干縮小し、その分、先進国ソブリン債のスコアのプラス幅をやや引き下げた。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
株式市場は上昇モメンタムが加速しているが、その原動力となっているのは、2023年初頭の時点で大方が予想したセクター・地域ではなく、テクノロジー株と日本株という、一見奇妙に思われる組み合わせである。テクノロジー株とAIの新たな長期的成長テーマとしての再浮上については、ここ数ヵ月にわたり議論してきたが、おそらくそれ程知られていないのは、日本株式が世界の他地域市場の大半をひっそりとアウトパフォームしていることだ。当社では長らく、日本をその割安なバリュエーションとディフェンシブな特性から魅力的な市場と認識してきており、特に2023年はその見方を強めていたが、過去の同国市場は大きな成長機会の創出からは程遠い存在であった。
何かが変わったのだろうか。おそらくはそうであり、そのストーリーは2013年の「アベノミクス」よりも強力かもしれない。アベノミクスの3本の矢は、日本株式市場が1989年にピークを打ちバブル崩壊を迎えて以来陥ってきたデフレの罠から、結局同国を救い出すことができなかった。最終的な解決策は改革だが、政策面での取り組みではデフレマインドを取り除くことができないように思われた。しかし、今では実際のインフレを受けてマインドセットが早急に転換している。
通常、インフレは経済にとってマイナスと考えられているが、デフレに陥るよりはましと言えるかもしれない。実際にインフレとなったことで、改革を実際にしっかり実行する必要があるとの切迫感が生まれた。インフレ環境下では、これまでの事業慣習(生産性の低い資本への対処を後回しにする)はもはや通用しないからだ。日本は改革を推進しており、ビジネスリーダー達は単に指示に従うためではなく、むしろ生き残るために改革に真剣に取り組んでいる。
日本市場の回復:単なる期待には終わらない
改革の成功のカギとなるのは優れた実行だが、落とし穴は細部に宿るものであり、なかでも重要なのがすべてのステークホルダーの精神である。ガバナンスの弱さは何十年にもわたって日本株の逆風となってきたが、その代表的なものが、企業同士でお互いの株式を保有し資本に対するリターンを真剣に求めることがない「系列」である。
しかしこれは、東京証券取引所(東証)が企業に対して株主価値の向上を求める改革を本格化させていることにより、変わりつつある。株主価値の目安とされる指標はPBR(株価純資産倍率)で、多くの銘柄が基準値の「1倍」を下回っており、通常、資本価値を生み出すのではなく損なっている企業とみなされる水準にある。
デフレ環境では資本基盤の漸減は(減少する)価値の保存として許容されるかもしれないが、インフレ環境ではそうはいかない。ヘッジとして成長が必要となるからだ。これに賃金圧力が加われば、企業は事業戦略を見直さざるを得なくなる。自社株買いが拡大しつつあり、株主価値を高める具体的な目標を設定する企業も増えている。
株主価値向上の動きはまだ初期段階だが、企業の行動において注目すべき、そして必要な変化であるのは確かだ。株価バリュエーションは大幅に見直されたが、果たして割高となっただろうか。日本株は、過去の水準と比べるとやや割高に見えるが、世界の他地域市場との比較においては、予想ベースのPER(株価収益率)で米国株式の19倍に対し17倍と、依然妥当な水準にある。PBRで見ると、日経平均株価指数の上位100銘柄はS&P500指数の上位100銘柄に対して大幅なディスカウントとなっている。
もちろん、日本企業は実績ROE(自己資本利益率)が全体として非常に低いため、このディスカウントは概ね正当化される。しかし、日経平均株価指数のPBR上位100銘柄のうち4分の1近くが、東証が下限としているPBR「1倍」(S&P500指数のPBR上位100銘柄のなかで最も低いPBRの7分の1)を下回っているなか、改善のハードルはかなり低く、企業は第一に上場維持、第二に競争力維持へのモチベーションが高いはずだ。
このような改革が追い風となり、半導体製造からアジアの成長にアクセスするための幅広い製品・サービスに至るまで、日本への直接投資への関心が高まっている。日本は、地政学的緊張の高さ(および激化)が重石となっている中国のより安全な代替投資先とますますみなされるようになっている。また、欧米の多くの人々は台湾をよりリスクの高い投資先とみなしている(ただし、当社では台湾侵略を当面のリスクとはみていないが)。
真のファンダメンタルズ変化には時間がかかるだろうが、今のところは上方リスクの方が下方よりも高いように見受けられる。日本は外的材料として依然米国のリセッションに非常に影響を受けやすく、当該リセッションが当社の基本シナリオである浅いものにとどまらず深刻化した場合、投資家心理は急速に冷え込む可能性がある。それでも、バリュエーションが魅力的な水準にあるとともに企業収益が回復しつつあり、また、改革は「良い」だけでなくサステナブル(持続可能)な未来のために極めて必要であるとの信念が広がっていることから、日本株は比較的高い確信を持って選好できる資産クラスと言える。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- クオリティ銘柄と長期的グロース株を選好:強固なバランスシートと持続的なキャッシュフローを備えたクオリティが高い(そして将来も高いであろう)企業と、新興の長期的成長機会を伴う妥当な分野との組み合わせを有望視している。
- 景気サイクルに対してはディフェンシブなスタンスを維持:景気敏感株に対しては依然慎重であり、ポートフォリオのポジショニングではヘルスケアや生活必需品といったセクターを選好しディフェンシブなスタンスを維持する。
- 中国需要の恩恵を受ける地域・セクターを選好:中国は依然、消費者・企業心理が負った深い打撃からの回復過程にあるが、痛手を克服し国内市場の見通しが改善するのは困難な様相を呈している。需要は持ち直しつつあるが、当面は、日本や欧州など主に中国国外で中国需要の恩恵を受けやすい分野を選好する。
ディフェンシブ資産
ディフェンシブ資産内では、ソブリン債のスコアをプラス領域に維持しながらも若干引き下げた。主要中央銀行の5月の会合では予想された通り軒並み追加利上げが実施されたが、今後の利上げについては見通しが不透明である。世界のインフレは一転して今や徐々に減速しつつあるが、中央銀行の目標値対比では依然高すぎる水準にある。一方、経済成長は潜在成長率を下回っており、景気先行指標は一段の鈍化を告げている。各国中央銀行は現在、景気への懸念とさらなる減速が必要なインフレ率とを天秤にかけるという難題に直面している。当社では、需要懸念がインフレ懸念を上回り始めることにより、政策金利がまもなくターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)に達すると予想している。
また、新興国ソブリン債のスコアをプラスへと引き上げた。当該資産クラスの実質利回りは総じて非常に魅力的であり、全面的なドル安を受けてクオリティの高い新興国通貨も選好している。これらの通貨は、最近ドルが他の先進国通貨に対して上昇した局面でも底堅さを示した。
投資適格クレジットは地域によってスプレッド動向がまちまちとなったが、基準となる国債利回りが世界的に上昇したことにより全体的に打撃を受けた。世界の経済成長は今年に入ってから潜在成長率を下回っており、各国中央銀行も近いうちに金利面で安堵材料がもたらされる兆しを示していない。金融引き締めと銀行融資環境のタイト化というダブルの逆風を受け、2023年が進むにつれて資金の借り手である企業への圧力が強まると引き続き予想している。
金については引き続きポジティブな見方をしているが、今年に入ってから価格が大幅に上昇していることを考慮し、スコアのプラス幅を若干縮小した。ここ数週間は、実質利回りの上昇とドル高が金にとって重石となっている。中国がコロナ関連政策による制限からの経済活動再開を進めているものの、同国の世界景気への寄与は期待外れとなっているため、ドル安トレンドの再来には当分時間がかかるかもしれない。とは言え、投資家のポートフォリオにおける金のポジションは依然少なく、「脱ドル化」需要が追い風であることは明らかである。
ECBのタカ派姿勢のタイムリミット
リセッションの印としてよく使われるのは、前期比の実質GDP成長率が2四半期連続でマイナスとなることである。この定義によると、GDP成長率が2022年第4四半期・2023年第1四半期ともに-0.1%を記録したユーロ圏はすでに緩やかなリセッションに入っており、第2四半期に入っても軟調な経済指標が続いていることから、このリセッション傾向は続く可能性がある。一方、ECB(欧州中央銀行)は連続8回目の利上げを実施したところで、これまでの総利上げ幅は4%となった。最初の利上げが行われた2022年7月までの8年間、マイナス金利に支えられてきた経済にとっては、実に大きな変化である。
2021年に始まった世界的なインフレの急加速には、供給の制約、ロックダウン(都市封鎖)下の消費者によるモノ需要の急増、エネルギー価格の上昇がすべて要因として関与している。各国中央銀行が利上げで物価上昇圧力に対応するなか、ECBも引き締めへの参加タイミングは幾分遅かったものの例外ではなかった。チャート2は、ユーロ圏のインフレ率を、総合指数とエネルギー・食品・アルコール・タバコを除いたコア指数の両方で示したものである。両指数とも、2021年後半に上昇率がECBの総合インフレ目標である2%を超え、大幅に加速した後、1993年のEU(欧州連合)発足以来の最高値でピークを付けた。創設以来、概ねハト派としての評価を受けてきたECBにとって、試練となったのは間違いない。
ラガルドECB総裁は最近の講演で、高インフレへの現在の政策対応を、巡航高度まで上昇する過程にあり、目的地に向かってパイロットが水平飛行に切り替えるポイントに至っていない飛行機に例えた。同総裁が言いたかったのは、例えの飛行機のように金利の軌道は水平に近づき始めたものの、インフレ抑制に最適なポイントにはまだ達していないため、現段階ではより小幅の利上げが必要だということであった。当社としては、酸素が薄くなりすぎてパイロットが乗客を窒息させてしまう危険を冒すような高度まで飛行機が上昇しないようにすることも、同様に重要であると付け加えておきたい。
チャート3は、ユーロ圏について、発表された経済指標が市場予想より強いか弱いかを測るシティ経済サプライズ指数(CESI)と、ゴールドマン・サックス金融環境指数を示したものだ。CESIが大幅なマイナスとなっているのは、ECBのこれまでの引き締めが欧州の経済活動を冷え込ませる効果をもたらし始めていることを示しているとみられる。この1年間に金融環境が着実に引き締められてきたことを考えれば、驚くにはあたらない。金融引き締めが経済成長の鈍化を招いていることは、インフレ抑制策としてECBが意図した通りの展開と言って間違いないだろう。しかし、インフレがピークを打ち経済がすでにリセッションに陥っているにもかかわらず、中央銀行が引き締めを続けるのは、やり過ぎのリスクがあるように思われる。中央銀行の高官は最近、これまでの利上げがもたらす影響の遅行性に言及し始めているが、自身の発言に耳を傾けすでに行った金融引き締めの効果を見守るべき時が近づいていると当社では考えている。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- クレジット物よりもソブリン債を選好:中央銀行の引き締めサイクルや銀行セクターの問題は、信用スプレッドと信用クオリティにとって逆風となりやすい。したがって、ソブリン債を選好する。
- 新興国債券の利回りは魅力的:現地通貨建て新興国債券の実質利回りは総じて非常に魅力的であり、全面的なドル安を受けてクオリティの高い新興国通貨も選好している。
- オーストラリア債券は魅力的:オーストラリア債券は最近パフォーマンスが劣後したことで相対バリュエーションの魅力度が回復している。オーストラリア準備銀行が不可解にもあらためてタカ派姿勢をとっていることから、同国はリセッションに陥る可能性が高まっている。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
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