本稿は2023年7月20日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

ソフトランディングの可能性を織り込みきっていないグロース資産のスコアを引き上げ

投資環境概観

市場のポジショニングがよりポジティブな見通しへとシフトした一方で、マクロ経済の雰囲気は変わっていない。むしろ、株式市場への上昇圧力が根強く続いたことにより、投資家がベンチマークや同業者に大きく遅れを取らないよう株式エクスポージャーの再構築を余儀なくされた格好だ。2022年10月半ばに付けた株式相場の底は今や遠い過去の話となっており、通常であれば、これは今後の市場環境の好転と強気な見通しを示唆するものだ。しかし、過去数十年で最も積極的な引き締めサイクルの後期にあるというマクロ環境は変わっておらず、それほど遠くはない将来に景気減速を迎えるシナリオをほぼ断定的に示している。

世界を見渡せば、中国の経済成長が期待外れに終わるとともに欧州のリセッションに深刻化の可能性があるなか、いずれ景気減速やリセッション(景気後退)が起こる可能性については当社も同意するところだ。しかし、米国の財源は潤沢であり、AI(人工知能)による破壊的変化がもたらす強力な投資インセンティブと相まって、景気を維持する反循環的パワーとなりつつある。この動きは続く可能性があり、景気の悪化はおそらくさらに先へと延びるだろう。

投資家である我々は、好況・不況の影響が最終的に世界の貿易メカニズムを通じて波及し、世界中の景気動向が同期するという通常のグローバル・サイクルにかなり慣れている。相互依存関係や共有された展望に変わりはないが、各国政府や産業界が米中間の経済対立やロシア・ウクライナ戦争といった亀裂を特徴とする多極化世界に適応すべく異なる道を歩むのに伴い、例外ケースが増えてきている。各国中央銀行は何十年にもわたって景気サイクルを支配してきたが、その影響力は政治や広範な業界変革がもたらす強力で長期的な力により弱められる可能性がある。現在の環境下では、これらの材料について中立スタンスを維持するのが賢明と考える。今日の成長機会は現実的で拡大しつつあるものの、最終的にどの材料が優勢になるかは誰にも予想できないからだ。

クロス・アセット

当月は、グロース資産のスコアをマイナスからプラスへと引き上げる一方、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置いた。近代の歴史上で最も積極的な金融引き締めサイクルに見舞われたにもかかわらず、景気は持続しており新たな成長の芽も現れてきている。経済成長動向は、低インフレを追求するために景気を抑制しようとする政策の逆風に直面し、リスクに晒されている。しかし、現在ではインフレが減速傾向にあり金融引き締めがペースダウンしていることから、近いうちにマイナス成長に転じることはないと考えている。

地政学的には、各国政府は自国の安全保障への投資を増やす必要があり、生産の自国シフトを進めサプライチェーンを世界の友好的な近隣国に移しながら、同時に政策課題の上位を依然占める気候変動に対処する必要がある。これには多額の資金がかかり、その多くが民間部門に流れるが、民間部門もまた、多くの産業に破壊的変化をもたらし得る生成AIのような変革的技術に後れを取らないよう、投資を進めていく意欲が高い。インフレを持続可能な水準へ鈍化させるという目標は、多額の投資の継続とは概して相反するものだが、生産性の向上によって新たなインフレ圧力が少なくとも部分的に相殺される可能性はある。これがやがてどのような展開を見せるかは知り得ないが、しばらくは大きな機会と厄介なリスクが共存する不安定な道程になりそうだ。幸いなことに、こういった動向はグロース資産とディフェンシブ資産にほぼ相反する形で作用するため、分散投資の機会は今後も続くと思われる。したがって、より長期的には、これらの各資産クラスに対し全体として中立的なスタンスが望ましいと考える。

グロース資産では、成長機会が中国以外でより向上するなか、新興国株式のスコアを中立からプラスへと引き上げ、その分、リートと上場インフラ資産のスコアを等分で引き下げた。ディフェンシブ資産では、金融環境のタイト化に晒されながらも全体的な成長環境が底堅さを見せていることから、ハイ・イールドおよび投資適格のクレジット資産、そして現地通貨建て新興国債券のスコアを引き上げた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位


当社の見方

グロース資産

グロース資産については、本レポートの当月号を仕上げる直前の当月半ばにスコアを引き上げた。これは、米国の6月のCPI(消費者物価指数)が好結果となり、同国のソフトランディング(リセッションを回避した緩やかな景気減速)が実際に可能であることを示唆するデータフローが強まっていることを受けたものである。これは従来からの通念に反する。米FRB(連邦準備制度理事会)は過剰な引き締めを行いがちであることで知られ、今回もそうなるだろうと思われていたからだ。しかし、インフレが減速を続けており労働市場の逼迫も緩和されていることから、FRBは雇用が転機を迎えて経済がリセッションに陥る前に利上げを止めることが十分可能となる。

当社では、ゴルディロックス(過熱せず低迷もしない適度な経済状態)的なソフトランディングについて、まだ可能性の高いシナリオとの確信を持っていないが、その可能性は高まってきており、当該シナリオに対して逆張りのポジションをとるべきではないだろう。米国の財政出動はかなり強力であり、新規の建設に表れているようにペースが加速している。通常、財政出動はインフレ圧力に拍車をかけるものだが、今回は金融政策の効果が出てきていること、また中国や(その傾向が強まっている)欧州など他の国々からデフレの追い風が吹いていることもあって、インフレは急速な減速傾向が続いている。

このように景気見通しがバラバラであるなか、リスク領域は引き続き国内にあり、米国や日本、そして米国の需要とともにこの急速に進化する多極化世界において有利な地域特性が追い風となる新興市場の一部に、様々な地域的機会が浮上している。

FRBは利上げを継続しリセッションをもたらす可能性があるが、そうすることの根拠、つまり「それ以外に代替手段がない」という主張は空虚に聞こえ始めている。インフレの減速傾向が続いていることを考えれば、FRBは引き締めを一時停止して(達成できると考えていた人はほとんどいなかった)ソフトランディングの可能性を享受すべきだろう。ただし、これはインフレ率が無事に目標の2%に戻るということではない。実際、インフレ率2%達成への「最終段階」は、不可能ではないにしても非常に困難なものになり、時間がかかって2024年までは実現しないと思われる。

米国財政出動の知られざる復活

2021年11月に成立した1.2兆ド米ルの「インフラ投資・雇用法」(IIJA)に続いて、1年近く前の2022年8月初旬にジョー・バイデン米大統領が「CHIPS・科学法」に署名し、半導体製造業への投資に500億米ドルが割り当てられた。その数日後には「インフレ抑制法」(IRA)が成立し、新規投資に5,000億米ドルが配分された。「インフレ抑制法」という名称については、支出を前倒しで行うのに対して財源調達は後ろ倒しとなることから、揶揄する声も多かった。

とは言え、2022年7月下旬にFRBがハト派に転じたように見受けられたことを受けて、市場は上昇した。しかし、2022年8月にパウエルFRB議長がジャクソンホール会議(米国ワイオミング州のジャクソンホールで年次開催される経済政策シンポジウム)で行った「超タカ派的」講演によりFRBの政策転換への期待が打ち砕かれると、強気派はすぐに弱気姿勢に転じた。市場は急落して2ヵ月近く後の10月半ばに底を打ったが、市場が引き締めサイクルの終了時期を推測するのにインフレ動向に大きく注目する一方で、投資刺激策は静かに勢いを増してきた。

チャート1


当社を含め大半の市場参加者が困惑しているのは、これまでの積極的な引き締めサイクルにもかかわらず、なぜ労働市場がこれほど活況を保っているのかということだ。その一端は、労働市場がまだ完全には回復していないなかで、貯蓄超過の残り火(2021年には2.2兆米ドルだったが現在は6,600億米ドルに減少)が需要を支えていることにある。しかし、徐々に明らかになってきているのは、新規建設が需要を支え新たな雇用を創出する上で重要な役割を果たしていることだ。

一方、インフレは減速を続けており、当初懸念されたような過剰な財政出動による加速圧力は今のところ見られていない。ここでも、そのような加速圧力が、中国の失望的な経済成長や欧州のテクニカル・リセッション(前期比での実質GDP成長率が2四半期連続でマイナスとなること)入りなど、他地域の景気低迷によって相殺されているのかもしれない。いずれにせよ、AIの新たな発展が多くの新しい投資機会をもたらしているなか、米国の成長ストーリーは今のところバランスが取れて持続可能であるように見受けられる。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 日本と米国を選好:日本は強力な改革によるデフレ脱却、米国は財政出動と新しいAI技術を背景とする新規投資からの追い風と、両国とも景気回復において先導している。
  • 一部の新興国を選好:中南米諸国は、高い実質金利と今年後半から始まるであろう金融緩和サイクルが追い風となる、有利な立場にあるとみられる。特にメキシコは、間近に迫った利下げと米国の投資を賄うサプライチェーンにおける優遇された立場というダブルの追い風を受け、魅力的に映る。インドは、エネルギー価格の低下や有利な人口動態、そして今では中東と米国における新たな製造サプライチェーンの機会から恩恵を受けやすい。また、韓国と台湾は、近く見込まれる半導体サイクルの好転が追い風となる。
  • 中国と欧州に対して慎重:米国と上述した需要回復の恩恵を受けそうな国以外では、中国と欧州が引き続き厳しい状況に晒されるとみられる。中国に対する投資家心理は大きく悪化しており、景気刺激策も状況を好転させられるほどの規模になるとは考えにくい。欧州はテクニカル・リセッションに陥っているが、ドイツのPMI(購買担当者景気指数)が景気悪化を示す水準にないなか、ECB(欧州中央銀行)は一段の引き締めを行う方針を維持している。

ディフェンシブ資産

ディフェンシブ資産では、ソブリン債のスコアを全体でプラスに維持しながらも、先進国債券のスコアを若干引き下げ、その分、新興国債券のスコアを引き上げた。6月は、各国中央銀行が1年余り前に開始した執拗な引き締め政策の先行きを効果的に伝えることに苦慮するなか、グローバル・ソブリン債にとって吉凶混合の月となった。FRBが同月に引き締めを一時停止する一方、他のいくつかの中央銀行は引き締めサイクルを継続または再開したが、いずれの地域でもインフレは減速傾向にあり景気は鈍化しつつある。対照的に、失業率は大半の国でかなり低い水準にとどまっており、この相反する材料によって債券市場は今年も困難な状況に晒されている。実質金利も上昇しており、多くの新興国ソブリン債で非常に魅力的な水準にあるとともに、現地通貨の追い風ともなっている。

クレジットもののスコアについては、当月も若干引き上げたもののマイナス領域にとどめた。信用スプレッドは最近のグローバル株式市場の上昇を受けて縮小し、これが世界的な国債利回り上昇によるマイナスの影響を上回った。各国中央銀行による世界的な引き締めの動きがまだ終了していないため、景気見通しは依然厳しい。とは言え、雇用が堅調なためリセッションには陥っておらず、悲観的な見方に基づくポジショニングは今のところ報われていない。今後の見通しとしては、金融引き締めと銀行融資環境のタイト化というダブルの逆風が、年後半を迎えても資金の借り手を圧迫し続けると予想している。

金に対してはポジティブな見方を維持しているが、スコアを小幅のプラスへと引き下げた。金価格は5月に付けた直近の高値から下落基調に転じた後、当月はドル・ベースで上昇しているが、円高のペースには追いついておらず、円ベースでは下落している。最終的には、各国中央銀行が外貨準備において金の保有を増やし続けているとともに投資家の保有ポジションが低水準にとどまっていることから、当該貴金属の需要を引き続き有望視している。

RBAの引き締め停止は今度こそ本物か

RBA(オーストラリア準備銀行)は、2024年まで利上げを行わないとしていたにもかかわらず、史上最速の引き締めサイクルに着手し、政策金利を2021年4月の0.1%から14ヵ月かけて4.1%まで引き上げた。しかし、当月は利上げを見送り(今年2回目)、「経済の状況...経済見通しおよび関連リスクを見極める」時間を設けることにした。これは、4月に同中銀が利上げを一時見送った際に示した根拠と似ていなくはないが、5月、6月と0.25%の利上げを2回実施したことから考えると、「経済の状況を見極める時間」とは30日間だったということになる。

過去24ヵ月間のRBAの発言からすると同中銀のアクションを深読みするのは難しいが、今回は4月の時よりも長い期間にわたって金利が据え置かれる可能性が高まっている。タイミングの観点からは、RBAが4月と7月の両月に利上げ停止を決定したのは、オーストラリアではインフレ率の発表が四半期ごとで、これら各月の統計が発表されるという事実を反映している。

4月のインフレ率は市場予想を上回ったが、暫定的兆候からすると7月分はそうならないことが示唆されている。最近導入されたオーストラリアの月次インフレ指数は上昇率が鈍化し始めており、2022年12月に前年同月比8.4%でピークを打った後、6月分は同5.6%となった。同国のインフレはコロナ後、過去20年間と同様に、カナダや米国のインフレと概ね足並みを揃えている。チャート2が示すように、オーストラリアのインフレは米国とカナダを6ヵ月遅れで追っているように見受けられ、加速は数ヵ月余分にかかったものの、同程度の水準でピークを打ち、現在は数十年来の高水準から減速に転じつつあるとみられる。

チャート2


他国と同様、オーストラリアの失業率は依然低水準にあり、GDP成長率は鈍化しながらもリセッションの域には達していない。しかし、他の国々と異なるのは、オーストラリアの住宅ローン市場は変動金利が中心であるため、RBAがアクションを講じるたびに金利を通じて家計への影響波及が早く起こりやすい。オーストラリアでは、この波及効果の初期兆候が明らかになりつつある(チャート3参照)。家計消費は鈍化し始めており、実質小売売上高は減少を記録、消費者信頼感は過去最低水準にあり、高額品購入意欲に関する調査もかつてないほどの低水準にある。RBAはこうした動向を認識しており、今年初め、家計収入に占める住宅ローン返済額の割合が「年後半には歴史的な高水準に達すると予想される」と述べた。

チャート3


オーストラリアのインフレがカナダや米国のインフレと同様の動きを続けるとすれば、家計の債務返済コストが過去最高水準に達するのに伴い、オーストラリアの金利はターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)に近づいているはずだ。オーストラリアと米国の利上げがあと1、2回しかないと仮定すると、両国間の金利差はオーストラリアのキャッシュ・レートが米国を1.00~1.25%程度下回る水準に落ち着くとみられる。チャート4が示すように、この金利差は、オーストラリアの10年物国債が米国の10年物国債を0.5%下回る利回り水準で取引されることを意味し、オーストラリアの国債市場を先進国のなかでも傑出して魅力的な市場としている。

チャート4


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 中国債券は依然安定を供給:中国では第2四半期に経済成長率が大幅に鈍化したため、中国人民銀行が金融緩和を実施し、これを受けて債券市場が下支えされた。また、世界の金利動向との相関性が低いことも、安定性をもたらしている。
  • 新興国債券の利回りは魅力的:現地通貨建て新興国債券の実質利回りは総じて非常に魅力的であり、全面的なドル安を受けて当社ではクオリティの高い新興国通貨も選好している。
  • フランス国債を選好:インフレを迅速に減速させようと意を決しているECBは、インフレがピークを打ち鈍化傾向にあるなかで、すでに低迷している経済に対し引き締めを強めており、過剰引き締めのリスクが高まっている。欧州債券のなかでは、国の財政が安定しておりドイツ国債に対して上乗せ利回りを提供しているフランス国債を選好する。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:


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