本稿は2022年12月6日発行の英語レポート「Asian credit outlook 2024」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • アジア・クレジット市場においては、ファンダメンタルズや需給環境が引き続き追い風となっている。一方で、足元ではアジア投資適格債のスプレッドが史上最低水準近辺にあるなど、バリュエーションは厳しい状況にある。ネガティブなリスク要因は依然残っているが、多くの好材料が織り込まれている様子である。したがって、2024年のアジア投資適格債のスプレッドは、緩やかな拡大バイアスを伴いながら横ばいで推移する可能性があるとみている。また、今年縮小したBBB格債とA格債のスプレッド差が拡大に転じる可能性がある。2024年のアジア・ハイイールド債については、主要サブ・セクターの動向を左右している循環的要因や構造的要因が無数に存在しており、全体としての方向性を予測することが困難となっているが、足元ではスプレッドが依然として高水準にあり、中期的には縮小余地がある。
  • 2024年は信用リスク全般に関してやや慎重な姿勢で臨む方針である。クレジットカーブの形状が平坦であることを考慮し、短期ゾーンにおいてより大きなクレジットエクスポージャーを取ることを若干選好する。アウトパフォームが期待されるのは、厳しさを増している世界情勢にもかかわらず堅調に推移するとみているセクターである。
  • 2024年はリスクが均衡するとみている。大きな下方リスクの1つは、米国経済の底堅い推移が続くとともにインフレ動向が再加速し、米FRB(連邦準備制度理事会)の利上げサイクルを長引かせる可能性があるシナリオだ。反対に、ディスインフレが想定よりも早く進んで先進国経済のハードランディングが回避されれば、世界的に金融緩和への転換が前倒しされ、世界のクレジット市場全般にわたってさらなるスプレッド縮小が後押しされる可能性がある。その他のポジティブなリスク要因としては、中国不動産市場の予想以上の回復や米中関係のさらなる緊張緩和などが挙げられる。

アジア・クレジット市場2024年の見通し

ファンダメンタルズ

マクロ環境

2023年は当初の予想とは異なる展開となった。2023年を通して、投資家は米国の雇用統計やインフレ指標を注視し、最後の利上げがいつになるのかを議論してきた。労働市場環境は引き続き逼迫しており、企業活動は予想以上に堅調な状態が続き、またインフレ率がFRBの目標である2%を上回っているなか、FRB当局者の最近の発言は2023年にあと1回の利上げ実施を排除していないことを示唆している。金利はさらに引き上げられ、市場が期待していた利下げは先送りされ続けているものの、世界の経済成長は景気後退に陥るとの予想を覆している。2024年へと向かうなか、主要国の経済見通しが低調なままであるとともにインフレの高止まりが再びやや見受けられるなど、足もとのマクロ・市場環境はほとんど変わらないか、わずかな変化にとどまる可能性がある。金融当局は引き続き、金融引き締めがインフレや経済に与える累積的な影響を評価している段階にあり、政策環境は引き締め的な状況が続くだろう。米国を中心とする主要国経済の底堅さを受けて、「高金利の長期化」観測が広がっており、これが2023年のトータル・リターンの重石となってきたが、一方で金利上昇を受けて、債券利回りは世界金融危機後の高水準に達しており、投資家の間では歴史的にみても高水準なオールイン利回りを確保するインセンティブが高まる可能性もある。

アジアでは、2023年第2四半期以降の中国の急速な景気悪化や半導体産業のサイクル回復の遅れなど、厳しい外部環境が域内の貿易回復の大きな足かせとなっている。2024年は大半のアジア諸国の経済活動が概して安定的に推移すると予想しているが、中国の景気回復ペースについてはどう転ぶか分からず、域内の経済成長を大きく左右する要素となるだろう。中国の政策当局は経済成長を促進するために多数の措置を発表してきたものの、経済の勢いは低調なままであり、労働市場のセンチメントもいまだ冴えない。インドやフィリピンは2024年にかなり力強い成長をみせると予想され、また韓国やシンガポールのような開放型経済は輸出の回復から恩恵を受ける可能性がある。

大半の中央銀行は、少なくとも2024年前半は政策金利を据え置くと予想している。例外なのは中国で、低迷する経済を支えるために、追加金融緩和を実施する可能性がある。域内の各中央銀行が米国金利の高止まりに直面し、自国通貨の下支えに取り組むなか、金融政策は引き締め的な状態が続くと予想される。インフレについては、中国は低水準からやや加速する可能性があるが、域内の他の国・地域ではディスインフレの傾向が続くだろう。インドやインドネシア、韓国、そして(おそらく)シンガポールでは選挙が控えており、これらの国の政策は成長を支援するものに傾く可能性がある。選挙に先立って財政出動が拡大されると予想しているが、その規模は最小限にとどまるとみている。

クレジット環境

2024年を迎えるにあたり、信用力はとうにピークを過ぎているとの確信を深めている。しかしながら、企業の信用特性に悪化がみられているとしても、それは非常に良好な水準からのものである。企業の有利子負債比率(レバレッジ比率)は上昇しており、流動性ポジションはタイト化している。米国の利上げサイクルでは金利が市場の予想より高く引き上げられ、利下げは当面見込まれないことから、企業は高い借入コストが長期化する資金調達環境への適応を迫られるとの懸念が強まった。過去数回の利上げサイクルでは、FRBをはじめとする中央銀行が、インフレの進行と力強い経済成長という組み合わせに対応して金融環境を引き締めたが、今回は状況が異なり、現在進行中の引き締めサイクルは景気減速とインフレ高止まりという状況下で展開されている。

こうした世界のマクロ環境は、アジア・クレジットのファンダメンタルズにとってより困難な状況を作り出している。しかし、そうした逆風を軽減し、アジアの信用ファンダメンタルズを下支えすると期待される良好な要因も存在するとみている。中国においては足元で財政出動が強化されてきており、政策当局が環境の厳しさを認識していることが窺える。このことは、政策当局が中国の景気回復の裾野拡大を促し、2024年の経済成長を押し上げるための追加措置を実施するとの期待をさらに高めている。重要な点として、中国は資金調達コストを引き下げ、民間企業が十分に資金調達を行える状況を確保するための法整備を進めている。こうした措置は今のところ民間の不動産デベロッパーにはあまり効果をもたらしていないが、その他分野の企業の借換えリスクを和らげ、資金調達負担を軽減すると期待される。中国以外の域内諸国においては、2024年前半は経済成長が鈍化するものの、企業の信用ファンダメンタルズは底堅く推移すると予想される。金融セクター以外の企業は、収益成長率の低下や資金調達コストの増加傾向を受けてレバレッジ比率やインタレスト・カバレッジ・レシオが若干悪化する可能性があるが、アジア投資適格社債の発行体を中心として大部分の企業が十分な格付けバッファーを有しているとみられる。

原油価格は2024年も高止まりし不安定な状態が続く可能性がある。気候変動、地域紛争、マクロ経済サイクルなど、さまざまな要因が市場に大きな懸念をもたらしており、原油価格動向の変動性が高まっている。このような環境下、同セクターのバリューチェーンにかかわる企業にとって2024年の見通しはまちまちとなっており、上流企業は好調を維持すると予想されるが、下流に位置する石油精製企業や石油化学企業は収益性悪化という逆風に直面する可能性がある。

アジアのテクノロジー企業の信用ファンダメンタルズは、地政学的緊張が引き続き同セクターのリスクとなっているものの、比較的底堅く推移している。ドル建て債券を発行しているアジアのテクノロジー企業は総じて業界のリーダーたちであり、財務レバレッジも低水準だ。ハードウェア企業については、パソコン、スマートフォン、メモリーチップ関連など、様々な分野において需要が底を打った可能性があるとの見方が強まっている。同時に、中国のテクノロジー企業においては、以前は重要な懸念事項であった国内規制リスクが大幅に低下している。

高金利とマクロ経済環境の悪化を受けてデベロッパーや不動産賃貸事業者は不動産の需要、販売価格、賃料の低迷に直面する可能性があることから、不動産セクター全体として慎重な見方をしている。中国不動産セクターでは、国有企業であり、販売契約実績や資金調達力に優れたデベロッパーを選好する。中国本土以外では、ドル建て債券を発行している香港のデベロッパーの大半は、レバレッジ比率の低さや歴史的に慎重な財務方針に支えられ、不動産の需要低下と価格下落という当面の苦境に耐えることができると考える。シンガポールの商業用不動産市場は底堅く推移しており、小売、ホスピタリティ、工業・物流向けの各分野については持続的な追い風を理由にポジティブな見方を維持している。一方で、オフィス向け分野に対しては引き続き慎重な見方をしている。

概して、アジアの銀行セクターは底堅い推移を続けている。強固な資本基盤や貸倒れを吸収できる十分なバッファー、健全な流動性を有しており、安定した収益性も見込まれることから、引き続き銀行セクターを有望視している。ファンダメンタルズが強固な大手銀行の資本構成については、資産の質を注視しているが、こうした発行体の債券はノン・コール・リスク(繰上償還されないリスク)が最小限とみられていることから、良好と評価している。

バリュエーション

2023年は厳しいマクロ環境下ながらアジアの信用スプレッドは縮小した。ただし、その大部分はアジア投資適格債分野でのスプレッド縮小を反映している。債券指数レベルでみると、アジア・ハイイールド債のスプレッドも縮小したが、これはデフォルトの発生に伴うインデックスのリバランスや、中国不動産大手の発行体数社がインデックスから除外された影響によって歪められたものである。

スプレッドは年初来で縮小しているものの、アジア投資適格クレジットはボラティリティの高まる局面がなかったわけではない。2023年3月中旬には、米国の複数の地方銀行が破綻したことや、クレディ・スイスがUBSとの合併を余儀なくされ、それに伴い同社の追加的Tier 1(AT1)債が無価値化したことを受けて、スプレッドが顕著に拡大した。ファンダメンタルズがかなり強固であったアジアの銀行が発行する資本性証券は、こうした動向の影響を免れなかったが、スプレッドの拡大は大幅に緩やかなものにとどまった。米国と欧州の当局による流動性供給や規制措置などのおかげで銀行セクターの混乱悪化が防がれたことで、アジアの金融セクターのスプレッドは縮小し、世界の金融セクターと同様の水準へと戻った。

2023年の後半には、アジア投資適格債のスプレッドは顕著な回復力と安定性を示し、160~175ベーシスポイント(bps)の狭いレンジ内で推移した。これは、(1)中国の景気回復をめぐる懸念の強まり、(2)新型コロナウイルス流行収束を受けた中国経済再開に対する当初の楽観ムードが薄れた後の中国不動産セクターのさらなる低迷、(3)米国債利回りの上昇とFRBや他の主要中央銀行のタカ派的発言を受けた下押し圧力の継続、(4)米中の地政学的緊張の継続、にもかかわらずである。こうした底堅さの一因は、中国の不動産セクター以外の投資適格クレジットを含め、アジア投資適格債分野の大半においてソブリンと企業の信用ファンダメンタルズが強固であることにある。同時に、新発債の総供給量が少なく、正味供給量がマイナスであったことなど、需給環境もスプレッドのバリュエーションを下支えした。債券利回りの上昇は、全体的な市場センチメントへの逆風となったが、長期的な展望からオールイン利回りに注目した買い手を引きつけることにもなった。

2024年に目を向けると、2023年にアジア投資適格債のスプレッドを下支えした要因の大部分が引き続き存在するとみている。しかし、足元のアジア投資適格債スプレッドは歴史的低水準に迫っており、先進国市場のスプレッドより若干ワイドであるものの、過去対比でタイトな水準にあることから、プラス要因の大部分は織り込み済みの感があり、さらなる縮小余地は限定的である。また、世界経済の成長が予想以上に急減速する可能性があることや、国内金利の上昇がアジア諸国の経済や企業の信用ファンダメンタルズに徐々ではあるが悪影響を及ぼすことなど、ネガティブなリスク要因も存在する。これらの要因はみな、2024年にアジア投資適格債のスプレッドが緩やかな拡大バイアスを伴いながら横ばいで推移する可能性を示唆している。また、BBB格債とA格債のスプレッド差は2022年末の78bpsから、2023年終盤である本稿執筆時点で66bpsへと縮小しており、過去5年間の平均値である90bpsをかなり下回っていることから、縮小してきたスプレッド差が拡大に転じるリスクもある。

中国不動産セクターの動向は2023年を通してアジア・ハイイールド債のスプレッドに影響を及ぼし続けた。しかし、ハイイールド債においては中国不動産セクターのウェイトが大幅に低下したことから、同セクター内ではボラティリティの高い状況が続く可能性が高いものの、アジア・ハイイールド債分野全体への影響は今後低下するとみられる。その結果、アジア・ハイイールド債のスプレッドの方向性は、マカオのカジノ分野、インド・ハイイールド債、インドネシア・ハイイールド債、フィリピンや香港の無格付け発行体の動向にますます左右されるようになるとみている。これらの各セクターには無数の循環的要因や構造的要因が存在することから、2024年のアジア・ハイイールド債全体のスプレッドの方向性を予測することは難しい。ただし、足元ではスプレッドが依然として高水準にあり、中期的には縮小余地があるように見受けられる。

チャート1

チャート2

需給環境

アジア・クレジット市場の需給環境は2024年も引き続き良好とみている。米国債利回りの上昇と、特に中国とインドの国内におけるより低コストの資金調達手段の存在により、アジアにおける米ドル建てクレジットの新規発行動向は前年に続き2023年も非常に低調となった。こうした要因は少なくとも2024年前半は存在し続けるとみられることから、新発債の総供給量は2024年も1,000億米ドルから1,200億米ドル程度と低水準にとどまると予想している。これは2023年の総供給量よりも若干多いが、その理由は、2024年の後半には米ドル建て債券市場の利回りが発行体にとってより有利な水準となり、新規発行が幾分加速するとみているからだ。2023年と同様、総発行量の大部分は借換え目的のものとなり、正味発行量は問題なく消化できる水準にとどまるとみられる。中国とインドからの発行は低水準にとどまるだろうが、韓国からの新規発行は引き続き高水準で推移し、インドネシアやフィリピンのソブリン債も安定的に供給されると予想している。

さらに、新興国およびアジアのクレジット市場では投資資金フローがより良好な推移に転じる可能性があるとみている。米国債利回りの持続的な上昇や先進国債券利回りの短期ゾーンの高止まりは、中国の景気回復や地政学的緊張をめぐる投資家の懸念の強まりとともに、2023年における新興国債券市場からの投資資金流出の大きな要因となった。しかし、FRBは利上げサイクルの終わりに近づきつつある様子であり、2024年後半には金融緩和に転じる可能性があることから、世界の投資家にとってはより新興国クレジットへ投資資金を配分しやすい状況になると期待される。アジアにおいては、中国経済の安定化期待や地政学的緊張の緩和なども、域内のクレジット市場への投資資金流入を促す誘因となる可能性がある。

投資戦略

当社の基本シナリオとして、2024年は世界的に経済成長が鈍化し、とりわけ2023年に並外れて好調な推移をみせてきた米国経済はやや失速するとみている。同時に、先進国全般にわたってインフレの緩和が続くが、そのペースは2023年よりも緩やかになり、ばらつきも増す可能性が高い。主要中央銀行による積極的な利上げサイクルは終わりに近づいている可能性があるものの、金融緩和への転換のタイミングは依然として不透明となるだろう。こうした背景から、米国債利回りは足元の水準から緩やかに低下するとみられる。

アジアにおいては、中国の景気回復の勢いの持続性が重要なワイルドカードとなり続けている。不動産セクターの下支えに向けて中国当局が発表してきた様々な施策が効果を発揮するかが、中国不動産セクターのスプレッド動向の鍵を握っているとみられる。現在の同セクターは以前に比べるとアジア・クレジット市場に占めるウェイトが低下しているものの、スプレッド拡大または縮小の余地の大きさを踏まえると、市場全体のパフォーマンスに影響する重要なドライバーであることに変わりはない。中国を除くアジア諸国のマクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズについては、若干の下押し圧力が存在するものの好調を維持すると予想される。アジア・クレジット市場の需給動向は引き続き良好とみられる。しかし、先行き不透明感が広がっているなか、足元のスプレッドの水準や、投資適格債を中心に生じている信用力の低下を踏まえると、2024年を迎えるにあたってある程度の警戒姿勢が必要と言える。

したがって、2024年には信用リスク全般に関してやや慎重な見方をしている。クレジットカーブの形状が平坦であることを考慮し、短期ゾーンにおいてより大きなクレジットエクスポージャーを取ることを若干選好する。アウトパフォームが期待されるのは、マカオのカジノ、石油・ガス上流、インドの再生可能エネルギー、シンガポールや韓国などの基盤が強固な国・地域の金融劣後債など、厳しさを増している世界情勢にもかかわらず堅調に推移するとみているセクターだ。一方で、不動産セクターへの慎重な見方を維持する。これまでと同様、各セクターや各国における銘柄選択もパフォーマンスに違いをもたらす重要な要因となり続けるだろう。

当社の基本シナリオとして、2024年はリスクが均衡するとみている。大きな下方リスクの1つは、米国経済の底堅い推移が続くとともにインフレ動向が再加速し、FRBの利上げサイクルを長引かせる可能性があるシナリオだ。この場合はディフェンシブな姿勢をさらに強め、デュレーションに対する慎重な見方を徹底する必要があるだろう。反対に、ディスインフレが想定よりも早く進んで先進国経済のハードランディングが回避されれば、世界の中央銀行が早期に金融緩和へ転換し、世界のクレジット市場全般にわたってさらなるスプレッド縮小が後押しされる可能性がある。その他のポジティブなリスク要因としては、中国不動産市場の予想以上の回復や米中関係のさらなる緊張緩和などが挙げられる。そうなれば2024年の途中で見通しの変更が必要となるだろう。

セクター別見通し

金融・ノンバンク系金融機関

金利上昇は2023年を通してアジアの銀行セクターに正味でプラスの影響をもたらした。銀行は不良債権に備えて事前に引当金を積み増し、資本バッファーを引き上げるとともに、有価証券ポートフォリオの含み損も問題のない範囲に収まった。その背景には、銀行事業の基盤が強固であることや、有価証券運用への収益依存度が限定的であることが挙げられる。ファンダメンタルズが強固な金融機関は業績が引き続き好調で底堅く推移しているなか、同セクター内で明暗が分かれてきていることは無視し難い。マクロ経済面の逆風や地政学的リスクを受けて経営環境が常に変化している上、対GDP比での家計債務比率の高止まりや、中国本土の不動産セクターといった低迷する分野へのエクスポージャーなど、長年の問題も銀行セクターにとって大きな悩みの種となっている。これらは一朝一夕に解決できるものではなく、これまで繰り返し問題となってきたテーマである。

ファンダメンタルズが強固な銀行には、シンガポールの金融機関やアジアを代表する大手銀行が含まれる。現在の金利サイクルの段階を考慮すると、(特に前年比ベースでの)利益のさらなる上振れ余地は限定的とみており、注目しているのは業績の底堅さである。金利上昇を追い風として多額の引当金を積み上げており、マクロ経済環境が悪化した場合の資産の質の低下を乗り切る準備は十分に整っている。国内リテール・バンキングが主力事業であり、資金調達面の強みがあることは、これらの銀行のディフェンシブ特性の基盤となっており、預金獲得競争を行う必要性が低いこともファンダメンタルズに安定性をもたらしている。潤沢な資本バッファーのおかげで、2023年には非自律的成長機会の追求や自社株買い、資本性証券の買戻しが可能となってきた。マクロ経済の先行きが不透明であり高金利環境も続くなか、銀行セクター全般において貸出の伸び悩みが続くと予想される。したがって、ファンダメンタルズが強固な銀行の間において差別化要因となるのは、ウェルスマネジメントなどの事業分野から手数料収入を生み出す能力であると思われる。

タイの銀行の中では、同国の対GDP比での家計債務比率の高さを理由として、リテールや中小企業向けバンキングの比重が高い銀行よりも、法人顧客の割合が比較的高い銀行をより有望視している。高金利環境下において、借り手の債務返済能力や銀行の貸出債権の資産の質に対する懸念が生じるのは避けられない。しかし、銀行は過去数四半期にわたって引当金を積み立ててきており、そうしたリスクは引き続き緩和されている。

韓国の金融セクターでは、リスクの大部分は比較的小規模の銀行やノンバンク系金融機関(貯蓄銀行、コミュニティバンク、証券会社)に存在するとみている。これは、それらのビジネスが信用力の低い顧客にサービスを提供する立ち位置にあるからであり、また、住宅ローン貸出よりも、資本市場に関連するものなど相対的にリスクの高いビジネス活動への収益依存度がより大きいからである。したがって、韓国の金融機関に対しては選別的な姿勢を維持しており、一貫してファンダメンタルズの強さを実証してきた大手金融機関に引き続き注目している。

香港と中国の銀行にとって、主要なリスク源は引き続き不動産である。大半の銀行のエクスポージャーはパーセントで二桁台にのぼるが問題のない範囲に収まっており、不動産開発に特化した融資は銀行の融資残高に占める割合がさらに小さい。また、一握りの株式制銀行を除けば十分な資本を確保している。とは言え、不動産業界の信用力悪化にはまだ収束がみられない。さらに、中国本土の銀行に特有の問題として、金利や手数料の引き下げを指導する政策が導入されたことを受けてマージンが圧迫されている。したがって、中国本土の大手銀行については明るい見方を維持しているものの、以前と比べて魅力が低下しているように見受けられる。

その他に目を向けると、インドの銀行は不良債権処理が進み、引受能力やリスク管理能力も強化されたことで、資産の質が改善し、ファンダメンタルズが向上している。インドネシアの銀行は、同国内の潤沢な流動性に支えられて貸出残高が増加しているほか、ローンの再編をめぐる状況も引き続き改善していることから、引き続き有望視している。

概して、銀行セクターは底堅く推移するとみている。強固な資本基盤や貸倒れを吸収できる十分なバッファー、健全な流動性を有しており、安定した収益性も見込まれることから、引き続き銀行セクターを有望視しており、ファンダメンタルズが強固な大手銀行の資本構成については、資産の質を注視しているが、こうした発行体の債券はノン・コール・リスクが最小限とみられていることから、良好と評価している。

ノンバンク金融仲介分野では、引き続き適時な政策支援措置が打ち出されている中国本土の資産運用会社の一部に投資機会を見出している。また、保険会社については、その業績の底堅さを理由として選好している。証券会社については、国内資本市場の状況と強い相関関係があることから、慎重な見方をしている。

不動産

高金利とマクロ経済環境の悪化を受けてデベロッパーや不動産賃貸事業者は不動産の需要、販売価格、賃料の低迷に直面する可能性があることから、不動産セクター全体として慎重な見方をしている。

2023年には、中国政府が現物不動産市場の安定化に向けて、不動産市場の好況時に導入された一連の不動産価格抑制策の撤廃を進めた。今後も各都市レベルで段階的な政策緩和が実施される可能性はあるが、そうした政策は不動産セクター全体としてみれば十分なものにはならないとみている。したがって、マクロ環境や雇用情勢が低迷するなか、下流都市を中心として実物不動産販売には下押し圧力がかかり続けると予想される。不動産セクターでは資金調達へのアクセスが依然厳しく、両極化している。エスクロー口座に課されている厳格な制限も相まって、新規着工件数は低水準にとどまる可能性が高く、新築住宅販売のさらなる足かせとなるだろう。総じて、中国不動産セクターについては慎重な見方をしている。同セクターでは、販売契約実績や資金調達力が引き続き民間企業を上回るとみている国有デベロッパーを選好する。

中国本土以外に目を向けると、供給過剰状態や高金利、経済活動鈍化を背景に、香港不動産市場は2024年に逆風に直面すると予想する。しかし、ドル建て債券を発行している香港のデベロッパーや不動産賃貸業者の大半は、レバレッジ比率の低さや歴史的に慎重な財務方針に支えられ、不動産の需要低下と価格下落という当面の苦境に耐えることができると考える。

シンガポールでは、金利が上昇するなかでも住宅供給が比較的逼迫した状況に支えられ、住宅市場は2023年を通して安定的に推移した。近年の需要を牽引してきた主な要因が弱まるなか、政府の不動産投機抑制策による外国人需要の減少、賃料の軟化、公共住宅および民間住宅の供給増加といった逆風を理由に住宅分野に対する慎重な見方を強めている。S-REIT分野では、シンガポールの商業用不動産市場は、キャップレート(期待利回り)が上昇(不動産価格は下落)するなかでも賃料上昇率が好調に推移したほか、ポートフォリオのバリュエーションが安定的に推移したことから、著しい底堅さを維持している。小売、ホスピタリティ、工業・物流向けの各分野については持続的な追い風を理由にポジティブな見方を維持している。オフィス向け分野については、企業がコスト抑制に努めるなかで需要全般が鈍化しており、引き続き慎重な見方をしている。

石油・ガス

原油価格は2024年も高止まりするが引き続き不安定に推移する可能性がある。気候変動、地域紛争、マクロ経済サイクルなど、さまざまな要因が市場に大きな懸念をもたらしており、原油価格動向の変動性が高まっている。進行中のウクライナ紛争に加え、最近勃発したイスラエルとハマス間の戦争は中東情勢を不安定にし、原油供給の混乱を招く可能性がある。需要サイドでは、急激な金利上昇に伴うビジネス環境の悪化が2024年には消費全般に影響を及ぼし始めるとみられ、原油需要が抑制される可能性がある。

アジアの石油・ガス上流企業は引き続き、不安定ながらも高水準の原油価格の恩恵を享受するとみられる。一方で、下流の石油精製企業にとっては、原油価格が不安定に推移するなかで原料価格や在庫を管理していかなければならず、厳しい状況となるだろう。需要見通しの軟化も精製マージンの重石となる可能性が高く、精製企業は一段と複雑な舵取りを迫られることになる。石油化学会社については、低調なマクロ環境に加え、アジア域内の石油業界の生産能力増強を受けて、マージンに下押し圧力がかかる可能性がある。以上を総合すると、同セクターのバリューチェーンにかかわる企業にとって2024年の見通しはまちまちとなっている。こうしたなか、上流企業は好調を維持すると期待されるが、下流に位置する石油精製企業や石油化学企業は収益性悪化による逆風に直面する可能性がある。

消費者関連・娯楽

レジャー・娯楽産業は2024年も好調を維持すると予想する。マカオのカジノセクターでは、総カジノ売上の月間最高額を更新し続けており、力強い回復ペースを維持している。中国本土からの観光客数が好調に推移していることを受けて、マカオのカジノセクターの好況は2024年も続くとみている。こうした傾向は、カジノ免許保有企業にとって追い風となるだろう。新型コロナウイルス流行に伴うロックダウン(都市封鎖)期間中には事業運営中断が深刻化し、カジノ運営会社のバランスシートが大きな打撃を受けた。これを受けて、目下、カジノ運営会社は財務レバレッジや事業のキャッシュフロー創出力の改善に集中している。その結果として、同セクターの発行体の信用特性は改善してきている。マカオ政府とカジノ運営会社の間で結ばれたカジノ免許更新契約の一部として設備投資の実施が約束されたが、設備投資は新たな免許有効期間の全体にわたって分散され、同セクター全体の債務圧縮取り組みを後押しするとみられている。したがって、マカオのカジノ運営会社の見通しは明るいとみている。

消費者関連分野全般において、インフレが自由裁量所得に悪影響を及ぼし始めるなか、2024年には消費者が支出に関してより慎重になるとみている。消費者は貯蓄を増やし、不動産や自動車などの高額商品の購入を先延ばしし、住居の改良を見送るようになると思われる。また、贅沢をするとしても、小額商品、そして国内旅行や近隣国への旅行、特別な外食などの体験に支出する可能性が高い。概して、当社では一般消費財関連企業よりも生活必需品関連企業を選好する。

テクノロジー

アジアのテクノロジー企業の信用ファンダメンタルズは、2024年も引き続き比較的底堅く推移するとみている。ただし、地政学的緊張が同セクターのリスクとなり続けている。

ドル建て債券を発行しているアジアのテクノロジー企業は総じて業界のリーダーたちであり、財務レバレッジも低水準だ。ハードウェア企業については、パソコン、スマートフォン、メモリーチップ関連など、様々な分野において需要が底を打った可能性があるとの見方が強まっている。同時に、中国のテクノロジー企業においては、以前は重要な懸念事項であった国内規制リスクが大幅に低下している。

一方で、地政学的緊張の高まりは、アジアの多くのテクノロジー企業にとって引き続き逆風となっている。中国の特定の技術分野に対する米国からの投資を制限する措置や、人工知能用半導体へのアクセスの制限強化など、米国政府による最近の措置が中国テクノロジー企業へ直接的に及ぼす影響は限定的であり、同セクターが対処可能な範囲に収まるとみている。しかし、特に米国では2024年に大統領選挙があることから、この先事態が一段とエスカレートするリスクもあり、こうした地政学的緊張はアジアのテクノロジー企業にとって依然として大きなリスク要因となっている。

公益事業

燃料価格の緩やかな下落が続いていることから、2024年にはアジアの公益事業会社の信用特性は概ね安定的に推移すると予想する。中国による国内石炭生産の拡大や、アジア地域全体にわたる石油輸入価格の下落を主因に、石炭価格はピークアウトしている。こうした動きを受けて、2023年には大部分の石炭火力発電事業者の利益が回復した。また、新型コロナウイルス流行の収束を受けて様々な国が経済活動を本格的に再開し、エネルギー需要が増加したことも追い風となった。中国では2024年1月1日に電気料金に関する新方針が発効する。この新しい電気料金体系により、中国の独立系発電事業者にとっては現在高まっている利益の変動性がさらに軽減されるほか、エネルギー転換の動きの加速も促されると考えられる。エネルギー転換の加速は、信用面でも同セクターにとってプラスに働くとみられている。

アジア太平洋地域では、政府と企業の両方がサステナビリティ目標をますます優先するようになっており、クリーンなエネルギー源への大きなシフトを目の当たりにしている。業界の規制当局が炭素排出基準を強化し、地域全体で炭素税を導入・施行するにつれて、再生可能な電力源の需要拡大は今後も加速していくとみられる。この分野では、効果的なコスト管理に加え、強力なプロジェクト・スポンサーと実績に裏打ちされ、脱炭素化に向けた明確な移行方針を持つ企業を選好する。

運輸・インフラ

アジアの空運セクターは2024年もしっかりとした回復基調が続き、コロナ前の水準に戻ると予想する。航空旅行需要の増加、特に中国の旅行制限緩和を受けて中国人観光客が戻ってきており、航空旅行需要が増加していることから、同セクターは持続的な成長が見込まれる。アジアの中間所得層が増加しており、中・長期的に観光関連活動を牽引し続けると予想されることから、同セクターについてはポジティブな見方を維持する。空港インフラ運営関連や航空関連の発行体は需要回復の恩恵を受けると予想する。これとは対照的に、世界的に地政学的緊張が高まっているほか、海運業界内で構造的シフトが起こっており貿易活動の鈍化を招く可能性があるなか、港湾運営会社は成長が鈍化している。一部の先進国や新興国では需要鈍化を受けて貿易が失速していることから、貨物・コンテナ輸送量が一段と減少する可能性もある。とは言え、当社がリサーチ対象としている港湾運営会社の大半は財務基盤が強固で、必要に応じて成長のための設備投資を抑えられる財務柔軟性を十分に確保していると考える。したがって、2024年も大部分の港湾運営会社の信用特性は安定的に推移すると予想する。


アジアの空運セクターは2024年もしっかりとした回復基調が続き、コロナ前の水準に戻ると予想する。航空旅行需要の増加、特に中国の旅行制限緩和を受けて中国人観光客が戻ってきており、航空旅行需要が増加していることから、同セクターは持続的な成長が見込まれる。アジアの中間所得層が増加しており、中・長期的に観光関連活動を牽引し続けると予想されることから、同セクターについてはポジティブな見方を維持する。空港インフラ運営関連や航空関連の発行体は需要回復の恩恵を受けると予想する。これとは対照的に、世界的に地政学的緊張が高まっているほか、海運業界内で構造的シフトが起こっており貿易活動の鈍化を招く可能性があるなか、港湾運営会社は成長が鈍化している。一部の先進国や新興国では需要鈍化を受けて貿易が失速していることから、貨物・コンテナ輸送量が一段と減少する可能性もある。とは言え、当社がリサーチ対象としている港湾運営会社の大半は財務基盤が強固で、必要に応じて成長のための設備投資を抑えられる財務柔軟性を十分に確保していると考える。したがって、2024年も大部分の港湾運営会社の信用特性は安定的に推移すると予想する。