当レポートは、英語による2024年8月19日発行の英語レポート「Global Investment Committee review: still positive, with downside risk caveats」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


8月13日、グローバル投資委員会(GIC)は臨時会合を開き、最近の不安定な市場動向の影響や、強まりつつある米国の成長鈍化懸念について改めて精査した。GICによる結論は以下の通り。

  • 大半の主要国でGDP成長率がプラスになるとみる基本シナリオを維持するが、足元において米国経済指標が予想以上に軟調に推移していることから、米国のGDP成長率見通しの下振れリスクは高まっていると考える。米国と欧州ではインフレが緩やかなディスインフレ傾向を伴いながらレンジ内で推移する一方、日本ではリフレが継続し、中国でもリフレが継続すると予想している。
  • 米FRB(連邦準備制度理事会)が年内に1回以上の利下げを実施する可能性は高いと引き続きみており、利下げが実施されれば米国はプラスの経済成長を維持できると考える。しかし、成長鈍化がより顕著になるリスクも高まると予想しており、実際にそうなればFRBが年内および2025年序盤にかけて複数回の利下げ実施に踏み切るリスクも高まる可能性がある。
  • 日本では賃金と物価の「好循環」が続き、経済成長率が潜在成長率を上回る水準にとどまるとともに、インフレが当面日銀の目標である2%を上回るとの見方を維持する。一方で、円相場はこれまでの下落分の一部を予想以上の速さで取り戻した。今後予想されるFRBの利下げに加え、日銀も(徐々にではあるが)金融政策の正常化を進めることを決定していることから、円はある程度下支えされる可能性が高い。実際、対ドルでは円が150円を超えることはないと予想する。その結果、一時的にボラティリティが高まって株式のバリュエーションに影響を及ぼすかもしれないが、買い場をもたらすと期待される。また、円相場動向の反転は、タイムラグを伴うが企業収益に二次的影響を及ぼすリスクがある。
  • 米国の企業収益は今後1年もプラスの伸びが続くと予想するが、コンセンサス予想よりも保守的な企業収益見通しを維持している。さらに、バリュエーション(PER)の割高感が相対的に低い日本とは異なり、バリュエーションの上昇余地は限定的とみている。

世界のマクロ経済情勢:米国のGDP成長率見通しの下振れリスクが高まる

第2四半期以降の米国のGDP成長率とインフレ動向の新たな展開:米国では、複数の過去の経済指標が大幅に下方修正されたのち、7月の非農業部門雇用者数が予想を大幅に下回る結果となった。失業率も4.3%に上昇した(ただし、重要な点として労働参加率も上昇)。「サーム・ルール」1の基準に達したことで、一部の市場参加者は景気後退が間近に迫っていると懸念し始め、FRBに年内50ベーシスポイント(bps)の利下げを求める声が高まった。6月のコアCPI上昇率は一段と減速し、7月の製造業活動は、受注や生産の落ち込みに加え、ISM雇用指数が過去4年間で最大の低下幅を示したことが押し下げ要因となり、過去8ヵ月で最も縮小した。

しかし、そうした低調な経済指標がみられる一方で注目すべき点もあった。消費者心理は依然として軟調だが、6月の平均週間所得は引き続き増加し、小売売上高も拡大した。また、6月の消費者物価指数(CPI)は軟調だったが、FRBが重視するコア個人消費支出(PCE)物価指数の6月の結果は予想に反して減速を示さなかった。

さらに、労働統計局は、天候(ハリケーン「ベリル」)が非農業部門雇用者数の低迷に「明白な影響は及ぼさなかった」としているが、データはそうでないことを示しているように見受けられる。レイオフ(再雇用を前提にした一時解雇)のほとんどは一時的なものであり(常用雇用の減少幅はほとんど変化なし)、事業所調査での雇用減少は、天候の影響を受けたと思われる運輸・地上旅客輸送分野に集中している。

さらに、米国の失業率が上昇したのは、米国の労働力人口が(移民のおかげで)着実に増加し、労働参加率が着々と上昇しているためである。したがって、この低下は純粋に雇用情勢の悪化によるものではない。

GICの見解:鈍化するもプラス成長の軌道を維持する一方、ボラティリティの高まりが下方リスクを助長

インフレ率が鈍化の兆しをみせているとはいえ、依然としてFRBの目標である2%を上回っているなか、米国の軟調な経済指標はひと月分の情報であり、それに反応することは得策でないと考えた。また、その後の複数のFRB高官の発言を受けて、50bps単位の複数回利下げや臨時会合での利下げ決定などの積極的な緩和への期待は弱まっている。

ただし、投機筋による「キャリートレード」が巻き戻されるなか、VIX指数が60を超える高水準まで急上昇するなど、軟調な経済指標に対する金融市場の反応には注意している。金融市場の動揺を経済成長鈍化の前兆とするのはいささか堂々巡り的な議論となるかもしれないが、金融市場が緩和的な金融・財政環境に大きく貢献してきたことは注目に値する。

そのため、金融市場のボラティリティが再び高まり、経済成長に支障をきたすような事態が発生する場合に備え、経済の下振れリスクを見過ごすことは賢明でないと判断した。したがっ央て、以下の通りGICによる米国の成長率見通しの上位四分位数を下方修正した。この修正によってGICによる米国の成長率見通しの中値も若干影響を受けている。

図1

中央銀行金利と為替:円が再び安値を更新する可能性は低い、FOMCに下振れリスク

第2四半期以降の中央銀行金利と為替相場の新たな展開:日本銀行は7月31日に金利を25bpsに引き上げ、多くの市場参加者を驚かせた。日銀の声明文は物価上昇リスクを示唆する内容となり、四半期ごとに公表される「経済・物価情勢の展望」において長期的なコアインフレ率見通しのレンジ上限が小幅に引き上げられた。日銀会合に続いて開催された7月のFOMC(連邦公開市場委員会)では、ジェローム・パウエル議長の発言を受けて9月利下げ観測が強まった。パウエル議長は「早ければ」9月にも利下げが実施される可能性を示唆したが、利下げを見送る可能性も排除せず、緩和に動くかはデータ次第であるとした。

一方、ドル/円は、7月31日の日銀決定への反応がやや鈍かった。8月2日に発表された米国の7月の非農業部門雇用者数が市場予想を下回る結果となるまで、市場は落ち着いた動きをみせていた。その後、8月8日に発表された日銀の「金融政策決定会合における主な意見」は、主に長期インフレ期待の高まりを反映してターミナルレート(政策金利の最終到達点)を「少なくとも」1%とすることへの言及があり、それによってタカ派的と受け止められた。米国の経済指標が市場予想を下回ったことに加え、日銀のスタンスがタカ派的と受け止められたことなどがきっかけとなり、金融市場では目まぐるし動きがみられた。

米国の景気後退懸念が強まるなか、FRBが「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回っている状況)」に陥っているとの憶測や、日銀は市場が利上げの影響をうまく吸収できるように配慮することなく一連の利上げに踏み切るのではないかという憶測が市場で広がり、大きく積み上がっていた投機的な円ショートポジションが急減した。その後、ボラティリティは幾分和らいだが、引き続き明らかなのは、相対金利差(最近では実質金利差)がキャリートレードを牽引してきたという点である。その結果、金利差がわずかに縮小しただけでも、レバレッジをかけている市場参加者によるポジション解消につながった。

市場のボラティリティが再び高まったことを受けて、日銀の内田眞一副総裁は、市場が不安定ななかで追加利上げを実施することはないと明言した。また、投機的な円ショートポジションの多くが清算されたことから(少なくともIMM通貨先物建玉報告によると)、ドル/円は145円を上回る水準で安定した(日銀短観によると、これは日本企業による年度末時点の想定為替レートをやや上回る水準)。

ただし、足元における購買力平価の試算結果をみると1ドル=100円をやや下回る水準にあるものが多い。このことは、金利差が徐々に縮小する見通しであるなか、「公正価値」によってもドル安/円高方向に引っ張られる可能性があることを示唆している。

GICの見解:ドル/円はレンジ相場が続き、2025年第2四半期まで下振れ余地は限定的。

投機筋による円ショートポジションは数年来の高水準まで積み上がったのち、ほぼ解消されたように見受けられることから、当面はドル/円が急落を再開するきっかけは限られていると思われる。為替相場の乱高下によって十分な警告を受けた日銀は、市場が落ち着いてから次の一手を打つことを確約している。日銀の政策は依然としてほとんどの尺度からみても緩和的であるものの、いずれ引き締められていくと考える。

しかし、日銀が国内のデータだけでなく(個人消費に後押しされて好調だった第2四半期GDP成長率、プラスとなった6月の実質賃金伸び率など、足元ではデータが好調に推移)、海外のデータや金融市場の状況も引き続き注視する十分な理由があると考える。したがって、日銀に関する見通し(7月から9月の間に日銀が1回の利上げを実施するとの従来予想)は維持する一方、ドル/円ユーロ/円のガイダンス・レンジを小幅に引き下げた。また、米国GDP成長率の下振れリスクが高まっているとみており、それに伴ってFRBの政策金利の下振れリスクも高まっている(下表参照)。

チャート2

チャート2


日本株:ボラティリティ、ドル円相場の影響は一時的だが無視できない

第2四半期以降の日本株の新たな展開:市場において「キャリートレード」の見直しが進むなか、8月5日にCBOE VIX指数(向こう30日間の株式市場リスクを示す指標)が20未満から60を超えるまでに急上昇したが、その後はボラティリティが徐々に和らいだ。日経平均は株価平均型であるためボラティリティが高い傾向にあり、8月5日に3ヵ月物ATM(at the money)インプライド・ボラティリティ(VIX指数より対象期間がやや長い指標)が急上昇して37を超えたが、その後は徐々に低下した。比較的ボラティリティが低い傾向にあるTOPIXも、3ヵ月物ATMインプライド・ボラティリティが30近辺まで急上昇したが、その後はやや落ち着いている。

TOPIXのPERが11倍台半ばまで低下し、日本株は売られ過ぎ状態にあったが、株価下落は企業にとって自社株買いの好機となり、機関投資家にとっては株式を買い増す好機となった。その後、TOPIXは持ち直してPERが15倍まで回復した。

セクター別の初期見解:今回の株価急落においては金融株や商社株が最も大きな打撃を受けたが、内需関連銘柄やディフェンシブ銘柄(医療機器など)は相対的に底堅い推移を続けた。同様に、多くのキャッシュリッチ銘柄や、人的資本投資によって生産性が高まっている企業の株価も堅調を維持している。一方、半導体株と自動車株は大きく売り込まれた。高配当利回り銘柄の株価下落は行き過ぎの可能性があり、そのうち回復してくると期待される。

GICの見解:依然としてボラティリティが最近のマーケットショック以前に比べて高水準にあることから、日本株の反発は限定され以前の高値には届きそうにない。ただし、日本の今年度(2024年度)第1四半期の業績は、今のところ堅調に推移しているように見受けられる。内需(消費と投資の両方を含む)がより強力な成長ドライバーとなってきている兆しが、日本の「好循環」を引き続き支えている。企業は価格決定力を維持している様子であり、実質賃金の伸びもプラスに転じている。長期的な見通しは構造的に良好であるように見受けられるが、短期的にみると、株価の乱高下や円高(海外売上高が大きい企業にとって打撃となる)の影響によって一部のセクターの企業収益がしばらく下押し圧力に晒される可能性がある。全体的な企業収益成長についてはポジティブな見方を維持しているが、セクター・ローテーションがみられる可能性もあり、そうなればこれまでアンダーパフォームしてきた内需関連銘柄が外需関連銘柄に追いついてくると期待される。

日本企業においては、当社の日本株運用において投資対象の大半を占めるTOPIX全体にわたり、1桁台の健全な利益成長を遂げるとの予想を維持する。しかし、足元における市場のボラティリティの高まりやキャリートレードの巻き戻しの影響が波及する可能性があり、一時的にバリュエーションが影響を受けるとみている。そうした影響は3ヵ月間から6ヵ月間続くと推定される。加えて、ドル安/円高の影響が遅れて現れ、日経平均構成銘柄を中心とする海外売上高の大きい輸出関連大型株の企業収益が下押しされるリスクも存在する。

日本の構造的な景気回復が引き続き日本株を下支えするとの確信に揺るぎはないが、一時的に株式市場のボラティリティが再び高まる可能性があることは認識している。GICでは、日本株の想定バリュエーション(PER)を単一の数値としていたが、PERのガイダンス・レンジの採用へと変更している。これと同様に1株当たり利益(EPS)の見通しでもガイダンス・レンジを採用しており、それによって連結利益成長率の下位四分位数と上位四分位数の間の確率を捉えることを目的としている。また、EPSガイダンス・レンジに若干の修正を加え、日経平均を構成する大型株を対象とした指標の下位四分位数と上位四分位数も追加している。

企業収益のガイダンス・レンジ:2024年後半のTOPIXの前年同期比増益率は、3~8%のレンジ(ベース効果調整なし)と予想する。2025年前半には、短期的に高まっていたボラティリティが和らぎ、企業が緩やかな円高に適応すると、増益率が回復して4~11%のレンジになると予想する。日経平均の前年同期比増益率は2024年後半が5~20%のレンジ(ベース効果調整なし)、2025年前半が5~19%のレンジと予想しており、大手の輸出関連企業や海外売上高の比重の大きい企業の間では影響がより長引くとみられる。短期的にみると、9月には前年同月のEPSが低水準だったことによるベース効果を主因に、前年同月比ベースのEPS成長率の修正が進むと見込んでいる。2024年7~9月期にはEPS成長率が前年同期比ベースで一時的な調整を迎え、年間EPSは引き続き緩やかな上昇軌道を辿ることになると考える。

チャート3


バリュエーションのレンジ:PERは、つい最近までよりも変動性が高まると予想される。これは、経済成長をめぐる先行き不透明感が市場に影響を与えており、市況が振れやすくなっていると見受けられるからである。したがって、予想PERについては単一の予想値を示していたが、その内容を拡充して下位四分位数から上位四分位数までの間の予想レンジで示すことにする。日経平均のPERレンジは2024年後半が16~24倍、そして2025年前半が16~25倍と予想する。大企業を中心として日本企業の構造改革が進んでいることから、長期的には上昇バイアスがかかるとみている。TOPIXのPERレンジは2024年後半が13~17倍、2025年前半が13~19倍と予想しており、長期的には同様に上昇傾向を辿るとみている。

チャート3

想定株価(参考値):長期的にはEPSや、バリュエーションの上昇が株価動向の原動力に

第2四半期の「グローバル投資委員会による中期展望」において言及した通り、当社はGICのプロセスに変更を加えた。これには、GICの中期展望と当社の様々な運用戦略における見解の整合性をより高めること、したがって株価指数水準のポイント予想ではなく、参考として指標や指数の予想レンジを提示することなどが含まれる。それを受けて、企業収益の伸びやバリュエーションなど、投資家として注目している変数を中心としたガイダンスへと変更した。あくまでも参考であるが読者の便宜のため、EPS成長率(基準年のEPSにはBloombergのコンセンサス予想(「BEst」)を使用)とPERのガイダンス・レンジから示唆される株価指数の想定水準を算出している。上記のガイダンスに基づく想定指数水準は以下の通り。

チャート3

レンジの下限は、企業収益への打撃とバリュエーションのシフトの複合効果を考慮したものであり、予想する株価指数変動幅の下限を示している。レンジの上限は、予想する株価指数変動幅の上限を示している。


GICのガイダンス・レンジについては当レポートの補足1を参照。

チャート3

チャート3

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1サーム・ルールとは、失業率を最近の過去水準と比較することで景気後退入りを判断する経験則。全国失業率の3ヵ月移動平均と過去12ヵ月間の最低値を比較し、当該最低値を0.5%ポイント上回ると景気後退入りを示唆する水準となる。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。