本稿は、2024年10月4日発行の英語レポート「Are China’s stimulus measures enough?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


悪魔は細部に宿る

中国本土の経済は低迷している。若年層の失業率上昇を受けて国内消費が冷え込んでいる一方、家計資産は大部分が不動産に投資されており、不動産価格の下落に伴って大きく目減りしている。コロナ後は、マクロ経済の回復の遅れや欧米との間で続く貿易摩擦が原因となって企業収益が落ち込み、国内株式市場は劣勢に立たされている。さらに、個人投資家のあいだで「雪球」と呼ばれている金融デリバティブ商品の無差別買いが、株安を悪化させている。

したがって、9月下旬に中国人民銀行によって発表された一連の景気刺激策について、中国が苦しめられている様々な問題を一旦軽減してくれる待望の安心材料との見方が投資家のあいだで広がったことも驚くにはあたらない。CSI300などの主要株価指数やコモディティ関連銘柄の大半が大幅に上昇した。今回の政策パッケージは、中国本土の景気低迷が始まって以降当局が発表してきたなかで最も政策協調の図られた内容となっている。このこと、そして米FRB(連邦準備制度理事会)による金融緩和開始はファンダメンタルズの重要な変化を意味する。しかし、昔から言われているように、悪魔は細部に宿るものだ。

より明確なアプローチ

細かな行動ひとつひとつが厳しく精査される不透明な体制下にあって、我々がまず注目したのは今回の公式発表の行われ方だった。解釈の余地を多分に残した簡潔な文言で書かれた声明を読み解くのに苦労させられる時代は終わった。今回は、中国人民銀行の潘功勝総裁、国家金融監督管理局の李雲澤局長、証券監督管理委員会の呉慶委員長という当局トップが合同で国内外のメディア向けに記者会見を行ったのだ。

こうした異例の動きは、当局が今回の政策転換について、よりオープンで透明性の高い姿勢で臨んでいることを示すものだとみられる。記者会見の開始時間が午前9時(中国標準時)と、通常の午前10時開始よりも早かったことからも、当局が成長を下支えし、住宅価格や株価を安定させ、市中銀行のさらなる財務状況悪化を防ぎ、デフレスパイラルを阻止しようと本腰を入れていることを一段と確信させられる。その2日後に開催された中国共産党指導部メンバーが集まる月例の中央政治局会議において、習近平国家主席は前述の事項をみな改めて強調し、不動産価格の下落を食い止め、家計所得の伸びを支え、資本市場を活性化させ、若者のあいだで広がっている失業問題を緩和するための努力を惜しまないと誓った。9月の中央政治局会議が経済のトピックに割かれたのはこれが初めてで、党幹部が社会秩序を不安定にしかねない問題の解決を急務としていることをさらに裏付けるものとなった。

適時適所

中国の金融規制当局は、FRBによる4年以上ぶりの利下げ転換を受けて、人民元高圧力を最小化するために今回の措置の導入を選択したと考えられる。また、中国政府は、融資平台(地方政府の資金調達事業を行う国有企業)で積み上がってきたいわゆる「隠れ債務」について、地方政府による借換えを支援する取り組みを進めてきており、そのことが今回の施策への道筋をつけただけでなく、今後さらなる財政出動が実施される可能性も示している。中国の2024年の成長率目標は5%に設定されているが、その達成がますます困難になっている様子であり、当局は鈍化しつつある経済成長の下支えを目指してこうした大規模な措置を打ち出したとみられる。労働市場も低迷が長引いて危機的な状況に達しており、社会不安を回避するために重要な政策支援が必要とされている。

不動産救済策

不動産セクターでは、既存住宅ローン金利とセカンドハウス購入時の最低頭金比率がともに引き下げられた。中国人民銀行総裁は、3,000億人民元(470億米ドル)の再貸出制度への支持も改めて表明した。今年5月に創設された同制度は、完成済みの販売用住宅を「合理的な価格」で買い取ることで政府補助による住宅開発件数を増やすことを目的としている。中国経済の重要な原動力である不動産市場は、デベロッパーの債務不履行、未完成プロジェクト、在庫過剰状態に悩まされてきており、住宅の価値が急落している。賃料利回りの低下やデベロッパーの価格設定など、不動産セクターの長年にわたる重要な問題点はまだ解決されていないとみられる。したがって、余剰在庫を減らす取り組みは進められているものの、当面は同問題の解決に至らない可能性がある。

流動性供給の拡大と株式市場の活性化

市中銀行の預金準備率の0.50%引き下げや、7日物リバースレポ金利の0.20%引き下げなど、経済への流動性供給を拡大する動きがいくつかみられている。これらの措置と連動するように資本市場においても、証券会社、保険会社、投資信託が国内株式を購入するための流動性を提供する5,000億人民元のスワップ制度が創設された。さらに、上場企業による自社株買いや大株主による買増しのための資金調達手段となる3,000億人民元の再貸出制度を導入する計画も進められている。これを受けて、低迷してきた同国株式市場に対する投資家の信頼感が改善に向かうと期待されている。台湾など他の多くの国で実施された同様の「株式市場救済プログラム」が成功を収めていることから、これは賢明な動きとみられる。

こうした政策動向は中国株式市場にとってプラス材料であると考えられ、自社株買い余力のある低PBR(株価純資産倍率)銘柄への投資を検討する動きが広がる可能性がある。さらに、債務返済や預金に資金を集中させてきた中国の投資家の注目も集めるとみられる(チャート1参照)。

チャート1

中国人民銀行の潘総裁によれば、これらの措置に「上限はない」かもしれないが、本格的な量的緩和に分類できるものではない。それは、FRBが長年行ってきたような直接的な介入を行っているわけではなく、単に手段を提供しているに過ぎないからだ。もう1つの注意点は、中央銀行からの資金調達には担保が必要であり、つまり、財務基盤が強固で十分な資産を持つ企業だけがこの追加的な資金調達源を活用しやすい立場にあるということになる(なお、当社アジア株式チームが分析対象としている中国A株はすべてこの基準を満たしている)。その上、株式市場の上昇が続くためには、さらに有意味な財政支出を打ち出していく必要があると考える。

さらなる財政出動の強化が必要

景気刺激策は歓迎されるものとなったが、それ以外に目を向けると、中国政府はより広範な構造的問題に取り組んでいく必要があるなど難題を抱えているとみられる。年金制度の収支は支出が収入を上回っており、急速に高齢化が進む人口の生活を支えていくことができるか懸念される。これは2015年にようやく廃止された一人っ子政策がもたらした結果である。こうしたなかでも、政府は法定退職年齢を引き上げ、不足分を埋めていくためのバッファーを設ける改革を実施している。

一方、大学新卒者が雇用市場に毎年入ってくるなか、若年層の失業率が上昇し続けている。当局は中国経済の構造改革を進めてバリューチェーンのローエンドから脱却し、ハイテク、高度な製造業やサービス業へと移行させる取り組みを進めているが、余剰労働力をまだ十分に吸収できていない。それが賃金の低下につながっており、中国経済のもう1つの重要な柱である国内消費が圧迫されている。こうした状況に対し、中国各都市では今年3月に導入された様々な家電製品や電子機器を対象とした買い替え補助金(期限は今年末まで)が拡充された。さらに、政府は恵まれない境遇にある層を対象として1回限りの現金給付を行う予定である。また、習国家主席は、影響を受けている新卒者や出稼ぎ労働者などの雇用対策に注力すると約束していることから、喫緊の社会問題に対処するためにさらなる施策が打ち出される可能性もある。

我々の考察によると、誰もが気づいているものの話題にしない、いわゆる「部屋の中の象」となっているのが、消費者信頼感の欠如であるように見受けられる(チャート2参照)。雇用が不安定で、給与水準が停滞し、投資家が保有する不動産や株式の価値が日に日に下落している状況では、将来を楽観視することは難しい。確かに、中国の家計の多くはいざという時のための十分な貯蓄を維持しているとみられ、資本市場も重大な流動性不足に陥ってはいない。しかし、おそらく本当に必要とされているのは、当局がおなじみの「大砲」を投入し、財政政策をさらに推し進めるという約束を果たすことだろう。そうすることで、この深刻な信頼感の欠如に対処し、リスク選好度を高め、経済を回復させることができるかもしれない。

チャート2


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