当レポートは、英語による2024年10月18日発行の英語レポート「Japan’s pivotal improvement in risk premium」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


日本の復活:足元で株式はリスクに対して競争力のあるプレミアムが支払われている

投資家は何十年にもわたり、米国株式市場のリターンから米国債利回りを差し引いた分(いわゆる株式のリスクプレミアム)の過去の水準が、過剰なリスク回避度を示唆しているように見受けられる現象に困惑してきた。しかし、それと並行して起きていた同じくらい不可解なはずの現象に注目してきた投資家はほとんどいない。その現象とは、日本株の投資家が、同市場の数十年にわたるパフォーマンス劣後によって、相対的に低いリターンに甘んじてきたことだ。

しかし、最近の重要な動向の1つとして、日本の株式リスクプレミアムが再び高まっていることが挙げられる。日本の株式市場のリスクプレミアムは、米国の株式市場と比べてもはや劣っていない(チャート1)。この背景には、配当性向の高まり、良好な企業業績、株式の比較的妥当なバリュエーションがある。

チャート1

背景:株式リスクプレミアム(ERP)

ERPは、株式の保有者が想定される市場変動リスクを埋め合わせるものとして要求する、リスクフリーレートを上回る追加的なリターンのことである。言い換えれば、ERPは市場インデックスが低調な局面のリターンの低さを埋め合わせるために、良好な局面でもたらすべき高リターンを表している。このプレミアムは、市場全体のリスク価格の推定を示すだけでなく、平均的なインデックス上場企業の株式発行による資本調達コストの指針にもなる。

第1の要素:配当支払い

日本の失われた数十年の間、リスク回避姿勢を強める日本企業がキャッシュを溜め込んでバランスシートを補強するなか、国内外の投資家はともに低い配当に耐えることを余儀なくされた。しかし、リフレや日本のコーポレート・ガバナンスの構造的変化が重なり、株式リターンに明白な違いが生まれた。今や、日本企業は自社株式への投資リスクに見合った十分なリターンを投資家に提供するようになっている。

計算上、ERPは配当と自社株買いの両方を含む将来キャッシュフローを現在価値に割り引き、それを現在の市場価格で調整する。これらの将来キャッシュフローを導き出すには、企業の長期的な配当支払いの動向を分析する必要がある。また、ターミナル成長率に到達するまでは、コンセンサス収益予想を用いる。チャート2で示しているように、日本企業の配当支払いはここ数年米国企業を上回っており、自社株買いでもその差を縮めている。

チャート2

第2の要素:良好な企業業績

良好な業績は適切な配当実施に必要な要素である。業績が低調であるにもかかわらず高い配当を実施すれば、持続可能性は期待できない。逆に、収益成長に比べて配当支払いが低すぎ、余剰収益がキャッシュで留保されている場合、投資家はリスクに対するプレミアムが十分でないと考える可能性がある。したがって、投資家は良好な業績に裏打ちされた企業の配当支払いの改善を求めている。日本の大型株は、過去10年のあいだ米国企業と同様のペースの収益成長を示し、欧州企業を上回ってきた(チャート3)。

チャート3

第3の要素:市場価格

日本企業の収益が堅調であるのに比べて、日本株は市場価格の面で依然として米国株よりはるかに割安であり、将来の配当の相対的な現在価値が高められている。日本株は、PER(株価収益率)の面で米国に比べて過小評価されているとは言え、将来のバリュエーションの変動リスクに見合う競争力のあるリターンを株式保有者に提供している。

チャート4

デフレがもたらした日本の長い低リターンの歴史

日本が長年にわたって投資家にリスクに見合う十分なリターンを提供してこなかった要因を分析するには、デフレ自体を引き起こすメカニズムを理解する必要がある。デフレマインドによって、あらゆる経済活動の将来価値が低下すると、資産の将来リターンが低下すると予想される。また、資本投資の将来のリターンが、低下を続ける株式リスクプレミアムに対して劣り続けるとの予想が、資本投資の継続的な減少をもたらす一因となった。

もちろん、理論的には、投資家が株式リスクプレミアムを低く想定しすぎると、将来の負債(将来の年金受給者の老後の資金調達やその他の将来の費用など)をカバーできなくなる可能性がある。株式リスクプレミアムが低下するにつれて、国内投資家は投資リスクを引き受けることにますます消極的になり、市場から離れるようになった。しかし、外国人投資家には円高という利点があり(”cash is king”=現金は最強というデフレのもう1つの遺産)、株式の損失を埋め合わせることができた。足元で円安が進み、金利差が拡大すると、外国人投資家が相対的に割安な円を借りて上昇している日本株のポジションに資金を供給する「キャリー」取引が目立つようになった。

しかし、日本の成長が「失われた数十年」の間にERPがあまりにも低下し過ぎて、いよいよ将来の負債を賄えない状態となった可能性がある。特にこれが本当だと言えるのは、日本の不動産・株式バブル崩壊後の市場低迷とデフレの力学が、国内投資家のリスク資産市場からの撤退を加速させたからである。これは、高齢化社会への人口構造の変化に伴う必然的なリスク選好の変化よりもはるかに急速であった。インフレが予想以上に加速(鈍化)すると株式リスクプレミアムが上昇(低下)することから、日本の「失われた数十年」における日本株の投資リターンの低迷は、日本の構造的デフレとは切り離せなかった可能性がある。

なぜERPが重要なのか?デフレ克服におけるもう1つのマイルストーン

最近株式市場のボラティリティが高まり、投資家が日本への投資には本質的に高いレベルのリスクが伴うのではないかと疑問を抱くようになった矢先に、日本は投資家の取るリスクに対して再び十分なリターンをもたらすようになり始めたのはタイムリーなことである。しかし実際には、円の借入れを行う「キャリー・トレーダー」に市場からの撤退を促しかねないこのような変動は、システマティックにアンダーウェイトしている国内の長期投資家にとって、日本株を買い入れる好機を生み出している。

チャート5および6に示されているように、東京証券取引所(TSE)の売買高に占める外国人投資家の割合は依然として半分近くあるものの、その取引シェアは縮小している。一方で、「バイ・アンド・ホールド」スタンスの国内投資家、つまり自社株買いを行う(同時にガバナンスを強化する)企業や、国内株式の配分を積み増す機関投資家、「新NISA」の税制優遇を活用して金融市場に新たに参加する(1,000兆円を超える現金を依然保有している)個人投資家などのシェアは拡大傾向にある。

チャート5、6

ボラティリティを見越して、より強固で安定した株主基盤に

実際に、家計を含む国内投資家は、市場リスクの尺度である市場の一時的なボラティリティを活かして、日本株の保有を増やしたいと考えている。また、新たに見受けられる兆候として、市場のリターンが外国人投資家の好むセクター(従来円安が追い風となってきた大手輸出メーカーなど)に集中しにくくなり、より保守的なバリュエーションの内需型企業を選好する傾向が強まっていることはポジティブなことである。

この傾向が持続すれば、国内消費者のリフレマインドが広がるなかで、企業のポジティブな成長が長期的に持続する可能性が示唆されている。消費者心理を高める良好な市場リターンによって富の効果が真に生み出されるためには、家計の市場参加がさらに増す必要があるかもしれない。しかし一方で、再び高まっている日本株の投資リターンは、リフレにとって重要な場所、つまり国内投資家の懐に次第に届きつつある。


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