当レポートは、英語による2025年2月26日発行の英語レポート「What the return of interest rates means for Japan」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


緩やかながらも着実に金融緩和の脱却を進めている日銀は、1 月に短期金利を 17 年ぶりの高水準となる 0.5%に引き上げた。日本経済が数十年にわたる停滞から回復の兆しを見せるなか、金利ある世界に戻ることが日本の家計や企業、政府にどのような影響をもたらすのかを分析してみる。

家計は物価の押し上げ・押し下げ両方の力を持つ

家計には、消費者、住宅ローンなどの借り手、貯蓄者、投資家、賃金労働者などが含まれる。日銀がマイナス金利からの脱却や緩和策の段階的な撤回をめぐって熟慮する際に、家計のセンチメントが大きな影響をもたらした。日銀は意図的に「後手に回り」、総合インフレ率とコアインフレ率がともに目標に近づくまで丸 2 年の期間を設けてからアクションを起こした。そして、家計がデフレマインドから徐々に脱却しつつあることを確認した。このシフトは賃金の観点からも明らかであり、日銀がマイナス金利とイールドカーブ・コントロールを終了する時点までに、「春闘」の賃上げ交渉で数年にわたる着実な賃金上昇が実現した。さらに、賃金上昇を受けて、原材料から最終生産価格へと消費者への価格転嫁が可能となった。雇用への影響については「企業」の部分で詳しく取り上げる。

しかし、物価が上昇するにつれて、家計の貯蓄・投資行動には小さな変化が見られるようになった。物価上昇は賃金の上昇につながったが(構造的な労働供給不足によって賃金の上昇はさらに促された)、多少の遅れがあった。これは、物価が下落基調にあったデフレの時期ほど家計が貯蓄できなくなったことを意味する。一方、現金を保有する合理性が薄れて、貯蓄率が低下した。デフレの時期と異なり、足元では現金を持っていても将来の実質的な消費力拡大は保証されないからだ。さらに、資産価値の上昇(これについても「企業」の部分で取り上げる)を受けて、貨幣の「時間的価値」という概念が再び意識されるようになった。この新たな金融環境は、金利がほぼゼロの貯蓄を保有することによる購買力の低下だけでなく、プラス利回りの長期にわたる複利効果を得られないことによる機会費用も浮き彫りにした。

こうしたなか、新 NISA 制度の導入タイミングは申し分なかった(詳しくは「政府」の部分を参照)。新 NISA 制度が開始された 2024 年は、企業の収益性が改善し、家計が購買力の低下に気づき始めた頃だったからだ。2023 年度の終わりから2024年度の始めにかけて、貯蓄は現金から株式や投資信託へと移行しており、日銀のデータによると、2024年8月時点で家計の現金貯蓄の割合が減少する一方、株式の割合が顕著に上昇している(チャート1)。住宅ローンは、金利に大きく遅れて見直しが行われる傾向があり、時には5年にわたって段階的に見直しが行われる場合があるため、緩和策の撤回を徐々に進める日銀の慎重なアプローチには妥当性がある。

チャート1

企業:「経済の新陳代謝」の回復を示唆

日本の名目GDPの増加は構造的な変化を示している。日本経済はもはやデフレによって実質ベースのプラス成長が維持される状態から脱却している。企業収益は名目ベースであることから、こうした構造的変化は企業にとって追い風となり、大幅な増益につながった。当初、円安により大手輸出企業だけが名目GDP拡大の恩恵を受けるように見受けられたが、次第に非製造業やサービス業も利益率を上げることができるようになり、投入価格インフレが沈静化すると、この傾向はさらに顕著になった。

金利のある世界に戻ることは、企業に対照的な影響をもたらし得る。超低金利に依存している企業にとってはマイナスの影響が見込まれる一方、資本コストの上昇よりも迅速に利益率を向上できる企業にとってはプラスになるだろう。市場から撤退する企業もあったが、その大半は金利上昇以外の理由によるものだった。労働の供給が不足するなか、新型コロナウイルスのパンデミック中に倒産が急増したのは、企業が労働力を確保・維持できなかったためであり、この傾向は完全に収束することはなかった。

現在、貨幣に時間的価値があるだけでなく、明らかな労働力不足の環境にある。この市場縮小の一部は、健全なものとみなすことができる。日本の「失われた数十年」では、失業率の急上昇を防ぐために企業に補助金が支給されたが、現在の構造的な労働力不足の状況下ではそのような措置は不要になっている。その結果、不採算企業は家計に大きなダメージを与えることなく市場から撤退できている。しかし、企業が借り換えを必要とするとき、金利は遅れを伴って企業の資金調達に影響を与える。これが、日銀が緩和脱却ペースを非常に慎重なものとしているもう1つの理由である。

全体として、製造業に対するサービス業(労働集約型部門)の倒産件数の比率が記録的な高水準付近にあるにもかかわらず、倒産件数は低水準にとどまっている。金融部門は、内需が回復するなか、金利上昇による利ざや拡大から恩恵を受ける可能性がある。

金利ある世界への回帰や貨幣の時間的価値を考慮すると、将来得られるキャッシュフローに対して大幅に割安な水準で現在投資を行うことができる状況にある。企業は実際に投資を行っており、完全に減価償却された資本を置き換えるための固定資産だけでなく、将来の生産性を高め、自動化やソフトウェア・ソリューションによって労働力不足を解消するために、ソフトウェアなどの無形資産にも投資している。政府のコーポレート・ガバナンス・ガイドラインの強化も手伝って、これらは株主価値を生み出している。

最近、日本の株式リスク・プレミアムは米国の株式リスク・プレミアムに匹敵する水準に達しており、日本企業がリスクに見合った競争力のあるリターンをもたらすことが示唆されている。将来の投資価値を判断する際にリスクや時間が主な考慮事項となる環境において、これは重要なポイントである。

政府:数十年にわたる債務拡大をインフレによってついに解消

投資家が示している懸念の1つは、金利上昇に伴い債務調達コストが高まる可能性である。政府は日本最大の債券発行体であり、総債務の対GDP比は200%を超えているため、これは重大な懸念事項だ。しかし、日本の足元の経常黒字がバッファーをもたらしている。この黒字は、これらの資産の大半が国内で保有されていることを意味しており、主に国内の債務を相殺している。日銀が緩和策を解除したことを受けて日本の長期国債利回りは上昇しているが、日本の機関投資家の買い意欲は時折弱まる場合もあれど十分に旺盛な状態が続いている。

一方、我々は政策が緩和的か引き締め的かを測るために、実質金利と実質成長率の差である「r-g」指標を重視している。この指標は企業だけでなく(r-gはゴードン成長モデルや配当割引モデルの分母の部分であり、これが小さくなるほど評価予想が高くなることを意味する)、政府にとっても重要である。実質金利が実質成長率を下回る場合、インフレによって債務を削減することができる。実際、政府の歳出に対して税収が増加しており、政府はこれまでこの戦略を実行してきたことが示されている。

チャート2

もちろん、債務をインフレで解消するためには、政府はプライマリーバランスを黒字化するという長期的なコミットメントを継続しなければならない。税収が数年間良好でも財源を補充することはできないだろうが、税収が増えるということは、単に赤字を削減するためだけに緊縮財政措置を実施する必要がなくなるということでもある。

古典的な経済理論では、政府の目標は企業の最終的な所有者である家計の全体的な厚生を最大化することである。新NISA制度の導入は、経済のリフレに加えて貨幣の時間的価値が再認識されるタイミングと一致した、理に適った決定であった。家計は、(インフレは未投資の富を将来目減りさせるため)、企業への投資を行い消費を増やすことで、生涯を見据えての資産形成・管理に関心があることを示した。

上述したように、家計は貯蓄を投資に振り向け始めている。政府から見れば、これは全体的な厚生を向上させるための正しい方向への動きでもある。家計の今日の投資は将来のある時点の消費に等しく、それは貯蓄率だけでなく投資収益率によっても決まる。将来、同じ水準の消費ができるようにするためには、家計はプラスのリターンが不可欠であり、そのリターンを長期にわたって複利運用する必要があることを認識し始めている。政府の観点からは、これは資産保有者がリスクを取っている(そしてそれに見合ったリターンを得ている)というシグナルであり、正しい方向への一歩と言える。


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