本稿は2025年3月13日発行の英語レポート「End of “lazy” earnings era may bring fresh opportunities for stock pickers」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
政策要因が株式市場における投資機会の急減を助長したのか?
何十年もの間にわたってS&P500指数構成企業の利益率は拡大してきているが、その原動力となってきた要因は複数存在する。そうした要因のうちの2つで、あらゆるセクター、産業、企業規模にわたって何十年間も持続したものとして、前世紀後半から今世紀初頭にかけて金利と税率が着実に低下傾向を辿ってきたことが挙げられる。利益成長に貢献した要因はこれらだけではない。例えば、テクノロジーセクターの企業が積み上げた利益の大部分は純粋に、革新的な製品やサービスに根ざしたものであったかもしれない。
一方、かつてない緩和的な政策と時を同じくして起こった現象は他にもある。それはS&P500指数構成銘柄のリターンの均質化である。政策が一因となって、このように銘柄選択の機会が失われたのだろうか(その結果、インデックス投資の比重が増加したのだろうか)。もしそうなら、財政・金融政策の緩和を進めていくという当然の結論に達することで新たな機会を生み出せる可能性もある。強みを持つ中核事業分野の利益を伸ばすことに長けた企業は恩恵を受ける可能性があり、その結果、熟練した投資家であれば超過リターンを実現できる新しい投資機会が生み出されると期待される。
問題の「時代」を定義:政策によって企業の増益が推進されたゆるい時代
2023年に米FRB(連邦準備制度理事会)が発表した論文において、著者のマイケル・スモリャンスキー氏は、実効税率の低下と金利負担の減少が米国の非金融企業の増益にどのように寄与したかを検証している。2019年までの30年間において、スモリャンスキー氏はこれらの政策要因による企業の利益成長への寄与度が40%にのぼったことを発見しており、政策主導で企業の利益が伸びる時代、したがってバリュエーションや株価リターンが高水準で推移する時代は過ぎ去った可能性が極めて高いと結論付けている。下のチャート2が示すように、法人税率と金利(支払利息/EBIT比率)はいずれも長年にわたり低下傾向を辿ってきた。
それに対する反論として、米国の現政権が法人税率のさらなる引き下げを望んでいることを指摘する向きもあるだろう。しかし、一部指標によると米国の政府債務残高は対GDP比120%近辺に迫っており(第二次世界大戦後の最高水準)、さらに例外的な点として、経済成長率が2~3%という健全な水準で推移しているなかでこのように政府債務残高が高水準にのぼっているのである。法人税であれ他の税であれ税率が若干引き下げられたとしても、債務残高がより少なかった環境での水準に比べると市場金利は上昇しており、それによって減税の効果が少なくとも部分的に打ち消されることさえもないとみるのは無理がある。タームプレミアム(期間が長めの債券を保有する場合に投資家が求める上乗せ金利)は上昇傾向にある。最近の債券市場の急激な動きが示すように、インフレ期待も高まって実質ベースの税引き後利益が減少する場合、政府債務を財源として追加減税が行われても利益を押し上げることはできない可能性がある。もし本当に「新常態」がインフレ加速に向かう流れにあるのなら、これまで米国企業はかつてなく緩和的な政策という「旨い汁」を吸ってきたが、今やそれはいつ終わってもおかしくない。しかし、このことは必然的に米国企業の好調な利益の終焉を告げるものなのだろうか。
利益が消失するとは限らない:必要は発明(またはイノベーション)の母
引き続き税率を引き下げる法案を求めるロビー活動に多大なリソースを割いてきた企業や、金利の継続的な低下に依存してきた企業が事業戦略を転換していくことになるとみるのは合理的だろう。もちろん、適応にはリスクとコストがかかるものであり、多くの企業は、マクロ経済のファンダメンタルズが変化するなかで成功していくことができず、場合によっては企業レベルで悪影響が出てくるかもしれない。しかし、この特殊な時代の終焉が、すべての企業にとって、あるいは米国の長期的な生産性にとって不利に働くと決まったわけではない。
スモリャンスキー氏が論文で強調しているように、税率や金利の継続的な低下による恩恵は企業全体にもたらされるものであり、それによって企業全体の利益が人為的に押し上げられてきたことから、景気刺激策の規模がそれほど大きくなかった時期に比べると、企業の利益における業績成長の寄与度は小さくなっている。一方で同様に、こうした一律的に全体の利益を押し上げる要因の存在により、多くの企業にとっては、業績自体を大幅に向上させて同業他社との差別化を図ろうとするインセンティブが低下した可能性もあり、その点を認識しておくことも重要である。景気刺激策の追い風に乗っていく方がよほど簡単だったなか、自社が強みを持つ中核分野でのイノベーションが後回しにされていたのかもしれない。
ベータの基本:平均的企業がイノベーションを起こしてない場合は全体の動きが重要に
マクロ経済面からみると、全要素生産性(TFP)の伸びは、労働と資本による生産への寄与だけでは説明できない部分、したがっておおまかに技術革新による部分を示すが、過去10年間において1%未満で推移し続けている(チャート1および2参照)。全体の状況は平均的な状況を表すものであり、この意味において、平均的企業はあまりイノベーションを起こしていない。特定の経済セクター(例えば、テクノロジーセクターやその周辺セクター)において大きな注目を集めるイノベーション分野への投資を進めている企業も一部に存在するが、そうした動きが広く浸透しているわけではない。TFPの伸び悩みは、新技術に多額の資金が投資されているなかでも、そうした注目度の高いイノベーションがまだ経済全体に広がるまでには至っていないことを示している。
政策が企業の利益を押し上げるなか投資家はベータを求めてパッシブ化
平均的な企業は、典型的な企業像かつ証券発行体にもなり得ることから重要となる。それが大きな意味を持つ理由として、市場に目を向けると、投資家のあいだではアクティブな銘柄選択による投資への配分を引き下げる動きがみられた。そうした姿勢は、投資家が平均的な企業を代表的な企業としてみていることだけでなく、銘柄選択機会の急減を受けたものである可能性があることも示唆している(下チャート3参照)。投資家は、平均を上回るリターンをもたらす可能性がある企業を厳選して投資しても十分な報いを得られていないという結論に至ったのかもしれない。
一方、テクノロジーセクターの業績の伸びが加速するにつれ、大型株、特にテクノロジー銘柄の金融化(例えば、多数の大規模な自社株買いプログラム)が進むとともに、過剰流動性環境のなかでプラスリターンを求めて増加する流動性を速やかに投入する必要があり、それを受けて利益率の高い米国大型株が株価指数のリターンの大部分を占める状況になった。
アクティブ投資への配分が投資の少数派を占めるようになったのはつい最近のことだ。2020年6月時点をみてみると、アクティブ投資からインデックス投資商品への資金流出が数年続いていたが、アクティブ運用型のミューチュアルファンドとETFのAUM(運用資産額)は、運用会社各社がブルームバーグ社に報告したデータによると19.1兆米ドルにのぼる業界AUMのうち58%を占めていた。2023年10月に市場規模が24.4兆ドルへと拡大し、そのうち50.5%をアクティブ運用ファンド、49.5%をパッシブ運用ファンドが占めていた。その後すぐに、パッシブファンドはAUMでアクティブファンドを上回り、引き続き市場シェアを拡大していった。2025年1月現在、アクティブファンドは30.8兆米ドル市場の47.3%を占め、パッシブファンドは52.7%を占めている。
投資機会が限られるなか合理的だったパッシブファンドへのシフト
もちろん、パッシブ運用のインデックス戦略への集中が進む動きは、近年のテクノロジー銘柄に投資が集中する状況よりも前にみられてきたものである。前述の通り、2019年までの30年間は、(スモリャンスキー氏が考察したように)企業にとって税金費用と支払利息が継続的に低下しただけでなく、投資家にとっては投資機会が大きく減少した期間でもあった。こうした流れが一時的に止まったのは、世界金融危機を受けて市場のボラティリティが急上昇した期間だけだ(チャート3参照)。アクティブな銘柄選択からパッシブ型の投資への移行が徐々に進んでいったことは、投資機会が不足していた状況下では合理的だったのかもしれない。
世界金融危機の期間を除くと、銘柄選択の機会が大きく減少
銘柄選択の機会集合を評価するにあたり、まず、1989年から2019年までの過去のS&P500指数構成銘柄を選択(2019年を基準としてウェイトを再調整)し、すべての証券を最大市場ウェイトで加重する。これにより、期間1年の加重CAPM(資本資産評価モデル)ベータが1.0前後でほぼ変動しないインデックスが得られる。そして、CAPMベータを中心とした市場リターンの残差の1年ローリングベースの分散を機会集合とする。このアクティブ投資機会の指標をみると、世界金融危機前後の一時的な急増を除くと、2000年代初頭から下降トレンドを維持しており、上のチャート1で示した全要素生産性の伸び率を平滑化した指標とよく似た推移を示していることがわかる。
政策要因が投資機会の急減に寄与した可能性
税率、金利コスト、投資機会の間の関係は複雑である。しかし、全企業に広く影響を与える要因、つまり企業利益に一律的に影響を与える要因が企業利益の非常に大きな部分を占め、したがって企業の固有の提供価値による貢献度が減少したとするのが直観的かもしれない。この仮説を検証するために統計分析を用いて、企業利益やアルファの分散に対する政策面(支払利息/EBIT比率、法人税率)の寄与が単なる偶然であったのかを調べてみる。
まず、米国の非金融企業のEBIT(米国資金循環データより、1四半期遅れ)とアルファの分散との関係を検証する。両者の間には有意な負の関係が見受けられ、EBITの着実な上昇と、投資機会を表す指標であるアルファの分散の低下には、直接的な因果関係ではないにせよ関連性がある可能性が高いと示唆される。次に、EBITに占める支払利息の割合とアルファの分散とのあいだの関係を検証してみると、金利が低下すると投資機会も減少しており、有意かつ正の関係があることがわかる。
最後に、投資機会を表す指標に対して平均法人税率がどの程度影響を与えているかを回帰分析してみると、同時性や線形性は強くないものの、ここでも有意な関係が見出された(回帰分析結果についてはAppendix参照)。興味深いのは、有意な線形関係が負の傾きを示している点である。普通は税率が低下すると投資機会が増加するはずである。しかし、長期的に見ると、法人税率が低下しても投資機会が増加していないことは明らかである。
そして、共和分(2つの非定常変数の間の長期的な関係)検定を行った上で、共和分回帰を行うと、法人税率と銘柄選択機会のあいだに有意な正の関係が得られる。長期的にみると、法人税率が低下すると、それに伴ってアルファの分散が低下しており、アクティブ投資の機会が減少したことを示している。
結論:政策による利益寄与度の低下で投資機会の増加が期待される
もし実際に政策環境がEBIT、ひいては株式リターンの面ですべての船を押し上げる上げ潮の役割を果たしてきたとすれば、そうした政策局面の終わりは平均的企業にとって暗黒の時代の到来を告げる可能性があると結論付けるのは簡単かもしれない。しかし、それは我々の主な論点ではない。平均値が特に重要となるのは、株価指数をアウトパフォームする企業とアンダーパフォームする企業を区別しない場合だからだ。
ジョーンズ氏とワーマーズ氏が共著論文「Active Management in Mostly Efficient Markets」(2011年)で指摘しているように、熟練したアクティブマネジャーは、機会が多い環境、つまり「ミスプライスされた投資機会がより多くもたらされ、運用担当者の優れた知見を活かすことができる」期間において相対的に良好なパフォーマンスを達成する傾向がある。また、「リターンの分散やボラティリティがより高い」期間はより豊富な投資機会をもたらす可能性がある。このことは、株価指数のボラティリティが高まるなかでも、企業がイノベーション力やマージン拡大力によって再び差別化を実現できるようになり、新時代の投資機会が台頭してくる可能性があることを示唆している。つまり、これまでの時代が終わって新しい扉が開かれ、熟練したストックピッカーであれば将来的に大幅なアウトパフォームが期待される銘柄を見極めることができるようになるだろう。
末筆ながら、本稿の最終版に至る前の段階で内容を精査してくれた当社グローバル株式チームのウィル・ロウとグローバル・マルチアセット・チームのクリス・ランズに深謝申し上げる。
APPENDIX:回帰分析結果
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。