本稿は2025年4月15日発行の英語レポート「Isolation day: the geopolitical impact of Trump’s tariffs on the world」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
意図された「衝撃と畏怖」
2024年11月の米大統領選挙でドナルド・トランプが大勝したというニュースが流れると、多くの国や企業は貿易戦争の再発を覚悟した。
しかし今回、この第47代アメリカ大統領は前の任期よりもさらに踏み込み、敵味方問わない全面的な関税を打ち出した。共和党が上下両院で過半数を占めたことで、トランプ大統領はほぼ歯止めの利かない権力を手にすることとなり、このような極端な政策につながった。
こうした展開を踏まえ、当面は市場が現政権の行動に責任を問う残された牽制手段になるとみている。予想通り、トランプ関税はグローバル株式市場に動揺をもたらした。したがって、米国資産のリスク・プレミアムはしばらく高止まりすると予想する。米国の選挙に先立ち、当社ではレポート「もしもトランプ氏が勝利したら:アジア株式の観点からみた不確実性と機会」で、トランプ政権2期目が実現した場合に考えられる影響と当社ポートフォリオの投資先企業への潜在的影響について検討した。
グローバルな観点から見ても同様で、市場ボラティリティの顕著な高まりは、緊張緩和に向けた具体的な措置が取られているとの確信が強まらない限り、大幅に下落した後に売ったり大きく上昇した後に買ったりするのは危険であることを示唆している。エネルギーとコモディティも、貿易摩擦の継続を受けて将来の需要が疑問視されるようになり打撃を受けた。原油価格は下落基調が長期化すると予想するが、一方で景気動向への感応度がより高い他のコモディティはボラティリティが高まる可能性がある。
当社の見解では、トランプ大統領が仕掛けた関税戦争の再燃は世界経済の成長鈍化を悪化させるだけで、米国をリセッション(景気後退)に陥れる可能性すらあり、それを避けるには、米政権が中国、EU(欧州連合)、カナダ、メキシコなど主要貿易相手国に対する方針を大きく転換させる必要がある。
迫り来る米国の景気悪化を回避し得るもう1つの要因は、米FRB(連邦準備制度理事会)による介入である。しかし、FRBは極めて難しい課題に直面している。インフレが加速すれば、FRBが金利を一段と引き下げることを困難にしかねないリスクをもたらすからだ。
ターゲットにされた中国
いわゆる「解放の日」に発表された関税は、一見無差別のように見えるが、主要なターゲットは中国である。米国政府は、予想外に発表された90日間の相互関税猶予のように懲罰的措置を後退させるとしても、同猶予の対象から中国だけを除いたように、中国を標的とするアプローチを維持するものと考える。
トランプ大統領の予測不可能な行動が引き起こす混乱は、まるでリアリティ番組の出来事のように非現実的に思われるかもしれない。しかし、当社の考えるところ、同大統領は依然根っからのビジネスマンであり、その主な目的は取引きにある。
すべての国が米国の関税を乗り切れるかどうかは、堅実な政策判断、内需による下支え、金融・財政政策による景気刺激策の実行可否、そして米国製品の購入や対米投資を拡大するといった手段でトランプ政権から譲歩を引き出せるかどうかにかかっている。当社では、この最後のポイントが(適切なバランスで実施されれば)対米輸出品製造市場で長期的により大きなシェアを確保するのに役立つと考えている。この点で最もポテンシャルの高い国はインドで、同国はエネルギー価格の持続的下落からも恩恵を受ける立場にある。
アジアの大半の国は、トランプ政権と話し合いを持とうとするだろう。現在までのところ、米国政府と交渉をまとめたいと望んでいる国は75ヵ国超に上る。
トランプ大統領が1対1の協議を好んでいることから、ASEAN(東南アジア諸国連合)は国ごとではなく、より有利な条件を引き出すべくブロックとして交渉する方が賢明だと考える。ASEANが参考にし得るのが、現在の情勢を受けて結束を一層強めているEUだ。
日本以外のアジア地域では、「チャイナ・プラス・ワン」(生産拠点の中国集中リスクを回避すべく同国以外の国・地域へも分散させる動き)のリスク分散戦略の一翼を担う国々も程度の差こそあれ関税による打撃を受けたが、その大半は米国政府と貿易協定の交渉を行っている最中である。これらの国々は、サプライチェーンの中国からの分散加速化に加え、米国との交渉後の関税引き下げからも恩恵を受けやすい立場にあり得ると考える。
一方、経済の中心がサービス業と農業であるフィリピンは、関税による悪影響が少なくとどまるとみられる。相互関税におけるトランプ大統領の目的は、主に製造業の拠点となっている国を不利にして当該分野の雇用を米国に呼び戻すことにあるからだ。
そして最後に、インドはまだ米国の全面的な関税措置に公式な対応を見せていないが、インド経済の牽引役が国内消費であることから、輸出依存度の高い国々に比べて米国とより有利な貿易協定を交渉しやすい立場にあると考える。
中国の決意
しかし、中国はそれどころではない。トランプ政権1期目と比べると、弱みを見せれば必ず付け入られると身をもって学んだ中国政府は、報復関税でより強力に反撃している。トランプ大統領も中国の習近平国家主席も一歩も引かないとみられることから、中国のアクションは、自国資産が巻き添えになってしまわないよう、相応の国内景気支援策を伴う必要があると考える。緊張がエスカレートすれば、中国や米国への投資がさらに制限される可能性もある。ベッセント米財務長官は、関税の発表を受けて、米国の証券取引所に上場している中国企業の上場を廃止する可能性を示唆した。また、それに先んじて中国政府は、国家発展改革委員会に対し米国に投資しようとしている中国企業への承認を停止するよう命じた。
中国の政府高官は、貿易をめぐって米国との緊張が高まるなか、景気刺激策として利下げと預金準備率の引き下げを行う用意があると述べている。予定されている経済担当高官の緊急会議では、当局が消費、AI(人工知能)、エネルギー・インフラをテコ入れする取り組みや医療機器などの産業の国内化に注力する取り組みを大幅強化すると予想している。
当初の国内消費押し上げ策の1つとして予想されるのはインバウンド観光客による免税品購入の合理化で、これは免税店関連銘柄に追い風となり得る。また、フィットネスやスポーツの取り組みを通じて健康関連消費を拡大する計画や、高品質の農産物の振興といった措置も考えられる。これらは内需の下支えを目的とする一連の政策の始まりに過ぎないだろう。
製造業の混乱
セクター・レベルでは、米国が輸入する医薬品および半導体は現在、同国の相互関税の対象外となっている。しかし、トランプ大統領は、全体的な国家安全保障政策の一環としてこれらの免除措置を撤回するとの脅しをかけている。これらの産業に携わる中国企業は、今後の措置の対象となる可能性が高い。
製造業分野全体では、Appleが製造拠点を中国からシフトさせる一環としてインドでのiPhone製造を増やすことを決定したように、生産における柔軟性がサプライチェーンの耐性を高めるのに必要となると考える。とはいえ、製造への長期的な設備投資判断にコミットすることは、現在の状況下ではかなり困難である。
ファンダメンタルズの変化から生まれる新世界秩序
米国が貿易赤字の構造的縮小と製造業の雇用回復を目指す一方で、中国が輸出主導型経済から消費主導型の成長への転換を図るなか、トランプ大統領の前例のない行動は確立された世界貿易秩序を瓦解させた。90日間の関税モラトリアム(一時猶予)は、各国が米国の関税を切り抜けるための最適ルートを検討する時間を提供しているのかもしれない。しかし、世界の2大経済大国が他方に弱く映らないようにするのに固執していることを考えると、さらなる緊張激化のリスクは極めて現実的だと言える。最終的にどちらが優勢になるにせよ、すべての国々は未知の世界で新たな道を切り開いていく必要があるだろう。
ボラティリティは通常、リスクとチャンスの両方をもたらすものだ。ファンダメンタルズでは大きな変化が始まっており、今後数ヵ月にわたって長期的かつ持続可能な投資機会がもたらされるだろう。ノイズや混乱を跳ね除けて長期的な投資機会を見極めるのは、当社にとって心躍ることだ。過去15年にわたり、米国の株式その他の資産はグローバル・ポートフォリオの資金動向から最も恩恵を受けてきた。しかし、米国のリスク・プレミアムが長期にわたって高止まりすると予想されるならば、投資家が考えるのは「他に資金を振り向けるべきところはどこか」ということだろう。当社では、アジアの大部分がそれに含まれるのではないかと考える。
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当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。