当レポートは、英語による2025年4月7日発行の英語レポート「US tariffs: the high-stakes games begin」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


4月2日、米国はすべての国からの輸入品に10%の共通基本関税を課し(4月5日開始)、約60ヵ国に対してはより厳しい関税(貿易黒字が大幅な国に対しては最大50%)を課すという相互関税政策を発表した。例えば、日本に対して発表された基本関税率は24%、対中国は(従来の20%に加えて)34%、対台湾は32%、対EU(欧州連合)は20%で、対ベトナムでは46%にも上った。この関税の仕組みは、市場には「不完全で意図的に内容を乏しくしたこけおどし的一手」と広く受け止められているようで、明確に貿易黒字国(その多くは地理的にアジアに属する)をターゲットとしている。これらの黒字国は同じ理由で世界最大の外貨準備保有国でもあり、その大部分は米ドルで保有されている。さらに、これらの関税は自動車や鉄鋼などに対する品目別関税とは別である(ただし上乗せされるわけではない)。

とりあえず見たところ、今回の発表は市場が当初織り込んでいたよりも挑発的であったようで、世界中の株式市場でさらなる売りを誘った。しかし、当社では、四半期毎の見通し(「Global Investment Committee’s outlook: regime shift to a more volatile world」参照)で述べたように、株式市場のボラティリティが高まる可能性をすでに認識していた。米国が世界貿易で優勢な地位を占めているように見えるのは確かで、貿易への依存度が高い他の国々はお先真っ暗だと判断したくなるかもしれない。しかし、当社では、当面の資産市場のボラティリティに耐えることができる投資家にとっては現在の下落相場に投資機会がある、との見方を維持している。

競争優位性戦争は貿易開放度の後退につながる

今や貿易戦争が急速に激化しつつあると認識されているなか、米国がとった最初の行動から受ける影響がより大きい国や産業があることは間違いない。例えば、中国は経済面で深刻な影響に見舞われることになり、国内消費や設備投資など輸出以外の分野でも景気低迷が続いているなか、GDP成長率が鈍化すると予測されている。これによって、5%という中国政府の年間GDP成長率目標は達成が難しくなるだろう。しかし、2023年の貿易が対GDP比166%だったベトナムや96%だったEUに比べると、中国の貿易は対GDP比37%(世界銀行のデータによる)に過ぎず、また中国はすでに内需の伸びを支えるための初期行動も見せている。焦点が報復措置にあることに変わりはなく、報復措置が実施されれば現在の多国間駆け引きにおいてすべての関係国の経済成長に打撃を与えるだろうが、黒字保有国が内需の伸びを支えるために取り得る措置にも注目が集まっている。

潜在的結果をめぐる不透明感から高まり得る報復の魅力

米国が「駆け引き」モードを続けると受け取られかねない理由は、現政権の強気の措置が、関税でターゲットにされた国々が米国に対して新たな貿易特権という「素晴らしい」オファーを提案するよう促す意図ももって発表されたことにある。しかし、この駆け引きは米国にとって一か八かの賭けと言える。というのも、米国政府の思惑とは裏腹に、貿易戦争が現実化した場合に顕著な被害者となる可能性が高いのは、経験則から米国の消費者だと予測されるからだ。

米国関税シナリオに関するADB(アジア開発銀行)の分析(2025年初頭時点)によると、すべてのシナリオにおいて米国は自国の輸出を拡大するという当面の目標を達成するという結果になった(リンク先レポートの図表1参照)。しかし、生産と実質GDPは、ともにいずれのシナリオでも減少すると推定されている(同図表3および4参照)。関税の影響は報復措置の有無によって大きく左右される。報復が行われるとのシナリオはすべて、名目所得の減少が推定される点で共通しているが、これは特にインフレがプラスの環境では問題となる。関税実施の成果という点では、米国が貿易戦争を始めることでどれだけの利益を得られるのか、依然全くと言っていいほど定かではないことに変わりはない。しかし、米国の最大の貿易相手である国々は、米国の家計や有権者にとって痛手となるところを突けること、貿易障壁がエスカレートすればするほど痛みが増すこと(下のチャート1参照)を事前にわかっている。一方、貿易相手国の方も報復すれば痛手を被ることになるが、これらの国々の脅しの方が奏功しやすいと思われるのは、複数の国が報復した場合、報復する個々の国の経済に与える打撃よりも米国の消費者に与える打撃の方が大きくなる可能性があり、したがって米国に当初のより好戦的な姿勢から引き下がるインセンティブが生まれるからだ。

チャート1

ゲーム理論から借用すると、多段階ゲームの特徴の1つとして、戦略が均衡状態になるのは信憑性の低い脅しを伴わない場合のみである。この意味では、米国が明確に貿易戦争を始めた場合の真の見返りはわかっていないものの、同国もその貿易相手国も報復の脅しに信憑性があることを認識しており、これが貿易相手国の交渉優位性を高めている。貿易相手国が実際に報復を行うにせよ、単に交渉を有利に進めるために報復を行うと脅しているにせよ、貿易面の対立を引き延ばしたい、あるいは少なくとも報復関税をちらつかせて脅しをかけたいという誘惑は現実にある。一方、米国は自国の消費者の生活が十分考えられる脅威に晒されており、一か八かの戦略と言える理由の1つとなっている。

米国は民間セクターのリスクも高まっている

再びゲーム理論から、今度は完全に揃ってはいるが完璧ではない情報を伴う多段階ゲームを借用すると、政府と企業は同じゲームにおける異なるプレーヤーと見なすことができる。まず政府が関税戦略によって動き、続いて企業が関税を所与の前提として、関税に対する競合他社の反応を予想しながら利益の最大化を図る。この場合、企業はゼロ関税(または低関税)戦略下よりも総生産量を減らす可能性が高い。

さらに、政策当局が将来の関税政策に関して企業にはない秘密情報を持っている可能性もあり、ゲームの行方は政府の将来の政策に対する企業の確信度次第ということになる。もし、政府の将来の政策について間違っていた場合のリスクが将来の生産能力への投資による潜在的利益を上回ると判断すれば、企業は政策が明確になるまで投資や雇用を控えて現金を蓄える道を選び得る。このような慎重なアプローチは当該ゲームのリスクをさらに高めることになり、結果として米国企業の投資が低迷する可能性がある。リッチモンド連銀の報告書によると、2025年第1四半期現在、貿易・関税がCFO(最高財務責任者)にとっての最も喫緊の課題としてインフレ懸念を上回っている。

チャート1

この同じ分析では、1913年に所得税が導入されるまで、米国はその初期の歴史の大部分において、連邦政府の歳入を関税に頼っていたと指摘されている。しかし、レポート「日本がアメリカの関税に対抗するには」で述べたように、連邦歳入の柱として関税を再び導入しようとした最後の主要な試みである1930年の米国関税法は、世界中の貿易相手国による報復措置もあって裏目に出た。CFOが米国の関税戦略を高リスクのみならず企業の財務面の意思決定にとって最も重要な問題分野とみなすのは、妥当と言っていいだろう。

貿易黒字国へのメッセージ:万一の時はすでに来ている

世界の黒字国の経済をご破算にすべきではない理由の1つは、報復の脅しをかけられることに内在する潜在資本を別とすれば、当該諸国の黒字が長年にわたって貯蓄を積み上げてきたことの表れであるからだ。これらの貯蓄はしばしば米ドルへと「リサイクル」され、米国の消費に原資を供給している。ある国の経常黒字は別の国の経常赤字であり、資金が黒字国から赤字国へと流れることを意味する。世界の外貨準備12.75兆米ドルのうち57%超が米ドルで保有されていると推定されるが、この割合は世界貿易において米国が占める割合を大きく上回っている。米国は歴史的に資本の輸出国であり、その代わりに他の国々からの財・サービスの余剰分を消費してきた。ところが、米国は今や、黒字を抱える貿易相手国からの輸出品の米国における消費を減らすことで、その貿易相手国を痛めつけようとしている。黒字を抱える世界の他の国々へのメッセージは、米国は「最後の消費者」としての役割(およびその法外な特権)を継続することへの関心が薄れているということのようだ。また、これが黒字保有国に対して明確に示しているのは、長年にわたる外貨準備の積み上げから転換し自国経済を防護する時が来たということである。世界の外貨準備保有国にはそれができる資金があるが、今のところその資金の大半を占める米ドルは、米国外の市場では消費財ではなく石油やコモディティといった生産者の投入材に対して使われる通貨である。

黒字国には、注力分野を生産中心の投資から転換して自国経済をショックから守るインセンティブがある。1つのアプローチとしては、財政出動を使って国内消費を支えインフレをプラスに保つことにより、将来の財政赤字を帳消しにすることが挙げられる。中国を含むいくつかの国は、この選択肢を行使する可能性がある。日本も、財政政策を使って消費を押し上げることで、米国の需要低迷の影響を和らげようとするかもしれない。

市場への影響:株式にとって逆風、ドルにとっても同様

世界的な貿易戦争の可能性が株式市場に与える影響は過小評価されるべきではない。レポート「End of “lazy” earnings era may bring fresh opportunities for stock pickers」で述べたように、不透明感の増大やボラティリティの高まり、市場に有利だった政策の反転は、平均的な企業にとっては逆風となり得る。しかし、同レポートでやはり指摘したように、平均的な企業は将来の価値を生み出す最適な手段とはならず、銘柄選択が再び奏功し始める可能性がある。セクター別では、黒字保有国の実施する国内景気刺激策から恩恵を受けやすい業種が、そのようなシナリオにおいて他の業種をアウトパフォームし得る。

これまでのところ、欧州諸国の多くは政府支出を増やすことにコミットしており、中国も米国の関税に対応すべく一定の財政出動余地を残している。日本の石破首相は、米国の予想外の厳しい措置に警戒感を示したように見受けられるが、この反応には新たに回復しつつある内需を支えるための財政出動への支持を固めようとする意図があるのかもしれない。外的なショックが今後も続くと予想される限り、日本銀行はそうしたショックが日本経済に及ぼす影響が明確になるまで金融政策を据え置く可能性がある。長期的に見ると、外貨準備保有国は保有しているドルの価値が急落するのは気が進まないだろうが、IMF(国際通貨基金)が集計するCOFER(公的外貨準備の通貨別構成)では世界の外貨準備に占めるドルの割合が緩やかながらも着実に低下していることから、再配分はすでに始まっているのかもしれない。

貿易戦争の結果として貿易の流れが恒常的に鈍化すれば、黒字保有国は内需押し上げのために外貨準備の取り崩しを始めるかもしれず、ドル安が加速する可能性がある。これはまた、株式市場が下落するなかで今のところ持ち堪えている米国債が、やがてリスク・プレミアムの上昇に見舞われ得ることも意味する。というのも、関税に悩まされている米国以外の外貨準備保有国からすれば、経済成長の鈍化する米国から資金を輸入すべき理由が後退するかもしれないからだ。


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