今年に入り、ウクライナ情勢を巡る地政学リスクの高まりなどを背景に、株価は世界的に下落し、原油や金など資源価格が上昇しています。以下では、ウクライナ情勢のこれまでの経過と当面の見通しについて、弊社チーフ・ストラテジスト神山直樹の見解をお伝えします。

ウクライナ情勢の緊迫化

なぜ、ウクライナ情勢が緊迫化したのか
発端は、NATO(北大西洋条約機構)加盟を国家目標に掲げるウクライナに対し、東欧諸国をNATOに加盟させないという約束が破られた、とロシアが主張したことです。そこへ、NATOが東欧の長期的な防衛力強化を目的に、ウクライナ周辺国に新戦闘群の配備の検討に入ったことなどを受け、米欧部隊が国境近くに展開されることを嫌ったロシアがウクライナ国境に兵力を展開させたことで、緊張が高まりました。

そして、ロシアは2月21日にウクライナ東部の親ロシア派が支配する地域(下左図赤枠)の独立を一方的に承認し、24日には非常事態宣言が発令されたウクライナ全土への軍事侵攻を始めました。対して主要7カ国(G7)は、21日以降、ロシアへの経済制裁を打ち出し、軍事侵攻後に追加制裁の検討に入りました。

【図表】[左図]ウクライナ周辺、FRB資産規模の推移、[右図]主要7カ国のロシアに対する主な経済制裁  
  • (報道をもとに日興アセットマネジメントが作成)

株式市場の下落要因と当面の見通し

足元で、世界の株式市場の下落は、ウクライナ情勢を巡る地政学リスクよりも、コモディティ価格の上昇を背景に、米金融政策が失敗するのではとの懸念が影響しているとみられます。

今後について、地政学リスクは、特に先進国の主要企業の収益動向に大きな影響を与えるとは考えにくく、3月15~16日のFOMC(米連邦公開市場委員会)がポイントになるとみています。3月以降、金融政策動向の情報が増え、コロナ禍やウクライナ情勢などが徐々に落ち着きを取り戻していけば、株式市場は回復すると予想しています。

【図表】米欧日の株価指数の推移  
  • (信頼できると判断したデータをもとに日興アセットマネジメントが作成)
  • 上記は過去のものであり、将来を約束するものではありません。

当面の見通し(詳細)

投資戦略の観点からすると、ウクライナを巡る紛争はその規模に関わらず、先進国の主要企業の収益環境に大きく影響を与える問題とは考えていません

冷静にみれば、ロシアが石油や天然ガスの供給元であるとはいえ、主要国でロシア依存度が高い(20〜40%程度)のは欧州ぐらいで、供給停止などで短期的なインパクトはあったとしても、欧州は調達先を変更することが可能です(米国も欧州への輸出を検討中)。石油や天然ガスの価格が一時的な混乱から上昇することは当然としても、いつまでも上昇が続き、持続的なインフレの原因になるとは考えにくいです。紛争は、外交的・軍事的・人道的な問題が大きいものの、世界の株式市場の下落は、原油価格などの上昇圧力の強まりで、FRB(米連邦準備制度理事会)が大幅に利上げしてしまう政策ミスのリスクを織り込みにいったためとみています。制裁合戦が懸念されますが、ロシアは制裁に強い“体質”になっていることや、先進各国のエネルギーのロシア依存度も限定的であることなどから、主要先進国のマクロ経済には大きな影響を与えないでしょう。

ここまでの金融市場は、株式市場の下落と資源価格の上昇に反応したとみています。株式市場は、2021年末に世界の株価指数が最高値をつけた後、FRBが政策金利を大幅に引き上げるのでは、といった懸念から今年1月に大幅下落、その後にいったん回復したものの、ウクライナ情勢の緊迫化やそれに伴う原油などコモディティ価格の上昇で再び下落基調となり、2021年の上昇分を消し去る勢いです。FRBが大幅な利上げをするとの思惑を背景に、金利が付かない金価格は上昇していませんが、原油価格は上昇しています。下グラフでもわかるように、物価と原油価格の関係は(一時的・短期的に)高く、FRBの利上げが大幅になるという市場の懸念に繋がっています

【図表】原油・金価格と米CPIの推移  
  • (信頼できると判断したデータをもとに日興アセットマネジメントが作成)
  • 上記は過去のものであり、将来を約束するものではありません。

主要なエコノミストは、米国のインフレ率が2022年に3%超程度、2023年には2.0〜2.5%で落ち着くとみています。短期的な供給不足によるインフレが(コロナ禍からの正常化を条件に)いずれ落ち着き、デフレ懸念が払しょくされて経済が正常化するというシナリオに対して、FRBがインフレを懸念し過ぎて利上げを急げば、経済を冷やし過ぎる恐れがあります。しかし、FRBは状況に応じて機動的に適切な政策を打ち出すとみています。

市場は、ウクライナ情勢そのものが世界景気を悪化させるのではなく、コモディティ価格の一時的上昇を背景としたFRBの金融政策の失敗リスクを懸念していると考えるべきでしょう。今後、中国の追加景気対策、半導体不足緩和によるPC・携帯電話・自動車などの生産・消費回復、製造業の自動化や高度化に関わる生産性改善などが見込まれ、最終的に株式市場は、主要企業の収益動向に依拠して推移することになるでしょう。3月のFOMCをきっかけに金融政策動向の情報が増える一方で、コロナ禍と供給ショックの緩和、ウクライナ情勢の落ち着きなどを背景に、4月頃からは相場環境が落ち着き、決算発表が相次ぐ5〜6月には、株式市場は回復すると予想しています。